帝王院高等学校
子供だからって油断大敵ですばい
『指切りげーんまん嘘吐いたら針千本飲ーますっ。指切ったっ』

誇らしげに絡めた指を突き放した子供が、ムフフと両手で口元を押さえながら笑っている。
それを眉を寄せて眺め、疑問に思った事を口にしてみた。若さ故の過ちだ。

『つか、日本人はハリセンボンなんか飲むのか?何だ、そのシュールな拷問は』
『飲まなきゃいけないんだよ!この間さー、お父さんがオヒメに出張したのにさー、ポンジュース買ってこなかったんだよねー』
『地理には詳しくない俺でも判る、そりゃ愛媛じゃねぇか』
『ネイちゃん、ちょっぴりの間違いを追及するのはどうかと思うんだよねー』

すっとぼけた声音で小生意気な事をほざく子供は、何度考えても打算的な所があった様な気がする。
外見に騙されたのは初対面だけだ。

『見た目で得してんな、お前さんは』
『ネイちゃん、美人なんだからもっと可愛い言葉遣いしなきゃ結婚出来ないよ?』
『しねーよ』
『はぁ。あきちゃんが貰ってあげるからって、甘え過ぎだねー。もうっ、美人じゃなかったら離婚してたよ!り、こ、ん!』

どっちが酷いんだ、とは口にはしない。公園にやってくる学生、特に女性を見るにつけ、ネイちゃんの方が可愛い、ネイちゃんの方が美人だとブツブツ呟いている。
その評論がまた、逐一えげつないから悲惨だ。

『お前さぁ』
『呼び捨てした?』
『…お前さぁん、っつったろ』
『嘘吐いたら針千本、飲むんだよ』
『…』
『あっ。またシワシワになってるっ』

よじよじと膝の上に登ってきた子供が、ぷくぷくした人差し指で眉間の皺を伸ばそうとしている。
遠くでサッカーボールを追い掛けていた日向が目を丸くし、硬直した様に見つめてくるから堪らない。


帰ったら必ず苛めてやる。
心の中で吐き捨て、公園の入り口に姿を現した全身白づくめの子供を見た。


『…早かったな』
『何か言った?』
『いや、何にも』
『あきちゃん、ちょっと蝉の抜け殻探してくるね』
『何で蝉より抜け殻がメインなんだよ、相変わらず』
『カワセミは珍しいんだよ!蝉って気持ち悪いしー』
『ウツセミ、な』
『はぁ。小さい人間だよ、ほんと』
『…喜べ。喧嘩なら買うぞ、糞餓鬼』

アイスの当たり棒を振りながら勝ち誇った表情で振り向いた子供は、最後に宣った。

『アイスクリーム屋さんのレシート一万円分集めたら、何が貰えるか知ってる?』
『は?』
『じゃあ、まだ秘密ね。行って来まーす、浮気したら駄目だよー』



灼熱のアスファルトに墜落した蝉が、最期の鳴き声を上げた。






『ネイキッド』

無情に踏み潰した誰かの足をただ見つめたまま、澄み渡る空の気配を背後に。

『対外実働部のシャドウウィングが来日したそうです』
『…枢機卿には伝えたのか』
『いえ。万一に備え、我が特別機動部の要員は手配しておりますが…』
『判った。出来る限り、社内争いは控えたい』

あの時、何を考えていたのかなんて。



『妙な動きを見せたら、ドイツ空軍が駆逐する。…責任は俺が取ろう』
『感謝します。マスターネイキッド』

煌びやかな光を放つ宝石すら、知らないだろう。









「お迎えに参りました、御屋形様」

久し振りに見る面々へ頷き、着替えてきた男へ振り返る。
相変わらず胡散臭い微笑を湛えた性悪と言えば、送り出しで並んだ看護士らに愛想程度の挨拶を交わしていた。

「会長。院長先生が見えられましたよ」

大抵、口では笑っていても目は笑っていない冬臣にしては珍しく、満面の笑みで宣う。
悪戯対象と言うか、苛め甲斐がある人間を見付けて愉快でならないのだろう。タチの悪い男だ。

「お待たせしました。…どうですか、嘘っぱちと言え、車椅子生活だった後遺症は」
「問題ない」
「…それにしても物々しいお出迎えですね。念の為、姉には私用で出掛けると伝えてあるんですが」

出迎えの多さに僅かばかり緊張を窺わせる遠野に、気付いている筈の性悪が近寄る。
ニマニマニマニマと、彼を知る者なら気色悪い光景だったろう。

「ふふ。堂々としてらっしゃいますねぇ、流石は神の手の嫡男でらっしゃる。帝王院財閥会長の身柄を平穏無事に送り出すには、この程度は最低限だよ」
「最低限、ね」
「貴方と大殿では命の重さが違う…いや、これは失礼、お医者様には禁句でしたねぇ」

些かムッとしたらしい男は、冬臣の皮肉を眉を寄せるだけで躱したらしい。流石に、老けているとは言え冬臣の方が若輩者である分、耐えているのだろう。
庇うつもりはないが、見放すには余りにも哀れだった。

「…止さんか冬臣。叶の名が泣く」
「失礼致しました。では大殿はこちらの車にお乗り下さい。ふふ…私は遠野院長と同行致します」
「宮様」

叶方の部下が鋭く非難したが、ゆったり笑う冬臣には構う程のものではない。

「何かね?」
「竜の宮の身に何かあらば、月の宮のお怒りに…」

叶の子供は、長子以外、生まれると同時に部屋を与えられる。一軒一軒の離れに名が付けられ、現在は「月の宮」「宵の宮」「明の宮」の3つ。
母屋は「竜の宮」、その中央に天守閣があり、統領だけが住まう事を許されている。


叶文仁、月の宮に住まう次男。
叶二葉、宵の宮の主。


明の宮にはもう、誰も入らない。


「御屋形様は我らが御守り致します」

彼らの言い分は尤もだ。
会長の客人を、違う車に乗せる必要はない。それも秘書ですらない他人と同席させるなど、失礼にも程がある。

「彼は冬月の末裔、本来ならば現頭領だよ。つまり、叶当代である私と同じ立場にある」
「然し…」

だが然し、真新しい玩具を見つけた性悪に、そんな一般論は通じなかった様だ。

「二葉を引き戻す為にも、殿の望みを叶える為にも。グレアムを崩壊出来る唯一無二、真の神を手中に。それには、直江さんの尽力が必要不可欠だろう?」

ちらりと冬臣の視線を受け、緊張をポーカーフェイスで流そうとしていたヘタレ院長は背を正す。
見た目が男前なので、まさかヘタレとは思われまい。

「ま、まぁ、出来る事は何でも言ってくれタマエ。医者、嘘吐かない」
「おや。…何でも?」

片言っぷりにヘタレを匂わせた遠野一族の跡取りは、普段、狐の様に目を細めている着物男が目を見開いたので沈黙した。

チリチリ、と。
肌を焦がす空気。

先に走り出したベンツの車窓に、日本最高の男が乗っている。残っているのは冬臣と、明らかに一般人ではない男達だけだ。



「君なら、ゴッドハンドすら成し得なかった死者の蘇生が出来るのかい?」

この男は酷く気持ちが悪い。
そう心の中で呟いた医者は、年下から君呼ばわりされた事にも気付かずに、

「何、馬鹿な事を」
「…ですねぇ、ふふ。忘れて下さい、直江さん」

さっさと車に乗り込んだ男に痙き攣りながら、意を決して自らも車へ乗り込む。





「君が無能なら、生かしてあげるから」









綺麗だね。
綺麗だね。

君の蒼い碧い双眸は、私達の宝だよ。


貴葉。
愛らしい、僕らの天使。


君を失うなんて考えられない。
君の双眸がもう開かないなんて耐えられない。



俺達の宝物。
大切に大切に、残す為には何でもするよ。



例え、お前を殺した生き物を生かしてでも。





「そうか、判った。それより…」
「何か心配事でもございますか?会長」
「兄さんの様子は可笑しくなかったか?」
「?ええ、その様な報告はありませんが」
「…なら良い」

椅子へ深く背を預けた男に、立っている部下が首を傾げた。

「もうじき、アイツの誕生日か」
「会長?」
「何でもない。とりあえず、二葉を見付けたら縛ってでも連れ戻せ。…良いか、兄さんには悟られるなよ」
「然し、竜の宮に内密のままでは動かせる人員に限りがあります」

現実的な意見だが、納得するだけの材料にはならない。

「俺の言葉に逆らうのかぁ?」
「っ」
「やれっつったら、無理だろうがやれっつー事なんだよ。判るか、あ?」
「失礼しました。御命令通りに!」

慌ただしく出て行った後ろ姿を鼻で笑い、入れ替わりに入ってきた人間を見て眉を跳ね上げる。

「ごめん、パパ。今ちょっと、良い?」
「何の用だ、ラン。相変わらず汚い格好してんな、お前」

ジーンズとパーカーにキャスケット。斜め掛けのショルダーはバッグと言うより鞄で、普通の学生にしか見えない。

「リンがね、昨日帰って来なかったんだ」
「ふん?嵯峨崎の仕事じゃねぇのか?クリス=グレアムの」
「シスターテレジアには追い出されたんだもん。だから、私達ホテルに住んでるの」

初耳だと、放任している娘の所在に目を見開いた。東京に本社を置いているT2カンパニーの会長宅は都内にあるが、内実は誰も住んでいない。
実家である京都の往復をしている家主、嫁は自由気儘に世界各地を渡り歩き帰らず、二人の娘はイギリスへ半養女に取られた。

「ヴィーゼンバーグに帰ったか」
「そんな筈ないよ!あっちが嫌だから、日本に戻って来たんだ!リンは私よりもずっと、酷い目に遭ったんだよ!」
「ふん、どうだか。随分、向こうにパトロンが居るそうだからな。アバズレが…」
「人質じゃんか!悪いのは誰、」

平手打ちで弾き飛ばした娘を静かに見つめ、腕を組む。

「お前ら如きが悲劇のヒロイン気取んな。だったら何か?二葉は惨劇の主人公か、ああ?」
「っ。…わ、私達は、こんな家に産まれたくなかった、よ!普通に学校に通って、ふ、普通の友達作って、ひっ、ふ…っ、普通の女の子になりたかっ、た、んだよぉ!」

嗚咽が密やかに響き始め、幾ら何でも罪悪感が芽生えてくる。
痙き攣ったまま自らの頬を殴りつければ、肩を震わせた娘が涙に濡れたまま見上げてきた。

ポタポタと滴る鼻血よりも、鈍い音を発てた骨が心配だ。


「パ、パパ?!」
「うっせ。叶がメソメソ泣くな、煩わしい」
「ちょっと、パパの良いとこなんか顔しかないんだよ?!何やってんの?!」
「ぶっ殺すぞテメェ、俺ぁ何処もかしこも良いとこだらけだろうが」
「な…ぶふ!あ…あはははは!馬鹿じゃん!それが叶文仁かよ!あはははは」

腹を抱える娘をひょいっと抱き起こし、財布から数枚の紙幣を取り出してパーカーのポケットに押し込む。

「学校なんざ勝手に通え。俺ぁ、お前らが望んでイギリスに行ったと思ってたからよ、放っといただけだ」
「最初は楽しかった、けど。あっちじゃ日本人なんか奴隷だよ…わぁ、三万円」
「何かうまいもんでも食え。悪いが俺は忙しい。リンの馬鹿が何やらかしても、尻拭いっつーのは親の役目だ」

ぐりぐりと頭を撫でてやれば、照れ臭そうな顔をしている癖に「痛い、ばか」と文句を言われる。
頭に来たので、拭った鼻血をパーカーで拭けば足を思いっ切り踏まれた。普通の人間なら悶え転げる痛みだ。

「最低っ。もうっ、ダメ親父!母さん、こんな奴の何が良くて結婚したんだろ!」
「そらぁお前、身体だろ」
「クソジジイ!」
「何だとテメェ、金返せ!そして家に帰ってきやがれコラ!」
「どうしてもって言うなら、帰ってあげるよ。…そんでもって、この間はありがと」

ああ。
帝王院学園に密入した時の話かと瞬いて、ボリボリと頭を掻いた。
走り去った娘と入れ替わりに女の秘書が入ってきて、上司の顔を見るなり青ざめる。

「会長、そのお顔は…?!」
「あぁん?何でもねぇよ」
「まさか、今の子…。援助交際はどうかと思いますが」
「馬鹿抜かせ、ありゃ娘だ。どういう事だよ」

安堵した様な表情の秘書を横目に、だからと言ってお前を抱く気もないと呟く。

「会長、それよりご報告が。先日の発表以降、帝王院財閥保有の株の八割が高騰しています」
「危ねぇなぁ。秀皇が姿を現した訳でもねぇのに、良く踊るぜ日本経済は」
「調査により、その大半が第三者の名義にある事が判りました」
「また帝王院俊、か」
「いえ。内四割は確かにそうですが」
「四割、だ?」
「はい。現在急速的に、名義が書き換えられています」

愉快な話だ。



「現在の筆頭株主は、帝王院神威です」

←いやん(*)(#)ばかん→
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