帝王院高等学校
苛立ち王子様と侵略者
苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する、ああ、




腹が立つ。



「酷い顔をしてますねぇ、王子様」

気配には気付いていた。
油断すれば忍者の様に忍び寄ってくる男の忍び笑いに眉を寄せ、火を点けたばかりの煙草を灰皿へ叩き付ける。

「お楽しみだったんじゃないんですか、高坂君?先程半裸で逃げていく生徒を見掛けましたが」
「…黙れ」
「また、邪魔されたみたいですね」

無意識に殴り掛かった拳は、微動だにしない男の揶揄めいた眼差しの寸前で辛うじて静止したらしい。全て無意識だ。

「欲求不満は体に悪いでしょう、副会長様?」
「…」
「先月から貴方は余りに精力的なご様子ですからねぇ」

舌打ちを噛み殺し、避けようと思えば出来た筈の二葉から眼鏡を奪った。
晒される色違いの瞳、白亜の額。


「相変わらず、女みてぇな面だ」
「貴方は遅い二次成長で随分変わりましたねぇ」
「面だけなら、喰えるんだがな」
「おや、有難うございます。残念ですが、私はあんまり高坂君を食べたいとは思わないので…」

胃薬を頂けるなら話は別ですが、などと恐ろしい微笑を浮かべのたまう男に今度こそ舌打ちを零す。
苛々する。眉間に寄せた皺が頭痛を発し、矛先の判らない負の感情に焦燥ばかり募っていた。


「今にも犯罪者に成り下がりそうな顔をしてますねぇ、王子様」
「…黙れ」
「知ってますか、高坂君」

ただ、何故か苛立ちの底に罪悪感が潜んでいるのだ。
まるでパンドラボックス、絶望の果てに希望が封印されたと言う魔王の宝箱の様に。


右手が痒い。



「遠野俊、と言うそうですよ。外部からの侵略者は」
「…んだと?」

皮膚の下が蠢いている。
ぞわり・ぞわり、静かに然し急速に、吐きそうになるほどの罪悪感が渦を巻き頭痛を加速させていた。

「然も、鷹翼学園からの編入学。…どう考えられますか?」
「ガセじゃねぇのか、それ」
「貴方が仕事をサボるから知らないだけでしょう?残念ですが、私のデータベースでは未だ解明に至っていません」
「ふん、所詮貧乏人の集団だろ鷹翼なんざ」

勿体付けた言い回しを睨み、奪ったままだったシャープな眼鏡を放り投げた。


「然し鷹翼と言えば、9区の中心」
「…」
「…カルマの支配下ですよ、遠野俊の出身校は」


シュン。
漢字は知らない。本名かどうかでさえ怪しい、この世で唯一幸せにしたいと願った人の名前。

全てを包む様な雰囲気も、静かに鼓膜を震わせる声音も、いつもサングラスに覆われた眼差しも、全部。全部、大好きだったのに。



「ティアーズキャノン一部のセキュリティを操作しました。時間稼ぎにもならないでしょうがねぇ、陛下へ少し意地悪したくなったので」
「…あ?どうした、テメェらしくねぇな。あの人に喧嘩売ったのか?」
「部外者を執務室に入れた罰、ですよ。よりによってこの私を足下にした眼鏡っ子を」
「どうせ、キャラが被ったとか何とか下んねぇ戯れ言抜かすつもりだろうが」
「おや、流石ふーちゃん大好きっ子な日向君。私を知り尽くしていますね」
「…抜かせ馬鹿が」
「素直じゃない愛に免じて、親衛隊でもない一般クラスの生徒を執務室に連れ込んだ事は許してあげます」
「そりゃ、どうも」

にこにこ無駄に微笑む二葉が磨いた眼鏡を掛け直し、短い息を吐いた。気付いてはいたが、どうやら二葉の方が不機嫌らしい。

「時折、無性に人肌寂しくなります。…他人の血の温もりが欲しくて、喉を掻き破ってあげたくなりませんか」
「どっちが犯罪者だ」

セキュリティを操作したのも、十中八九ただの八つ当たりだろう。



「春ですねぇ」

惚けた台詞を穏やかな風が奪う。
空に限りなく近い校舎の最上階、セキュリティドアを隔てた先に執務室が存在しているのに、非常階段は酷く静かだ。

「一昨年の今頃、陛下が銀神帝の座へ腰を据えたんです。覚えていますか、高坂君」
「忘れるかよボケ、あの陰険赤毛殿様野郎が居なくなって清々したからな」
「烈火の君は貴方を可愛がってらしたのに」
「人間不信になるわ!あれの何処が可愛がってるだぁ?…とうとう頭まで可笑しくなったらしいな、二葉」
「頭の良さと顔の良さとこのセクシャルボディだけが、私のチャームポイントですよ。私が馬鹿ならいつも一点差で3位の高坂君なんか阿呆王子ですねぇ」

蒼い左目だけを器用に閉じてほざく男から目を逸らし、握り締めていた右手を開く。



「今日の乙女座は最低最悪だそうですよ。逆1位だなんて寧ろラッキーだと思いませんか」
「知るか」
「同じ8月生まれでも、獅子座は正真正銘1位でした。羨ましい事ですバァカバァカ」
「は、宛てになんねぇ占いだ。俺様の何処がめでてぇんだ」
「頭の中が年中おめでたいでしょ、君の場合」
「絞め殺すぞテメェ」

皮膚の下が無性に痒い。
この手は外部からの侵略者を殴り、直後凄まじい罪悪感を知ってしまった。



『…やっぱ、罰が当たったのか』


あの静かな声音を聞いた事がある様な気がする。


『天使も太陽も、似合わない』


乱れた黒髪から僅かだけ覗いていた眼差しに、見覚えがある様な気がする。





「…ちっ」


意地を張って二年も大切な人から離れていた自分は、記憶の中でしか大切な人に会う事が出来なくなった。
ただ一度見ただけの素顔が侵略者のものと重なって、大好きな人が別の何かに擦り替わってしまいそうだ。

苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する、ああ、もう、だから罪悪感など忘れてしまえ。



「とおの、……………しゅん」

大好きな人と同じ名前。
世界で一番大切なスペル。そんな人間を殴ったなんて、忘れてしまえ。
何せ自分が法律だ。中央委員会に逆らえる人間などそう存在しない。だから、罪悪感を感じる必要はないのだ。




『食べ物は粗末にしちゃいけない』


(ああ、もう駄目だ)
                (俺が悪かった)


『弱い者苛めは嫌いだ』


  (謝るからもうやめてくれ)


『眠る時に名前を呼べばいい』


(あの子に謝るから)
    (ハンバーグ落としてごめんなさい)
            (殴ってごめんなさい)
(悪口言ってごめんなさい)
      (もう、しないから、)


『幽霊も妖怪も悪魔も、俺が…』


(…許して)





『日向』

あの人が呼ぶ声が好きだった。
あの人が笑うのが好きだった。
意地を張って、佑壱に勝てる男になるまで絶対に会わない、なんて。馬鹿な事を考えるんじゃなかった。
遠くから遠くから分厚い金属の仮面で顔を隠して、大好きな人を眺めるだけの幸せすら失ってしまうなんて、考えもしなかった。



だって、届かなかったのだ。
撫でてあげたくても、銀に
だって、届かなかったのだ。
口付けたくても、唇に


折角、この半年で187cmまで成長したのに。(もう撫でてあげられるのに
折角、今年の誕生日に迎えに行こうと思っていたのに。(8月18日、獅子座



苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する



同じ日に産まれたんだ、なんて
聞いた時、嬉しかった事を言えば




笑ったかな
笑ってくれたかな




苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する





大好きな人

猫が好きだって言ったから


          (飼い猫になりたいなんて)
(猫なら甘えられるになんて)
      (馬鹿みたいな事ばかり考えた)



ああ、苛々する。





「あー、…猫になりてぇ」
「その図体で私に抱かれたいだなんて…健気ですね、高坂君。宜しいでしょう、誠心誠意愛でてあげ、」
「良いからテメェは今すぐ滅べ」
「おや、つまらない。」


苛々する。
苛々する。
苛々する。
興味があるのは世界でたった一人だけなのだ。記憶したいのは世界でたった一人だけなのだ。
それ以外には何も要らない。




『お紅茶飲むと』
『なァ、日向』
『鼻水さんが出ます』
『熱い飲み物は余り得意じゃないんだ』



考えるな。
考えるな。
考えるな。
考えるな。
頭が、痛い)(皮膚が痒い





『湯気が鼻に入るんだ』



だからもう。
だからもう。
だからもう。
だからもう。
だからもう。
好い加減にしてくれないか。



「あー…、苛々する」
「何処へ行くんですか?」
「仮眠室。…時間になるまで呼ぶんじゃねぇぞ」
「お楽しみなら、鍵を掛けて下さいね」
「黙れ、ただの昼寝だ」
「おや、珍しい」



苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する苛々する









『日向が煎れた紅茶、好きだな』


頭痛が止まない。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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