帝王院高等学校
忍者も陰陽師も魔法使いには勝てません
何処かへ居なくなった子供達を暫く待っていたが、壁際の大きな柱時計を見やるなり、ふと思い出した。

某SMSなどで交流があるネット仲間と、オフ会の約束を取り付けていたのだ。
確か、それは今日の昼。

「もうこんな時間かァ」

ぼんやり呟けば、人の足音が近付いてくる。勉強も喧嘩ももう一人の自分には適わないが、身体機能は同じだ。
子供の頃は1キロ近く離れたドラッグストアのBGMが聞こえると言って、近所の子供らに馬鹿にされた。あそこのマンションの四階に犬が居ると言って、防音のマンションの音が判る筈がないと祖母までもが困った様に笑った。

嘘吐きだと揶揄われて、悲しくて誰にも言わなくなったのが始まり。
視力検査も聴力検査も異常な数値を弾き出し、小学生の頃から握力も80を軽々越えていた。

叩き込まれた武術もすぐに身に付いて、何でもすぐに出来る様になる。暇な時は本を読んだ。物心付く頃から読書は好きだったから、友達が居なくても寂しくはなかった。

中学に上がるまでは。


「少々時間を許されるか。ナイト=ノア」

開けっ放しだった内開きのドア、姿を現した男は部屋の中には入らず、廊下側から声を掛けてくる。

「僕の名前は遠野俊です」
「…気を害されたなら謝ろう。だが、君がナイトの息子であるなら私は呼称を改めない」
「父とはどう言う関係ですか?」

僅かに眉を寄せた男が、短い息を吐いた。何も知らないのかと言った表情だ。

「知っているのは、帝王院財閥を乗っ取った悪魔に復讐しなければならない事。それ以上は、…俺が18になった時に教えると」
「君の父上が言ったのか」
「いえ。あれは多分、父であって父ではないと思います」
「どう言う意味かね」
「…魔法」

不可解だと言わんばかりの表情に首を傾げ、急速に襲ってきた眩暈を耐える。
凄まじい眠気だ。いけない、もう一人の自分が目覚めようとしている。このままでは、飲み込まれてしまうだろう。

「父は、催眠術が使える。代々、うちの家系にはそう言う人間が多いそうです。確か、陰陽師だったか」
「…流石は、日本最古の一族と言う訳だな。安倍晴明の子孫にして、卑弥呼の子孫だ」
「そんな大袈裟な、」
「帝王院財閥の正統後継者よ。残念だが、君達がどんなに憎もうと、その復讐とやらは完遂不可能だ」
「え?」
「ロードは死んだ。」
「は、」
「無知とは時に残酷なものだよ」

冷たい、無機質な眼差しだ。

「我が神、ナイン=ハーヴィスト=グレアムが作り出したシンフォニア。同一遺伝子を持つ神の影、それがロードだった」
「何の話です?」
「話は遡る。30年前、日本の企業が我がステルシリーファンドとのアポイントを希望した。企業主の名は、帝王院駿河」

入学案内で読んだ、学園長の名前と同じだった。ただ、入学式典に彼は姿を見せていない。入院中だと言ったのは誰だったか。

「彼には幼い子供が居た。聡明だが活発な、名を、帝王院秀皇」
「!」
「キングの好奇心を煽った子供は、帰国するまで四六時中キングの側から離れようとしない。秘書である私が手を焼く程に、二人は仲睦まじかった様に記憶している」

やはり、間違いなかった。
車椅子に腰掛けていた女性、学園長代理であるあの優しそうな老婦人は、祖母だったのだ。

なら、入院中の学園長は、祖父。あの時、死んだ祖父の友人としてオペラに現れた紳士が、もう一人の、祖父。


「問題はそこから始まったのだ。子供は望んだ。無知にも、神を家族になどと許されざる望みを抱いた」
「理事長の義理の弟って…」
「神はその願いを叶えたのだ。…もう一人の自分を産み出す事によって」
「じゃ、あ」
「クローン。初期のシンフォニア計画は、完璧たる肉体を産み出す為の遺伝子補完実験」

駄目だ。
頭がガンガンしてきた。今にも気を失ってしまいそうだ。

「ナイン=ハーヴィスト。九番目である彼は、先々代グレアムの遺伝子を継承した子供だ」
「何、それ…」

もう喋るのも辛い。
カーペットの上に正座したまま、起きているのが奇跡な程だ。

「グレアムには代々、何かしら遺伝劣化が現れる。先々代レヴィ=グレアムには本人自体に何の問題もなかったが、産まれてくる子供が次々に死ぬと言う悲劇が起きた」
「…」
「三度妻を変え、最後には体外受精を選んだが八度の失敗。九人目にして漸く物心付くまで成長したが、今度はその子供の視力に欠陥が現れた」

痛い。
痛い。
こんなに明るい光が差し込んでいるのに、真っ暗闇に落とされてしまいそうだ。ああ、新月の夜にはいつも、この痛みが襲ってくる。
今日は、新月ではないのに。

「丁度その頃、レヴィ=グレアムには新たな伴侶が居た。日本人男性である彼の名は、遠野夜人」
「と、ぉの、なぃ…と?」
「君の母方の祖母君が居られよう。彼女の叔父に当たる」

聞いた事もない。
隠居したものの曾祖父は生きているが、娘しか居なかったから婿養子を取ったと言っていた。兄弟も居ないから、と。

「幼いキングの視力は最早失明に近かったろう。彼に合う角膜が、そうそう見つかる筈がない。70年以上昔の話だ」
「…」
「ナイトによって人間らしい感情を宿したレヴィ=グレアムは、全世界に手配した。そして、キングと同世代の子供に巡り会った」

眩暈が止んだ。
優しい優しい、誰かの手に撫でられている様な心地よさ。可哀想に、と。頭の中で誰かが囁いている。

「それが、冬月龍一郎。俺の祖父ですか?」
「…良く判ったな。素晴らしい判断力だ」
「いや。今、誰かが頭の中で…」
「何?」
「えっと。だから、爺ちゃんは目が悪かったんです。いつも特別な目薬を使ってて、これがないと駄目なんだって…今になると、杖がないと歩けなかったのかも」
「ああ。オリオン、彼の視力はゼロに近かった筈だ」
「そんな馬鹿な事がある訳ない」

外科医だったのだ。
祖父の手術が失敗する事はなく、だからこそ日本医学界の神として未だに語り継がれている。叔父が継いだ大学病院には未だに、祖父に憧れた医者が多いと言うのに。

「指先の感覚だけで、闇の中メスを握る。それが可能であるのは、忍びである一族の遺伝子によるものか、否か…」
「忍者、って」
「西の叶、東の皇。どちらも王家に仕える忍びの一族だ。現在では残っているのは叶だけだろう」

叶。
いやに聞き覚えがある。

「叶、二葉」
「叶一族最強にして、現ステルシリーソーシャルプラネットの副社長だよ。アメリカでは彼を、ネイキッド=ディアブロと呼ぶ。文字通り、悪魔だ」

そんな相手に、太陽は毎回毎回、顔を合わせる度に喧嘩を売りまくっているのか。
何て事だ、惚れ直した。流石ご主人公様、いっそ抱かれたい。

「だが、冬月龍一郎はそれ以上に恐れられていた。幼いながらレヴィ=グレアムにさえ従おうとしない、…随分、可愛げない子供だったろう」
「ハァハァハァハァ、え?」
「だからこそオリオンには価値があった。優秀なシリウスでさえ霞む程に、あの男は気高く強く、我らステルシリーの光だったのだよ」

懐かしむ様に呟いた男の口元に、僅かな笑みが滲む。だがそれも、ほんの一瞬の話だ。

「あの」
「何だね、ナイト=ノア」
「何で爺ちゃんは、えっと。ステルシリー?を、辞めたんですか?」

口を閉ざした男が、音を発てた柱時計を一瞥し背を向けた。

「…付いて参られよ、シリウスが来る頃だ」
「ちょ、話がまだ途中ですっ」
「君にはやって貰いたい事がある。昨夜、話しただろう?」

背中を向けたまま吐き捨てた男が、異常に不気味に思えた。遠くからガラガラと何かが近付いてくる音、僅かに振り返った男のエメラルドアイズに冷たい色合いが宿り、

「如何にシリウスと言えど、肉親に無体はしまい。…だが、私には最早手段を選んでいる猶予などないのだよ」
「何を、する気ですか…」

頭の中で、誰かが笑った。
いつもの声とは雰囲気が違うその声は、優しく優しく、もうすぐ約束の時間だと囁いている。

「例え君が不慮の事故に遭おうが、我がグレアムには既にルークと言う神が存在している。…帝王院神威、戸籍上、君の兄に当たる青年がね」
「みかどいん、かい」

あの長い銀髪の、仮面の男。
好ましく思えないのは、帝王院の名を与えられているからだ。理事長の息子だからだ。いつか、復讐しなければならない相手だからだ。


けれど、祖父は言った。
今和の際に、お前には実の兄が居ると。

同じ父親の遺伝子を有した、兄が居ると。


「復讐を果たしたいのだろう?ならば、君達はルーク=ノアを対象にするべきだ。最早ロードはこの世の者ではない」
「…もう一人は?」
「何の話だ?」
「ルークは二人っ、二人だからルークだって!じゃあ、もう一人は誰ですか?!どっちが理事長の子供なんですかっ?!」
「何の話か判らんがね、ルークはキングの子供ではない」
「そんな馬鹿なっ」
「キングには、子供を成す事は出来ないのだよ。…種がない」

居なくなったとばかり思っていた子供達が、にこにこ笑いながら、鉄製の長い箱を運んできた。

ああ、まるで棺桶の様だ。

「ふだんし!さぁ、行こう?」
「リヒトの為に、協力してくれるんでしょ?」
「大丈夫だよ!死んだら、僕達がちゃあんと埋めてあげるから!」

無邪気な表情で、子供達は鋭く光るピストルを向けてきた。興味が失せた様に背を向けた男が歩き始め、全身に怒りが満ちてくる。


「何で、…俺が死ななきゃいけないんだ」

何か悪い事をしたと言うのか。
確かに裕也は大好きな友達だけれど、何故、その為にこんな恐ろしい目に遭わなければならないのか。

「だって、ふだんしはノアなんでしょ?」
「ノアはね、二人居たらいけないんだよ」
「ルーク様にはもう、ファーストが居るもの。ルーク様が死んだって、Aが居るから大丈夫なんだよ」

人の命を何だと思っているのか、と。余りの怒りで泣きそうになった瞬間、柱時計がもう一度、音を発てた。


ああ。
約束の時間が近付いている。
きっと、行けそうもない。猫好きで帝王院学園の先輩でもあるネット仲間に、会うのを楽しみにしていたのだ。


本当は。
カイちゃんも一緒に、連れて行くつもりだったのに。



「…カイちゃ、ん」

笑顔まま近付いてきた子供と、棺桶。あれに詰め込まれて、何処かに連れて行かれてしまうのだろうか。

誰も居ない。
助けてくれる人は居ない。
もう一人の自分に意識を渡しておけば、何とかなったに違いないのに。

根暗で弱虫で本を読む事が好きな高校生に、何が出来るのだ。



『魔法を掛けるんだ』

不意に、近所の悪ガキ筆頭だった先輩の言葉を思い浮かべた。意気地がない自分は、まるでコスプレイヤーがそれに成り切るかの様に、催眠を掛けるしかない。


「ふだんし」
「怖くないよ」
「一緒に行こう?」
「早くしたまえ。シリウスに感づかれる」

無機質な他人の声に、無機質な銃口に。恐らく頭が狂ったのだろう。


人間でしかない癖に。
ただの子供でしかない癖に。
忍者の一族だなんて、先祖代々なんて根暗な家系だろう、などと自嘲しながら、呟いた。



「Open your eyes.」

誰かが悔しげに舌打ちするのを聞いた。馬鹿がと、盛大に罵る声が掻き消えて、優しい誰かが手招きした気がする。



「無駄な抵抗はなさらぬ方が身の為だ、ナイト=ノア」

振り返った男の、エメラルドが見開かれた。
音もなく転がった三つの機械、鈍く光る銃口が真っ直ぐ向けられている事に気付いたが、既に時遅し。

「無駄な抵抗はなさらぬ方が身の為だ、サーネルヴァ」
「君は、本当に人間、かね」
「面白い事を言う。私は須く絶対的に、人間と言う生き物だ」

男の視界から一瞬にして消えた少年が、眼鏡を掛け直しながら柔らかく笑んだ。

「可哀想に、あの子は酷く傷付いた。とても優しい子なのに、君らが傷付けたんだ」
「君は誰、」
「お休み、愚かな老人よ」

崩れ落ちた男を足で転がし、真っ直ぐバルコニーを見つめた少年は再び笑った。



「さァ、征こう。輝かしき白日の元へ、私が導いてあげよう」

指揮者の様に、両手を広げて。

←いやん(*)(#)ばかん→
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