帝王院高等学校
各地で指名手配になるのはオタクの宿命
「はぁっ。つ、着いた?」

台車を押した業者が、悲壮な表情で白亜の建物を見上げ涙を滲ませた。

「お宅も大変じゃのー。ガーデンスクエアで迷うたぁ、難儀だて」
「まさか行き先案内が英語だと思わなくて…」
「ほっほっほっ。敷地内では、大半が英語表記なんじゃ。進学科ともなると、教科ごとに公用語が違う事もある」
「そうなんですか?うわぁ」

どうやら迷っていた彼は、落ち葉を集めていた用務員に救われたらしい。帝王院出身の守衛の説明では何の意味も為さなかった、と言う事だ。

「わしの息子も受験させたんじゃが、いやはや、中学校では一番の成績でも、此処の外部入学じゃ普通科に引っ掛かった程度での」
「いや、此処に通えるだけでも十分凄いですよ、本当に」
「月十万の月謝に息子の方が引いてのう、結局、滑り止めの高専に入学してもうたんじゃわ」
「こ、高専が滑り止め、っすか…。は、ははは」

長話になりそうな気配に、そそくさ用務員へ頭を下げた。
宛先は執行部・帝王院神威。異常に重い箱ばかりが幾つかあり、全て書籍扱いになっている。

「流石は帝王院学園。こんなに参考書取り寄せるなんて、どんながり勉野郎だよ…」

へとへとで寮に乗り込んだ業者へ、事情を知った寮守衛は至極申し訳なげに囁いた。

「申し訳ありせんが、中央委員会長のお部屋へは、本人以外入れないんですよ」
「え?じゃあ、どうすれば…?ご注文時に頂いた連絡先が繋がらないみたいんなんです」
「残念ですが、こちらへご本人がお見えになるまで、お待ち頂くしかありません」
「いやもう、これを受け取って頂くだけで良いんで。サインだけでも!」
「むっ、無理です!神帝陛下宛てのお荷物を預かるなんてっ、恐れ多い!」

どうなっているんだこの学校は。悲壮な表情の受付に、同じく悲壮な表情で肩を落とした業者は、重い箱ではないメール便を差し出した。

「じゃあ、先にこちらだけお渡ししておきます。えっと、遠野様方JunkpotDrive御中となってますね」
「遠野、ですか?失礼ですが、下の名前は」
「いや、これには表記がないです」
「困ったな、全校生徒に教職員も合わせて、遠野姓が10人以上居るんですよ…」
「これは預かって頂かないと、返送扱いになってしまうんですが」

保証もなく単価が安い荷物だけに、適当に渡せよと言う業者の気持ちが伝わったのだろうか。益々青ざめた守衛は、気の毒げに首を傾げた。

「万一、その封筒が『遠野俊』様宛てだった場合、御社の行く末を左右する可能性がございますが、宜しかったでしょうか?」
「…どう言う事ですか?」

口を閉ざし目を逸らした受付は、ふっと乾いた笑みを浮かべ、

「誠にお気の毒としか申し上げられません。御社の取締役にはこちらからご連絡差し上げますので、お二人がお見えになるまでお待ち下さい」

晴れやかに笑った受付が何処かに電話を掛ければ、ややあってから業者の配給携帯が鳴った。
上司でも顧客からでもなく、本社のナンバーだ。

「も、もしもし!」
『勤務中に済まないね、シロネコヤマト代表取締役の大和だが』
「しゃっ、社長ですか?!」

業者の苦労はまだ終わらない。













「なぁにやってたのよ、アンタはぁあああ」

随分よれよれな格好で出社した男に、女子社員の黄色い声が送られている。よれよれでも堂々とした彼は、仁王立ちで待ち構える長身チャイナに気付くなり柔和な微笑を浮かべた。

「これはこれは、代表自らのお出迎え傷み入りますねぇ。おはようございます、社長」
「全く以て、ちっともお早くないわよ!ちょっとこっちに来なさい!」

ガシッと秘書の腕を掴み、ずんずん歩いていくチャイナドレスには誰も構わない。
ひたすら顔だけは整っているオカマと、社内抱かれたい男ナンバーワンの秘書課長の組み合わせは、飛行機のエンジン音をBGMにしても目の保養だ。会話の内容になど興味はないらしい。

「何の連絡も寄越さないで!ゼロ一人にして、何で名古屋から出たのよっ」
「それが、大変だったんですよ社長」
「こっちもすんごい大変だっつーの!あの子がやらかしたのよ!」
「ああ、その件については裏が取れました」

主語のない会話でも成り立つのは、二人が優秀だからだろう。非常階段へ踵を返した眼鏡が、オカマをぐいぐい引きずる。

「痛いってば!もう」
「帝王院秀皇の映像を流させたのは、冬臣の雇用者だ」
「痕になったらどうして…ああ?じゃ、帝王院駿河が仕掛けたっつーのか?」
「何の魂胆があってか知らんが、冬臣自体も知らされてなかった様だな」
「やっぱり仮病だったのね、あの狸ジジイ。アタシらの時代から絡み辛い奴だったもの」

溜め息を吐いた嶺一を横目に、ネクタイを締め直した男が髪を整える。

「問題は別だぜ?山田大空が行方を眩ませた」
「ヒロキが?」
「ああ。焼身自殺を謀る男じゃないのは一目瞭然、…何せアレは東の皇の末裔だからな」
「どう言う事よ?何があったの?」
「息子から珍しく連絡があったんですよ」

肩を竦めた男の台詞に、オカマは腕を組んだ。父子そっくりだったが、父とは違い、息子の方はひねくれてなかった様な気がする。

「何も聞かないで若君を保護して欲しい、とね」
「ヒロキの息子は二人居るわ。どっちの事を言ってんのかしら…二人共?」
「『若君』」
「跡取り、長男って事か。で?アンタはそれで今まで単独行動だった訳ねぇ?大事なうちの跡取りを一人にして、ふぅん?」

零人には別のボディーガードを付けているが、佑壱に恨みを持つ者から度々狙われているので気が気じゃない。判っている癖に、零人から目を離したと言うのだから、やはり親か。

「まぁ、幾ら俺でも子供は可愛い」
「似っ合わない台詞!」

離婚して全く交流がないにも関わらず、息子のおねだりを聞くのだから。気持ちは判る。

「で、長男はどうしたの?帝王院に通ってる方だから、何っつったっけ」
「山田太陽ですよ。残念ながら、こっちが本題なんです」
「ん?」
「甥から邪魔されましてねぇ」
「冬臣?文仁?」
「左元帥ですよ」

空気が凍った。

「ま、待って、何でそこにネイキッドが出て来るのよ?!まさかアンタっ、ヒロキの息子をグレアムに奪われたってぇの?!」
「ええ。下手したら殺されてました。被害が新車の窓とタイヤだけで済んだのは奇跡に近い」
「うっわ」

頭を抱えたオカマが、唸りながら屈み込む。最悪の事態なのか違うのか、判断が付かない。

「こっちも手を打つ暇がなかったんです。弱った事に、GPSで探知したまでは上手く進んだんですが、どうやらあの子はグレアムの権限を使ったらしく」
「え?まさか、」
「ブラックウィングで追いかけてきましたよ。一見、ただの国産車を装った」
「何でネイキッドがそこまで」
「若君曰く、交際してるそうです」
「………何?」
「お付き合いしている、と」

有り得ない事態に口を押さえる。吐き気しかしない。あの、人を人とも思わない悪魔が、人並みの恋愛などする筈がないのだから、

「…助けるわよ。使える手は何でも使わなきゃ!ただでさえ、キングの緊急召集があって問題勃発中なんだから…!」
「へぇ?老いぼれが腰を上げましたか」
「ルークを蹴落とす魂胆よ!いや、本心は違うんだと思うの。…あの男の手に、秀皇が落ちたのかどうなのか、知る必要がある」

珍しく表情を凍らせた秘書を、屈んだまま見上げた。何故こうもあちらこちらで問題が起きるのか、誰か教えて欲しいものだ。

「仕方ない、こうなったら強行手段よ。『ナイト』が万一秀皇なら、それは本物じゃない。だって、遠野龍一郎が秀皇の結婚を許したのは、名を譲ったからなんですもの」
「冬月、ですか。本家の方ですからね、その末裔である娘を帝王院の跡取りに娶らせるのは抵抗があったでしょう」
「山田…灰皇院は生き残った分家筋ばかりだから、遠野が冬月である事は知らない筈よ。そうね、狸の東雲ならいざ知らず」
「了解。遠野俊を確保します」
「ええ。くれぐれも油断しない事よ。秀皇と遠野龍一郎の血を継いだ子だから、どんなに扱い難いか判ったものじゃない」

頷いた秘書が非常階段を足早に降りていくのを見送り、踵を返した瞬間、痙き攣った。


「よう」

優雅に佇む長身が、顎を逸らし嘲笑っていたからだ。

「あ、アンタ、いつからそこに…」
「会いに来たらコソコソしてっから、付いて来た訳よ」
「ストーカー行為は通報するわよ」

脇を通り抜け、社内へ入ろうとして失敗する。腕を捕まれ溜め息一つ、

「何の用よ、高坂」
「山田の件はハナから信じちゃいねぇが、帝王院秀皇がキングの手に落ちたたぁ、どう言う了見だ?」
「聞いての通りよ!…一般人のアンタは、介入しない方が身の為よ」
「馬鹿抜かせオカマが」

弾かれた手には構わず、白髪混じりの黒髪を掻き上げた男は、静かな怒りを宿す笑みを滲ませる。

「ルークの餓鬼がどうなったって構やしねぇが、それでうちの息子に皺寄せられたらたまったもんじゃねぇ」
「ふん。…ルークがヴィーゼンバーグから守ってくれてるらしいもんねぇ、とんだパトロンだわ。良く飼い慣らしたもんよ」
「普通の餓鬼と同じ扱いしただけだ。テメェらみてぇにな、我が身優先で育児なんざ出来ねぇよ」

舌打ちを噛み殺し、ほぼ不意打ちの右ストレートを放つ。ひょいっと避けた男が嘲笑じみた捕食者の笑みで、ぐいっと詰め寄ってくる。
がっと喉を鷲掴まれ、壁に押し付けられた瞬間、悟った。ああ、この男は後輩と言う引け目だけで、今まで手を抜いていたのだ。

「判った事を言わないで!アタシだって必死で!必死で守ってきたのよ!」
「日向にはアイツなりの人生があらぁ。幾ら息子でも、そいつに口出す権利は親にもねぇ。テメェの人生はテメェだけのもんだ」

正論だ。
正論だが、そんな綺麗事、何不自由ない家庭だから言えるのだ。

「だがな、望んで不幸になりたがる馬鹿なんざ居ねぇだろうが。馬鹿息子が、命削ってんのは判ってる」
「…は?」
「クリスティーナ=グレアムは何も話してねぇのか」
「ちょっと、何でクリスの名前が出るのよ」
「毎月、百万ドルの送金があってるぜ。日向の口座に、な」

腰から力が抜けた。
見上げる形になった男には怒りも殺意もなく、ただ穏やかな表情で。

「じゃ、あ…佑壱が生きてるのは…」
「はん。公爵が殺そうとした男爵の末裔を、当の公爵の末裔が助けてんだわ。毎日毎日体鍛えて、毎日毎日増血剤たらふく飲んで」
「嘘、でしょう?ア、アタシ、酷い事を言ったわ。12年前、あの子に酷い事を言ったのよ…!」

ああ。
嫌な記憶が再現されていく。



血塗れの子供が手術を終えた姿で、パニック障害を起こし錯乱している赤毛の背中を撫でていて。
初めて見た次男の哀れな姿に、混乱していたのだ。

『汚い手で触るな!』

後に、佑壱を狙った者達から庇ってくれたのだと聞いても、グレアムを迫害した公爵の血を引いていると聞いていたから。
どんな手を使って媚びを売るつもりなのかと、疑った。背中に大きな傷を負った小さな子供を殴りつけ、今になれば何と可哀想な事を言ったのか。

『アンタなんかイギリスで一生を過ごせば良いわ!よくも取り入ろうとしたわね、穢らわしい!』
『違、ます。ぼ、僕は、』
『ああっ、こんなに酷い怪我…!佑壱、判る?!佑壱、パパよ!』

佑壱の体に異変が起きている事を知ったのは、直後だ。然し佑壱が来日する頃には薬が開発されていて、その製造方法など、考えた事もなかった。


「文字通り、一生を英国で暮らすつもりだろうよ。ババアが誂えた婚約者を押し付けられて、抵抗すんのかどうかは知らねぇが」
「なんて、事…」
「あんま可哀想で、中学入学と同時に奪い取っちまったわ。まぁ、お陰で日向から害虫の如く嫌われてるぜ、俺は。余計な事しやがって、ってな」
「謝らなきゃ、いけない。なんて酷い事を…なんて、申し訳ない事をアタシは…」

顔を覆った。
短い溜息と共に、足音が遠ざかる。


「帝王院一年の遠野、か。いやに聞き覚えがあるんだよなぁ」

←いやん(*)(#)ばかん→
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