帝王院高等学校
新たなる旅路その脆弱性の検証
こそばゆい。

もぞもぞする。
腹の辺りが、もぞもぞする。


「ふぇ」
「まだ早い」

誰かの声に似ている気がする。

誰だ。
これは、誰だ。


「潜入は容易いが、貴様を連れて出るには難航を極める。…機会があらば報せよう」

人の気配が離れていく。
誰かに似ている様で、全く違う、この声は誰。

「貴様の命は我が手中にあるも同然。下手に動かぬが得策だ。理解しろ、天の君」
「うみゅん」
「シンデレラならば、午前零時に魔法が解ける。貴様のそれは、…何が鍵だ?」


ぱちり、と。
瞼を開いた。



「はふん」


白い部屋。
白いカーテン。
白いサイドボードに、白いベッド。
差し込む日差しも、白。


ぼーっと、肌色の右手を暫し眺めて飛び起きた。


「うぇ。…あ、思い出した」

裕也の父親を名乗る男に捕まって、何処かに連れて行かれたのだ。いつの間にか眠っていたらしい事に気付いたが、部屋の中には誰も居ない。

「えっと…落ち着かないにょ」

オタクには不似合い過ぎる殺風景な部屋には、白以外存在しない様だ。埃一つない。

「どーしましょ。朝ご飯の時間じゃないかしら、腹ぺこにょ」

キリキリ痛む腹を撫でれば、爆破テロ級の爆発音が響いた。今が何時になるのかは携帯もなければ時計もない今現在、調べようがない。

「よっこいしょーいち!」

跳ねる様に起き上がり、ドアではなくカーテンに近付いた。
シャッと開けば、見事な洋風庭園が広がる青空の下、小鳥の囀りが聞こえてくる。

「あらん?異世界トリップした主人公って、こんな気持ちなのかしら。此処は何処〜僕は誰ェえ?オタクなの腐男子なのォ、どっちも正解です!」
「きゃははは」
「見て見て、なぁにアレ」
「旦那様が連れてきた人間、目が覚めてるよ」

子供の甲高い声音が聞こえた。
キョロキョロ辺りを見回せば、花壇の一角で遊んでいたらしい子供らが指を指している。
皆、同じ顔だ。

「あにょ、ちわにちわ」
「きゃははは」
「喋った!きゃは、気持ち悪ーい」
「なぁに、アレ。頭悪そう」

三人が顔を寄せ合い笑っている。その程度の悪口で傷ついていたら、ハァハァ出来ない。
無意識にデジカメを探し、見付からない事に血の涙を流しながら壁を殴る。性別不明の三つ子は、作り物めいた美貌だった。

「普通の人間だ。でも何か変」
「だってコーヤはとても綺麗だった」
「そしてコーヤはとても頭が良かった」

まるで、神威の様だ。


「えっと…遠野俊と言います。15歳です」

お近付きになろうと、裸足で庭に降りながらもぞもぞ尻を振る。こんな天使の様な子供に出逢ったのは初めてだ。
緊張の余りクネクネダンスを踊ってしまうのも無理はない。三つ子がぱちぱち瞬き、同じ仕草でまた、顔を寄せ合う。

「あの人間、いま名乗ったよ」
「久し振りだね、僕達に名乗った人間」
「コーヤはずっと、会いに来てくれないもの」

ボソボソ囁き合う三人に、じょりじょり近付いた変質者は花壇の薔薇を3輪、素早く失敬し、さささと髪を整えてから満面の笑みを浮かべた。
黒縁眼鏡のまま。

「ささ、お美しいチワワ達。お近付きの印に薔薇をどーじょ」
「くれるの?」
「プリンセスローズはマダムの好きだった花だよ」
「勝手に触ったら、廃棄されちゃう」
「むにゅん?廃棄とは、穏やかでないにょ」
「何をしている」

何かに怯えている様な三人が、ビクッと肩を震わせた。俊の背後を凝視し、今にも殺されそうな表情で肩を寄せ合っている。
何だ、と振り返れば、昨夜出会ったばかりの、男。

「目覚められたかね、ナイト」
「えっと、おはよーございます。あにょ、すいません。これ…」

千切った薔薇を差し出せば、一瞬で表情を変えた男に背後の三つ子が震えた気がする。

「…これはどう言う事だ」
「ご、ごめんなさい旦那様!」
「ぼ、僕達は…」
「お願いします!許して下さいっ」

がたがた、目に見て判る程に震える三つ子が、互いを抱き締めたまま竦み上がっていた。薔薇を摘んだのは自分だ、と弁解するべく、三つ子を背後に庇う。

「ごめんなさい、僕が摘んだんです。とっても綺麗だったから」
「…」
「あにょ、弁償します。足りなかったら分割払い出来ますか?」
「貴方が気にする必要はない。…朝食の用意が出来ている。それらが案内しよう、ナイト=ノア」

短い溜息の後に、玄関らしき方向へ去っていった背中を見送った。
凄まじい威圧感だ。ビシバシとロマンスグレーの貫禄を感じる。オタクには毒だ。

「はふん。腐男子は腐ってるけども燃えるゴミには出せませんにょ。めそり。廃棄されなくて良かったなりん…」
「旦那様がノアって呼んだ」
「ノアは、ルーク様だけの称号なのに」
「君、本当にただの人間なの?」

不安げに見上げてきた三つ子に、一輪ずつ薔薇を手渡してから首を傾げる。

「職業、萌える生ゴミがただの人間じゃないなら、腐男子としか説明出来ないなり」
「ふだんしだって」
「遠野俊は、ふだんし!」
「ふだんし、コーヤ知ってる?コーヤ、最近ずっと来ないの」
「ふむ。コーヤ?」

そんな名前の知り合いが居ただろうかと腕を組めば、三つ子の一人が腰に抱きついてきた。

「ふだんし、お腹空いた?こっちだよ、早く早く!ねぇ、卵は何が好き?」
「エメンタールチーズとブルーチーズはどっちが好き?」
「リヒトは、スクランブルエッグとエメンタールチーズのクロックムッシュが好きなの」

懐かれたらしいのは判った。嬉しい限りだが、三人からすり寄られると鼻血を耐えるので必死だ。
全く聞いた事もないチーズの名前に、『裂けない事もままあるチーズ』が好きだと答えたが、三つ子は知らないらしい。

「コーヤはね、ベシャメルソースが好きなんだって」
「リヒトはコーヤが好きなんだよ。だからね、帰ってこないんだ」
「きっと、もう一生帰ってこないんだ」

だが、コーヤもリヒトも心当たりがない。押し流される様に玄関らしき入り口から屋敷の中へ入り、甲斐甲斐しい三つ子からスリッパを渡されて足を拭われた。

「あふん。そんなに押したら転けちゃうなりん。で、リヒトとコーヤは恋人同士ですか?」
「違うよ。二人共、雄だもの」

だからこそ恋人であって欲しいのだが、小学生ほどの三つ子には言えない。最低限の常識まで捨てたら負けだ。
オタク活動は計画的な秘密裏に。

「リヒトはずっと怒ってる。チンランが何もしなかったから」
「コーヤは肺と腎臓が潰れて、演奏が出来なくなったんだ」
「本当は、リヒトが狙われてたんだよ。なのにコーヤだけが怪我をしたんだ」
「えっと、つまりコーヤがリヒトを庇ったんですか?」
「違うよ。コーヤはチンランを庇ったんだ」
「だからリヒトは怒ってる。コーヤの方がずっと凄いのに」
「着いたよ!ふだんし、入って入って」

食堂らしき部屋に案内されて、漫画で見る様な長いテーブルに座らせられる。

「ぷはーんにょーん!」

ずらりと並んだ料理に眼鏡を輝かせ、べたべた引っ付いてくる三つ子にハァハァしながらフォークを手に取った。

「あれ?藤倉のおじさんは?皆は食べないの?」
「旦那様は忙しいんだ。時間通りに行動してるから、今は書斎に居る筈だよ」
「リヒトが帰って来なくなってから、殆ど食事しなくなったんだよ」
「昔は、リヒトとご飯たべてたのに。話す事がなくても、マダムが亡くなってからはいつも二人で食べてたのに」

マダムと言うのが、裕也の父親の嫁に当たるなら、リヒトは裕也と言う事になる。ならばコーヤは、

「…高野健吾?」
「ふだんし、コーヤを知ってるのっ?」
「そう、コーヤケンゴ!」
「世界中の楽器を従える、音楽のミューズ!」

詰め寄られ頷けば、三つ子は晴れやかに笑った。

「リヒトのボディーガードはまだ生きてるの?」
「コーヤが助けてあげた、役立たず」
「一生、償わなきゃいけないんだから」

三つ子の口の中に、トマトを一切れずつ放り込む。
驚いた表情の三人に眼鏡を外しながらにっこり微笑んで、握っていたナイフを外に向かって投げた。

「ふむ。逃がしたか」
「なに?ふだんし、いま何をしたの?」
「僕達は何も食べなくて良いんだよ」
「だって、人間とは違うもの」

消えた気配を余所に、片っ端から食事を納めていく。にこにこ眺めていた三つ子が、暫くしてから口々に呟いた。


「…なぁんだ」
「やっぱり、そうなんだ」
「ふだんしも、人間じゃないんだね」

煌びやかな食事の裏側に、何が潜んでいたのかは知りたくない。















「あの、執行部の方へアポをお願いしたいんですが」

積み重ねたダンボールを台車で押してきた業者が、ラウンジゲートの入り口でインターホンに向かった。

「シロネコヤマトで、お荷物をお預かりしています」
『ああ、すいません。中から通達で、今は誰も居ない様です』
「困ったなぁ。超速達でお荷物をお預かりしてるんですよ。代金は頂いているんで、お渡ししたいんですが」
『執行部の誰宛てになってます?』
「えっと、帝王院神威様宛てです。書籍類ですね」

遽しくなったインターホンに首を傾げた業者は、直後腰を抜かした。


校門にしては派手な煉瓦造りの壁だと思っていたが、中まで立ち入る事はまずない。守衛を介して荷物の取引をするだけで、校舎すら見た事がなかったのだ。


「申し訳ないが、その荷物を預かる訳にはいかない事情がありましてね」

門が開いた瞬間、駆け寄ってきた美形守衛に瞬き、その向こう、無駄に広大な国立公園めいた長く広い並木道を凝視する。
水路を真ん中に挟んで、延々続く果てしない道。遥か彼方に白亜の建物が見えたが、そのまだ向こうには宮殿が聳えている。

「通行証をお渡しするので、直接運んで貰えますか」
「えっ?」

申し訳なさげにプラスチックのカードを差し出してきた守衛に、帝王院学園の内部を知って放心状態の業者は痙き攣った。
あの宮殿まで、一体何キロあるのか。

「此処から真っ直ぐ向かって、ガーデンスクエアと言う表記の看板がある広場に出てから、北東の方角に進むと、リブラと書かれた歩道に出ます。その方向指示に従って、あの白い建物を目指して下さい」
「あ、あれですか?」
「ええ。因みに、別れ道でキャノンと書いてある方に迷われても大丈夫ですが、あの森が見えますか?」

北西の方角に、確かに森が見える。森から突き出たあの赤い塔は、一体何なのか。

「蠍のオブジェがある方の道に進むと、迷い込み易くなるので気をつけて。まぁ、大丈夫だとは思いますが」
「はは。目的地が見えてますからね…」
「いや、目に見えるより距離がある上に、ガーデンスクエアが複雑な造りになってて、我々でも時折迷う程です」
「うわぁ。百聞は一見に如かず、ですねー。日本じゃないみたいだ。や、もう都内ですらない…」

此処からは車が入れないらしく、自転車を貸してくれると言う守衛に、苦笑しながら断る。荷物が余りにも多すぎるので、徒歩しか道はない。

「万一、万一迷っても闇雲に歩き回らずに、キャノンを目指して下さい。敷地の外れは、所々崖になっていたり山に迷い込んでしまったりするので」
「わ、判りました。あの宮殿を目指すんですね。いや、もう自分は真っ直ぐ行って北東以外には行きません」

好奇心はあったが、遭難は堪らない。業者の好奇心を見抜いたのか否か、賢明ですと苦笑した守衛に頭を下げて、台車を押しながら旅路に出た業者のモチベーションは降下続きだろう。


可哀想に、と。
呟いた守衛は手を合わせ、せめて無事を願ってやろうと目を閉じた。


「せめて王呀の君が居たら、楽だったろうに」

神出鬼没の自治会長は、今頃何処の恋人の元に居るのやら。

残念ながら、守衛如きが連絡しても中央委員会執行部は対応してくれない。
副会長以外は。

「光炎の君が外出中だった事を恨んでくれ」

業者が無事、寮へ辿り着いたとして。西指宿以上に神出鬼没な受取人が、果たして見つかるものか。

連絡した学生課の職員でさえ「不憫な」と宣った相手だ。

←いやん(*)(#)ばかん→
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