帝王院高等学校
ぷよぷよ連鎖と食物連鎖は別物です
「歪み」

そう、『これは』創造が招いた歪な軋みだ。
目覚めには程遠い夜。
互いが淘汰し合おうとしている『自身』、答えは見えているのに。

「ナイトとポーンの一騎打ち。どちらのルークが味方に付くのか、興味をそそるな」

左と右。
勝者と敗者。
真実と嘘。
生存と淘汰。

答えはいつも一つしか存在しない。
真実は常に一つしか存在しない。
この世界は一つしか存在しない。

ただ、誰も知ろうとしていないだけで。

「生存を望むが故の闘争。食物連鎖か…」

弱い方に味方したくなるのも、人の業だ。退屈凌ぎには丁度良い。


「Well, it's KARMA.(それこそ、業)」











「いっ」

バチンッと言う凄まじい音と共に弾き飛んだ手錠、床を跳ねていった金属の塊を見やり、安堵の息を吐いた。

「うー…痛かったー」
「少し擦れていますね。…待ってなさい」

軽々ペンチで手錠を切り壊した二葉が電話に向かい、フロントに一言二言語りかけている。

「えっと…」

身の置き所に困る広い部屋は、地元では最高級に値するホテルのスイートだった。
着物姿の美男子と、Tシャツにジャージ姿の少年は不気味な組み合わせだったに違いない。が、多少戸惑っていたフロントのホテルマンも、二葉が何やら耳打ちするや否や、支配人出動の事態だった。

丁重に案内されたスイートルーム、手錠を填められた太陽の両手にはタオルが巻かれていたが、そんな事は誰も気にしなかったらしい。
何せ二葉の美貌による愛想笑い、と言うこれ以上ないバリケードがあったのだから。


「………君、山田太陽君?」
「おわっ、はいい?!」
「どうかなさいましたか?」

物思いに更けていると、ソファに腰掛けていた太陽を覗き込む美貌のドアップがある。驚きの余り後退ったが、ソファの背凭れで後頭部を打っただけだ。
ぽふん、高いソファは感触まで違う。

「や、慣れない広さに戸惑ってたってゆーか」
「おや、貴方のご実家はこの部屋の何倍も立派でしたよ」
「二人部屋育ちの寮生なんで」

不思議そうな二葉の手には消毒薬らしきボトルと、ガーゼがある。
学園の規模に比べれば犬小屋だろうが、スイートを軽々しく選ぶ二葉と太陽は違うのだ。

「痕になるといけませんからね。手当しましょうか、両手を出して下さい」
「あ。や、あの、そんな大したもんでないし、自分で出来ますから」

眉を寄せた二葉が、僅かに双眸を眇めた。どうやらセルフサービスは許して貰えないらしい。

「何か仰いましたか?」
「よ、宜しくお願いします…」

ビクビクと両手を差し出し、凍える笑みを浮かべる男から顔を背けた。節張った男の手、乾いた皮膚の感触がする。立派な男の力が、掴まれた手首に宿った。痛みはない。

「沁みますか?」
「や、平気です」

健全な日本の高校生は、拳銃など携帯していない。あれはエアガンとは違った。どう違うと言われても答えに窮するが、佑壱ですら一目置くこの男の内面が、ほんの少し窺えた気がする。

「あの」
「何でしょう」
「さっきの人、なんですけど」
「さっき?…ああ」
「あの人、あのままで良かったのかな、とか、思ったり」

知り合いの様に思えたから、それを尋ねたかっただけだ。けれど、ピクリと肩を震わせた二葉が緩やかに見上げてきた瞬間、後悔した。

「…何故、君は彼と一緒に居たんですか?随分、愉快な話を聞かされましたがねぇ」

ご立腹だ。
めちゃくちゃ笑顔だが、完全にご立腹だ。消毒薬の瓶を片手で握り潰すとは、恐ろしい男である。

「錦織君も藤倉君も、君から車に近付いたと言いました」
「しっ。知り合いに、似てたんです。うちの父の会社の人に、ぱっと見、ほんとそっくりで!だからつい、」
「おや、ならば偶然だとでも?あんな所で、あの時間に」

ごもっとも、だ。
結局、何故誘拐される羽目になったか聞いていない。ただ、GPS探知の犯人があの男絡みである事は間違いないだろう。

「で、でも…本当にそっくりだったんですよー…。小林専務も眼鏡掛けてて…うう」
「あれは、私の母の腹違いの弟です」
「うぇ?お、叔父さんだったんですかっ?!」
「ふん、白々しい事を…」

呟いた二葉に痙き攣ったが、どうやら太陽へ向けた言葉ではない様だ。眼鏡を押し上げた男はテーブルの上のリモコンを手に取り、応急セットを小脇に立ち上がる。

「あの…」
「まぁ、おおよそ見当は付いていますので構いません。お馬鹿な君に答えを求めるだけ無駄ですからねぇ」

リモコンを連打しながら、今日は冷えるなどと呟いた男は、然し我に返った様に顔を上げ、凄まじい勢いで近寄ってきた。

「いえ、今のは決して貴方を卑下した訳ではなく」
「はぇ」
「本心からの言葉ではないんです。綾と言うか何と言うか…どうも貴方には、良からぬ人間を惹き付ける魅力がある様なので」
「ほぇ?」
「ただ、その………ですから、私が言った言葉を逐一真に受ける必要はないのです。っ、良いですね」
「はっ、はい」

念を押すかの様に睨まれ、意味も判らず頷いた。くるっと踵を返した二葉がそのまま部屋を出て行く。
風呂かトイレかは知らないが、ほっと肩から力が抜けた。


「…つ、疲れたー」

同じ空間に居る、と言うだけで満身創痍にならざるえない。二人きり、となると尚更だ。
あんな男の恋人になる女性は大変だ、などと腕を伸ばしながらソファに横たわってから、はたっと思い出した。

「恋人、って…は、あはははは、やっばい、忘れてた………って、暑っ」

自分が数時間前、二葉に申し込んだ台詞を思い出し今更恥ずかしくなると、羞恥とは違う意味で顔が赤くなった。
何だ、この部屋は常夏アロハのハワイ島なのか。

「えっ、何でこんなに暑いの?!エアコン?!エアコンが壊れてんの?!」

二葉が触っていたリモコンを掴めば、暖房設定温度が30度で固定されている。真冬でも滅多にお見かけしない温度だ。
二葉の連打はこれが原因だったらしい。冷え症でもこの時期にこの温度は設定しない筈だ。

「な、何なんだよ、あの人。今まで以上に、判らなくなってきた…」
「山田太陽君」

廊下から顔を覗かせた裸眼の二葉が、ポイッと何かを投げてきた。携帯だ。

「わっ。何ですか、これ?先輩の携帯ですかっ?」

学園の親衛隊らに売ったら何百万になるんだ、などと考えた事は黙っていた方が良いだろう。

「はい。君の携帯電話は、この部屋では使えませんから」
「ふぁ?」

どう言う意味だと、ポケットから携帯を取り出す。久し振りに見た圏外の表示に瞬いた。

「言い忘れてましたが、我々はこれより暫く部屋から出られないので、欲しいものがあればそれを使って下さい」
「う、え?出られないって、あの?」
「ヘタレが引きこもってますからね、事の真相を探るまでは有給休暇を使おうかと」
「え」
「ただの学園生活でも、私にとっては業務の一環でしたからねぇ。少しは困らせてやらないと」

楽しそうな二葉には悪いが、理解不可能だ。

「貯まりに貯まった有給休暇を消費する絶好の機会です。ふふ」

何故、太陽まで道連れにならなければいけないのか。高校生に有給休暇など普通与えられない。

ああ、そうか。
確かこの男は、莫大に大きな企業の副社長だったか。つまり最強マフィアのナンバー2。
そうだろう、祭美月も中国マフィアだ。今更ながら理解して己の馬鹿さ加減に嫌気が差した。美月の義弟である要も、然り。

「や、明日はともかく、月曜は学校があるんですよ…?誇り高き中央委員会役員がサボるって、良いんですかっ?」
「何を仰いますやら」

サボらせるつもりかと眉を寄せれば、小馬鹿にした様な表情の二葉が丸めた布を放り込んでくる。恐らくあれは、彼が着ていた着物だ。

「つーか、今更アレですけど、アンタさっきお父さんがどうの言ってませんでした?しまいには無免許運転…」

顔しか見えないから判らなかったが、裸と言う事か。急激に目を逸らしたくなったが、男同士で何を照れる必要がある。

「執行部三役の我々には、業務優先の為の単位免除がある」

話を逸らしやがった。この笑顔に騙されてなるものか。

「…風紀委員長の癖に」
「今更、数日休んだ程度で差し支えなんかありませんよ」

ぼそりと呟けば、明らかに鼻で笑った二葉がやれやれと言った風情で頭を振った。いつもの完璧な愛想笑いはどうした。

「悪かったですね!一回でもサボったら進退問題なんですよ、こっちは!ただでさえ一斉考査を控えてるのにっ、転落したら責任取れんのか!」

進学科から普通科に変わって平然と通える人間は、殆ど居ない。健吾と裕也が図々しいだけだ。

「責任、ねぇ」

晴れやかに笑った二葉が、親指を立てる。似合わないポーズだ。

「現国・古文以外の教科であれば、私が見て差し上げますよ」
「え」
「数学や物理であれば、子守歌代わりに高校では習わない範囲まで、毎晩語り聞かせてあげます。例え途中、君が眠ってしまっても朝までじっくり」

にっこり。
笑った二葉が片手を振り、見えなくなる。

「…うわー、御三家直々のカテキョだってー、嬉しいなー…帰りたいなー。ぐす」

ダッシュで向かった玄関のドアノブは、幾ら回しても開こうとしなかった。

然し山田太陽、ドアを蹴破る力も窓から飛び降りる勇気もない。極めて平凡な男だった。ルームサービスのメニューを意味もなく開き、値段に硬直する程には小心者。

こうなったら寝るしかないと早々に現実逃避を図り、三つある寝室の最も質素な部屋のベッドにダイブすると、暫くして何処かからか可愛らしいクシャミが聞こえた気がする。


「変だな。暖房を入れた筈だが…っくしゅ!寒いっつーんだよ、ポンコツが」

どうやらあれが叶二葉の素らしいとほくそ笑みながら、夢うつつ。
大の字で腹を出しながらギィギィ歯軋りに勤しむ山田太陽を見た者が、果たして居るのか居ないのか。










煩い。
煩い。
煩い。
誰だ、人の耳元で騒いでいるのは。

「おはようございます。今日は良い天気ですね」
「昨日の雨で花壇が酷い有り様で、今から温室に向かう所なんですよ」
「おはようございます、東雲先生を見掛けませんでしたか?」
「体育科二年生に連絡します、本日のカリキュラムは…」

煩い。
煩い。
煩い。

「理事長は学園長とご一緒に、先程お出掛けになられました」
「ゲストルームのお客様がお待ちですが、白百合閣下をご存じないでしょうか」
「いえ、今朝はまだ伺ってません」
「何で朝から草むしりなんかしなきゃなんねーんだよ!」
「貧乏だからだろ。三年に日曜以外の稼ぎ時なんかねぇんだから、ちゃきちゃき働いて麻雀のツケ清算しろよ」


森羅万象の有象無象が、煩わしい。



「…滅びろ、ノイズ共。」

呟きと同時に目を開けた。
夜なのか朝なのか判らない部屋のシャンデリア、淡い蝋燭の炎の様な光を認める。


朝だ。
換気ダクトを伝い聞こえてくる外の世界の雑音が、聞きたくもないのに教えている。
近頃は気にならなくなっていた他人の生活音が、また、凄まじいストレスを抱えてきた。

俊の部屋に入りきらなかった同人誌やら、頼んでいた書籍やらを読んでいる内に寝ていた様だ。
枕元の読みかけの本を横目に、オーディオの電源を入れる。


大音量のクラシック。
久し振りに聞いたBGMは、まるで他人事の様だ。少し前まで、これがなければ生活出来なかった筈なのに。


「…」

何十冊かの書籍に目を通し、再びベッドに転がった。日曜まで授業や課外、部活動や月末行事に勤しむ生徒は素晴らしい、などと。
生徒会長としての建て前を呟いて、緩く目を閉じる。


「誉高きバッハも、つらぬ音だ」

死ぬのは怖い。
だから眠るのも怖い。
なのに今は、視界に『彼』が存在していないだけで息をするのも面倒だ。
なのに今は、起きていると『彼』の事ばかり考えてしまう。


嫌われたくない。でも嫌われた。
今更、好かれはしない。許されない。


死にたい。
愛されたい。
神たる義務がある。
人たる権利を振りかざしたい。



「あにそんが聴きたい」

矛盾。
腹の中で本能と理性が互いを貪り合っている。

←いやん(*)(#)ばかん→
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