帝王院高等学校
日本列島にラブ旋風が吹き荒れます
「おや」

血相を変えて近付いてくるのは、明らかに要だ。その隣の裕也も顔色が悪い気がするのだが、青白い街灯の所為だと背を向ける。
ガラス張りのエントランスへ足を向け、インターフォンは鳴らさず小脇に抱えていたタブレットのエンターキーをポチリ。

一斉に開いた二枚の自動ドアを優雅に潜ろうとすれば、ガシッと肩を掴まれた。

「在做什公尼?!」
「おや?何をしてると言われましても、深夜の密会としか」

かなり驚いているらしい要に詰め寄られ、愛想笑いを浮かべながら首を傾げる。マンションのセキュリティーをハッキングした程度で、ガタガタ言われる義理はない。

「お前には何の用もありませんので、手を離しなさい。気安く私に触らないよう、何度も教えて来た筈ですよ青蘭」
「っ」

要の手を軽々振り払った二葉が呆れた表情で眼鏡を押し上げ、何事もなかったかの様に背を向ける。
然し、一足早く背後に佇んでいた裕也が、面倒臭げに後頭部を掻いていた。

「おたくの、それ。使えるんなら、頼みがあるんスけど」
「タブレットに興味があるんですか?残念ながらOSが日本語に未対応でして」
「今さっき山田を連れてった眼鏡の男が誰なのか、…判んねーっスかね?」

勝った表情の裕也から目を離し、素早く振り返れば。ぎこちなく頷いた要が、駐車場の出口を指さした。

「入れ違いで出て行ったセダンです」
「どう言う事か、事細かに説明して頂けますね?」
「…貴方が寄越した迎えではないんですか?我々も、相手の顔までは見ていないんです」

小脇に抱えていたタブレットが、歪んだ音を放った気がする。












「あー、胸糞悪ぃ。暴力野郎」

壮絶な惨状の風呂場から脱衣場までを見渡し、くっきり歯型が付いた右肩を押さえながらバスタオルを手に取る。

「片付けんのは今度で良いか…」

溜息混じりにガシガシと全身を拭えば、僅かに血が滲んでいた。殴られるよりも咬まれる方が地味に痛い。精神的にも、反撃の余裕を許さなかった。

「はぁ」

確かに、自分が彼の立場なら同じ事を、いや、それ以上の事をするだろう。いがみ合ってきた相手から期間限定で『交際しましょう』などと言われても、殺意しか芽生えないに違いない。

悪い話ではない、と。思うのだ。互いに利益があるのだから、一挙両得で大円団ではないか?

少なくともキスは出来るのだから、ちみっこいフワフワな親衛隊らとは違うのはこの際、百歩譲ったらどうだ。たまにはマッチョ相手でも良いではないか。
若干、いや多大にデカい、自分で言うのも何だが料理と喧嘩しか特技がない雄だが、喰わず嫌いはどうだろう。

「クソ猫。俺式究極カレーで胃を掴めねーなんて、総長以外にゃアイツだけだぜ」

佑壱の肩に噛みつき、無言で周囲を蹴り壊して行った日向は何処に行ったのかと思えば、涙目でやって来た健吾が教えてくれる。

「ふっくちょー!(つД◎) 超フェロモンむんむんのバスローブ王子が!ハヤトを犯しちゃうっしょー!(ノД`)゜。」
「テメーに語学力はないのか、健吾」
「とにかく来て!廊下でハヤトが犯されてっから!(´Д`*)」

健吾に引っ張られるまま外に出れば、匍匐前進で大理石の廊下を這いずる隼人の背中に、ずぶ濡れの金髪が見えた。
隼人の褪せた金髪とは違い、生粋のブロンドは濡れると赤みを帯びる。

「何遊んでんだ、お前ら」
「ばかー!助けやがれ役立たずー!隼人君のお尻が裂けちゃうよお、うえーん」
「はぁ。嫌がる相手にすんなよ、高坂ぁ」

隼人の上から引っ張り上げようと日向に手を伸ばせば、無言で顔を上げた日向と眼があった瞬間、佑壱の体が床に沈んでいた。何事だと瞬く佑壱の真上に、無表情の金髪。

「んぁ?」
「命令だったら何でもするんだろう、お前」

両腕が、日向の左手一本で封じられている。必死で抵抗しているつもりだが、実際、佑壱の体は微動だにしていない。
唖然とした表情の健吾と、起き上がり飛び退いた隼人が何かを言った気がするが、返事をする余裕もなかった。

「望み通り命令してやるよ。…金輪際、俺様に近付くな」

自分より弱い人間に従った事などない。自分が認めた人間の命令なら、確かに何でも従ってきた。
だからと言って、これでは。


「テメーは、酷い」

真っ直ぐ、瞬きもせず日向を見つめたまま、全身から力を抜いた。苛立たしげに眉を顰めた日向が立ち上がろうとする気配を認め、膝で日向の股間に触れる。

「おい、」
「餌と主人の命令、二つの間で板挟みになった犬がどうなるか、考えちゃいねぇ」

食べたい、食べてはいけない。生きる権利、守る義務。本能と理性。

「延々、涎を垂れ流して。餓える恐怖と見放される恐怖の境で、悩み続ける。どっちを選んでも幸せにはなれやしねー」
「餓鬼が」

この男にも、本能と理性の境があるのだろうか。凄まじい怒りを宿した声音とは真逆に、酷く熱っぽい眼差し。それが意味するものは、何。

「ユウさんから離れろ!」

なりふり構わずに飛びついてきた健吾が、微動だにしない日向に抱き付いて引き離そうとしている。
無反応の日向を横目に、佑壱のプライベートルームである角部屋のドアを開けた隼人が、手招きしている光景を一瞥した。

「退けっつってっしょ、この野郎!(´`)」
「良いから健吾、あっち行ってろ」
「でもっ(つД`)」
「良いから」

先程から自由だった右手で健吾の頭を掻き撫でて、膝の上に座っている日向に向き直る。セクハラで訴えられかねない佑壱の膝は、固い他人の太腿の気配を認めていた。

「ユウさーん…」
「とっとと寝ろ。散らかしたら二人共ぶっ殺す」

名残惜しげにドアを閉めた二人を見やり、どうせ玄関で聞き耳を立てているに違いないと肩を竦めた。一言も喋らない日向に仕方ない様な笑みを浮かべ、濡れた髪を両手で撫でつけてやる。

オールバックにしてやれば、男前に益々磨きが掛かった。


「隼人じゃ元気になんなかったみてーだな、相棒はよぉ」
「Mast save it, fuck off.(黙って消えろ)」

呟いた日向の眼差しは、佑壱の目線とは噛み合わない。僅かに違う、少し逸れた所を見ていた。

「そんな無茶言ってんじゃねーんだ。長引かせる気は更々ねぇし、この俺の磨き抜かれたナイスバディに勃起しねーっつーなら、主義に反するが、浮気も許してやらぁ」

日向の下から足を引き抜き、よっこらせっと胡座を掻く。日本に来たばかりの頃は、この座り方を練習したものだ。何せ床に座る習慣がない。

「言っとくがなぁ、俺ぁ禍々しいグレアムの右卿元帥だぞ。忌々しい我が身とは言え、気軽にほいほい種撒き散らせる身じゃねっつーか、俺ぁそんなに安かねー」

伸びてきた日向の左手が、佑壱の右肩の辺りを彷徨う。派手な歯型があるのだろうそこは、恐らくもう瘡蓋になっているだろう。
すぐに完治する。大した傷ではない。

「俺が認める人間の第一条件は、一途な奴だ。勘違いすんな、腕が立つだけなら叶も同じだっつーの」
「…二葉が一途じゃねぇって?テメェがアイツの何を知ってんだ」
「お前、餓鬼の頃に一目惚れしたオンナが居るんだろ?」

目が覚めたばかりの子供の様な眼差しで、ぱちぱち瞬いた日向を見据える。

「いつだったか、叶が川南兄と話してんのを聞いた事がある。ソイツの為に凄ぇ努力してるってな」
「…」
「毎週毎週、プレゼント贈ってんだろ?『真っ赤なワイン』が似合うお姫様に」

あくまで、ただの噂話だ。
真相は闇の中に仕舞ったまま、掘り出す必要などない。

「俺相手じゃ勃たねーなら浮気も許す。ヴィーゼンバーグも誰もテメーには手を出させやしない。他に、何が望みだよ」
「…そんなに、シュンの命令が大事か。好きでもない相手に懇願するなんざ、正気の沙汰じゃねぇ」


可哀想に。
優しい王子様は一生、巨大な塔に囚われたお姫様を想い、梯子が下ろされるのを待つのだろう。



ラプンツェル、貴方の御髪はどんな色?





「はは。…ンな所で股間膨らませてる奴にゃ、言われたかねーな。」











二葉が来ると言ったから、待ってますと言った。ついでに互いの番号を交換し、通話を切ってから三十分ほど経った頃だろうか。
腹が減ったと訴えた隼人と、カフェでは何も食べなかった健吾が、厨房があると言う部屋に消えた。

残った要と裕也が煙草を処分しに行くがてら、ジュースを買いに行くと言うので、三人で外に出たのだ。

「ん、間違いない」

だと言うのに、いつまでも自販機に行く素振りのない二人は、駐車場に車が入って来るなりゴミ捨て場の囲いの影に隠れた。恐らく、二葉から何かされた時の対処をしてくれるつもりだったのだろう。

携帯に見覚えのないマークが点灯している事に気付いたのは、すぐ間近に止まった国産車を見てからだ。

二葉だろうかと携帯を開いて、見たのはGPSマーク。いつから点灯していたのかは知らない。


それを謎に思うより早く運転席から降りてきた男に見覚えがあり、何でこんな所に居るんだと近付けば、


「どうしました若君。先程からぶつぶつと」
「や、えっと…」

知人に良く似ている全くの別人から、素晴らしい手際で誘拐された。で、多分、間違いない。

誘拐。
間違いなくこれは誘拐だ。何せ、互いに初対面だと言うのに、太陽の手首は今、手錠で拘束されている。

「俺、大それた犯罪なんかやったコトないんですがー…」
「おや?異な事を仰いますねぇ、健全な高校生なんですから、喫煙だの賭麻雀だの飲酒だの、何かあるでしょう?」
「や、さっぱり記憶にないと言うか…」
「何が楽しくて高校生やってらっしゃるんですか?」
「…初対面の子供を誘拐する様な人に、説明する気はないですね。名乗りもしないなんて失礼じゃないですか?」
「私が知ってるんだから、赤の他人ではない。ふふ、若いですね」

馬鹿にした物言いにカチンとしながら、父の会社の役員に似ている男を睨む。
すると、携帯が着信音を奏でた。


「あ」

表示されたナンバーは、二葉だ。

「こんな時間に恋人ですか?なんてね、男子校では潤いが、」
「恋人なんで、出たいんですけど」
「へぇ?」

携帯を開く事は愚か、両手がままならない今、耳に当てるのも一苦労だ。どんなテクニックなのか、クロスさせた両手首に手錠を掛けられているだけで、手が全く自由にならない。

「これ外して貰えません?用があるなら、逃げませんから」
「鍵の開いた牢獄から出ない囚人は居ませんね」
「うちの恋人は恐い恐い魔王みたいな人で、何されるか判りませんよー?」

半ば本気で宣えば、片眉を跳ねた男が眼鏡を押し上げた。年齢不詳に見えるが、もしかしたら太陽の父より年上かも知れない。

「では私が代わりに出てあげましょう、若君。お父上の様なプレイボーイを志すなら、浮気の一つや二つこなさないとね?」
「あっ」

膝の上から奪われた携帯、言葉通り応対した男が口を開く前に、凄まじい声が聞こえてきた。助手席にも聞こえる程に。

『何処にいらっしゃいますか山田太陽君!知らない男に付いていくなど愚の骨頂ですよ!』
「…あー、何と言うか、若君の恋人は男性でしたか」
「先輩!助けてー!」

叫べば、二葉が僅かに沈黙した。
少しわざとらしかっただろうかと首を傾げれば、伸びてきた運転席の手から口を塞がれる。

「若君には私が居るから、君は大人しく身を引きなさい」
『…何?』
「彼の事は方々から頼まれてましてね。子供の火遊びなら、小さい内に消火する必要がある」

赤信号と、トラックの渋滞。

正面の大通りを流れる車を眺めれば、爆音を放ちながら近付いてきた車が、反対車線にも構わず隣に停車した。


「…あら?」
『手を退かせ。』

耳を突き破る音。
左手で太陽の口を押さえていた男の右側、運転席の窓が凄まじい音を発てて破裂した。

「困ったな、保険の満期前に…」
「ほら、恐いって言ったじゃないですか」
「若君、これは魔王ではなく暗殺者と言うんですよ」
「アキ」

いつもとは違う呼ばれ方に顔を上げれば、運転席の男の眉間に有り得ないものを突き付けたまま、麗しい笑みを浮かべた人が見つめてきた。

「この男と浮気する気がないなら降りてきなさい。三秒後に撃ちます」
「直ちに降ります」

自分でも驚愕の素早さで車から飛び降りれば、パァンと乾いた音が宵闇を貫く。
無意識に顔を逸らし耳を押さえれば、つかつか歩いてきた二葉に軽々抱き上げられた。

「さ、行きましょう」
「いいい今、ひひひ人殺しっ」

違う車の助手席に降ろされ、甲斐甲斐しくシートベルトまで絞められながら涙目で隣を見やれば、頭を抱えた隣車の運転席の呟きが聞こえてくる。


「情け容赦なくタイヤまでパンクさせるなんて…、流石は私が見込んだ子だ。天晴れ!」

グッと親指を立てた男の姿は、軽やかにハンドルを握った魔王のお陰で、あっと言う間に遠ざかったのだ。

←いやん(*)(#)ばかん→
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