帝王院高等学校
エコ対策、お風呂は一緒に入りましょ
魔法の言葉は『瞳を閉じて』。
いつもとは違う自分になる為の、秘密の呪文。
腕の中で眠る他人の重み、サイレンを発てず密やかにやって来た救急車を眺めながら囁いた。


「可愛い子に出会ったんだ」

本格的に勢いを増した豪雨、雷は遠退いたものの未だに時折、夜空を明るくする。

「優しくしたいのに」

陽光を帯びて黄金に煌めく髪。
甘い甘い眼差し。

「恐らく苛めてしまうだろうから。いつか君が止めてくれる事を願うよ」

眠っている幼い額に口付けた。
これは盟約だ。これは唯一の希望だ。



「己は、己の幸福だけを祈る」


Close our eyes。
次に目覚める刻が、夜明けである事を祈ろう。



彷徨う魂に救いがあらん事を。












「動き回ってはならんと言った端から、師君。早死にするつもりか」

腹が減ったと騒ぐ隼人と健吾を引き連れ居なくなった佑壱、太陽と共に一階のエントランスロビーに行った要と裕也。
呆れた様に溜息を吐きながら日向に錠剤を渡した男は、無言になった日向を横目に肩を竦める。

「ディアブロ。儂は対等な会話を望んでおる」
「…」
「ほんに気丈な。師君は冷たい御方だのう」

まるで自分しか居ないとばかりに足を組み、錠剤を口に放り込んだ日向はそっぽ向いた。会話する意志が感じられない。

「ファーストには何も言っとらんよ。誉れ高き公爵殿下へ毎週1リットルの献血を強いて、その血液から製薬しておる事は」
「ちっ」
「ファーストにはただの貧血と伝えてある。ただでさえ貴重な体液だ。無駄遣いはせぬよう」
「…余計な事を言うんじゃねぇ。我が身が惜しいんならな」
「師君に何が出来ると言う?ふふ、ルーク=ノアの庇護下に在るからこそ師君は、」

音もなく。
凄まじい早さで伸びた日向の左手が、嘲笑めいた笑みを浮かべた男の喉に掛かる。


「ふは。…誰の庇護だって?」

ギシギシ、想像だに出来ない握力が込められているだろう左手で、軽々成人男性を持ち上げていく。

「気が、荒いの…う、公爵閣下」
「笑わせるなよカスが。…良いか、この俺様をヴィーゼンバーグの括りに並べんな」

紳士的な美貌に凍らんばかりの嘲笑、爛々と輝いた飴色の眼差しは真っ直ぐ、呼吸を奪った相手の青い顔を見つめていた。

「ジャパニーズマフィア舐めてんじゃねぇぞ、コルァ」
「何やってんだ?」

と、呑気な声とカレーの香りが割り込んだ。背中を向けたまま、ぱっと手を離した日向の足元に崩れ落ちた男が派手に咳き込み、喉を押さえたまま苦笑を滲ませる。

「ん?大丈夫かジジイ」
「…おぉ、大儀ない」
「高坂ぁ、今テメー、ジジイ襲ってなかったか?ああ?」
「誤解だよファースト。今のは、」
「言っとくがなぁ、此処はラブホじゃねーぞコラァ」

目にも止まらない早さで日向に跳び蹴りを放った佑壱は、宙を舞うタッパーを華麗にキャッチ。
グキッと言う鈍い音と共に声もなく崩れ落ちた日向が腰を押さえ、ガツガツ床を殴っている。

「い、生きておられるかベルハーツ」
「…ぶっ殺」
「ったく、雄と見たら片っ端から勃起しやがってド淫乱が!こっち来て座れ!いや、その前に手ぇ洗ってこい」

あっちが洗面所と、リビングのテーブルでホカホカのカレーを盛り付けながら指差す佑壱に、日向を見やればふらふら立ち上がっていた。無言で洗面所に行き、暫くしてからふらふら戻ってくる。

「さっきまで青白い面してやがった奴が、股間に血ィ集めてんじゃねーぞ。嘆かわしい」
「誤解だ。マジで今すぐ俺様に謝れ」
「寧ろ俺に謝れ。1日に2回も運ばせやがってデブ」
「俺様はデブじゃねぇ」
「俺よりデケー奴はデブっつーの」

そこに座れ、と横柄にソファーを指差した佑壱に、やはり無言で従っている日向は無表情だ。余程、腰への跳び蹴りが効いたらしい。

「おう、ジジイ。呼び出した詫びに、帰る前に喰っていけ。本当は明日の朝飯だったんだけどよ」
「師君は料理をするのか、ファースト」
「今時、料理も出来ん男はモテんぞ。俺ぁ14ン時からカルマ抱えて、腱鞘炎なるまで米研いできたかんな」

自慢げな佑壱がグラスにミネラルウォーターを注ぎ、レモンの輪切りを一枚一枚浮かべる。
大人しい日向の左手にスプーンを握らせてやり、甲斐甲斐しくタッパーから福神漬けを取り分けてやってから、

「ささ。遠慮すんな、お代わりはない」

外からお代わり!と言う隼人の叫び声が聞こえるが、晴れやかに笑った佑壱は聞こえない振りだ。
行儀良く手を合わせた日向がもそもそカレーを頬張り始め、福神漬けがなくなると椀子蕎麦の様に追加してやる、オカン。

「む、世辞でなく美味い」
「ふ。まぁな、照れるからあんま褒めんな」

三分の一くらい二人が食べ終わるのを見やって、照れながらもう一つのタッパーを開いた赤毛はカツらしきフライを取り出す。
ひょいひょい皿に放り込まれた二人は、今度はチキンカツカレーに変化した皿に舌鼓を打った。

「緻密な計算に基づいたカレー、と言う事かのう」
「…シリウス、コイツの左脳は小学レベルだぞ」
「総長の夜食なんだけど、冷めちまってっから食え。大葉とチーズと明太マヨ挟んでっから、それだけで食えるぞ」
「師君は良き妻になったろう。性別を間違えたか」
「お喋りしてる暇があるならとっとと食えジジイ、片付かんだろうが」

オカンの様な事を宣う佑壱は、唇の端にカレーのルーが付いていた日向にティッシュを与え、二人の皿が空になるのを認めて冷凍庫からファミリーサイズのアイスクリームを取り出した。

「んなもんでも、デザートがねぇ食卓なんかタコが入ってねぇタコ焼きみてーなもんだからよ」

ニヒルに吐き捨てた佑壱には悪いが、大半の家庭の食卓にデザートは並ばない。自称、亭主関白の俊に叩き上げられてきたオカンだけの持論だ。

「おう、喰ったらジジイは帰れ。また何かあったら連絡すっからよ」
「ファースト、儂は師君の主治医ではないだが…」
「ふん。だったら何か?十年前、誰のお蔭で俺がンな目に遭ったか忘れたっつーのか?」
「…馳走になったのう。では失礼する。ベルハーツ、安静にされよ」

差し出されたアイスクリームを頬張り、立ち上がった男は深々頭を下げ出て行く。

「高坂、片付けてくっからゆっくり喰えよ」

素早く後片付けした佑壱が、厨房部屋で食い散らかしていたらしい隼人と健吾を怒鳴り散らかしている。凄まじい怒号だ。
甘いものが苦手な日向が、ちびちび食べていたバニラの最後の二口は戻ってきたオカンに奪われた。

「いつまで喰ってんだ」
「ゆっくり喰えっつったのはテメェ、おわっ」

ひょいっと抱えられ、ぽいっと風呂場に捨てられたのは日向だ。抵抗しようにも貧血から眩暈を起こし、今は口を押さえている。

「貧血なんてな、熱い風呂に入ったら何とかなるもんだ。はい、バンザーイ」
「殺すぞ…、ぅぷ」
「注射した所は湯船に付けんなよ。着替え持ってくるから待ってろ」

余りの早業に口を挟む暇もなかった日向が浴室の天井を仰ぎ、遠い眼差しだ。
広いバスルームの巨大な窓から街並みが見える。少し覗けば、階下の駐車場が窺えた。

恐らく要と裕也だろう小さな人影が、ゴミ捨て場の影から一台の車を警戒している。白っぽい車体を前に、チョロチョロ動いているのは太陽に違いない。
だが、その太陽がいきなり車の中に消えた。急発進した白っぽい車が、爆煙を発てながら走り去る。猛ダッシュで追いかけていく二人、入れ違いにまた、白っぽい車がエントランス前で停車した。


「…マジか」

降りてきたのは、着物の男。
嫌になるほど見覚えがある男が、キョロキョロ辺りを眺める。戻ってきた要らしき人影がそれに近付く光景を呆然と眺め、

「高坂ぁ?何やってんだテメー、風邪引くだろうが。ちゃんと浸かれ。餓鬼かよ」
「…頭痛がする」
「ほれ見ろ、外なんか見てっから風邪の気配」
「二葉が大量殺人犯すかも知んねー」
「はぁ?何を阿呆な事、」

ひょいっと窓に張り付いた佑壱が、ごんっと額をガラスで打ち付けた。力が抜けた様に浴槽へ座り込んだ日向が眉間を押さえ、

「要と裕也しか居ねぇじゃねーか。ん?山田は何処だ?」
「見間違い…だったら良いんだがな。いや、頭では判ってんだ。判ってんだが…」
「何ぶつぶつほざいてんだテメー。ほれ、腕出せ。注射痕でも破傷風の恐れ有りだぞ、舐めんな」

日向の腕にぐるぐるサランラップを巻き、大袈裟だと眉を寄せる日向にシャワーヘッドを向けた佑壱が瞬いた。

「そうだ。山田と叶がホモる事になったんだ。まぁ、早い話が復讐の序幕っつーか」
「あ?…っ、テメ!」

グイッと日向のブロンドを引っ張り、冷水を頭にぶっ掛けた佑壱が日向を覗き込みながら薄く笑う。


「テメーさんもグルだな?…総長に引っ付いてた金魚の糞。大層な変装させやがって、ああ?」

今度は適温のお湯で日向の髪を濡らし、シャンプーを手に取りながら目を細める。痙き攣った日向が深々溜息を零せば、わしわし髪を洗ってやりながら苛立たしげに舌打ちしている。

「この俺とした事が迂闊だったぜ。いつ髪切ったんだアイツは。短髪なんざ見た事もねぇから、考えもしなかったっつーの」
「…先月だったか。いきなり執務室で断髪しやがったんだよ」

諦めた日向が佑壱に背を向け、浴槽の縁に体を委ねる。舌打ちした事にも気付かない佑壱は甲斐甲斐しく日向の髪を洗い、トリートメントまで施してから立ち上がった。

「とりあえず、俺がキレる前に山田の野郎が派手にぶちギレてな」
「恐ぇ奴だ、山田太陽。…二葉は道具か」
「判ってんじゃねーか。叶が本気で山田を相手にすっとは思っちゃいねーが、どうにか叶を落としてルークを引っ張り出す予定よ」

無言で天井を見つめた日向が何を考えたのかは謎だが、トリートメントも洗い流した佑壱がゴソゴソ服を脱いでいる事に日向は気付かない。
ぼちゃんっと二人入れば狭い日向の隣に、いつの間にか髪をお団子にしている佑壱が収まった。目を見開いた日向が佑壱を二度見し、硬直している。

「止ん事無き総長命令だ。それを踏まえて取り引きしようじゃないか、高坂先輩よぉ」

悪巧みしてます、と言う怪しい笑みに後ずさった日向を、ずんずん近付いてきた佑壱が追い詰める。

「そんな逃げんなよ☆」

にっこにこ似合わない笑みを浮かべたヤンキーが、サファイアの眼差しを歪めた。

「…マジであんま近寄んな。殺すぞキショ犬」
「テメー、卒業したらイギリスに帰るんだろ?聞いた話じゃ、叶の姪がフィアンセに上がってんだって?」

殺されんじゃねぇ?と、愉快げに囁いた佑壱に、眉を顰めた日向が舌打ち一つ、

「ちっ。テメェにゃ関係ねぇだろ」
「簡単にヤられそうにねぇ総長だったら、一石二鳥だもんな?ベルハーツ王子様」
「…変な所で頭働かせてんじゃねぇぞ、鈍感犬」
「名目はゲイだから結婚は出来ない、あわよくば後継者から外される。だろ」

図星で言葉もない日向から、笑みを消した佑壱が顔を背けた。

「馬鹿が、幾ら総長が最強だからってなぁ、生粋の一般人を断頭台に上がらせるつもりか」
「…煩ぇ。対策は考えてある」
「ヴィーゼンバーグ如き、いつでも潰せんだろうが。総長をこっち側に巻き込むな」
「腐っても身内だ。クソババアでも、寿命以外で死なせるつもりはねぇ」

口笛を吹いた佑壱が、ザバッと片足を上げる。


「家族想いブラボー」

股間丸出しで腕を伸ばし、頭の上で拍手しながら、こてっと日向の肩に頭を凭れ掛けた。

「良し。期間限定で俺と付き合え」
「…は?巫山戯けんな、頭に虫でも涌いてんのか」
「高坂に引っ付いてりゃ山田のフォローも出来るし、ヴィーゼンバーグは勿論、叶一族も手は出せねぇ。一挙両得だ」

日向の顎をちょいちょい弄んだ男は、そのまま立ち上がり湯船から出る。青筋を発てた日向が佑壱の手首を掴み、引き摺る様に湯船へ落とせば飛沫が舞った。


「…命令だったら何でもすんのか、お前は」
「はっ。ンな暴力的なホモ野郎に体差し出すくらい、訳ねぇな」

日向の手から、力が抜ける。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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