帝王院高等学校
隣のあの子はドSセクハラ総長
緋色の街灯が流れていく。
夜空とは違う暗闇、橙の光に見守られたトンネルは幻想的な水族館の様だ。

(通りゃんせ、通りゃんせ。此処は何処の細道じゃ)

心の中で奏でる歌声。
正体のない焦燥感ばかり降り積もる。早く早く早く。何をそんなに急いでいるのか、頭の中で喚き続けるのは誰?

「…シリウスは、無体を働かなかったか」

隣から投げ掛けられた声に目だけ向けた。こちらを見ようともしない異国人を横目に、親指の爪を噛む。

「冬月先生が、何か?」
「何か飲まされたか、口にしたか。心当たりはないのかね」

僅かばかり苛立たしげな声音に、小さく笑った。

「毒でも飲まされたんでしょうか、僕。そんな口振りですね、藤倉理事」

彼が学園の理事の一人である事は、車に乗り込む直前に聞かされたばかりだ。警戒心はあるが、気力がない。
出鼻を挫かれた気分で、苛立ちと諦めがぐちゃぐちゃに交ざっている。

「俺には薬が効かないんです。昔から」

呟きながら、握り締めたままだった左手のドッグタグを見やった。流暢な文字で刻まれたメールアドレスは、今や存在していない。

「昨夜、黒いネズミを触ったんです。バイオジェリーだったかな?」

振り向いたエメラルドの気配。
噛んでいた親指を持ち上げ、拳を握り締めてからゆっくり開いた。

「火傷も骨折もすぐに治る。小学校の時に、小さな病院に行きました。その時は確か、乗馬クラブで落馬したんだっけ」
「…」
「母しか居なかったから。慌てて一番近くの病院に運ばれて、肋骨骨折で即入院」

笑えてくる。
化け物を見る様な目が注がれて、それに慣れている自分は。

「でも、次の日には大きな病院から来た医者に退院しろって。小2だったかな。母さんが居ない数分の間に誘拐同然で連れて行かれて、それから一週間の記憶がない」

次に目が覚めた時、やつれた母と父の顔を見た。誘拐犯同然の医者が祖父だと知ったのは、その直後。
怒り狂った母によって暫く会わせて貰えなかったから、初対面の挨拶はずっと後の事だった。

「母は優しいけど。父は結構、残酷な人ですよ。普段は優しいのに、それが表面だけのものだって気付くのに時間は要らなかった」

いつも、口癖の様に。
何があっても母さんだけは守れと、父親は言った。自分は母さんがこの世で唯一最も大切だから、命懸けで守れと。


「ナイト」

ぴくり。震えた隣に顔を向ける。

「父の中には別の人間が住んでます。多分、解放条件は2つ。俺と二人きりの時、母さんに何か起きた時」
「…ナイトの意味を知らされているか?それが何を意味するのか、君は、」
「義兄が居るんですよ、俺には」

ゆったり笑えば、男は目を見開いた。

「父と同じ顔をした別人は、二人きりになると呪文の様に言い聞かせて来ました。悪魔を殺せ、悪魔を許すな、時が満ちた時、復讐しろって」
「我が子に、正気か…」
「俺と『俺』は、2つ合わさって文武両道でしてねィ。俺は読書は好きだけど勉強嫌いなのに、『俺』は俺の記憶を共有してる」

怪訝げな男から目を離す。無理に理解する必要はない。

「なのに向こうから『記憶の供給』はない。いつも一方的に持って行かれる。本から得た知識も喧嘩の経験も、全部」

誰かが頭の中で笑っている。

「ファーグランド。遠野のアナグラム、もう一人の俺は偽名を名乗るのが好きで…俺の居場所でも、シルバートランスファーって自称してたそうです」
「君は…」

恋心まで奪われたら。
あの、蜂蜜色の眼差しまで奪われたら。



「悪魔に対抗するんだ。…化け物くらいが良く似合うでしょう?」

今度こそ躊躇わず死ぬのだろうか、自分は。










「マジかよ」

酷く不細工な表情で唇の端を痙き攣らせた佑壱に、同じく痙き攣った要が頭を抱える。

「山田さん。…八割方無理じゃねぇか?いや、俺の計算は宛てにならんけども」
「言った端からもう嘘にしたいです」

たった今、大規模な爆弾発言を済ませたばかりの小心者と言えば、小心者故に軽く心臓を押さえていた。

「でも協力して貰えるなら、不可能も可能になると思いません?俺は、ここに居る皆に出来ないコトはないって思ってます」

恥ずかしげもなく、皆を眺めた太陽に全員がそっぽ向く。普段は何の面白みもない平凡の癖に、こんな時だけ恥ずかしい男だ。

「も、もうっ。タイヨウ君…抱いてぇ!(´Д`*)」
「頭イったかよ、ケンゴ」
「サブボスの半分は恥ずかしさで出来てます」
「神崎、それどう言う意味かなー」

どことなく頬を染めた三人から茶化され、張本人である太陽も今更赤くなった。

「ふむ。…ハードルは高ければ高いだけ燃え上がる、っつー事か。判るぜ山田」
「言ってる場合ですか、ユウさん。然し正気ですか、山田太陽君」
「フルネームはやめてよ錦織。どっかの性悪陰険眼鏡思い出すから」
「その性悪根暗陰険眼鏡に喧嘩売るつもりなのは、テメーだぜ。山田」

呟いた裕也が煙草を取り出し、佑壱から拳骨を喰らった。無意識だったらしく、健吾から飴を貰って落ち込んでいる。

「根暗までは言ってない。…っつーか、やっぱ藤倉も喫煙者なんだねー」
「禁煙守れてねぇ奴、素直に手ぇ上げろ」

佑壱の台詞に場が沈黙した。
そっぽ向く裕也も健吾も、何処か怪しい。

「全員、目ぇ閉じろ。直近2ヶ月で一本でも吸った奴、挙手」

胡座を掻いた佑壱が目を閉じ、カルマ幹部が一斉に目を閉じる。挙手、の掛け声と共に隼人以外の全員が手を挙げるのを見た太陽が、言い出しっぺの佑壱の右手に肩を落とした。
チャラそうな癖に、意外と隼人は意志が固いらしい。

「実は今、煙草持ってる奴」

これには裕也と要が手を挙げる。ごそごそ目を閉じたままポケットを漁った健吾が、ガムやらフリスクやら取り出し転がした。
暇な太陽が隼人の脇腹を撫でると、ひょわ!と言う奇声を上げた隼人が律儀に目を閉じたまま膝を抱える。流石モデル、無駄のない躰だ。

「筋肉はイチ先輩のが付いてる」
「いやー、セクハラされたあ」
「チンコ触られた訳じゃねーなら我慢しろ」

ついでに佑壱の胸板をポフポフ叩き、素っ裸の裕也にタオルを投げる。口数が少ない裕也に触る勇気はない様だ。

「実は童貞だって人」

わざとらしくシャツをはだけた健吾が目を閉じたままポーズを取っているが、中身はともかく見た目はこの中で一番の女顔なので、触るには抵抗がある太陽が呟いた。
案の定、太陽以外の挙手はない。

「俊になら抱かれてもいい」

健吾以外が手を挙げた。
気になった太陽が恐々、逆の質問をすると、今度は健吾だけが手を挙げる。人は見た目ではないらしい。

「今現在、彼女が居る人」

誰も手を挙げない。裕也が破局したばかりなのは知っているが、この美形メンバーで独身だなんて。

「じゃ、セフレが居たり?」

佑壱以外が手を挙げた。
ピトッと佑壱に張り付けば、片目を開けた佑壱が嫌そうな顔をする。良い。眉毛がなくても真面目な人が良い。

「病気になっちまえ、ちくしょー。高校生の癖に爛れてやがるぜっ」

完全なる負け惜しみだ。
ぽんぽん太陽の頭を叩いた佑壱が再び瞼を閉じ、背を正す。

「未だに山田に不満がある奴」
「えっ」

誰も手を挙げなかった。
ニヤニヤ笑っている佑壱ですら目を閉じながら手を挙げていないのだから、感動ものだ。何だかんだ言いつつ、山田太陽と言う人間は受け入れられてるらしい。

「山田の計画に乗る奴」
「「「「時と場合」」」」

声が揃った。
やはり皆、自分が可愛いらしい。佑壱も手を挙げていないのだから、誰からの協力も期待出来ないのだ。
さっきの感動を返せ。

「実はグレアムの配下にある奴」

突然で意味が判らない太陽の視界に、そっと目を開けた佑壱が映る。

「此処からは『命令』だ。少しでも情があるなら、俺に嘘は吐くな」

ゆっくり。
要と裕也の手が上がる。同時に皆の目が開いたが、咎める者は居ない。

「山田。グレアムの話は一応、したな。一気に言っても理解出来ねぇだろうから、判らない所だけ質問しろ。気が向いたら答えてやる」
「気が向いたらって。…んー、じゃあ、神帝のコトもう少し知りたいです」

敵を知らなきゃ戦えない、と。真っ直ぐ佑壱を見れば、いきなり確信かと皆が痙き攣っていた。

「…歯に衣を着せない人ですね」
「お手上げー。隼人君にはそんな思い切りのよさ、ないー」

笑う隼人の目が、じっと佑壱を睨んでいる。

「…旧イギリス男爵家の現当主。俺の母親の兄貴の息子」
「それは知ってます」
「職種は世界中の株式市場に介入した、表向きはファンドだ。但し、世界企業の六割が、傘下または何らかの関わりがある」
「そ、そんなコト有り得るんですか?」
「総資産4京ドル。年間利益は60億ドル。実際、ステルシリートラストの恩恵を受けて潰れた企業はねぇ」

規模が違う話に瞬いた。

「ルークは十年前からステルシリーの総帥だ。今の世界は、一介の生徒会長に握られてんだよ」
「そ…そんなに、凄いんですか…」
「ビビってんのか?ステルシリーの副社長が誰だか教えてやろうか」

両手で輪っかを作った佑壱が、自分の目元にそれを当てる。まるで、眼鏡の様に。

「ネイキッド=ヴォルフ=ディアブロ」

聞いた事がある、筈だ。
確かいつかの食堂で、それが誰かの名前だと。

「アイツは凄ぇぜ?ルークが枢機卿だった頃からの直属秘書だ。ルークが叶以外を近くに置いた事はねぇ」

この俺も例外じゃないと。他人事めいた台詞に感情は窺えない。

「十年以上前からずっと会長に従ってるんですか?二人が学園に来る前ですよね」
「命懸けの警備込み、な。実際、叶は片目を惜しげもなく抉った。文字通り、イカれてる」
「もしかして、…右目?」
「良く判ったな、お前」

軽く目を見開いた佑壱に、ぱちぱち瞬いた。何だろう。喉に何かが詰まっている様な、違和感。

「叶がこっちに来る切欠は、高坂の帰国だった。高坂は中学に上がるまで、母方の家に軟禁されてたから」
「軟禁?!え、でもつまり、実の身内から?!」
「偏屈の国の公爵直系だぜ?幾ら日本人の血が混じってようが、跡取りが居ない家にとっては格好の餌食よ」
「うー、何か可哀想だなー…」
「遠縁やら後釜狙ってる奴らから未だに命狙われてっかんな。精神的マゾなんじゃねぇかっつーくらい鍛えてんのは、それが原因だろ」

身内から命を狙われると言うのは、どんな気持ちなのだろうかと考えた。
ニヤリと言う嘲笑しか見た事がない日向が、何故モテるのかは理解出来る。彼は優しい。知れば知る程に彼は優しい。俊は初めからそう言っていた。

「イチ先輩、どっちかって言うと光王子閣下のコト嫌いじゃないですよねー」

佑壱以外の怪訝げな視線を一身に浴びる。そんなに可笑しい事を言っただろうか。

「だ、だって、先輩が本気で嫌がってるなら、俊が先輩達をネタにする訳がないでしょ」
「あは。…サブボス、ちょっと本気でたまには空気読めよ」
「俊は、好きな子ほど苛めちゃうタイプだと思うんです。だから!しょっちゅうイチ先輩を怒らせるのは、それだけ先輩に懐いてるからで、えっと、だから何が言いたいのかって言うと…」

何だこの雰囲気は。そんなに変な事を言ったのだろうか、自分は。混乱してきた。

「イチ先輩が本気で嫌がるコトなんか、しない!たたた多分…」
「吃り過ぎだ馬鹿山田」
「あ痛っ」

重い拳骨が飛んできた。
頭を押さえながら恨みがましく見上げれば、真っ赤な佑壱が痙き攣った笑みを浮かべている。

「高坂が総長をイギリスに連れて行きたい理由は、大体判ってっかんな」
「へ?何の話、」
「で、まず何から初めんだ?」

片眉を跳ねた佑壱に首を傾げれば、また拳骨が飛んでくる。慌てて避ければ皆から拍手が湧いた。

「暴力的!」
「命令、っつーんなら俺らに拒否権はねぇ。不満てんこ盛りだが、一応うちの総長だ」

自分を指差せば、諦めた表情の皆が頷く。命令だなんて、そんな、


「…楽しそう!」

痙き攣った五人の視線が刺さった。

←いやん(*)(#)ばかん→
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