帝王院高等学校
テレビっ子は24時間眠らないっ!
「一時退院、ですか?」
「ああ」

鷹揚に頷いた威圧感ある男を前に、僅かばかり身構える。生前の父が唯一気を許していた友人と言っても過言ではない彼は、日本最古にして最大の企業、帝王院グループの前会長だ。

「いつからのご予定で?」
「早ければ早いほど良い」

数年前に息子に譲ったと聞いていたが、先程ワンセグでチラ見したニュースが真実ならば、

「僕の姉をご存じ、ですよね」
「龍一郎の娘」

それだけではない筈だ。
一筋縄で行かないのは、亡き父の友人と言う肩書きが物語る。

「では、当然義兄も?…秀隆さんも、ご存じなんですよね」

表情一つ変えない男を、真っ直ぐ見つめ返す。視線は逸らしたら負けだと、地元最強だった姉から叩き込まれた。

「さっき、テレビを見ました。VTR自体は昔の映像でしたけど、あれは紛れなく、秀隆さんだった」
「君は私に何を言わせたいんだ?」
「彼が毎月、病院に姿を見せている事をご存じですか」

少しばかり、男の眉が動いた。

「貴方に会いに来ていたんじゃ、ありませんか」
「…知らんな」
「父が何故結婚を許さなかったのか、秀隆さんが何故身元を偽っていたのか。少し、判る気がします」

石頭、と。
言外皮肉れば、通じていない筈がないのにやはり、男は表情を変えない。

「…良いでしょう。一時退院でしたね、許可します。但し、今年に入ってから高血圧が酷くなってますからね。お薬を処方しますので、服用を怠らずにお願いします」
「ああ」
「ゴッドハンドですら、糖尿病には適わなかったんですから。くれぐれも、お気をつけ下さい」

沈黙した相手に僅かばかり溜飲が下がる思いだ。勝ち誇った表情で聴診器を掛け直し、血圧計を直しながら立ち上がる。
クスクスと、笑ったのは戸口で佇む長身だ。

「負けましたねぇ、大殿。流石、遠野龍一郎さんの御子息です」
「冬臣」
「巻き込みたくない気持ちは判りますが、ねぇ。彼も俊江さんも、つまりは冬月の末裔ですよ」

瞬いた。
結婚する前の父の旧姓を、こんな所で聞くなんて。

「どうして、父の名を」
「私が帝王院だから、と。言えば納得するかな、君は」

威圧感がある眼差しだ。
ああ、時折。義兄が見せるあの眼は、この男の血によるものだろう。
人を従わせる事に慣れた、王の眼だ。

「自分の幼い頃より、此処数年間の方が父は楽しそうでした。棘が取れたと言うか、人が変わったかの様に」
「そうか」
「俊は、貴方の孫でもあるんですね」

真っ直ぐ見つめる。
日本最大にしてアジア最強とも謳われる超巨大財閥の、統率者。病院の大株主になれる程の富と名声を、思うままに操る人間だ。

「うちの嫁は東條分家の人間なんで、帝王院がどれだけ凄い家柄であるのかくらいは判ります」
「東條か。加賀城の直系に当たる、良家だな」
「表向き弓道の家柄でしたねぇ。確か、総家にロシアンマフィアボスの子を産んだ娘が居ましたよ」
「秀隆義兄さんがもし、貴方の跡取りとして表舞台に舞い戻ったら」

気になる事は、たったこれだけ。
凶暴で色気皆無で、頭の良さと医者としての腕だけが取り柄である、姉の幸せだけだ。


「姉は、どうなるんですか」

姉の名字は一度も変わっていない。
夫である秀隆が入り婿になったなんて話も勿論、聞いていない。紹介された時には既に子供が居て、姉は父と壮絶な親子喧嘩の果てに出て行った。
だから自分は、義兄を初めから『遠野秀隆』だと思っていて。けれどそれがもし、大きな勘違いだとしたなら。

「俊江さんは戸籍上、シングルですよ」
「…やめろ、冬臣」
「全くの独身なので、子供も居ない。つまり日本国籍に、遠野俊は記されていないと言った方が正しい」
「な、んですって?」

喰えない笑みを浮かべている和服姿の男を見た。苦々しい表情を浮かべている車椅子の上の男を見れば、それが真実だと判る。

「足掻こうとなされた様ですねぇ。帝王院秀皇、つまり貴方が知る遠野秀隆は同姓同名の人間の戸籍を用意し、正式に婚姻するつもりでした」
「やめなさい冬臣。今、此処でする話ではない」
「止めないで下さい、帝王院さん。俺には知る権利がある。…俺は俊の叔父で、秀隆の義弟だ」

固く握り締めた拳が怒りで震えていた。幸せの象徴だと思ってきた姉夫婦の、真実を知る必要がある。
慕ってきた遠野秀隆と言う偽りの人間を、知らなければならない。

「貴方のお父様が反対なされた。偽造戸籍での結婚を、許されなかったんです」
「だったら!何で本名で結婚しないんだ!そもそも偽名で結婚だなんて、父じゃなくても許さない!」
「状況が許さなかったんでしょうねぇ」
「何の状況だ!それとも何か?あの男は他の女と結婚でもしてたのか?!」
「そうですよ」

全身から。
血の気が引く、音。

「と言っても、実際はその前に居なくなりました。私は彼の同級生でしてねぇ、帝王院学園始まって以来のカリスマだと誉高い、秀才でしたよ」
「帝王院、学園…。だったら俊は…」
「実に色んな事があったんですよ。貴方みたいな庶民には理解出来ないだろう、出来事が。たった17・18歳の子供には重過ぎる出来事が」

馬鹿にされているらしい。
皮肉に言い返す余裕などなかった。どんな状況だろうが、秀隆が秀皇である限り、姉を裏切ったのだ。

「政略結婚」
「…え?」
「今になれば、そう言うより他にない。帝都から唆された私は、フェイン家との繋がりを好機だと思った」
「ちょ、ちょっと待って下さい、つまり、貴方は自分の息子に無理矢理?」
「全ては謀り事だ。絵図のまま踊らされた。私も、秀皇も」
「誰、に」
「帝王院帝都。あの子の義兄、…いや。アメリカからやって来た悪魔だ」

何の話だ。
明らかに話が脱線している。けれど、にこにこ微笑みながら沈黙した和装の男が諦めに似た溜息を吐くのを聞いた。そこまで話すのかと言わんばかりに、困った様な表情だ。

「私の子ではない。世界最大の神企業であり、龍一郎が逃げてきた巨大企業。ステルシリープラントの前総取締役会長、それが帝都の正体だ。…本名を君が知る必要はない」
「経済界では『神』、裏社会でも『神』。全ての企業と全てのマフィアを牛耳る、名実共に地球最強の男ですねぇ」
「そんな人が何で日本なんかに…」

二人共、それに答えるつもりはないらしい。いや、もしかしたなら二人にも判らないのだろうか。

「質問を変えます。だったら、そのミカドさんが秀隆義兄さんに政略結婚を薦めたんですね?」
「…いや」
「自分の愛人をあてがったんですよ」
「え?」
「ステルシリーは今の今まで、日本には手を出していません。帝王院を牛耳る事で日本進出したかったのかも知れませんが、」
「ちょっと待った!あっあっ、愛人って?!」
「まだ高校二年だった彼に、自分の愛人をあてがった。すぐに妊娠が発覚しましたが、秀皇さんはまだ結婚出来る年ではなかった」

待て。
待て。
秀隆はまだ30代だ。自分より年下で、俊が生まれた時も、彼はまだ未成年だった気がする。

「18歳の息子が居ます」
「な、ん」
「但し、見ただけでそれが秀皇さんの子供ではない事が判るくらい、帝都さんに似てましてねぇ」
「ちょ。な、何、ま、…待って下さい、心臓が痛い」

壁に寄りかかる。
思っていた以上にハードな話だ。確かに、庶民には理解出来ない。

「どちらにせよ、18歳の誕生日を待たず彼は居なくなりました。それからすぐに、御子息が誕生なされた」
「それが、俊…か」
「秀皇さんは不安だったんでしょうね。自分の戸籍はもしかしたら政略結婚させられているかも知れない。万一、俊江さんと入籍出来たとして、悪魔である帝都さんに見付かればどうなるか判らない」

可哀想、に。
子供じゃないか。姉が出会った時は今よりもっと若く、今よりもっと弱かった筈だ。18歳の子供、自分にも高校生の息子が居るから判る。

「家を悪魔に奪われ、隠れながら生きるより他に道がなかった。本来ならば帝王院財閥総帥として、華々しい生活を確保した筈です。サラリーマンなどではなく」

大人の振りをした、ただの子供だ。

「じゃ、あ。義兄さんは、裏切ったんじゃなくて…」
「守りたかったんでしょうねぇ。奥さんと、息子を」
「…道理で、何度電話しても留守電になる筈だ。これだけ大々的に放送されてたら、逃げ回るしかないだろうに」
「それが、我々にも秀皇さんの足取りが掴めないんですよ。彼に仲間が居るのは判っているんですがねぇ」

ドアに背を預けていた男が何かに気付いたのか、ドアから離れた。
何の気配もなく開いたドアの向こうに、長い黒髪を振り乱しながら入ってきた長身の美貌。

「やられた!」
「文仁、行儀が悪いでしょう。静かに入って来なさい」
「それどころじゃないよ兄さん!先に手を打たれた!」
「言葉遣いが悪い」

ずかずか入ってきた無駄に綺麗な男がテレビの電源を叩き押し、中継のロゴが入った速報を睨んでいる。

『消防車20台が消火に当たっていますが、依然火は燃え続けています!ああっ、また倒壊しましたっ』

車椅子から立ち上がった男を慌てて支えた和装の男も、珍しく痙き攣った表情だ。

「どう言う事だ冬臣!あれほどグレアムには先手を許すなとっ、ごほっ、ごほっ」
「落ち着いて下さい会長、これは何かの間違いですよ」
「間違いな訳があるか!見ろよ兄さんっ、死亡者の名前が出てるだろ!」

何がそんなに大事なのか、と。
テレビを見やって、目を見開いた。良く知っている企業の社長が亡くなったと、写真付きで放送されている。



『現在の所、山田大空さん35歳と見られる遺体が搬送されています』









「何だ、と?」

風呂上がりのコーヒー牛乳を縁側で煽っていた男が、付けっ放しのテレビを二度見する。
麻雀牌を無表情で混ぜていたインテリ眼鏡もポカンと液晶を見つめ、言葉もないらしい。

「わ…脇阪ぁ!」
「はいっ、此処に居ります親父!」
「ややや山田、山田がぁあああ!!!あの、殺しても死にそうにねぇ、白百合がー!」
「落ち着いて下さい親父ッ!この脇阪が、直ちに調べて参りますからッ!」
「脇阪代行、まだ東風戦始まったばかりでっせ?」

麻雀どころじゃないと滑り転げながら立ち上がり、おやつの林檎を剥いてきた金髪と擦れ違う。

「どうした脇阪?今夜の店廻りは任せるんじゃなかったのか?」
「姐さん、別件で出て来ます。御用があれば連絡下さい」
「そうか。帰りに牛乳を買ってきてくれ、ピヨンが風邪気味でな」
「にゃー」
「みゃー」
「なーお」

猫と極妻に見送られ、猛ダッシュで消えたインテリ眼鏡。林檎を麻雀組に差し入れた嫁が、唯一黄色い綿毛の様な不細工な猫を抱き上げ、縁側の夫に近付いた。

「ひま、風邪を引く。服を着ろ」
「あ、ああ。つい、ぼーっとしちまった」
「何かあったのか?」
「いや、…大した事じゃない」
「そうか。なら、良いが」

浴衣を羽織らせてやり、帯を絞めてやる。大人しくなすがままになっている亭主を見上げ、

「明日は、オフ会があるんだろう?確か、気が合うネ友が出来たと言っていたな」
「ああ。そいつ、帝王院に通ってんだとよ。日向の事も知ってんだろうし、たまにゃカタギの空気吸わねーと腐っちまう」
「そうか。弁当はどうする?」
「どっかで喰うからゆっくりしてろ。…先に寝るわ」
「ああ、お休み」

ニヒルに笑って寝室へ消えていく背を見送った。判り易い男だ。あんなに判り易く『悩んでます』と言われたら、心配になってしまう。

「ふむ。おい、今さっき何のニュースがやっていたか判るか?」
「ああ、姐さん。確かどっかの別荘街が大火事だとかで、死者が出たらしいっすわ」
「大火事、か。死んだ人間が誰だか判るか?」
「まだ放送してますよ。あっ、ほら。出ました、ワラショクの社長だって」

若い男の写真がテレビに流し出された。見覚えは、…ある。今日、会ったばかりだ。

「蛇の道は、蛇。だな。…私の携帯を見なかったか?」
「ピヨンがストラップで遊んでましたよ。何処に掛けるんでさぁ?」

「何、甥っ子さ」

←いやん(*)(#)ばかん→
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