帝王院高等学校
唯一神の威光とか何とかって美味しいの?
目には目を。
歯には歯を。
人の情を弄ぶ相手には、それに等しい復讐を。

目には目を。
歯には歯を。
他人を何の躊躇なく傷付ける相手には、それ以上の絶望を。


「本気かよ?!Σ( ̄□ ̄;)」
「冗談でこんなコト言わない。やられたら、やり返さなきゃ」
「…然しな山田ぁ。一歩間違えたら死ぬぞ、テメー」
「そおだよお、死なないにしても考え直しなってばあ」
「完璧、愚策だぜ」

魂が告げている。
熱い血潮が唆している。

「止めても無駄だよ」

湧き出る本能のままに征け、と。

「勿論、誰にも迷惑は掛けない。俺が勝手にしたいだけだ。無理なら、無視してくれていい」
「むー。…変な所が石頭だよねえ」
「俺でもそんな作戦考えた事ないっしょ(´ー`)」
「ユウさん、向こうからインターフォンの音が聞こえますよ」
「あー…」

躊躇う事はない。
これは聖戦である。


「帝王院だか何だか知らないけど、俺を怒らせた事を後悔させてやるんだ」

繰り返す。
これは、聖戦である。











人には誰しも笑えない状況、と言うものがある。普段は許せる事が、許せない時の事だ。

「何で出ぇへんのや」

苛々と貧乏揺すりしながら久し振りに無断外出したな、などと小市民心に怯えてみる。

「オー、ムッシュ・ムラムラ?貴方ノ悲シミ、痛烈ニ理解シマース」
「…あぁ?何やワレ、けったくそ悪い片言吐いてる場合とちゃうで。空気読めや、空気」
「オー、セシボーンマシェリ。実は片言だとモテます。ちょっとしたテクね」

隣から、現在の場に不似合いな二人の視線を浴びつつ、彼はスマホをカウンターに叩き付けた。

「うっうっ。教師失格や。わいは、わいは教師失格なんやぁ!」
「み、宮様!お気を確かにっ」
「無断外出の件でしたら、後ほど私が職員室へ『風邪を引いたので休ませて下さい』と連絡しておきます」
「お前は俺の母ちゃんか」

プライベートタイムにも関わらず呼び出された執事の二人は、片やナイトキャップ装備のパジャマで、片方素肌の上にバスローブ一丁だった。余程、慌てたらしい。
無理もないが。

「嵯峨崎君はお見合いだったのでは?今頃、しっぽり愛を育まれてるんじゃないでしょうか」
「若い内はそう言う事もありますよ。大学時代の宮様も、しょっちゅう朝帰りなさって…寂しかったものです」
「俺は乱交なんざせぇへん!いつだって彼女オンリーワンやっ、一緒にすんな」

学園から抜け出し早一時間。
友達らしき知り合いなど居ない東雲村崎は、零人に連絡が付かない事に焦っていた。
現在、外国人滞在者が多い繁華街の一角、若きDJらにより朝まで賑わっているクラブに足を運んでいる。先程からボックス席の片隅で、片言の日本語を操っているのは同僚のフランス人教師だ。但し東雲の方には見覚えがない。

「オー、ムッシュ・ムラムラ。ムラムラするのは良くない、カルシウム足りてませんねー」
「誰がムラムラしとんねん!欲求不満ちゃうわ!黙っとれ!」
「宮様、言葉遣いが悪いですよ」
「カクテルとサルサが来ましたよ。宮様、腹が減っては戦は出来ません」
「あー、もう。…頭痛いわ、ほんまに」

十二時を回る時計。
漸く鳴った携帯に勢い良く応対すれば、こちらが喋り始める前に沈痛な様子の声が響いてきた。

『不味ぃ事になった。…やべぇ、生徒に手ぇ出しちまったよ』

何の冗談だ。
















「はぇ」

真っ暗な建物を前に、キョロキョロと辺りを見回した。腕時計など持ち歩かないから、今が何時なのか判らない。

「えっと。入口、開いてないのかしらん」
「零時前になるよ、天の君。残業社員はともかく、殆どの人間が帰宅し就寝しとるだろう」
「もうそんな時間だったなりん?ふぇ、どーしましょ。うちに電話して迎えに来て貰うしかないかしら…」

時間感覚が曖昧なのは、今日一日殆ど記憶がないからだろう。今までも何回かあったが、こんなに頻繁に意識を乗っ取られたのは初めてかも知れない。
次も戻れる可能性は、幾らだろうか。不安が付き纏う。ずっと。

「天の君?」
「ふぇ?あ…じゃ、先にイチ先輩の所に行きましょ。ね、先生」
「ああ、だがその前に…やっと来たか」

路上駐車している車から降りてきた男が、滑り込んできたもう一台のベンツに振り返る。

「ぇ?」
「遅かったのう、ネルヴァ」
「緊急招集を無視した人間に言われるのは、心外だ」

一度寝た母親が朝まで起きない事を痛いくらい思い知っている俊は肩を落とし、降りてきたベンツの運転手を見上げた。

「運転中だったんだ。無茶を言う」
「天皇猊下。…いや、ナイト」
「ぇ」
「我々に、ご同行願えるか」

白髪をオールバックに撫でつけた、ロマンスグレー。初めて見る顔に瞬きながら、その長身の隣で悲しげに微笑むもう一人を見つめる。

「あにょ、えっと…」
「此処に見える彼は、師君が良く知る者の父親だ。カミュー=フジクラ、心当たりがあろう」
「あらん?ユーヤンのお父さん?」
「そう、藤倉裕也の父親。グルジアワーカーの工作員に、日本人の妻を殺された」
「シリウス。…無駄口が過ぎる」

そう言えば。似ている。
寡黙そうな所も、すらりと高い上背も、高い鼻も。

「ユーヤン君のパパさんが、僕に何の用ですか?」
「…それは」
「息子を救う為、と言えば、師君は快く手を貸してくれるかな?」
「シリウス」
「ふぇ」
「ネルヴァ、此処の彼に嘘は通じんよ。本能で人を見分ける術に長けておるのは、兄さん譲りだろうて」
「…然し」

煮え切らないと、思った。
こんな時間にこんな所で、偶然出会う確率は考えるまでもなく。つまりこれは、必然。

「確かに、若い頃のオリオンに生き写しだ」
「そうだろう、ナインもそう言った。…ならば、一方的な取引では無意味に等しい」

見つめ合う二人を横目に、もぞもぞ身じろいだ。本当に今は、急いでいるのだ。

「パパさんは、僕なんかに何をお望みなんでしょうか。あにょ、僕、ちょっと忙しいんです」
「君の快諾が得られない場合、こちらも手段は厭わない」
「ふ〜む。オタク相手に、二人掛かりですか」
「ふふ。流石、理解が早くて助かるのう」

逃げるにも、この時間に通りかかる人間は居ない。ビルが立ち並ぶビジネス街だ。希望は、会社の警備員が異変に気付いて出て来てくれる事だが、会社の外まで監視する暇はないだろう。

「理由も聞いてないんですが」
「同行願えれば、道中で済ませる。こちらも時間がない」
「むむ」

どうしたものか。手の内を明かさない人間に、付いていく趣味はない。いや、

「カイちゃんから、知らない人には付いていくなって、言われてるんです」

肌身離さず身に着けている黒のドッグタグを取り出し、ぎゅっと握り締めた。

「だから、ユーヤンのパパさんでも付いていけないにょ!カイちゃんに嫌われちゃったら、困ります」
「それ、は。役員証ではないか」
「まさか、そんなものまで…いや、確かに想定内だったが」

僅かに目を見開いた二人を真っ直ぐ見つめ返し、すぅっと息を呑む。

「カイちゃんに会わなきゃいけないんです。ちゃんと、僕が『僕』のまま、カイちゃんに会わなきゃ…消えちゃう前に」
「カイちゃん、だと?」
「師君も気付いたか、ネルヴァ」

考えているのは彼の事、ばかり。
冷たい肌、抱き締めたら温かくなる白い肌。筋肉ばかりの四肢、整形外科医に見せてやりたい美貌、囁く様に喋る耳障りの好い声音。
構ってくれと、いつも言っていた。恥ずかしいから、聞こえない振りをしてきた最低な自分。もう、無視なんかしない。

「僕の邪魔をしないで欲しいにょ。今の僕は、我慢しないんです」
「師君、そのカイちゃんと、どう言った関係かね?」
「愛が挟まった関係です」

言葉を失ったロマンスグレーの隣で、笑った表情のまま硬直した男。
何も恥ずかしがる事などないと、拳を握って真っ直ぐ二人を睨む。

「一緒のお部屋で寝たり一緒にご飯食べたり一緒にお風呂に入ったり、手を繋いだりチューしたり、毎晩一緒に眠ったりしてます。それが何か!」
「そ、んな…有り得る訳がない。あれは、人としての感情一切を備えていない筈だ」
「有り得たんだ、ネルヴァ。それも、兄さんの最高傑作によって」
「世界が、狂うぞ」
「サラがオリオンに身を委ねた、その事実を今になって思い知らされるとはのう」

恐ろしいものを見る様な目で、エメラルドの双眸を持つ男は見つめてきた。ああ、やはり、裕也に似ている。老いた裕也はきっと、こうなるのだろうと思った。
けれどそれだけだ。付いていく義理はない。

「俺の邪魔をするな」

意図的に外した眼鏡。
持ち得る殺意を掻き集め、全力で威嚇した。人生で初めて、全身に怒りが満ちていく。

「は、ははは。予想以上ではないか、ネルヴァ!」
「ちっ。出て来い!」

何処からか異国人達が現れる。明らかに一般人ではない事が判った。高校生相手に、何人隠れていたのか。

「紹介が遅れて済まんかった。儂は冬月龍人、もう一つの名はシリウス。前代グレアムの、第二位枢機卿じゃ」
「…グレアム?」
「これはネルヴァ。一位枢機卿にして、ベルハーツ=ヴィーゼンバーグの酔狂により息子を狂わされた哀れな男」
「何で此処に、副会長の名前が出るんだ」
「師君には知るべき事象が多く存在しておる。まず、師君の父親。今現在、この街には存在しておらん」

眉が寄る。
飛びかかってきた数人を躱しながら倒せば、誰かが口笛を吹いた。

「組織内調査部をこうも容易く沈めるとは、つくづく師君は儂の期待に応えてくれる」
「…シリウス」
「恋路を邪魔する奴は滅びろ。月に祈り、己が過ちを悔いるがイイ」

ギッと睨めば、笑顔でピストルを取り出した男が片手を上げた。

「儂の娘はのう、この国で女優をしとる。呆れた馬鹿娘でな、つまらん男に引っ掛かり子を成したものの、言葉も喋れん内に育児放棄しおったよ」
「俺には関係ない」
「我が一族には代々、空に由来した名を与えられる。我が兄も儂も、龍。そして我が孫には、鳥の名を与えた」
「………龍?」

まさか、と。
過ぎった予感は当たっていたらしい。眉間を抑えたエメラルドの瞳を持つ男が溜息を零し、黒服達がじりじり警戒するのを片手で制している。

「婿養子に入る前の祖父の名を、師君は存じ上げておるか?」
「…」
「我らは代々、帝王院に仕える忍びの一族だった。戦後の争乱で崩壊した冬月の生き残りは、現在『灰皇院』と名乗っておる」
「かい、おう…いん?」

それは。
蜂蜜色の眼差しを持った、彼の名前。

「師君にも利益はある。儂は、師君の言う『カイちゃん』を知っているのだからな」
「ぇ」
「そして、師君の父君が今何処に居るのかも。そこのネルヴァが知っておるだろうて」

恐る恐る見やれば、無言で頷く白髪の男。ただひたすら崩れない優しげな笑みを浮かべた養護教諭に、ゆるく首を傾げながら尋ねる。

「先生は、何歳なんですか?」
「龍一郎の双子の弟だよ、儂は。2月29日生まれの、魚座だ」
「…若作り」
「師君には知る必要がある事が、実に様々存在しておる。どうだ、儂らの力になっては貰えんか」
「………」
「頑固だのう。祖父にそっくりじゃ」
「頼む、ナイト=ノア」

一歩近付いてきた長身が、優雅に片膝を付いた。肩を竦めている教師を横目に、やや怯みながら後ずさる。

「私に捧げられるものなど、さほど多くはない。この老命で足るなら、骨の髄まで捧げよう。どうか、慈悲を」
「そんな事言われても。つか僕の名前は内藤さんじゃなくて、遠野ですん」
「リヒトの肉体は。…裕也の肉体は、ベルハーツの献体である限りいつ崩御しても可笑しくない」
「え?」
「ファーストの延命を続ける限り、『適合者』であるベルハーツの延命また、必要だ。…その為に裕也が傷ついていく、私には耐えられない」

頭を下げた男の肩が微かに震えている。何故、そんな事を言うんだ。今まで誰も、自分を必要としてくれなかったのに。


「本当、に。カイちゃんの知り合いですか?会わせて、くれます?」
「須く。唯一神の威光を知らしめんが為に」

共にブラックシープを討伐しましょう、と。彼は囁いた。



これは聖戦だ、と。

←いやん(*)(#)ばかん→
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