帝王院高等学校
親のハート子知らずと言います
「所で天の君、本当に眠くはないのか?」

人好きする笑みを浮かべている左側を見つめ、眉を寄せる。
先程から何回同じ事を聞くのか。何本目かの無印ジュースや、小腹が空いたと訴えた俊に快く差し出してくれた無印スナックは有り難いが、恩を差し引いても、執拗い。

「ちっとも眠くありませんにょ。もきゅもきゅ、ゲフ。無印お菓子も中々どうして、美味しゅう御座いますなりん」
「…それは良かった」

視線を感じる。
にこにこ笑っている運転席から、絶え間なく突き刺さる視線。

これは、あれか。
人妻がモテると言う、あれだろうか。

でも駄目なんです。
一皮剥けた…否!一穴ぽっかり空けてしまったオタクは、愛する人の為に貞操は守ります。そうっ、浮気オタク受けなんか一生流行らないのょー!

「僕にはカイちゃんと言うトイレに鍵を掛けないマイペースな旦那様が居るんです!お諦めなさって!」

スマイルを忘れた美貌が真顔になる瞬間を見た。
わざとらしい咳払い一つ、少々落ち着こうと自分に言い聞かせる。シャイなカイちゃんは今頃何処で膝を抱えているのだろう。

「あふん。…いやらしい妄想に使ってごめんねィ」

若干尻が痛い様な気もするが、今となれば太陽が言う通り可笑しな話だ。そもそも神威は、俊の自宅を知らない。
けれど、目覚める前にトイレに行ったのだ。雷が落ちる音。誰かの気配。けれど目が覚めたら自室で寝ていて、携帯だけが廊下に転がっていた。

柚子の香りが漂う浴槽。
パーティー開きの入浴剤。
証拠は幾らでもある。二週間以上、一緒に暮らしてきた。

「先生」
「何かね」
「いきなり何ですが、ご結婚なさった事は?」
「…遙か昔にそんな事もあったか」

懐かしむ様な声に瞬いた。

「それって、かの有名なバツイチ」
「いや、女房には先立たれた。婚姻は形式的なもんだったが」
「でも好きだから結婚したんでしょ?嫌いなら結婚なんかしませんもの」
「世の中には実に様々な事が起こり得るものだよ、天の君。師君はまだ若い」
「先生って、何かお祖父ちゃんみたいなりん」

失礼かと思ったが、言った後にはどうしようもない。ぽふっと口を覆ったが、ハンドルを片手で操る男は軽快に笑っただけだ。

「師君の祖父君はどんな方だった?」
「ふぇ?えっと、もう死んだんですけど、お医者さんでした。あ、何か先生と近い職業ですねィ」
「儂も医者免許は持っとるよ。同じだ」
「いっつもピーンって背中伸ばしてて、シワシワで目つきが悪くて、母ちゃんと骨肉の親子喧嘩してたけど、僕には優しかったなりん」

人相の悪さは完全に祖父譲りだ。年の差結婚だった為、祖母と祖父が並ぶと親子の様だったと近所の誰かが言った。笑うと優しい顔をしているのに、四六時中無愛想なものだから勘違いされ易いんだ、と。祖母がいつも皮肉っていた気がする。

「祖父ちゃんは婿養子で、祖母ちゃんのお兄さんが事故で亡くなったから跡継ぎが居なかったにょ。だから祖母ちゃんのお父さんが強引に見合いさせたって。因みに曾祖父ちゃんはバリ元気です」
「そうだったのか。…師君は祖父君が好きだったのかね」
「大好きですにょ」

にこり。
眼鏡を押し上げながら答えれば、眉を僅かに震わせた人は不器用に唇を持ち上げる。

「羨ましいのう。儂には娘が居るんだが、…例え孫が出来てもそんな事は言って貰えんだろう」
「先生?」
「ああ、すまんの。前途ある師君の前で、情けない事を言った」

何度目かの信号機、赤。
やや乱雑にブレーキを踏んだ人が、シートに深く背を預けた。

「年を取ると未練がましくてならん。忘れてくれ、今の話は」
「愚痴の一つや二つ、しがないオタクで宜しければ聞きますにょ。ジュースとお菓子のお礼なりん」
「ふふ。然し、本当に眠気はないのか?腹に違和感があるとか、息苦しいとか…」
「ちょっとしつこ過ぎますわょ、冬月先生。夜行性の腐男子は朝日が昇るまで、お目めパッタリなんですっ」

確定か、と。
呟いた男に首を傾げれば、彼は満足げに鼻歌を歌い始めた。

「神の手が作り上げた真の神。師君は、全てを淘汰した果てに残る唯一無二の完全なる人間に、興味はないかね」
「ふぇ?完全な人間?頭が良くてイケメンで足が長くてお金持ちな、神帝バ会長の事ですか?」
「彼は完全とは言えんな。言うならば、全てが不完全だ」

イケメン保険医のウインクを真っ向から浴び、ミーハー心から手が携帯とデジカメを探した。
デジカメはカフェで充電させたままだ。返す返すも口惜しい。一生の不覚である。

「僕、本当は会長に興味があって帝王院学園に入ったんです。前から、帝王院の会長が超イケメンだって聞いてましたから」
「確かに、あれ以上の美貌は存在せんだろう。…親子揃ってよう似とる」
「でも、今は!ピナイチとかハヤカナとか、絶賛推奨中のフタイヨーとかで!ハァハァハァハァハァハァ、呼吸困難必死!」
「ん?息苦しくなってきたのかね?…流石に量が多すぎたか。天の君、そこのミネラルウォーターを飲みなさい」
「ぷはーんにょーん!僕!お水は水道水で充分な庶民ですから、お高い水は口に合いませんの!もう一本ジュースいただきま。」

ごきゅごきゅ一気に飲み干して、唖然としている男に親指を立てた。

「息苦しかったのでは、ないのか?」
「お気になさらず。風紀委員長×不良に涎が止まらないだけなんですもの。ハァハァ、これからが楽しみですわー!めでたく総長になられたタイヨーに、白百合閣下のアレやコレが伸びるに違いありませんっハァハァ」
「叶三年生のアレやコレ?」

そんなもの、魔の手やらエロの手やら下半身に決まっているではないか。と、腕を組む。
二葉の美貌は腐男子水準でも文句なしだ。救い様がない二重人格なので、夜の世界では俺様である。これこそ清く正しい、俺様×強気。

「あとは二葉先生が溺愛攻めである事を祈るしかないにょ。モテる不良だから遊び人っぽいのよねィ」
「天の君の話は難しいのう」
「所で先生、さっきからグルグル同じ所を通ってる気がするんですが、僕ん」

高速とバイパスをぐるぐるぐるぐる、降りては乗り、降りては乗っている気がするのは、何。

「気の所為かしら?」

佑壱のマンションは8区の外れ、6区寄りに聳える超高層マンションだ。
夜間にはライトアップされる公園が併設され、一階にはFMラジオの放送局がある事でもかなり有名らしい。隼人から聞いた話である。

最上階の三部屋を全部借りてしまえる佑壱のセレブ具合も羨ましいが、三部屋の内一部屋を丸々厨房にしてしまう性格が気っ風の良いオカンだ。

「ナビが古いからか、儂は指示通り走っとるつもりなんだが」

白々しい笑みだったが、それに構うより先に溜め息一つ。

「どうしましょ。携帯、先輩に預けてるんです」

太陽の晴れ姿を隠し撮りさせるべく、最も隠し撮りが似合わない佑壱に任せたのだ。
頼まれたら嫌とは言えないO型に付け込んだのは否定しないが、要には断られ裕也には首を振られたので仕方ない。隼人と健吾は口が軽すぎるので、うっかり太陽にバレたら吊されてしまう。

「んー、とりあえずドラゴン目指して貰えます?」
「ドラゴンとは?」
「あらん?当然、ドラッグストア権藤ですにょ。毎月10日にポイント10倍になる」
「そ、それは知らなんだ」

痙き攣る運転席を横目に、シートベルトを弄ぶ。今はとにかく、一刻も早く父親に会わなければならない。


父親。
この世で最も苦手な、人間。
優しいかと思えば他人に無関心で、唐突に宝くじを当ててきたりするAB型。

彼の中にはもう一人、別の人間が存在している。


「先生、お願いがあるんですけども…」
「何かね、天の君」
「僕、精一杯イチ先輩の所まで案内するんで、ちょっと寄り道して貰えます?」
「おや、恋人にでも会いに行くのかね?」
「恋人予定はカイちゃんなので違います。ちょっと父に用があるんです」

パチリと瞬いた男が、とうとう目を逸らした。













「…何か飲むか?」

呆けた様に天井ばかり見つめれば、無表情で沈黙を破った男が立ち上がる気配。

「待ちやがれ」
「言葉遣いが悪いぞ、秀皇」
「脳味噌が沸騰しそうだよ、私は」
「案ずるな。人の肉体は45度を越えれば、沸点を待たず死滅する」
「貴様、本性はマイペースだろう!いや天然だ!騙された…!」

わーっ、と喚いて黒縁眼鏡をもぎ取った。きょとりと首を傾げた男の、煌びやかなブロンドがさらりと流れる。

「天の君にもそう呼ばれた覚えがある」
「ボケてるって事だクソジジイ」
「ジジイは意義もないが、私は排泄物ではない。そなたの息子は、私をみーちゃんと呼ぶ」
「帝都の『み』か」
「いや、私は名乗っていない。完全なるフィクションだろう」

我が息子ながら侮れない。
典型的なB型なのでとことん自己中なのだ。

「カイルークはカイちゃんと呼ばれている。あれが自ら名乗るのは珍しい」

然し会話が通じな過ぎる。


「理事長、失礼します」

ドアがノックされたのと同時に条件反射で隠れた。ソファの肘掛けに片手を置いている男の足元に。

「何用だ」
「西園寺学園より、お客様がお見えになりました」

別に隠れる必要はないのではと気付いたものの、今更どうにもならない。すごすご起き上がるのは恥ずかしいからだ。

「夜更けの来訪とは、西園寺の経営者は何を考えておるのか」
「生徒会長なる生徒一名、進学科東條二年生が応対に当たりました」
「良かろう。中・左執行部会長は、双方共に外泊届を受理している。客人は丁重に送り届けろ」
「いえ、それが…」

無駄に長い足を横目に、ソファの向こうで口ごもる声を聞きながら考える。西園寺の会長と言う単語に引っ掛かったのだ。何処かで聞いた事がある、ような。
つんつん長い足のスラックスを引っ張れば、目も向けない男の足がモールス信号で「腹が減ったのか」と聞いてきた。人の機微には疎い癖に、無駄な知識だけあるのが残念だ。

「丁度ご帰還なされた神帝陛下により、現在ゲストルームに滞在中です」
「…何?カイルークは天の君とデートではなかったのか?」
「あ?」

隠れている意味がなくなってしまった男は、しゅばっと立ち上がりガシッと長身の肩を掴んだ。
やや爪先立ちで。

「どう言う事かなァ?私の俊が何処の馬の骨とデートだって…?」
「秀皇。そなたを何と言うのか私は知っている。親馬鹿と言うのだ」
「あ、あの?」
「神威と俊がデート?!んな馬鹿な話があるか…!」
「判っている。常々、私はカイルークに見合いを奨めているのだ。この程度の障害を越えられぬなら、天の君を愛すべきではない」
「何の話だコラァアアア」
「り、理事長っ?!」

ガッシガッシ掴んだ肩を揺さぶりまくる男は、プツンと何かの糸が切れる音を最後にピタリと動きを止めた。

「…孫が、見たいんです」
「天の君はまだ子供だ、秀皇」
「シエに掛けた催眠を解くには、孫が生まれないと…」

ぶつぶつ呟き始めた男を余所に、戸口の男を片手で返した美貌は心持ち不思議そうに首を傾げる。

「そなた、欠陥があると知りながら施したのか?伴侶に?」
「う」
「弱ったな。それでは、私は二人の仲を引き裂かねばなるまい」
「は?」

壮絶な笑みを滲ませた男が、ぱちりと指を鳴らした。部屋中の照明が消え、光の羅列が現れる。

「目覚めよ、ステルシリーキングダム」

1から12までのローマ数字が浮かび上がり、余りの事に細い腰へ抱きついてしまった日本人と言えば、妖しすぎる笑みを漂わせる男に撫でられた。

「現時刻を以てルークの地位を剥奪。正統後継者である帝王院秀皇、ナイト=ノアに従う事を命じる」

何だと?

「グレアムは総じて愛情が深い。我が父レヴィ=グレアムが70年の生涯で、ただ一人の日系男性を愛した様に」
「ちょ、それとこれとどう関係が…」
「やるならば徹底的が私の信条だが、斯様に心が弾むのは何十年振りだろうか」

30年前。兄さんになってくれなどと宣ったお陰で、鵜呑みにした神様は分身を作り出した。
22年前。再び現れた神様にずっと傍に居てくれと宣ったお陰で、神様は自らの地位を捨てた。

「そなたの事だ。早くに天の君へ銘を与えておるのだろう。早急にナイトをグレアムの正統後継者とし婚約させる」
「な」
「カイルークにグレアムの血が流れてあれば、ナイトを孕ませる程度の事はやりかねん。我が父の様に」

説得力ありすぎて腰が抜けた瞬間、ざわざわ人のざわめきが聞こえてきた。

「少々相手が悪いが、年寄りの退屈凌ぎに賛同する者は表明を」

全ての数字が点滅している。


『御命令を、キングノヴァ』

異常な光景だ。
最早、言葉もない。

「目標は現ノア。死に等しい絶望を与え、セントラルの地中に埋葬せよ」

自分と同じ遺伝子を継いだ子供かも知れない、と。愛おしむ様に数時間前、口にした男が。

「万事抜かりなく。油断を許せば、こちらが殺される」

微笑みながら、また。頭を撫でてきた。
優しい眼差しが酷く恐ろしい。


『真帝たる神の威光を、須く知らしめんが為に』

ああ、これが本物の、神か。

←いやん(*)(#)ばかん→
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