帝王院高等学校
アイツとアイツがぴったんこカンカン
初めてのそれは、舞い散る桜の下。今になって考えれば彼は助けてくれたのに、礼を言う前に罵倒の言葉で塗り潰された脳内は、ファーストキスを奪われた怒りしかなかった。

『貴方に欲情する物好きなど、居ませんよ』

蒼い蒼い眼差しが笑う。
薄暗い地下螺旋階段を見上げて、全身を這う他人の体温に。繰り返したのは、助けて、と。

もしもあの時。
今にも泣きそうな色違いの眼差しに手を伸ばし、もしもあの時。あんな最中でも庇ってくれた男に、違う選択肢から選んだ言葉を投げ掛けていたら。
例えば、彼を崇拝する信者の様に。好きだ、などと。例え口先だけだとしても、告げていたら。

『私が費やした月日だけ、悩めば良い』

ほんのり桃色の耳朶を見た。
可愛い、と。呟きそうな唇は幸か不幸か塞がれていて、まるで。

『随分、可愛らしいお顔ですねぇ』

あの男が全て。
余す所なく全て。
自分のものになったかの、様な。



ほんのり、桃色の皮膚。
艶やかな赤い唇が濡れていた。


「…赤?」

いつから。
判らなくなっていた筈の、赤。白い肌を深紅で汚した美しい男を見た瞬間、体の奥底から何かが這い上がってきた気がする。
忘れていなければいけない記憶を、無理に呼び起こす様な。恐怖。

なのに。
先程自分は、確かに見たのだ。



『アキ』

ほんのり桃色に染まる皮膚を。
いつか何処かで聞いた、柔らかい声音を。力強い両腕を。

桜色。
白い肌に映えるそれは、薄い紅を散らしたかの様な。



「あ、れ」

目が覚めた。
天井際に並んだ間接照明が白い壁を照らしている。広いベッドの上、起き上がれば巨大なバルコニードアが見えた。

「何処、だろ」

僅かに開いた反対側のドアから、隣の部屋の賑わいが聞こえてくる。この声は、きっと隼人だ。何かを踏んだ様な気がするが、ふかふかのマットレスに四苦八苦しながらふらふら降り立つ。

「おーい、神崎」

ガチャリと。
開いたドアの向こうは、今まで寝ていた部屋よりも広いリビングらしい。
バスタオルを腰に巻いただけの隼人が濡れた髪をそのままに、凄まじい表情の要の上で馬乗りになっている。

「な」
「あーあ、空気読んでよねえ、サブボスのバカー」
「山田君っ助けて下さい!いっそこの馬鹿を殺してくれても構いません、俺が許可します!」
「うっせーぜ」

ガチャリと。
今度は別のドアから出て来た素っ裸の裕也が、フェイスタオルでガシガシ髪を拭きながらソファに座った。

「な、え、ええ?!ちょ、何なの?!何この状況っ、カオス!」

此処が何処なのかは勿論、要のジーンズを脱がそうとしている隼人は勿論、我関せずで烏龍茶を啜っている裕也も勿論、殺すとばかり繰り返している要もカオスだ。
何一つ判る事がない。とりあえず今は、

「いい加減にしないと写メって俊に送るよ…」
「あは、大歓迎、った!」
「冗談ではありません!総長に変な勘違いされたら、俺、俺は!生きていけない…っ」
「つーか、マジ騒がしいんですけどー(´Д`)」

太陽の背後から下着姿の健吾がのそりと現れ、隼人の首に足を巻き付け殺人を犯そうとしている要の脇腹を擽った。

「タイヨウ君、隣で寝てたんですけど俺、踏んだっしょ(´`)」
「あ、ごめん」
「つか何でカナメ半ケツなわけ?(つД`)」
「神崎が襲ってた」
「なーる(´Д`)」

無表情で素早く飛び起きた要が、真っ赤な顔でパクパク喘いでいる。

「ユーヤ、ユウさんは?(`´)」
「向こうで光王子の看病してんぜ。医者呼んだっつってた」
「ふぁ〜眠ィっしょ。つか、今何時?(´Д`)」
「もうじき12時だぜ」
「んもー、カナメちゃんってばバイオレンスなんだからあ」

取り残された太陽が欠伸を発てている健吾を見つめれば、気付いたらしい健吾が手招きする。素直に近付いて、高そうなカーペットの上に座った。
何せ一番広いソファには隼人が横たわり、狭いソファには裕也と健吾が座っている。

「朝が早かったから疲れてたんだね、タイヨウ君(´∀`*) 此処はユウさんのマンションぞぇw」
「イチ先輩のマンション?」
「グースカ寝てたからあ、わざわざ隼人君が運んで上げたんだよー。感謝しやがれー」

つまり、隼人がナンパしたお姉さんに送って貰った後、車中で寝てしまった太陽を隼人が運び込んでくれたらしい。あの状況で爆睡した自分に呆れつつ、キョロキョロ辺りを見回す。

「錦織は、いつ来たの?さっきは居なかったよねー?」
「カナメは副長命令で総長追っ掛けてたかんな(´Д`)」
「俊を?どう言う事」
「やはり美月が一枚噛んでました」

忌々しげに吐き捨てた要が、隼人が横たわるソファの肘掛けに腰掛けた。瞬時に張り詰めた空気で満ちたリビングに、最後の一人がやってくる。

「何、雁首揃えて通夜やってんだテメーら」

ジャージの下だけ履いた男の首に、赤い首輪。赤い筈の双眸が真逆の色をしている事に気付いたが、誰もそれには突っ込まない。

「カラコン変えたんですか、イチ先輩」
「…さぁな。要、その様子じゃやっぱ無理だったか」
「勝てる訳ないでしょう。美月だけならともかく、あの李も居たんですから」

広いリビングの脇にある小さな冷蔵庫を覗き込んだ佑壱が、ペットボトルを取り出している。

「え?何の話です?」
「ミーティングだよ、仮総長。…ったく、俺より弱ぇ奴が頭なんざ冗談じゃねー」

キョロキョロ辺りを見回している太陽へ一本を放り、もう一本のキャップを捻り一気に飲み干した。

「定例、簡易報告」
「はい」

無表情の佑壱が首の骨を鳴らす。片手を上げた要がベルトを締め直しつつ、背を正した。

「美月が動いているのは、祭以外の第三者による可能性があります。察するに、大河家の手があるのではないかと」
「理事サーバーにハッキングしても、なーんも出て来なかったよお。ただ、最近うちに不法侵入した奴らが居たみたいだねえ。光王子と清廉の君が巻き込まれたってさ」
「俺の急所に手刀くれた総長ってば、新月モードでした(つД`) 然も何かいつもより怖かったっしょ」

次々に口を開く三人の会話は一貫性がない。何の報告なんだと無言で見守れば、面倒臭そうに顎を逸らした裕也へ皆の目が向く。相変わらず彼は股間を隠していない。

「…うっす。最近入ってきた養護教諭っつーのが、うちの親父より立場的に上だそうっス」
「お前らしくねぇ報告だな、裕也」

カルマで唯一、裕也の名を正しく呼ぶ佑壱が唇の端を持ち上げる。

「はっきりしましょーや、そろそろ。…オレがディアブロの枝分かれだって事くらい、判ってる筈だぜ」

健吾が鋭く裕也を睨んだ。然し真っ直ぐ佑壱を見つめている裕也に、佑壱は肩を竦めただけだった。

「隼人。俺ぁ、テメーに聞きてぇ事があるんだがよ」
「いきなり、なにー?」
「柚子姫けしかけたの、テメーか?」

太陽の向かい側、カーペットの上に直接腰を下ろした佑壱が真っ直ぐ隼人を睨む。太陽の背後で健吾がたじろぐ気配、要が目を丸くした。

「けしかけるー?」
「何か企んでるっつー話だ。光王子親衛隊がな」
「誰から聞いたネタなのー?信憑性はあ?」
「高坂が俺に嘘を吐く筈がねぇ」

じっと。
隼人を見つめる佑壱の蒼い双眸に、疑いの色はない。だからアンタらは犬猿の仲じゃないのか、などと。口を挟む勇気などないので、息を呑みながらペットボトルのキャップを捻った。

「テメーが仕向けたっつーなら、殺すぞ」
「冗談でしょ」
「総長相手に同じ台詞吐けるっつーなら、良い」
「…冗談でしょ。確かにあのオカマが隼人君のセフレだったのは間違いないけどー、元々アイツは総長狙いだったんだよー?」
「んだと?」
「去年だっけ。デカい喧嘩あったじゃん、区立工業のヤンキーとさあ。あの時に、アイツ巻き込まれて総長に助けられてた」

沈黙した佑壱が何やら考え込む素振りを見せる。
似合わない溜息を吐いた隼人が上体を起こしし、腕を伸ばして太陽の手からペットボトルを奪った。

「あ、それ俺の」
「ぷはー。…何かさあ、踊らされてるよねえ、みーんな」

半分程飲み干したペットボトルが返ってきたが、隼人と間接キスするつもりはないので肩を落としながらテーブルにペットボトルを置く。

「何が謎で何を判ってるのかあ、ちゃんと把握してるー?」

呟いた隼人を最後に沈黙したリビングをキョロキョロ見やり、しょぼしょぼ口を開く。

「何か、空気重いんですけど…」
「タイヨウ君は気にしないで良いっしょ(*´∀`)」
「気にしないも何も、俺にも判る話をして欲しいんだよねー。ったく、こっちは白百合が不良だった事も今日知ったんだから」
「「「マジかよ」」」

裕也、健吾、隼人の声が重なった。佑壱が笑いを耐えた様な表情で見つめてくるので、半ば開き直る。

「鈍くてすいませんね!落ち着いて考えれば判らない筈がないって言いたいんでしょうけど!判らなかったもんは仕方ないって言うかっ」
「は。ははは、いや、総長が気に入る筈だ。んな鈍い奴、俺らの周りにゃ居ねぇからな…」

感心したとばかりに肩を揺らしながら呟いた佑壱が、ポテっとテーブルに伏せ込んだ。

「俺ぁよ。言わないのは騙してんのとは違ぇって、思ってたんだ。ずっと」
「イチ先輩?」
「聞かれなかったから、なんてのは。酷ぇ言い訳だ。…きっと、一生言わなかった」

ガリガリ、頭を掻きながら体を起こした佑壱が、太陽の膝の上に頭を落とした。あーっと騒ぎ立てる隼人に、目を見開いた要、裕也、痙き攣った健吾。

「よぉ総長。俺の本名、教えてやろうか?」

様々な表情を横目に、膝の上の赤い髪を凝視するしかない。

「う、わ。綺麗な顔」
「見惚れてんのか、山田」

柔らかく笑った男が、蒼い眼差しを歪める。誰かに似ていると、今。たった今、気付いた。

「カイ君に似てますよねー、特に口元が」
「…カイ?あのデカブツかよ」
「イチ先輩は見た事ないんでしたっけ?カイ君、アルビノだから紫外線に弱いって、」
「んだと?!」

起き上がった佑壱が、太陽の肩を掴みながら目を見開いた。余りの勢いにただ瞬くしか出来ない太陽を余所に、隼人が半乾きの髪を掻き上げる。

「超デカチンだったよねえ、白髪で黄金糖みたいな目でー。生徒会長と同じ顔してて、マジ驚いたしー」
「確かに物凄く似てたよねー。でも会長の目は青くなかった?親戚かな」
「は」

隼人と太陽の会話を呆然と聞いていた佑壱が、壊れた笑い声を響かせた。
誰もが驚きで痙き攣る中、ケタケタ肩を震わせた佑壱だけが静寂を許さない。

「カイ。ああ、そうか…。総長には最初から名乗ってた訳だ、アイツは」
「イチ先輩?」
「X、イクスルーク=フェイン=ノア=グレアム」
「え?」
「中央委員会会長、帝王院神威の本名だ」
「みかどいん、かい」

ぽつり、と。
呟いたのは要。眉を寄せた隼人が微かに首を振って、「違う」と呟いた。

「だったら隼人君が見た会長は、誰なのって話ー。違う、庶務は神帝じゃない」
「化かされたな、隼人。…端からあの人格崩壊者、総長に近付いてやがったんだ」
「だったらアレは!俺が見たのが幻覚だったっつーのかよ、アンタは?!」
「キングか、…スケアクロウ。あの作りもんめいた顔は、他にも存在する」
「ああ?!」

佑壱の長い髪を鷲掴んだ隼人が、珍しく声を荒げる。やめろと要が隼人を羽交い締めにするが、

「エデン=A=グレアム。…俺の本名だよ、隼人」
「!」
「その様子じゃ、テメーも知ってたらしいな」
「え?え?イチ先輩がグレアム?え?それって神帝と同じ名前…?」
「…従兄弟ですよ」

呟いた要を見上げた。
片膝を立てた佑壱がそっぽ向き、

「ユウさんは、神帝の従弟に当たります」
「ちょ、ちょっと待って!だ、だったら何?!カイ君が神帝だってのかい?!そんな馬鹿な事っ、だって!神帝は三年生じゃん!」
「…Xを。ギリシャ語で何っつーか、知ってか?」

誰も驚いていない。
薄々気付いていたのか、それとも知っていたのか。最早、誰も驚いていない。

「だったら、カイ君は何がしたかったの…?俊に近付いて、何がしたかった?」

ああ。眼球が熱い。
帰ったら告白するのだと言った。日本男児たる者、決める時は決めるのだ、なんて。

『カイちゃんはシャイなあんちきしょうですから、僕が頑張らなきゃいけないにょ』
『あー、はいはい』
『だからタイヨーも素直にならなきゃめーょ?好きな人にツンツンしたら駄目なのょ、たまにはデレなきゃ』
『…馬っ鹿じゃない?』


「は、初めから傷つけるのが目的だったなら!殴るなりすればいいだろ!こんな、こんなんじゃ、俊がっ」


ああ。
眼球が熱い。何かが浮かび上がってくるのをそのままに、



「報われないじゃないか…!」

這い上がってくるのは、止め処ない怒りばかり。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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