帝王院高等学校
犬猿の仲はフラグのカホリがします
「イチ先輩!」

長い足でつかつか歩いていく佑壱を、必死で追い掛けているのは太陽だ。

「いいんですかっ」

健吾にしろ裕也にしろ、軽い早足で息も見出さず後を追っている。リーチの長さが全ての元凶だ・と舌打ち一つ、クルリと振り返った佑壱に、他の二人が天を仰いだ。

「俺の前で舌打ちすんな、ドチビ」
「ド」
「行儀悪ぃ、気を付けろ」

ぎろりと睨まれて、正論なので反論は止めた。

(つーか、この二人って犬猿の仲だったんじゃないっけ?…もー、正直しんどい)

佑壱が軽々抱えている日向は酷く顔色が悪く、素人でも貧血だろうと予測が付いた。誰が呼んだのか、公園の入り口に救急車と救急隊が屯っているが、誰も気にしていないらしい。
俊は相変わらず行方不明だが、放っておけばその内ひょっこり顔を出す筈だ。心配するだけ無駄なのは、今までに積もり積もった『心配の借金』が物語っているではないか。

何も返って来ない。
残るのは無駄骨と化した心配りの残骸…つまりストレスだけだ。

「イチ先輩、冗談抜きに救急車じゃなくていいんですか?病院に行った方が…」
「ただの貧血で救急車なんざとんだ恥掻きじゃねぇか」
「でも」
「タイヨーウ君♪(*´∀`)」

跳ねる様に近付いてきた健吾は、ほんの数分前まで不機嫌そうだったが、もういつもの表情だ。

「何だい、高野」
「光王子はお貴族様だから、その辺の藪医者に連れてく訳にゃーいかないっしょ?(´∀`*)」
「時代劇で言う、将軍家お抱え御殿医に見せろって?」
「しょ〜ゆぅ事ぉw(´▽`)d」

にまっと爽快な笑顔に、そんなものかと首を傾げた。

「うーん、光王子はヤーさんのお家柄だったよねー?ヤの付く医者って………それこそヤブ医者じゃないかなー」

呟きながら肩を落としている太陽に、カラカラ健吾は笑った。

「流石、左席ツッコミ担当w日々精進したまえや、副カイチョ(=゜ω゜)」
「いつから俺、芸人になったんだろうねー」
「うひゃwうちの会長とユウさんが、ボケ以外の何ですと?(*´д`*)」

親指を立てる健吾を見やり、裕也を見た太陽は寂れた笑みを浮かべる。ツートップがボケなら、末端までボケだ。

胸より下のボタンを止めていない健吾の腰にオレンジのベルト、その隣、スニーカーの踵を踏み潰して履いている裕也の足首にライトグリーンのアンクレット。色違いの、同じデザインのものだ。
カルマは何かしらお揃いが好きだと思われる。自覚があるのかないのかはさておき、天然集団には違いない。

不良の皮を被っているので、ついつい忘れていた。


「わー、相方がいっぱいいて嬉しいなー…あはは…」

面倒臭そうな裕也が、太陽に顔を近づけている健吾の首根っこを掴んで引き離す。

「八つ当たりかよ、テメ」
「何の事?(・∀・)」

顔を歪めた裕也が「タチワリィ」と呟いたが、路上駐車中のバンの前で手を振っている隼人を認め、そちらに意識を向けた。
佑壱は真っ直ぐ車に向かっている。

「待って下さいよー、イチ先輩!」
「テメー隼人ぉ、運転手はどうした」
「そこで出会ったお姉さんがー、送ってくれるってえ」

運転手から顔を覗かせた、お水系のお姉さんがさっと顔を赤らめた。
佑壱と、気を失っているとは言え日向の組み合わせだ。隼人単体よりも威力があっただろう。

「みんな良い男ばっかりじゃない!どうぞ、気軽に乗りなさいな」
「「「アザース」」」

隼人は勿論、現金な健吾と裕也による『トリプル愛想スマイル』で益々機嫌が良くなった運転席は、チラチラと佑壱に視線を送っている。

「なぁに、あの彼が君達の引率?」
「あは、やらしー。ゆっとくけどー、運転中は前見てよお?」

何やら意味ありげな視線だが、慣れているのか気付いていないのか、運転席には目も向けず後部座席のドアを蹴り開けた佑壱の両腕は、繰り返すが王子をお姫様抱っこしている為に塞がっていた。

「…う」
「動くなハゲ、落とすぞマジで。寝とけ」
「あー…」

現金な健吾らに負けず、現金な運転手は日向にも心を奪われたらしい。僅かばかり瞼を開けた日向が眉間を抑えながらぐったり力を抜き、皆無に等しい眉を寄せた佑壱曰く、

「くっそ重ぇ。何で一日に二回も…」
「副長、シート倒して寝かせた方が良いんじゃないっスか」
「倒したら後ろが狭ぇだろ。適当に座らせときゃ良い、んなド淫乱なんか」
「むさ苦しいー狭いー、隼人君はモデルだから足が長すぎても仕方ないけどお、他の雄が邪魔ー」
「タイヨウ君が一番ちっこ…ゴホッ、スリムだから、前に乗ったら?(*´艸`) 潰されちゃうっしょ(´Д`)」

半ば強引に助手席へ回されてしまった太陽は、運転席から聞こえてきた舌打ちを聞かなかった事にしたらしい。











交通量が極端に少ない河川敷の国道は、水位を増している事が原因だろうか。
川上ではまだ豪雨被害を受けているらしいと、微かに首を傾げた。

「連休前に行われる一斉考査対策は如何ですか?今期一年進学科は、厄介な事情を抱えていると聞きました」
「定員を一人上回った。外部生と昇校生が同時に、全教科満点を叩き出した事で狂ったらしい」

興味無げに呟いた横顔を見つめた。
アスファルトの凹凸で僅かに揺れた車体、助手席に座っている背中が意識を研ぎ澄ましているのは、見なくても判る。

「…ブラックK灰皇院。本当に、恐ろしい王様だ。アレは恐らく神帝の駒」
「駒?」
「『俺』を誑かしたアルビノの、ね。余計な事をしてくれたものだ」

背が凍えた。
囁きは酷く小さなものだったが、すぐ隣に座っていれば容易に届く。


「少し、疲れた」

何処となく顔色が悪いと僅かに覗き込んだ瞬間、当の本人はそう呟いた。どさりと深くシートに背を預け、サングラスを外しシャツに引っ掛けながら目を閉じる。

「少し休む。着いたら起こしてくれるか」
「はい。ゆっくりお休み下さい、ナイト様」

助手席から苛立たしげな舌打ちが聞こえ、呆れながら見やるのと同時に、膝に重み。
漆黒の双眸を歪めた悪い笑みの彼は、わざとらしく手を伸ばしてきた。

「お休み、ユエ」

ちゅ、と。
屈み込まされて、頬に当たった柔らかな感触。

「なっ」
「膝を貸してくれ。駄目か?」
「…ど、うぞ」

反射的に頬を押さえれば、助手席から凄まじい殺気が注がれた。然し小さく笑った男は気にした風でもなく、今度こそ瞼を閉じる。

「…ち」
「李。今、舌打ちをしませんでしたか?」
「気の所為だ、王」

いけしゃあしゃあ、そっぽ向いた助手席の男に溜息一つ。俊のシャツに引っ掛かっているサングラスへ手を伸ばせば、ガバッと跳ね起きた身体に驚いた。

「きゅぴん!
  ぷはーんにょーん!!!
  ふっ、夜な夜なホモ漁業に出てる腐男子を舐めるんじゃあーりませんょー!」
「?!」
「くぇーっくぇっくぇっ」
「ナイト…様?」

しゅばっと素早く起き上がった男が、良く言えば凛々しい、悪く言えば極悪人顔で手を伸ばしてくる。

「隙ありィ」

ぐっ、と喉元に伸びてきた手に凄まじい握力が宿り、それに気付いた助手席の背中が振り返るが、

「何をしている!」
「忍者め、まっつんの貞操が惜しければ僕の言いなりにおなりなされィ!」
「貴様…!やはり始めから王の身体をっ」

いや。待てと言いたい。どう見てもこれは、貞操ではなく命の危機だ。
だが然し、睨み付ける黒装束も、同じく極悪光線を放つオタクにも、そんな事は些細な事らしい。

「ふっふっ腐ー。オタク如きの奴隷にならなきゃいけないなんて…お可哀想に!でも僕は一皮剥けた、いや!一穴空けたオタクですもの!今夜からは余所様のキューピットも吝かでないにょ」
「何を言っているのか皆目判らんが王から手を離せ…!さもなくば殺す!」

バチバチっ。
飛び散る火花、とっくに俊の手には何の力も籠もっていなかったが、そんな事を言い出せる雰囲気ではない。

「ふふん、負け犬の遠吠えにょ。真の男は不言実行!犯すと宣言する前についつい手が出ちゃう、だからこそ俺様攻めなり!」
「くっ」

美月争奪戦、を大義名分に、二人は睨み合う。二人の世界だ。
会話の内容が全く理解出来ない。

「はふん。こんな事やってる場合じゃないにょ。愛の使者として生まれ変わった僕には、使命があるんですのー!」

ぽいっ、と人質から手を離したオタクが勢い良く車のドアを開き、しゅばっと飛んだ。
目を丸くした車内の二人が窓に張り付けば、


「ぷにょん」

見事に着地に失敗したらしいオタクが、車道をゴロゴロ転がっていたそうだ。


まぁ、奴に怪我はないものと思われる。



「ふぇん、お鼻擦りむいちゃったなりん」
「こらーっ、何処で遊んでんだぼけーっ」
「あわあわ、ごめんなさいっ」

トラックの運転手に怒鳴られ、元々低い鼻がまた低くなった事に気遣う暇もない。今はとにかく、美月の車が戻ってこない内に行かなければ。


「…天の君?」

何処かで聞いた様な声に振り向けば、イケてる車から出て来た男が見えた。何処で見たのか低い鼻に皺を寄せながら考えれば、それに気付いたらしい彼が柔らかく笑む。

「ふぇ?パヤちゃんに似てるよーな」
「養護教諭の冬月龍人だ。直接話した事は、なかったかの?」
「あらん?保健の先生ですか?え、でも白衣じゃないなんて…」
「勤務時間外に白衣は着らんよ。師君が今、制服ではない様にな」
「なるへそ」

ぴょいっと立ち上がり、尻やら顔やらの埃を払う。にこにこそれを眺めている男の隣には、威圧感半端ないイケてるベンツ。
庶民は気になって仕方ない。

「先生は今からおデートですか?お相手は他校の生徒?教師?お医者さん?サラリーマン?大穴で女性?」
「おぉ、ダークホースが女性とはあな不思議。儂はこう見えて男なんじゃ、天の君」
「はい!寧ろ男の人にしか!残り僅かな独身期間を満喫してるイケメン教諭にしか!見えませんのょー!!!」

ハァハァ騒がしく叫んだ俊に、ほんの一瞬だけ痙き攣った男。
だが然し、すぐに笑顔に戻る。

「ちと野暮用でのぅ。今から紅蓮の君の元へ行かねばならん」
「ふぇ?イチ先輩のお宅なら知ってますにょ」
「おぉ、それは助かる。載せとるナビが古いもんで、頼りないでな」

にこにこ助手席のドアを開いた男に、ニマッと笑んだオタクが黒縁眼鏡を押し上げた。
美月の車から飛び降りる瞬間に、素早くスペア眼鏡を装着していたのだ。毎回、何処にスペアが仕舞っているのかは企業秘密である。

「喉は渇かんかね?冷たい飲み物がある」
「これはこれはお気遣いなく、いただきま。ぷはーん」

ポータブル冷蔵庫からラベルがない缶を取り出した男に、全く疑いを持たずプルタブを開ける。
にこにこと運転席に乗り込み、軽やかにアクセルを踏んだ男はややあってから、興味深げに訪ねてきた。

「天の君は何故あんな所に居られたのかね」
「ちょっとしたナイトイベントに参加してましたにょ。あ、これは内密の方向でお願い出来ますかしら?」
「健全な男子学生たる者、少しばかりの夜遊びは社会勉強じゃな」

なかなかどうして、話が判るイケメン教諭である。一気に親近感が湧いた人見知りは足元のゴミ箱に空き缶を放り、慣れないベンツをキョロキョロ眺めている。

「あっ、オトメンロード!」

都内の腐れ族が続々と集まる、有名なドライブスポット。川に架かる全長200メートルの橋は、夜間のイルミネーションが煌びやかな事で全国的に有名だ。

「はふん。カイちゃんも居たら良かったのに…」
「カイちゃんとは」
「うちのクラスで一番頭が良い、イケメンですのょ!」

ぐるん、と振り返った俊を横目にハンドルを切る男は、僅かばかり目を細めた。

「妙な。帝君である師君以上の秀才は、一年には居らん」
「違うんです。僕ってばテスト中いつも眠くなる体質で、本当は入試の時もずっと寝てたにょ」
「何と?」
「でも、理由は判ってるからイイんです。今度のテストは、絶対、自分の力で乗り切るにょ」

拳を握れば、ブレーキを踏んだ男が真っ直ぐ見つめてきた。


「所で師君、…眠くはないか?」
「いいえー、ちっとも」

窓の向こうに、赤信号。

←いやん(*)(#)ばかん→
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