帝王院高等学校
しがない奴らのラララ☆ララバイ
「ふふ。さっきまでの雨が嘘みたいだねー」

膝の上で寝息を発てている人を抱き上げて、ガレージに滑り込んできた乗用車へ足を向ける。

「通院手配は済んでる。後は任せたよ」

痛々しい太股の包帯を一瞥し、恐らく明日まで起きないだろう人を暫し眺めた。

「社長、奥様は?」
「一生使う事なんかないと思ってた家宝の秘薬で、ぐっすりさ」
「シートを倒しますので、こちらに」

開かれた助手席のドアへ抱えていた体躯を横たえて、軽くなった腕を幾らか回す。

「打ち合わせ通り、僕は海外出向したとでも言っておいてね。どうせすぐなそれ所じゃなくなるだろうけど」
「畏まりました。では、くれぐれもお気をつけて…」
「小林君は心配性だなー。大丈夫だって、ただ『死ぬだけ』なんだから、僕は」

にっこり笑えば、何かを言いかけた男は情けない表情で頭を下げ、未練を断ち切るかの様に運転席へ消えた。

「世間知らずでどうしようもない馬鹿な親父だけど、今更ガタガタ言ってもねー。…あーあ、『大きな空っぽ』なんて名前、幾ら何でも子供に付けんなよ」

真っ直ぐ無人のリビングへ向かい、十数年間ずっと鎮座している小さな金庫を開いた。


「クロノススクエア・オープン」
『エラー、当該リングにマスター権限はありません。機密保持の為、セキュリティーレベル7を発令します』

耳障りなクラシックに、エラー音が混ざる。部屋中を赤い光が駈け巡り、

『起動まで3秒、2…』
「男なら花火みたいな死に様を見せるもんさ、なんてね」


『1』


凄まじい轟音と共に火柱を上げた別荘地のとある住宅は、自然鎮火するまで誰も気付かなかったそうだ。










「ディア、マイスイートローズ。…どうした、随分元気がない声をしている」

時の始まりの国へ真っ直ぐ、空を駆けている。渡り鳥の群れを遥か眼下に認め、太陽の存在に気付いた。

「漸く、ロンドンが見えてきた。こちらは眩しいよ」

さめざめ、一気に出来事をまくし立てる声に耳を傾けながら、空のワイングラスを揺らす。
睡眠不足は肌に悪い、などと。今まで気にしなかった事を考え、その原因に思い当たり小さく笑った。

「レイ。所で、お前はもう聞き及んでいるだろうが…随分、面白い事態だな」

話が判っていないらしい相手に、僅かばかり首を傾げる。知らない筈はないだろう、海外の番組ですら取り上げているのだから。

「兄上が酔狂で銘を与えた、あの帝王院秀皇が姿を現したのだろう?」
『…はい?』
「ヨーロピアンマーケット、アジアンマーケットの大半をプールした様だが、ステルシリーに決闘を申し込む考えなのだろう?」
『ちょ、待っ、何それ?!』

どうやら本当に知らなかった様だ。相変わらずマイペースな亭主だと瞬いて、ワインボトルを掴み上げながら足を組み替えた。

「我が甥、ルークの力量が試される。この程度で潰えるならば、それだけの器だと言う証だ」

とぷとぷ、注いだ深紅をテイスティングし、緩く首を傾げる。

ああ、眩しい。


「その時は、私自らあの子の寝首を掻いてやろう。ゼロとファーストが共に立ち上がり、ステルスを乗っ取れば良い」
『じ、実の甥に、そんな…』
「グレアムは実力社会だ。血縁に意味がない事を、お前も知っているだろう、ハニー」

口ごもった相手に苦笑混じりの息を吐き、一気に空けたグラスから手を離した。
機体が着陸体制に入っている、やはり、光の速さで駆ける鉄の塊は有能だ。

「冗談だよ。愛する家族と言う光を知った私に、あそこはもう、縁がない場所だ」
『クリス、早く帰って来てね。アタシ寂しくて死んじゃうからっ』
「ああ、すぐに戻るよ。然し私の目が離れたからと言って、余所のアニマルに発情などしてみろ」

太陽が真上に。
青い海が段々近付いてくる。



「可愛い零人と佑壱をお前の目の前で殺してやる。…愛しているよ、マイスイートローズ」
『ひぃ。おお俺も、です…』








嫌われ者。
光の当たらない世界で外した包帯は、すぐに現実を知らしめてきた。

『カエサル。どうして君は、美しい顔を隠してしまうんだい』
『君と私の美意識には極端な相違がある。…それだけだ』

何処にも帰れはしない。
悪魔をこの手で殺すまでは、悪魔である自分が死ぬまでは。きっと、あの人は許してくれないだろう。


長い、長い。
艶やかな黒髪、滴る赤、割れたステンドグラスから覗く、紅い、月。


初めて見たその背中がゆらりと振り返り、何かを囁きながら手を伸ばしてきた。



『ブラックシープ』

お前なんか、愛したのが間違いだった・と。

『悪魔が…』
『やめろ!秀皇っ!』

裸同然、傷だらけの優しい人が叫ぶのを聞いていた。逃げるつもりはない。


『ちち、うえ』

初めて、貴方を見たんだ。
初めて、貴方を認識したんだ。
だからきっと、これは貴方が与えた復讐なのだろう。だからきっと、これは悪魔である自分への罰なのだろう。

『…お別れだ、神威。』

そんなに悲しい顔をしないで。
そんなに泣きそうな眼をしないで。
大丈夫、もう何も望まないから。大丈夫、どうせ一度、実の母親から殺され掛けた命なのだから。



『Close your eyes.』


貴方の顔が思い出せないくらいで、悲しんだりはしない。





「病気、だって?」
「そなたは、何を選び何を掃き捨てるだろう」

問い掛ければ、無言で何処かを見やった横顔がサングラスを押し上げた。
一分の隙もない、しなやかな体躯。余裕すら窺える癖に、野生獣並みに警戒を絶やさない。

「そなたに、誠アレが必要ならば話は別だ。…私には最早、何の関係もない」

似ている、と。思った。
これは確かに自分と似ている。腹の内を読み取ろうにも、表情の大部分を占めるであろう目元を隠している生き物。

「駄目だ」
「…?」
「お前は出てくるな」

独り言の様に呟いた唇が、微かに震えていた。何だと怪訝に目を細めたが、こちらもサングラスの妨げがある。

「マ、マジェスティ」

恐々様子を窺っている第三者が彼を警戒しているが、恐らく向こうはこちらに意識を向けていない。

「もう一つ、そなたに伝え忘れた事がある」
「…お前、は。………出てくる、な…」
「我が名はXルーク=フェイン=ノア=グレアム」
「…あ?」
「互いに、名すら知らなんだ事に今更、気付かされた」

漸く振り返った男をもう一度、眺める。
身長はほぼ同じ。髪が黒ければ尚、似ている。但し、跳ねる様な足音は無音に近く、跳ねる心拍音も今や野生のライオンと大差ない。


ああ。
やはり、別人だ。


最初はこの男と勘違いをした。
喋り方も声のトーンも違う、極々平凡な子供を。最初は、この男にもう一度会ってみたかっただけだった、癖に。


「…ふ。グレアムは総じて、日の当たる場が似合わぬと見える」
「何をぶつぶつほざいてんだ、バ会長。サブマジェスティとやらが大変なんだろ」
「大変と言うなら、それはベルハーツではない。寧ろ、ネイキッドの方だ」
「はァ?」

可哀想な男。
声無き後悔の慟哭が聞こえてくる。ああ、そんなに悔いるくらいなら手を伸ばさなければ良かったのだ。
可哀想な男。
秘めたままなら、いつか風化しただろうに。

「そなたに、この国をくれてやる。…ああ、違う。これではまた怒られるか」
「おい、ルークなんちゃらグレアムさん?」
「テメェにこの国を任せてやるから、精々努力しろ」
「んな」
「無様に失恋を果たした会長は、何処ぞの王道俺様攻めを妬んだまま生きていくんだ。良い、どうせ私は地味平凡ヘタレ不能攻めにしかなれないエキストラ止まり」
「ちょ、耳を疑うお言葉ではありませんかねィ?!」

けれどまだ、疑っている。
確信に限りなく近い疑問、但し今となっては突き詰めるつもりはない。



例えば、今。
目の前で口元を押さえているサングラスの男が、例えば、もし。後悔の予感を認めて尚、手を伸ばしてしまった愛しい生き物と同一人物だったとして。



「…は」

ならば自分は、何が出来る。
硬質な金属の冷ややかな仮面を拭い去り、我こそ『狼少年』だ、などと宣えと言うのか。

意識のない人間を辱めた罪深き嘘吐きだと。初めから何も彼も全て偽りで、気紛れの退屈凌ぎで近付いた挙げ句、奈落の底に叩き落とされた愚か者だと。

何の恥ずかしげもなく宣え、と。

「やはり私は、…厄介者のブラックシープか」

それこそ死に値する羞恥だ。
憎悪ならまだ良い。嫌悪の眼差しならば、いっそ息の根を止められた方がマシだ。
侮蔑に染まる怜悧な漆黒の双眸で、俊の記憶から淘汰されるのだけは、耐えられない。



「マジェスティ」

闇の中から呼ぶ声に振り返る。
酷く疲れた表情の生き物は、性を感じさせない美貌に僅かな笑みを滲ませた。

「早急に学園へお戻り下さい。…理事長がお呼びです」

色んな事を、考えた。
他人が褒め称える精密機器の様な頭で、実に様々な事を考えてきた。
もっと効率的な方法があった筈だ。己が満足する未来を手に入れていた筈だ。手に入らないものなど、本当は、何一つないのだから。

「…私を呼びつけるだけの理由が見当たらんな。勘違いされては困る。現ノアは、あの男ではない」
「万一、陛下がそう仰った場合に『ルークは代理に過ぎない』と伝える様に承っております」
「ふ。そなたともあろう男が、年寄り相手に先手を許したか」
「申し訳ありません。ですが、」

なのに、何故。
此処に辿り着いてしまったのだろう。こんな、望んでいなかった現実へ真っ直ぐ一本道なんて。何一つ、選択肢がない現在へ。やって来てしまったのだろう。
ペットとして繋いでしまえば良い。人間としての尊厳を奪い去り、従わせれば良い。判っているのに、何と浅はかな生き物だ。



「可及的速やかに本国へ帰還せよと。…キング=ノヴァは仰せです」

あれを泣かせる者は、例え己であっても決して許せない。

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