帝王院高等学校
前略、オタクもハンストを起こします
何でこんな事になったんだろう、と。
独り言の様に心の中で呟きながら、歩いている。


「通りゃんせ、通りゃんせ」

何処で間違ったんだろう。
何処から間違ったんだろう。

「此処は何処の、細道…」

初めは純粋だった。
時間が経つと変化してしまう。
それとも、最初から?



(胸が痛い)
(泣くな)
(声も発てずに、はらはら)
(静かに泣くのは、卑怯)

(泣くな)
(どうせなら、責めれば良い)


「俺を悪者にすればイイ。お前が泣く必要なんか、何処にあるんだ」

胸が痛いんだ。
幸せそうに笑え、くだらない日常が身に余る幸せだと噛み締めろ。そうすれば、躊躇わず壊せるのに。

「もう憎む価値もない程に、…俺はお前を傷つけたのか?」

泣いている。
強さなど初めから与えられていない弱い生き物が、泣いている。他人の為に。自分以外の誰かの為に。
そんな感情、与えていない。そんな感情、初めから持っていないのだから。

「お前は、誰なんだ」

1を分け合えても、0から生み出す事は不可能だ。
そうだろう?


「あっ、総長!ンな所に居たんすかΣ( ̄□ ̄;)」

駆け寄ってきたオレンジへ振り返る。街灯を浴びてキラキラ輝く様は、酷く神秘的なものに思えたから。


「おいで」

外したサングラス、伸ばした手で触れる前に微かに震えた橙色の眼差し、笑えてならない。
怖がられている。こんな、弱い生き物だと言うのに。

「やっぱり、いつ見ても傷つくな」
「うぇ?(つД`)」
「佑壱は力で、要は兄代わり、隼人は親代わりで、裕也は流されるまま」
「へ?」
「皆、そんな理由で『俺』を必要としてくれた」

大差ない身長、近付いても逃げない事を確認する。

「『俺』が泣くんだ。寂しい、悲しいって。もっともっと幸せにしてから、消してしまいたいのに。俺が泣かせてやりたかったのに」

外したサングラスを押し付ければ、無意識で受け止めた健吾が真っ直ぐ見つめてきた。

「総長?(´`)」
「お前だけが判らなかったよ。佑壱に対する無邪気な思慕が、憎悪から派生したものだと気付いても」
「え?何言ってんスか、総長」
「要みたいに、お前は俺を頼ってくれなかった」

騒ぎになっている方向へ目を向けた。呆然としている健吾が「かな」と呟いて、網膜に紅い長髪を映し出す瞬間。

「要には制約がある。父親の命令に背けば、生きていく事は出来ない。自由に友を選ぶ事も出来ない。命じられるまま時間を懸けて、佑壱の懐に収まったのも。他人の意志からだ」
「何の話、っしょ。そんなの俺、知んない」
「美月が二十歳になれば。つまり、要が卒業する頃まで。耐えるんだと言った。それまでに独りで生きていく力を、誰からも守れる力を蓄えておきたいから」
「守れるって、誰を…」
「助けてくれて有難う。そんな言葉すら言えない立場が、嫌だと言っていた」

街灯の下を舞う紅い髪、寄り添う青い髪が見える。

「いつも誰かに見られているから。気を抜けば殺されてしまうから。取りたくもない悪魔の手を取った」
「何、だよ…それ」
「護衛。紅い王子様の。そして、それはそのまま皇帝の駒である証だ。踊らされて、命じられるままに感情を意志を殺す。何処から何処までが自分か、もう判らない」

まるで独楽。
呟けば、何処からからか要の声が聞こえてきた。こちらには気付いていないらしい。

「誰も居ない所に行きたい。大切な仲間しか居ない所で生きたい。約束は、いつまで有効なのだろうか。怯えながら生きている」

紅い長身。人嫌いで自尊心が高い癖に面倒見が良い、きっとそんな純粋な男に寄り添っている。

「でもお前は?何を憎んで何がしたいのか、誰にも言わない」

人垣の中に躊躇わず入っていき、ぐったり倒れている誰かを抱き起こしているのだろうか。

「知らない事は悪じゃないが」
「………」
「知ろうとしなかった、なら。決して善でもないだろう」

沈黙している健吾の雰囲気は、もういつもの巫山戯けたものとは違う。

「俺の目から見たお前。純粋無垢な振りをして、要から裕也を奪った。今度は誰から何を奪うつもりだ?」
「…奪って、ない」
「裕也の目にはもう、お前しか映っていない。まるで暗示だ。催眠状態に近い。可哀想に」
「煩ぇよ。…関係ねーだろ!」
「悪戯で済まされる内はイイ。けど今は、誰もがお前を信頼してる。誰もが明るいお前に救われて、心の中では感謝しているだろう」

佑壱は誰かを信用するまでに酷く時間が必要で、隼人は猜疑心の塊、要は傷つきたくないからいつも自分を守ったまま、裕也は他人に無関心。
こんな人見知り集団が、仲良くなれる方が不思議なのだ。

「後悔が傷付けるのは、いつも己だけだ」
「知った様な事、言うなや」
「どうしてこうなったんだなんて。後から悔やんでも何の希望も為さない。悔やめば過去に縛られ、未来に向かう事なく老いていく
「うひゃひゃ!…何、アンタも無駄に年だけ食った大人と一緒じゃん。偉そうにお説教かよ」
「楽しくなくても、笑えるお前は」
「っ。ア、ンタに何が判るんだよ!」

両肩を掴まれて、珍しく真剣な顔を晒している男を真っ直ぐ見つめる。

「起き上がるのも必死で、唯一の特技だったのに!唯一っ、俺の存在価値だったのに!昔の音は出ねぇ!判っかよ?!価値がねぇ餓鬼なんざ、お荷物でしかねぇんだってよ!」

ああ。
こんなに至近距離で誰かを見つめるのはいつ以来、だろう。

「実の母親の顔なんざもう覚えちゃいない!血も繋がってねぇ父親が毎週毎週律儀に連絡寄越してくんだよ、どんだけ惨めか判るかテメーに!」

太陽はああ見えて人を見る目があるから、危険な人間には近付いたりしない。彼はとても聡いから、本能的に嗅ぎ分けている。
桜は常に控え目な態度で一線を引いていて、つかず離れずの距離。

「俺は、お前達が好きなんだ。佑壱も要も隼人も裕也も、健吾も」
「ば」
「本当は。イチが居なかったら、誰も俺を必要としなかった筈なんだ。偶々、イチが俺に興味を示したから。偶々、イチが帝王院学園に居たから。遠野俊の価値は、生まれた」
「馬鹿、っしょ」
「もし皆が同じ学校に通っていたら、誰も俺なんかに近付かなかった。根暗で何の取り柄もない俺なんか、誰も好きにならなかったんだ」

寝起きの、目が覚めたばかりの様な表情を晒した健吾に微笑み掛けた。

「アンタ、を。嫌いになる奴なんか」
「『俺』は俺が嫌いだよ。もう、話し掛ける価値もないらしい」
「…あ?」
「ケンちゃん。好きな子を苛めたら、めーよ。友達とは仲良くしなきゃ、好きな子には優しくしなきゃ、駄目なのょ」

幸せ過ぎたがら罰が当たったのだろうか。
何回掛けても繋がらないナンバー、エラーで戻ってくるアドレス、誰よりも綺麗な顔をして誰よりも図体が大きい癖に、甘えん坊な彼は。

「今、更。きっと一目惚れだったんだなんて言っても、誰も信じない。だって俺には意志なんか始めから持たされてなくて、頭の中の魔法使いから操られてるだけなんだ」
「総長?どうしたの」
「俺は『俺』が嫌いだ。今もじっと待ってる。一歩進む毎に一枚ずつ剥がれて、辿り着く頃にはもう、俺なんか何処にも存在しない。多分、今だってアイツが引っ込まなかったら、戻れなかったんだ」
「ちょ、総長?気分悪いの?ほら、俺に掴まりなよ(´`)」
「なのに、」

街灯。
煌びやかな公園のずっと、向こう。遥か彼方、天体のスクリーンは漆黒。

「悲しくて、息も出来ない…」

何の混ざりもなく、真っ黒な闇夜。



「朝を願い、己の過ちを悔いるだけ」

頬を。
一粒の雫が伝った。


日向を抱えて、ABSOLUTELYの人間に激しい指示を出している佑壱。
呆れ顔の要はきっと、佑壱がお人好しだとでも思っていて。

堂々と大遅刻でやってきた西指宿の隣に、何処に隠れていたのか川南兄の姿が見える。
隼人が笑顔で兄の抱擁を躱し、華麗な回し蹴り。吹き飛んでもめげない西指宿は、いつもとは違う無邪気な笑みを浮かべていた。

健吾を探しているのか、ふらふら歩き回っている裕也がやっと、こちらに気付いたらしい。


「俺は俺が嫌いじゃない。いや、寧ろ愛しているんだ。それこそ、幸せを願うくらいに」

エメラルドの双眸が見開かれる。
背後に車が停まる気配、崩れ落ちた健吾には一瞥も与えずに。駆け寄ってくる裕也へ背を向けた。

「大河社長の命でお迎えに参りました、ナイト様」
「随分、他人行儀だな。『まっつん』」
「貴方が先に、他人の振りをしたんですよ。吾だけを非難なさるのはおやめ下さい」

振り返った先、控え目な微笑みを湛えている美貌に笑い掛ける。

「もう表沙汰になったのか?」
「ええ。まさか、貴方が直接大河に命令なさるとは思いもよりません。中国でも日本でも、混乱していますよ」
「早めに進める必要が出て来た。ポーンが意志を持ち過ぎた所為で、侍従逆転の危機だ」

ああ、背後に寄り添っている黒装束の長身が凄まじい警戒を露わにしているが、

「ユエ」
「はい」
「亡くなる前に、祖父さんから聞いた。君には迷惑を掛けたね。実の親にも隠し通すのは、至難の業だったろう」
「…いいえ。大河社長のお力添えがありましたので、吾は何も。愚かな父を持ったばかりに、お恥ずかしい話ですが」
「お互い、父親がグータラで困るな」
「酷いご冗談を。青蘭を引き取れたのも、全ては祖父君のお陰にございます。即ち、延いては駿河様のお力添え」

胸が痛い。
固い固い殻に閉じこもって、ずっと泣いている子供の所為だ。

馬鹿な子。
叶わない恋をするなんて。
馬鹿な子。
悪魔を愛してしまうなんて。

何も教えずに。
弱いまま、決して強くならない様に作ったのは自分だったけれど。何故、こんな事になってしまったのだろう。



何処で間違えたのか。
何処で狂ってしまったのか。

誰か、教えてくれないか。


「メイと、ユエ。…久し振りに、顔を見せてくれないか。李先輩」
「!」

僅かにでも。
狼狽えた気配を漂わせた彼は、可愛らしいと思えた。

「覚えているか。初めて会ったのは、酷く暑い日だった。ユエを追い掛けて君は、白い頬を赤く焼いていた」
「王よ、…これは一体?」
「控えなさい、李。彼はアジアを統べる真の王にして、グレアムを屠る事を許された御方です」
「…何だと?」

ああ。また、泣いている。
寂しい恋しいと、泣いている。

そんなに愛してしまったのか。
どうしてそんなに、愛してしまったんだ。望みがない事くらい、本能的に判っただろう。


「悪魔討伐に付き合ってくれないか。どうやら、もう一人のナイトが目覚めてしまったらしいんだ」
「貴様、名を名乗れ」
「やはり、覚えていないのか?」

とても愛らしいと思えた。
あの頃よりも、ずっと。白い肌、光を受けて金に輝くプラチナゴールド、太陽を映し出す双眸。


初めは。
あの日、初めて見た生き物の。





「十年振りの再会だ、ルーク」


名前を知りたかった、だけなのに。

←いやん(*)(#)ばかん→
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