帝王院高等学校
妖しげなお企みは計画的に!
「やだなー…」

タロットカードをシャッフルしていた少女が、人形染みた美貌を僅かに歪めている。
賑わい始めたホールからやや離れた、バルコニーのカーテン脇。

「皇帝の逆位置、教皇の逆位置…運命の輪…これも逆位置なんて」

無気力、行き過ぎた行為による破綻、運命からは逃げられない。

「奇術師、愚者の逆位置。…どう言う事?悪いばかりじゃないって事かしら」

首を傾げ、カーテンを体に巻き付けたままホールを伺った。
しなやかな長身の男が見える。見れば見るほどに王子様の様な振る舞いだ。
けれど傍らに寄り添う女性、少し離れた所に立っている秘書を装った男が、ゆるりと顔を上げた。

「っ。…何で、こんな所にあの人が居るのよ!」

そそくさと顔を逸らし、バッグに突っ込んだタロットカードが数枚床に落ちる。
ばらまかれたカードに目を見開き、瞬いた。


「月、塔、悪魔」

唯一の希望は、『死』が逆位置である事。









「どうなさるんですか、零人さん?」

硬直している女性を横目に、明らかに楽しんでいる背後の声へ肩を竦めた。
主催者である女性から引っ張られていった獅楼のお蔭で、ホールは先程から何とも言えない雰囲気だ。

「然し、マジで加賀城翁が引退するとは…」
「加賀城会長の孫贔屓は有名ですよ。ああ、もう前会長ですか」
「良い性格した爺さんっつーのは、親父から聞いてっけどよ」
「帝王院財閥の駿河会長と、親友関係にあるそうですよ」
「どえらい大物じゃねぇか」

頭をボリボリ掻いた零人の背後で、眼鏡を押し上げた秘書が珍しく真剣な表情を晒した。
数人の男を従えた着物姿の老人が、杖を付きながら近付いてくる。零人の元まで、息を呑むギャラリーに見守られながら。

「若いの。嵯峨崎のボンは、お宅か」
「長男の、嵯峨崎零人と申します。失礼ですが、もしかして…」
「孫の獅楼が世話になっとるの」

厳格な面構えだが、獅楼に何処となく似ている老人が鋭い眼差しで微かに笑う。背筋を伸ばした零人に隣に、控え目ながら並んだ鬼畜秘書が愛想笑い一つ、

「嵯峨崎財閥顧問会計士を努めております、小林と申します。この度は御孫君の取締役就任、おめでとうございます」
「ほっほ。白々しいの、西の忍びや」

愛想笑いを凍らせた父の秘書を横目に、へぇ、と片目を眇めた零人が痙き攣った。

「何処でそれを?一応、我が社の最重要機密に値するんですよ、それは」
「知っとるも何も、儂は桔梗に惚れとったからの」
「なっ」

遂に声を発した小林が、慌てて口を塞ぐ。何の事だと首を傾げた零人を余所に、老人が従えていた部下達に導かれホテルの一室、スイートルームらしき部屋へ招かれた。

「あそこでは人の目耳があるからの。まぁ、座られよ」
「失礼します」
「加賀城翁、義姉と親しかったんですか?」
「…小林さん」

挨拶もなく、立ったまま口を開いた男に眉を寄せ無理矢理引っ張ってから、ソファに座らせる。オカマだろうが、一応財閥会長である父の名を辱める訳にはいかない。

「ほっほ。叶の先々代は好色で有名だったがの、娘の桔梗には甘かった。その桔梗は、唯一の兄弟であるお宅を愛しとったの」
「…私は妾ですらなかった女の、生み捨てたに等しい子供でした。表向き、父には桔梗義姉さんしか子供はいない」
「先々代はいつ逝った?桔梗が結婚していた事も知ったのは随分後だったの」
「私が高校卒業を迎える前には、もう。それから家を出ましたので、私も義姉の事情は把握していません」

そうか、と。
囁く様に溜息を落とした老人が、ソファに深く座り直す。握ったままの杖でトントンと床を叩けば、別室から出て来たのは、獅楼だ。

「じっちゃ〜ん、物凄く怒られたぁ」
「おぉ、おぉ、可哀想に。獅楼や、此処に座りなさい」

途端、デレデレ顔を歪めた老人に、経済界の大物も形無しだと目を逸らす。何事か考えているらしい秘書を横目に、出されたコーヒーを形ばかり口付けた。

「勢い、これに取締役を押し付けてしもうだがの。儂は、孫に冬月の先代と同じ轍は踏ませとうない」
「ふゆつき?」
「何から何まで、…良くご存じですねぇ」

感嘆めいた吐息混じりの声は隣から、祖父の杖を脇に寄せてカフェオレを啜っている獅楼が、僅かばかり顔を輝かせる。

「それ、スメラギだろ?知らないの、センセー」
「何か知ってんのかシロ」
「秘密だよ?あのね、一回だけ聞いたんだ。総長から」

孫へ驚いた様に向き直った老人を一瞥し、ただ事ではない事を悟る。一体、何の話だろう。

「何で此処でのび太の名前が出るんだよ」
「のび太?」
「後輩。面白い奴で、ルークの感心を見事に買ってる餓鬼だ」
「おや、驚きましたね。まさか彼の名が出るとは…」
「調べるにも限度があっからなぁ。遠野俊、可笑しい所は何もない」
「遠野」

小林が呆然と呟けば、遂に老人が笑い声を発てた。珍しい事なのか、茶菓子を頬張っていた獅楼が狼狽える。

「はっはっは。駿河め、何を企んでおるのかと思えば!龍一郎兄の魂胆か!」
「じっちゃん???」
「駿河…うちの学園長と、どう関係が?」
「冬月龍一郎、ですね。父から聞いた事があります」

眼鏡を外した男が素早く部屋中を見渡し、やや警戒しながらネクタイを緩める。

「昭和初期、戦後間際の話です。とある家の幼い跡取り兄弟が、叔父を刺殺し家に火を放ちました」
「それが冬月か?」
「ええ。ただ目撃者もなく、結局その事件は闇の中。事件直前に政府反逆容疑で、一族処刑が確定されていたそうです」
「だがの、それら全て八百長よ。実際、冬月の当主が死ぬ間際、叶に頼っていたと言う話だの」
「は?そんな話は聞いた事が、」
「桔梗から聞いた話だの。今の叶は長男が継いだんだろ?なら、小僧も知っとる筈だの」
「然し、」
「桔梗とお宅の父親である叶慶大は、冬月の嫡男の幼馴染みだったの」

ぱちぱち、瞬いた小林の隣、零人には全く話が理解出来ない。勿論、話に付いていけない獅楼も暇を持て余し気味だ。

「むっずかしーよ、じっちゃん。もっと判るよーにいってよねっ」
「おぉ、すまんの獅楼。昔話での、西と東に忍者一族が住んでおったのよ」
「忍者!何それ、忍者なんか本当に居たんだ!」
「そうだの、西はそこの叶、東は皇。叶は主を亡くしてから独立したが、皇には帝が居る」
「帝王院、ですね」
「賢いの、ボン。家柄も若い嵯峨崎には、聞き覚えがない話だの。加賀城に並ぶ東雲でさえも、当主にのみ伝わる話だ」

場が僅かに緊張を増す。

「叶は維新後に改名し、起業家として名を馳せた。元は表向き茶道家だの。だが、皇は違う」

割り込む事を放棄したらしい小林が立ち上がり、戸口にまで歩いていく。ざっと辺りを見回して、加賀城の部下達を半ば追い出した。

「此処からは私が警護します。差し出がましいと思われましょうが、事が事であるだけにご理解願いたい」
「構わんよ。経営から手を引いた儂の命は、我が友、駿河に預けてある」
「じっちゃん?」
「儂にはの、親友が居る。帝王院駿河、お前が通う学園の学園長だの。判るか?」
「うん」

獅楼も心持ち背を正し、にこにこ語り始めた祖父を見つめている。

「本来なら、駿河にはもう一人、付き人が居た筈だった。それこそが皇…冬月家の当主、冬月龍一郎」
「…消えた双子」
「叶の。お宅は何を知っとる」
「我が社の会長、嵯峨崎嶺一はグレアムの長女と結婚しました。そこの零人さんは、代理出産で生まれたクリスティーナ=グレアムのご子息にあらせられます」
「何と!では、まかり間違えておれば、現グレアムの当主は…」
「こちらの零人さんだった可能性もあります。ご存じでしょうが、ルーク陛下はキングの実子ではないと考えられていますからねぇ」

足を組み直した零人に、獅楼の眼差しが刺さった。済し崩しに聞かれてしまったが、後で口封じしなければならないだろう。
両親以外には、佑壱ですら知らないのだから。

「次男、佑壱さんは後継者筆頭に上げられるセントラル元帥の立場にあります。立場上、常務と言ったものでしょう。彼の米名は、エンジェル=グレアム。零人さんは、母方の名を使えばアシュレイ」
「そうか、ボンもグレアムか…」
「俺自身、知ったのは20年以上前、母が亡くなる間際なんでてんで餓鬼でした」
「こりゃ難儀だの、…その頃と言えば、駿河の息子が居なくなった頃だ。時期が悪かったの」
「帝王院秀皇について、ご存じなんですか?うちの親父…いや、父も何も言わないんで」
「遠野龍一郎。医学界では神と謳われた男を、知っとるかの」

目を見開いた小林が、壁に背中を預ける。そう言う事か、と小さく呟いて、肩から力を抜いた。

「確信はありませんが、東雲の跡取りもその名を出した事があります」
「下手したら東雲のボンは知っとるな。頭脳明晰に長けた東雲は、総じて馬鹿な振りが巧い」
「遠野=冬月、つまり果てに帝王院と繋がるのは判りました。此処からは俺の推測ですが、」
「駿河の孫は」
「え?」
「龍一郎兄の孫、は。健勝かの?」

優しい顔つきで尋ねてきた老人に、最早誰もが理解する。これ以上、無駄な質問は必要なかった。

「駿河の子、秀皇の息子はルーク。帝王院神威とされておるの。そんな馬鹿な話はない」
「…」
「だが、キングの子である可能性もゼロに等しい。駿河から聞いた話だが、キングは龍一郎と同じ年だ」
「んな馬鹿な!どう見てもありゃ、」
「本当なら90近い、爺さんだの。龍一郎兄が死んだのは三年前だったか。86歳だったの」

グラスを弄びながらウンウン頭を悩ませていた獅楼が、遂に飽きたらしい。

「総長はさぁ、違うことゆってたのにー。チンプンカンプンだよ、もうっ」
「獅楼や、さっきからそのソーチョーとは何ぞ?」
「おれの総長だよっ。カルマってゆーの、強いんだよ!で優しくて頭も良いのっ」
「あぁ、獅子丸が何ぞ言っとったの。お前、荒ぶる不良になっとったのか」
「副総長はユーさん。そこの変態の弟なんだけど、超カッケーのに超料理が上手で超モテモテで、」
「…話が脱線してるぞ、シロ」

疲れた零人が囁けば、我に返った獅楼がわざとらしい咳払い。戸口で肩を震わせている小林に、ばつが悪い老人も額を押さえた。

「獅楼や、要点を簡潔に言いなさい。焦らんでも良いでの」
「えっと、確か満月の時に一回。いつもの総長とは何だか違ってて、ちょっと恐かった気がする」

入隊したばかりの獅楼はまだ背も低く、気が弱いので仲間から可愛がられているものの、苛められているに近い可愛がられ方にストレスを抱えていた。

「執事と契約したから、負けられないって」

何度もやめようかどうしようかと悩んでいた時に、彼が話しかけてきたそうだ。

「長い計画なんだ。お父さんそっくりな人に聞いた話を練って、ひたすらそればかり考えてるんだって。それくらいじゃないと、すぐ飽きちゃうから」
「何ぞ、難しい話だの」
「お兄さんが居る、って。言ってた。二人の内、どちらかがお兄さんだって」
「二人…?それ、のび太が言ったんだよな?」
「お兄さんは双子なんだって。だけど、それは総長のお祖父さんが企んだから双子なんだ」

部屋が凍る。
小林も老人も沈黙し、真剣に獅楼の話を聞いている。

「どう言う意味だ?何でそこに遠野龍一郎の名前が」
「判んないけど、何かちょっとした意地悪とか言ってた、かな?総長のお母さんに悪い虫が付いてたから、追い払いたかったみたいだよ」
「龍一郎の娘に悪い虫…じゃ、それが帝王院秀皇?益々判らん」
「総長はお兄さんに会いたかったんだ。でも、片方は『悪魔』なんだってゆってた。とんでもない悪魔で、塔から落ちたのに生きてる不老不死の悪魔らしいよ」

悪魔、と。
呟いたのは誰だったのか。

「だから、片方には必ず仕返ししなきゃいけないんだって。取られたもの全部、必ず取り戻さなきゃいけないんだって。じゃないと、」
「ちょっと待て、もう少しゆっくり話せ」
「お父さんにそっくりな人から、名前を貰ったって言ってた。俊じゃなくて、もう一つ」

零人の頬を伝ったのは、嫌に冷たい汗だ。

「名、前」
「だから、悪魔にされてしまう前に果たすんだって。馬は変身出来ないから、仕方なく弱くなったんだってさ。


  兵士も騎士も、元は一緒だから。」

←いやん(*)(#)ばかん→
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