帝王院高等学校
個室=密室DEドッキドキの臭い仲!
昔から中心には立てない性格だ。
他人からの印象は一貫して、居る事は知ってるけどそれだけ、と言ったものだろう。

それでも小学生の頃は友達も居た。それなりに。
嫌な予感に対しては異常に勘が働くから、酷い目に遭った事もない。今になれば何と順風満帆だったのか。

母親が少々厄介な病気に掛かり、寮生活をしている弟はともかく、ワーカーホリック甚だしく殆ど家に居ない父親には、子守りは不可能だと判断したのだろう。
手術騒ぎになった母親は、即日入院と言われながら般若の形相で吐き捨てた。

『アンタ跡取りなんだから、私立校に通いなさい』
『え』
『塾に通わせる暇もお金もないんだわ。…落ちたら殺す』

あれはもう、脅迫だ。
無理矢理受けさせられたテスト、面接、済し崩しで転入した先は、目玉が飛び出るかと思う程に煌びやかな、学園。

『お父さんの会社に泥塗らないでよ』

最初は頑張って、早く慣れないといけない、なんて言い聞かせてきた。
二次成長の手前、思春期を迎える子供にしては健気ではないだろうか。今になれば馬鹿馬鹿しい話だ。

価値観が違う。世界観が違う。
分校出身の人間は通常高等部からの編入になるので、初等・中等部の人数が少ない。それも要因だっただろう。

あの頃、あの世界はあそこだけが全てだった。

狭い世界で暮らしてきた幼い彼らは、よく言えば擦れていない、悪く言えば世間知らず。
金持ちの息子となれば飛び交う話は政治か、経済か。可愛げの欠片もない。親の金を自分のものと錯覚し、親の権力を振りかざす。然も無意識に、だ。

『君の会社、若いけど上場企業なんだし株価も上がって来てるじゃない。胸を張りなよ』

中等部の頃には半ば諦めていた。親しい友達なんか居なかったし、ゲーム以外にはやる事もないから勉強もする。
可もなく不可もない、ビリから何番目の位置をキープし続け、同室だった元クラスメートから刺され掛けたのは、翌年だ。

居る事は知ってるけど、それだけ。
そんな人間に負けたとなれば、悔しかっただろう。江戸時代からの問屋である実家の話をひけらかしていたから、家柄で劣る相手に負けた事実は、甚く彼のプライドを傷つけたのだ。

彼は自主退学した。
噂ではノイローゼで入院していると言う話だが、彼が本当に恨んでいたのはきっと、別の人間だ。

初等部の編入生ではなく、中等部の昇校生。特例中の特例で、分校からやってきた優等生。
彼はやって来るなり帝君の座に収まったが、初めの一年はほぼ不登校だった。

なのに進級した時、彼は当然の様に帝君のまま。
必死で勉強してきた人間らを嘲笑う様に、金髪の優等生は。以降、カリスマと謳われる程の人気モデルの座まで、手に入れる。



「…やなこと思い出しちゃったなー」

今にも切れそうな蛍光灯、公衆トイレの割りに清潔感があるカラフルなタイルを横目に、頭を突っ込んでいた洗面台の蛇口を絞る。

「確かに、情けない顔」

恐らく赤く染まっているのだろう目元は灰色、いつの間にか赤色だけが判らなくなっている網膜。
原因はきっと、あれしかない。

白肌に散る真紅、至近距離で見た蒼い眼差しの片側は黒。あんな珍しいものを見たのは初めてなのに、何故だか懐かしい気がした自分。理由は、知りたくもない。

「何だかなー…」

友達が増えた。
食事も賑やかな生活も楽しい。俊はあまり参加しなくなった大浴場での入浴も、桜とメガネーズのお蔭でそれなりに楽しんでいる。

少し前まではギクシャクしていたクラスも、今ではハチャメチャな俊のお蔭で纏まってきた。
いつの間にか分校からの昇校生もそれを感じさせず、ただのホモ本としか言えない学級誌を軸に、会話も朗らかだ。

自称リーマン家庭の俊は珍しい程の庶民で、ホモを推奨する癖に夜間パトロールと称した深夜徘徊をやめない。
今では大多数の生徒から支持を受け、風紀も頭を抱えている。

普通、左席委員会と言うだけで危ない立場だ。中央委員会ファンからも睨まれ、逆に中央委員会を恨む生徒から利用されかねない。
だと言うのに、見た目オタクの帝君は、夜の世界の皇帝だったらしい。それも、中央委員会に並ぶ超有名人、カルマのトップ。

それを知らない生徒まで、いつしか彼は従わせていく。
見た目からキモいと罵倒されようが、剃刀入りラブレターが届こうが、しょんぼり落ち込んでいるかと思えば、親衛隊に絡まれると途端にテンションが上がる。変わった性格だ。いつまで経っても慣れない。


判るのは、彼が異常に優しい性格で、自分はそんな俊に甘えているのだと言う事だけ。
不良は嫌いだなどと言いながら、親友だと言い張る自分は矛盾している。こんなにも楽しい自分は、矛盾している。

「携帯、鳴ってる」

頼られると嬉しい。
こんなコスプレみたいな格好をさせられても、カラースプレーの匂いに顔を顰めながらでも耐えるのは、頼られた気分になるからだ。


「でも、」

それとこれとは話が違う。
嫌いな奴からキスされて嫌がらない人間は居ない。嫌いな奴から犯されかけて、憎まない人間は居ない。俊が言った言葉は、正論だ。
可笑しい。可笑しい。きっと、頭が可笑しくなっている。

「ABSOLUTELY、だっけ。会長がトップな訳だろ?…だったら、光王子も居るのかな、やっぱり」

最後に見たのは顔色が悪い高坂日向。出陣に賑わうカフェの騒ぎに埋もれて、彼が何処に行ったのかまでは知らない。
お前も苦労すんな、と。いつか言われたが、彼は存外イイヒトだ。きっと、面倒見が良いに違いない。だから当初ほど嫌いではない。

鳴り続ける携帯を尻ポケットから取り出し、表示された番号を一瞥し眉間に皺を寄せた。

『へぇ?珍しいね、電話に出るなんて』
「何の用だよ、ヤス」

久し振りに聞いた弟の声は相変わらず可愛いげない。双児でも生活環境が違えば中身も違うのだから当然だ、と考えながら、もう一度蛇口を捻る。

『表向き、双方納得の上でって事になってるけど。今回の月行事、うちの理事長が取り決めたそうでね。新歓祭は事実上、十年振りの再興らしいよ』
「ふーん」
『進学塾の西園寺じゃ、敷地的にも生徒数でも帝王院の半分以下。12日後の木曜日に出発する』

屈み込んで、月末の話を聞かせてきた弟の声を聞き流した。排水口に消えていく灰色の濁った水、前髪の一部が黒に戻っている。

「は、ご苦労様だねー。面倒臭い、帝王院の生徒で良かったわ」
『無駄に広いそうだから、全校500人足らず泊まるくらい訳ないだろ?』
「そっちはどうだか知んないけど、うちの生徒会はセレブばっかだから…ん?」

違和感。
そう言えば、中央委員会にもABSOLUTELYにも興味がなかったから今更だが、中央執行部役員の正装には舞踏会染みた仮面着用義務があった。
佑壱の仮面と正装は俊の部屋に飾られていて、同人誌のネタで使われていた筈だ。

『もしもし?』
「あれ?それなら…白百合、は?」
「見つけた」

濡れた髪が頬に張り付いて、ぽたりと顎から水滴が落ちる。腰を曲げたままだった事に気付いたのは、鏡に向かって顔を上げた時だ。

「何でこんな所に居るんだ、お前さん」

中途半端に色が落ちた髪は、シルバーと黒の斑。青と緑のギンガムチェック柄のハンカチに、灰色っぽい白い水滴がポタポタ落ちていくのが判った。

『兄さん?…ちょっと、何シカトしてんだよアキってば!』

ぐるん、と。
意に反して反転した身体、濡れたままただ呆然と見上げた先に、息を乱した怜悧な美貌。握ったままの携帯から、ヒステリックな声が響いている。

「誰と話してんの」
「お、とうと」
「耳障り」

奪われた携帯が光を失った。勝手に電源切るなと怒鳴ってやりたい癖に、喉はカラカラに乾いていて。

「余程、怖い目に遭いたいんだねぇ。一人でこんな所」

まだ、疑っている。
ここまできてまだ、疑っている。
似ても似つかない雄の表情をした男の、乱雑に掻き上げられた前髪、引き結ばれた唇、左右色違いの、瞳。

まるで良く似た別人ではないか、と。

「学校のトイレより、マシだし…」
「はっ」
「イチ先輩、が」
「なに」
「情けない顔、どうにかしてこいって」

腰に洗面台が当たっている。
覆い被さってきそうな美貌に追い詰められて、後頭部に冷たい鏡の感触を認めた。

「ファーストの言う事には従って、セカンドにはつれない態度。依怙贔屓か差別、判断に迷うねぇ」

両肩の隣に、二本の腕。

「あんな阿呆の口車に乗せられてやがって」
「ちょ…近、いっ」
「こんなに可愛いのに」
「わっ」

額にチュッと落ちてきた。
反射的に額を押さえると、肩に埋まった他人の体温。吐息が肩に触れている。

「か、かわ…可愛いって!」
「何」
「視力おかしいんじゃ…」
「片方は1.5」
「じゃ、じゃあ、頭が、」
「黙って」

無理矢理奪われた唇、掴まれているのは左手だけだ。嫌なら利き手で殴れば良い。嫌なら全力で逃げれば良い。

「んっ、んんんーっ」

唇は合わさったまま、抱えられる様に個室に押し込まれていく。蓋が閉じたままの便器に下ろされて、今度は顔面あらゆる所にキスの嵐。

「あ、あん、アンタ…!やっ、やっぱり、俺のコト好きなんじゃない?!」
「何を馬鹿な事を」

ぺろり、と。
舌先で赤い唇を舐める光景。まるでネズミを前にした猫の様に、愛らしい容姿で何と獰猛な表情だろうか。

「たいがい、どやすえ?ほんまどんくさい子や。ややこしい。よーいわんわ、…あほらし」
「は、…え?いま何て?」
「呆れて物もよう言えん。何もかんも自分だけ忘れて、えらい気軽でええわ」
「ちょ、待っ標準語っ、標準語で!翻訳出来ないから!」
「早よう、思い出しよし」

ふんわり、けれど何処か意地悪な笑みを浮かべた男に、抱き締められた。
白檀の匂い。
ああ、もう、紛れもなくこれは、知っている。確かに呆れるだろう。知らなかった、なんて。きっと誰が気付いたろう。

「あ、の。か…叶先輩」
「名字は好かん」
「ふ、二葉先輩」
「漸く、気付きましたか。貴方はどうしようもなくお馬鹿ですねぇ。私なんか近付くのも嫌でしょうに」
「…」
「顔隠しただけで懐かれるとは。お蔭で良い笑い者ですよ。全く仕事にならない」

本人すら判っていない事に気付けるのは、それだけ見ていた証ではないのか。
駄目だ、思考回路が異次元に向かっていく。

「お」
「何ですか?」
「男、なんですけど…俺」
「それが何か」
「だから…その…」

どうしよう。
どうしようもなく綺麗な顔をした生き物が、蒼を眇めて笑っている。何か悪いものでも食べたのではないかと疑ってしまうくらい、これでは別人だ。

「どぅ、ドゥーユーラブミ?」

混乱の余り片言甚だしい英語で怯みながら見上げれば、パチパチ瞬いた双眸が一瞬天井を見やり、

「Absolutely impossible.(全く不可解な)」
「で、ですよねー」

ABSOLUTELYだけに、などとしょぼい突っ込みをすれば、濡れて張り付いた髪を掻き上げられた。
いつもなら、触るなとか、あっちいけとか。もう少し強気に出れた。日和見主義は否定しないが、それでも。

こんなに、弱くなかった筈だ。


「あ」

ほんのり、赤い耳が見えた。
艶やかな黒髪の隙間から、ほんの僅かにだけ。桜色に染まっている。
肌が白いから判り易い、などと瞬けば、覆い被さってきた体にまた、抱き締められた。

耳朶を甘噛みする唇に微かな悲鳴を噛み殺せば、やはり目の前にほんのり桜色の耳朶が見える。

「っ、何の嫌がらせなんだよ!」
「嫌がらせ?」
「じゃなかったら何ですか!求愛行動とか言わないで下さいよ、こんチクショー!」
「お馬鹿な事を言う子だ」

誰かが呼ぶ声がする。

「精々、この小さい頭を悩ませれば良い。私が費やした日数分、疲弊すれば良い。それくらい許されるでしょう」
「は」
「私が貴方をどう思っているか、今更そんなつまらない質問をするなんて…何処まで馬鹿でしょうねぇ、山田太陽君」

気付いていたけれど、こんな状況で助けを求める事など出来ない。


「U're absolutely correct.(仰る通りですよ)」

吐息が奏でた言葉は、ドアを後ろ手に開けた男の足音に掻き消された。

←いやん(*)(#)ばかん→
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