帝王院高等学校
さくさく逃げなきゃ捕まっちゃわよ!
「…半信半疑ってのが本心だった、が」

乱雑に襟足を掻いた男は、もう一方の手を腰に当てて肩を震わせた。

「何処でそんな子供、拾って来たんだか」

ピクリと眉を吊り上げた俊の隣で、ゴッと燃えたのは紛れもなく怒りのオーラだ。チビハゲと言う言葉をコンプレックスとしている、彼。

「…子供?」
「ヒ」

うっかり悲鳴を放ちそうになった俊が素早く後ろを向き、二葉らに背を向ける。
幾ら最強だろうが、実際太陽は平凡高校生。喧嘩させるつもりもなければ、今回大っぴらに紹介するだけなので、顔を晒すつもりもない。
打ち合わせ通りに行けば、俊は姿を消し、太陽扮する新しい総長の名前だけ広まる寸法だ。

「おいナルシスト。まさか、俺にいったんじゃないだろうねー」
「鎮まりたまえぇ」

太陽の肩に張り付いた俊は、然しそのまま崩れ落ちた。目一杯、足を踏まれたのだ。12センチの厚底ブーツで。

見ていたカルマらが一斉に目を逸らしたり、顔を覆った。
事情を知らない傘下メンバーは、信じられないものを見たと言わんばかりの表情だ。無理もない。

「あはは。…人を見た目で判断するなんて、改名した方がいいんじゃない?何が『有能』だ」
「ファーストを返り咲きさせた方が、余程有意義だと思いますがねぇ、カイザー」
「…おい」
「人材不足って?少子化社会の末路だねぇ」

クスクス腹黒い笑みを響かせる二葉に、完全なるシカトを受けた太陽が硬直する。ズレ掛けたサングラスを押し上げながら、フッと乾いた笑みを浮かべた俊の網膜に、

「ねー、アンタ。人の目を見て話す最低限の礼儀くらい、学んで来なかった?」
「へぇ、一応人間だった訳だ?犬の飼い主になりたがってる阿呆か、ただのミーハーかと思ったわ」
「な」
「あわわ」
「もしくは、身体も脳味噌もミクロサイズの単細胞生物」

狼狽えた俊が痙き攣った佑壱に抱き付き、回れ右で退場しようとしていたカルマの背後で、直後聞いた事もない怒号を聞いた。

「てっんめーの脳味噌ブチ割り出してやろうか、ゴラァ!!!」
「きゃー」

遂には佑壱に飛び付いてコアラと化した俊を余所に、誰よりも行動が早かった隼人が飛びかかりそうな太陽を羽交い締めにする。

「離さんかー!許せんっ、俺は人生で最高潮にキレてんだよゴラァ!!!」
「はいはい。気持ちは判るけどお、ムチャしないのー」
「あっんのド腐れカチ割るまで死ねるかぁあああっ」
「はいはい、まだ死なないからねえ。ドードー」

余裕綽々を崩さない二葉が肩を竦め、身構えるABSOLUTELY一同を横目に背後へ振り返れば、沈黙していた神威は我関せずとばかりに空など見上げているではないか。

「マジェスティ」
「…下らん」
「確かに時間を無駄にしましたねぇ。帰りましょうか」

二人の会話を聞いていた太陽がぐっと息詰まり、唇を咬んだ。ずるずる引き摺っていく隼人ですら気付いていないが、丁度、心配げな俊の元まで引き摺られた時に、

「な、んだよ。………いい奴なんて思ってた俺、ほっんと馬鹿…」
「ふぇ」
「っ、助けてくれたのに、そりゃ、第一印象最悪だっただろうよ!脳味噌ミジンコだっていわれても、否定しないけど!」

ビクッと肩を震わせた俊にも隼人にも構わず、真っ直ぐ青銅の仮面に向かったのは茶色のアーモンドアイ。

「だったら助けんなよ!何だよ!ミジンコなんかに優しくすんなよっ、偽善者振んな!不良の癖に!」
「不可解な。何を喚いてるんだ?」

首を傾げる二葉は勿論、びっくり顔で裕也と顔を見合わせる健吾も、佑壱の隣で瞬いている要も、鼓膜を覆っている隼人も、オロオロ挙動不審な俊も話の内容は理解出来ていない。
一同が集っている所からは離れたジャングルジムで、トマトジュースを煽っていた日向にも聞こえる大声は続く。

「お礼いわなかっただけじゃん!俺だっていっぱいいっぱいだったんだよっ、世界中敵だらけに見えるくらい怖かったんだよっ、悟れよ!汲めよ!弱いもの苛めなんて、最っ低!」
「煩ぇ餓鬼だねぇ、お前。…神崎隼人、それ黙らせろ」
「お前いうな!お前さん言え!」

ピタリと動きを止めた二葉が、耳の穴に突っ込んでいた小指を引き抜きながら、右足の爪先だけで体の向きを変える。
ぽんぽん隼人に背中を叩かれている太陽は、息が続かなくなったらしく荒い息遣いでゴシゴシ目元を擦った。サングラスがポトリと落ちたが、素早く太陽を背後に隠した要のお陰で向こう側には見えていないだろう。

「失礼しました。総長は少しばかりお疲れの様ですので、また別の機会に改めてご挨拶します」
「あは。とゆー訳でえ、ニューカルマも宜しくねえ」
「きょーっきょっきょっきょっ!では、バイバイキーン」

要と隼人の連携でABSOLUTELYの注目を逸らし、俊の号令で足が早い健吾が太陽の手を掴み走り出す。
それに付き従うカルマ一同が光の早さで逃げていくのを、他の人間は呆然と見送るばかりだ。

「な、何だったんだ?」
「さぁ」
「本物のカイザー、だよな…」
「…結局、新皇帝は誰だったんだ?まさか左席委員会の人間か?」
「元々、左席の大半はカルマだろ」
「違うのは、イーストに付きまとってる丸っこい男と、時の君くらいだ」

ピクッと肩を震わせた二葉に構う者は居ない。微かな息を吐いた神威が音もなく立ち上がれば、大半の人間が深々頭を下げる。

「時の君は視界に辛うじて入る程度の身長だぞ。きっと、学外の奴だって」

突如走り出した二葉を制止する余裕など、外したサングラスの柄をぼんやり唇に当てた、長身くらいだろう。



「また、…面倒臭い事になりやがった」

閉じた携帯を無造作にポケットへ突っ込み、舌打ちした男に気付いた者は居ない。





「で、このまま何処行くんス?(´`)」
「こうなりゃ戻るしかねぇだろ。榊が宴会の支度してっから、ミーティングだ」
「イイ加減、お腹空いたなりん」
「総長さっき何も食ってなかったもんね(´・ω・`)」

メインストリートに出た健吾らに引き続き、もしゃもしゃうんめー棒を貪っている俊と佑壱が背後を振り返る。続々やってきた他のメンバーの幾らかが帰宅する事になり、簡単な号令で散り散りバラバラだ。

「ご主人様、すいません…俺もこの辺で失礼します」
「あっれ?ストーカーの癖に、珍しーねえ」
「ご命令なら残りますけど…」
「別に残らなくても良いぜ」

彼女から連絡があったらしいフォンナートと、授業で使う道具を買う用事があるらしい平田弟も此処で解散となり、荷物持ちとして無理矢理兄を連行していったレジスト組が先に退散した。
ストーカーの癖に彼女持ちとは生意気だと、健吾の跳び蹴りを喰らい車道に落ちたスヌーピーが轢かれ掛けるアクシデントもあったが、それ以外は特に問題はない。

「帰宅組送ってくから、1区から4区方面は乗りな〜」
「それ以外はこっちに乗れや」
「総長、副長。後で戻りますんで」
「おう、頼んだぞ」
「ゆっくりネンネするのょ!」
「「「「お疲れ様っス」」」」

数台のRVへ次々乗り込み、幹部以外が居なくなる。何せ人数が多いので、自分のバイクなどでやって来たメンバーを除いても、車が全く間に合わない。

「あーあ、早く免許取りたいなー。隼人君も4月生まれがよいー」
「羨ましかろハヤト。俺、来月バイク取りに行ってくっから(`・ω・´)」
「猿滅びろ。」
「それにしても、予定より随分早く終わりましたね」

実は隼人より数ヶ月年上の健吾が勝ち誇った表情を晒し、カルマで最も誕生日が遅い裕也が無言で健吾の尻を蹴る。要は呆れ顔だ。

「ごめん。…俺、かなりやらかした」
「気にすんな。あんなの相手にしてたら、身が保たねぇぞ」

いつもの光景を横目に、申し訳なさそうな態度の太陽の肩を叩いた佑壱が苦笑した。ABSOLUTELYの青銅面と言えば、学園の生徒の大半が白百合だと熟知している。

「俺も人の事ぁ言えねぇが、毎日顔合わすたんびに火蓋切ってたら、頭の血管も切れらぁな」
「え?」
「大人の余裕で躱せる様になりゃ、一流だ」

なので、佑壱はそもそも太陽が知っているものとばかり思っている様だ。不思議げに瞬いた太陽を見つめ、呆れ顔で取り出したのはハンカチ。

「つか、泣かされてんじゃねぇ馬鹿野郎。公衆トイレで顔洗ってこい」
「そんな凄い顔してます?」
「元々大した顔じゃねぇだろうが。とっとと行け」
「…はーい」

ハンカチを受け取って、とぼとぼ向かっていく太陽をスキップで追い掛けようとした俊は、然しガバッと公園の入り口側に振り返る。


「あーら」

夏場は蝉が鳴く公園沿いの木々の隙間、何の気配もなく佇んでいる長身が見える。
タクシーか徒歩かで話し合っている佑壱達を一瞥し、じっと立ったままの男へ静かに足を向けた。

「こちとら、ストーカーは間に合ってんスけどねィ」
「…話しておきたい事がある」
「あァン?何のお話でしょーか、シンテーヘーカ様」

がさり、落ち葉を踏み締めながら太い幹に寄りかかる。佑壱達からこちらは見えていないだろう。

「まずは、礼を言おう」

二本隣の幹に同じく背中を預けた長いプラチナを盗み見て、神威を思い出した。サングラスの柄を掌で押さえながらそっぽ向き、頭を振る。
似てるなんて、神威に失礼だ。

「まーさか、それが指名手配の理由とか言わないデショ」
「いや。願わくばもう一度、見てみたかった」
「見るだけェ?冗談ぶっこいてんじゃねーぞバ会長」
「話を複雑にしたかったのは、そちらだろう?私は意を汲んだだけ。いや、…利用したとも言えるか」
「こりゃ参りました、チミ本気で天才なんだねィ。甘く見過ぎた」

体を大きく、屈伸する様に曲げた俊が片足の裏を幹に押し当て、反動でクルッと向き直る。

「そーですよォ?全員、俺の妄想将棋の駒。はは、うまく行き過ぎてる筈だ。玉だと思ってた相手が、王だったなんてなァ」
「他人の意に添うのは、そう悪い気分ではない」
「残念。もう飽きちゃったんだよネ」
「ファースト。…佑壱を私は一度、手放した」

笑ったまま動きを止めた俊には構わず、真っ直ぐ闇空を見上げた横顔は高い鼻がすらりと伸び、

「あの頃は、今とはまるで違う生き物だった。今が在るのは、そなたの助力が大きい」
「兄貴面?お生憎様、うちのお母さんはブラコン卒業してますから。未練残さないでくれますかねェ」
「似ていたのだろう」
「…あ?」
「覚えてなどいなかった筈の、幼い約束に。そなたは似ている」

漸く。
ゆるりと視線を向けてきた男に、無意識で身構えた。

「だが、最早そんなものに価値はない。本来思い出す事もなかった記憶だ」
「面倒臭ェ。回りくどい喋り方すんなって言われた事ね?」
「今生、最も愛らしい相手に、咎められた事もあっただろうか…」

高い鼻の下の唇が、微かに笑った様な気がした。
益々似ていると思い掛けて、頭の何処かから忍び笑いを聞く。
駄目だ、こんな夜は、いつも。

「今の佑壱には、そなたが全てか。あれの最大の短所だが、私が言える立場ではない」
「何が言いたい訳?軽くノロケられて苛っと来たんですけど、ボク」
「欠陥がある」
「ん?」
「ウェルナー・プロジェリア症に酷似する、人為的欠陥」

総長、と。
健吾が叫んでいるのが聞こえた。

「発症は恐らく3歳、発見されたのは一年後。ある程度成長していたのが幸いした。赤子ならば、生きていない」
「で?」
「とある遺伝子を調査した結果、僅かばかり手を加えれば、細胞分裂速度を遅らせる事が可能と判明した。製薬には、定期的に多量の体液を採取せねばならない」
「…嫌な予感がすんなァ」

今度は太陽を呼ぶ佑壱の声が、公衆トイレ側から聞こえてくる。

「そなたはどちらを善しとする?自ら招いた佑壱の失態を補う延命法と、努めて密やかに命を削る事を厭わないドナーと」

なのに今度は、マジェスティと言う金切り声。


「サ、サブマジェスティがっ、大変です…!」

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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