帝王院高等学校
父ちゃんがテレビ出てたらビビるにょ
「姉ちゃん、精密検査受けた方が良いって」
「しっつけーよ直江。特に困ってねーからイイっつってんだろ、心療内科にもよ」

夜勤の看護士が待機するナースステーションで茶菓子を摘んでいると、仮眠室から出て来たらしい院長姉弟が口論しながらやってきた。見慣れない姉の白衣姿に瞬く夜勤組と、朝から見ている残業組がピタリと動きを止める。

「ああしてると、精悍な院長もただの…って感じよねぇ」
「あれはもうシスコンの域」
「ハーフの嫁さん貰ってんのに?実はロリコンってか」
「コホン。貴方達、無駄口叩いてる暇があるなら見回りに行ってらっしゃい」

カルテを眺めていた婦長が眉間を押さえながら溜息を零し、都合悪げにそそくさ持ち場へ戻った看護士らを、姉弟の沈黙が見送った。

「すみません院長、俊江さん。普段は働き者の良い子達なんですけど…」
「や、こっちこそ騒いで済まないね。院内だと言うのに…患者に聞かれてたら大変だ」

決まり悪いのは院長も同じらしい。軽快に腹を鳴らした姉が看護士らの食べかけの茶菓子に手を伸ばす姿を横目に、首に掛けていた聴診器を外している。

「ったく…記憶障害ってのは、精神的にも肉体的にも過度のストレスを与えるもんだって事は、判ってるだろうに」
「ふん、こちとらンなヤワに出来ちゃいねェや」
「20年も逆戻りしてんだよ?何とも思わないのかい、姉ちゃ…姉さん」
「院長、私はこれで失礼します」
「あ、お疲れ様でした」
「っス」

婦長の手前、声を潜める院長を気遣った人が去っていき、ボリボリ茶菓子を貪る音が響いた。
ガリガリ頭を掻いてまた溜息を零した男は、脳天気な姉を恨みがましく睨み、

「心配した俺が馬鹿だったよ。もう知らないからっ」
「はいはい。それよりお主、ハーフでボインな嫁さん貰ったって?」
「ボインって…オヤジ」
「高校の頃から付き合ってた、あの女だろ?性格チョー最悪な」
「姉ちゃんにだけは言われたくないだろうさ、あっちも」

鼻で笑った姉に、痙き攣った弟は近場の椅子に腰掛ける。

「大体、姉ちゃんが元凶だって判ってるだろうな…」
「はは。俺を男だと思ってたもんなァ、アイツ。のこのこ告白なんざして来やがるから、笑顔で振ってやったのに」
「誤解を解いてから振りなさい!」
「次はのこのこ弟の彼女に収まってんだもんなァ。や、女は恐いですょ」

つまり、姉を男と勘違いした妻が、弟を手玉に取って仕返しに来たのだ。何せ、引く手数多のプライド高い女だったから、振られた腹癒せだろう。
その事実を知ったのは、留学から帰って来た姉があっさり国家試験に受かった直後だ。

「ビキニ姿で空港から出てくるんだもんな、この露出狂!見送りに行った俺らがどんなに恥かしかったか!」
「海外じゃあれくらい普通だって。下はジーパン履いてたし」
「あんな格好で国試受ける人いないっちゅーの!」
「うっせー。お陰で結婚出来た様なもんだろィ?感謝されこそすれ、罵られる意味が判んねェぜ」
「あのね…」

ぺろっと完食した人は悠々自適に煎茶を煽り、クルリと振り向いた。

「んな事より、子供は?」
「…ん?ああ、二人」
「女?男?」
「どっちも男。そうか、そんな事まで白紙になってる訳か…」
「男かー。女の子のが可愛いだろうになァ、ショッピングとかイイよ。憧れですよ」
「姉ちゃんだって息子しか居ないじゃないか」
「あ?」
「秀隆兄さんそっくりな、男の子」

ガシャン。
治療器具が乗せられたワゴンが揺れて、目を見開いた人の手が微かに震えている。

「ひでたか」
「あ、そうか。姉ちゃんの旦那さんだよ。遠野秀隆さん。俺より年下だけど、貫禄のある良い男だよ」
「ひで…ひでたか…」
「で、姉ちゃんと秀隆さんの息子が、」
「しゅん」

ぽつりと。
呟いた人がパチパチ瞬いて、不思議そうに首を傾げた。

「ん?やっぱ子供の名前は覚えてるもんなんだね。うーん、母親だなぁ」
「ぁ、いや、今のは口から勝手に…顔は全く覚えてね」
「重症だな。何があったらそんな綺麗さっぱり忘れちゃうんだよ」
「こっちが聞きてェよ!おい直江、どうにかしろ」
「どうにかって」
「巫山戯けんな、結婚した記憶すらねェのに子供?有り得ねェだろ、この俺を嫁に貰うって…何の罰ゲームなんだよ!」

自分で罰ゲーム呼ばわりか、と呆れ混じりに目を泳がせた弟は、内ポケットから携帯を取り出す。

「確か…この間の正月に、うちの子らと撮った写真がフォルダに」
「あるのか?」
「あ、あった。こっちが和歌と舜で、ここに俊」
「シュンとシュンってどっちがどっちだコラァ!」
「痛い痛いっ、だから、こっちの背が高い方だよっ」
「黒髪の方?」
「そう!その写真を撮ったのが秀隆兄さんだから、姉ちゃんの旦那さんは写ってないけど」

まじまじ息子の顔を眺めた人は、然し眉間に皺を寄せたまま首を振り、肩を落とした。どうやら全く覚えていないらしい。また、思い出す気配もない様だ。

「最悪…。そうだ、旦那の写メは?」
「義兄さんの写真?さぁ、あんま写真好きじゃないのか写りたがらないからなぁ」
「あるのかないのか。はっきりしやがれ」
「ない。あったらうちの嫁が黙ってない」
「あ?」
「アイツ、まんまと義兄さんにハマっちまったから。今じゃ、違う意味で姉ちゃんを嫌ってるよ…」
「…そ、そんなにイイ男なんかよ」
「超美形。…っつっても、普段はくたびれたスーツ着てたり、無精髭生やしてたりするから三割減だけど。男から見ても憧れるわ、アレは」

ふーん、と満更でもなさげな姉を横目に、ちょんちょんと胸元を指でつつく。

「そんな気になるなら、義兄さんに電話したらイイじゃん」
「は?」
「さっきまで俺も混乱してたけど、寮に入ってる俊君も仕事中の義兄さんも、姉ちゃんの現状知らないんだからさぁ」
「っつっても、…こっちからしたら知らない赤の他人だぜ?緊張すんだろうが」
「旦那さんじゃないか。今更、子供まで作っといて緊張も何もないだろ」
「でも…」
『番組の途中ですが、緊急速報です』

看護士の私物き思わしきスマホが、ワンセグ画面を映し出していた。
話に夢中だった二人がほぼ同時にそれに気付き、弟の方が立ち上がる。

「付けっ放しだと充電が切れてしまう。人の携帯を触るのは気が引けるけど、消して上げようかな」
「どっかの芸能人が入籍でもしたかァ?」
『本日まで沈黙を守っていたトリニティコンツェルン顧問が、先程記者会見を開き…』

スマホに手を伸ばした弟の背後から、ちょこんと顔を覗かせた人が目を見開かせる。

『突如辞任を発表。次期取締役に、筆頭株主の「個人投資家」を指名しました』

同じく弟も目を見開き、パクパク唇を喘がせた。

『まずはこちらをご覧下さい』
「コイツ、確か昨夜見た…」
「ひっ、ひっひっ」
「直江?」
『こちらの帝王院秀皇氏は、帝王院財閥会長、帝王院駿河氏の嫡男である事が明らかにされています。永きに渡り表舞台から退いていた「経済界の魔術師」として知られ、トリニティ経営陣との接点は不明です』
「秀隆兄さんんん???!!!」
「な、え、はっ?」



『尚、これにより帝王院財閥のコメントは発表されていません』



月の無い夜は静かだ。
星の瞬きなど、どうせ街の明かりが隠しているのに、いつも。今夜は特に暗く思える。

「御前」
「…冬臣か」
「随分、愉快なニュースが流れていましたよ?」

一番広い個室も、閉じこもったまま十年も生活するには狭過ぎる。死んだ様に生きるのは、多大なストレスだ。

「長かった。秀皇を失い、帝都が何をしたのか把握するまでに数年。…神威から聞かされるまで私は、秀皇を蔑んでさえいた愚か者だ」
「後悔は何も生み出しませんよ」
「説得力があるな」
「かく言う私こそ、後悔の塊ですからねぇ。叶の名が弟を傷付ける事を恐れ、守りたいが一心で遠ざける道を選んでしまった」

来月、日食があると言う。
流星群に日食、ちょっとした天体サーカスの連続だ。何かのファンファーレ染みている。

「まさか、叶に目を付けた祭から裏切られるとはねぇ。保護してくれと大金払った挙げ句、人形として育てられるとは…愚かとしか言えない」
「…お前を怒らせるとは、難儀な一族だ」
「大河一族諸共、虐殺してやりたいのは今も変わりませんよ。…グレアムさえ、関わっていなければ」
「そうだな」
「実の弟、怒りの原因がネックだなんて。神は何と無慈悲か…」
「兄弟で殺し合うなど馬鹿な話はない。双方、望まぬ争いだ」
「さて。二葉は私を恨んでいるかも知れない。肉親の強みで里帰りを約束させてからも、満足に顔を合わせた事はありませんし」

憎しみは、時間が経つに連れて風化していく。けれどヴィンテージワインの様に深みを増す。
今では、誰に何を復讐したかったのかすら、判らなくなった。

「今はただ。満足な会話もせず別れた俊を、今度は孫として抱き締めてみたい。可哀想な思いをさせた、龍一郎は生前そう言っていた」
「へぇ」
「秀皇は良い。あれはもう子供ではないのだから、望むままに生きる権利がある」

可哀想なのは、ひっそりと産み落ちた子供。両親以外の誰からも祝福されず、慎ましく貧しい生活環境に置かれた赤子。

「然し、俊はどうだ。神威に与えた一切が、あの子にはほんの半分も与えられていない」

生まれる場所も、生きる術も選べなかった可哀想な、子供。

「ルーク坊ちゃんと一庶民では、比べるに値しません。キングとルークは、」
「神威を恨む事は一度としてない。ただ、俊が余りにも哀れでならん」
「それは…全てを取り戻せば、どうにでもなる些末事」
「けれど私は、神威をも孫と思っている。例え血が繋がっていようと、いまいと。…憎しみを抱き続けるには、老い過ぎた」
「それでは、このまま財閥を握られたままでも構わないと仰せですか?」
「違う」

腰掛けていた椅子から立ち上がり、ヘッドライトを灯していたベッドへ向かう。ベッドサイドに佇む男の表情は見えないが、恐らく笑ってはいないだろう。

「俊を幸せにしてやりたいのは本心だ。…ただ、他人と呼ぶには余りにも長い時を費やしてしまった」
「坊ちゃんは、グレアムの王ですよ」
「ならばお前は、身の程を弁え、甲斐甲斐しく言いなりになる人形を躊躇わず壊せるか?」
「ふふ。…また、随分意地悪な質問ですねぇ」

横たわれば、布団を捲くし上げた手がヘッドライトに照らされた。茶道家元だけに、しなやかな美しい指だ。


「文仁も、私の可愛い弟ですよ」

おやすみなさいを最後に、音もなく気配は消えた。







「ふふ。懐かしい相手とお話ししてらした様ですねぇ」

揶揄いめいた物言いに緩く首を傾げ、整列している男達に向き直る。

「沙汰は」
「ええ、懐かしいスケベ准教授からなら、たった今メールが」
「彼奴、教授に昇格したそうだ」
「あはは。高々IQ140程度のショタコンが出世するんですか、お先真っ暗ですねぇ。愉快過ぎて、お臍で風呂が沸きますよ」

ケラケラ笑い飛ばしている二葉の背後、整列している男達のまだ向こう側から、複数の足音が近付いてくる。
笑っていた二葉が青銅の面を抑えたまま片手を上げると、整列していた全ての人間が片膝を付いた。

「こんばんは、8区王国の皆々様。…おーや、まるで仮想行列だな」

普段の丁寧な喋りを止めた二葉が、愉快げに肩を震わせる。

「そっちに合わせてやったんだボケ、有り難がれ」

赤、青、金、緑、橙。
幹部と思われるカルマ五人が、アイマスクを纏ったまま佇んでいた。
付き従う少年らはそれぞれ私服だが、流石に目立ちたがり集団なだけある。

「ん?見掛けない方々が居ますねぇ」

その背後からやって来た二人組に、二葉の眼差しが真っ直ぐ注がれた。
サングラスと一体になったサンバイザーを纏った、黒と銀の二人組だ。着ている衣装が色違いで似通っている為、嫌でも目立っている。

「相変わらず色男だなァ、貴公子先生」
「ふ、イメチェンですかカイザー?」
「俺は元々、コレだよ」

前髪を弄びながら笑う唇が、二葉の背後へ優雅に一礼する。ベンチで足を組んでいる銀糸の男は、珍しくサングラスを掛けていた。

「よォ、色男。わざわざ呼びつけて悪ィなァ」
「…時間の無駄にならぬ事を祈ろう。そなたが私に接見を望んだのは、これが初めてだからな」
「これが最初で最後だ。喜べ、クソ餓鬼」

殺気立つABSOLUTELYの面々を前に、底冷えする様な笑みを唇に浮かべた男は腕を広げる。

それはまるで、


「紹介しよう。…闇夜を照らす、唯一最強の光――――Sole Dio。」

我こそ、神と言わんばかりに。

←いやん(*)(#)ばかん→
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