帝王院高等学校
アーメンは皇帝陛下のお言葉です!
「何の話してっと思う?」
「…どっちが?」
「総長と山田さん」

ぼそり、呟かれた誰かの台詞に、着替えていた男らは僅かに沈黙した。因みに太陽よりも年上だろうメンバーらは、揃って『山田タイヨウさん』と呼んでいる。誤った認識だ。

「北緯が仲介してっから、大丈夫だと思うけど…」
「総長に鍋投げつけたもんなぁ。…死ぬぞマジで」
「つか今まで総長に逆らって無事だった奴なんか、居たっけ?」
「くっそー、なぁに話してんのか気になるっつーのっ」

微かに唇を吊り上げサングラスを手に取った神崎隼人が口を開くには、

「『実は僕ん、パヤちゃんに惚の字なのょ』『うっそ、マジでー?』『いっそお嫁さんにしてぇえ』って、ゆってる」
「ちょ、読唇術っすか?!」
「ハヤトさんすげぇ!」
「山田さんの声真似がパネェ!神ッス!」
「『パヤちゃんってば足は長いしイケメンだしモデルだし頭イイし、完璧過ぎるんですものォ。そこが欠点ですにょ』『だよねー、俺もそう思うかもー。神崎様ステキー』」
「…んな訳ねーぜ。阿呆か」

湧き上がる舎弟らを横目に、吐き捨てた裕也と言えば冷たい眼差しだ。

「何故山田君だけが棒読みなのかは聞かないでおきますが、…ユウさんはまだ戻って来ませんね」

テラスとは反対側、形ばかりのオーナールームに入ったきり暫く出て来ない二人を、恐々伺っている数人が見える。
要の台詞に片眉を跳ね上げた隼人が首の骨を鳴らし、

「つーかさー、誰も突っ込まないからゆっちゃうけどお。ママ、パパと何か揉めたんでしょ?昨日」
「昨日?何の話ですか?」
「ほーんと、カナメちゃんは鈍ちんだよねえ。何かさあ、変だもん。絶対」
「何が」
「あのさー、そこは自分で考えなよー。説明メンドー」
「ふん、煮え切りませんね。お前の言う事は八割方当てにならない」

鼻で笑った要に珍しく表情を痙き攣らせた隼人へ、聞いていた健吾が微かな笑みを浮かべた。


「…ヤだね。ありゃ八割方、感づいてる癖に確証がねぇんだよ(◎∀◎)」

気付いているのは恐らく、裕也だけ、だろうか。

「本気で面倒臭い男っしょ、ハヤト(´Д`) チャラ男の癖に警戒心強ぇわ、賢いわ」
「ケンゴ」
「良いねぇ良いねぇ、平穏な雰囲気(っ∀`) 今だけは敵も味方もない、みたいな。長閑っしょ(*´Д`)」
「…」
「人のモン勝手にモルモットにしといて、呑気に青春カマしてる貴族も?ソイツの血がなきゃ生きていけない事も知らない箱入り息子もさぁ、」

外が自棄に慌ただしくなってきた。
ああ、別チームの人間が集まってきたのかと他人事の様に目を伏せた裕也が、折ったばかりの鶴の羽根を両手で摘んだ。
凭れ掛かってきた健吾が肩の上で長い睫毛を瞬かせ、

「好い加減、全部ぶっ飛ばしてやりてぇ」
「オレ、は」
「お前はさ、俺の言う事だけ聞いてりゃ良いかんな(*´∀`*)」
「…」
「勝手な事は二度とすんなよ。」

見上げてくる視線を見つめ、顔を近付ける。

「…別れた事、怒ってんのか」
「まっさか。んな狭量じゃあないですよ、ボクチンは(*/ω\*) 今回は一年だっけ?保った方なんじゃねぇの、ユーヤきゅん。」

冷たい指先が頬を撫でた。
こんな風にしてしまったのは自分、先に裏切ったのはきっと、自分。

「イケメン彼氏に舞い上がって、幸せな夢見れたっしょ?ブスの癖に。な、ユーヤ」
「…」
「ユーヤはちゃんと結婚して子供作らなきゃだもんな。うちのババアみてぇな尻軽じゃなくて、ユーヤの母ちゃんみてぇな大和撫子(*´∀`*)」
「…」
「父ちゃん、悲しませたくねぇべ?」

だから拒否も否定も許される筈がなく、拒否も否定もするつもりがない。

「可哀想なダーリン。俺の胸で狼さんが言ってるよ、やられたらやり返せって」

言いなりだ。
まるでマリオネット、いつからか自分と言う人間の存在意義は、この可愛らしい顔をした悪魔が全てになっていて、

「きっちり仕返しするんだ。
  お前に変なもん飲ませた叶二葉にも、のうのうと他人面しやがる高坂日向にも、…元凶にも。

  全部片付いたら、遠くに行きてぇ」

この世で最も憎い人間が背後に存在している現実も、それが遥か昔初めて出来た親友だった思い出も何も彼も何の意味もない。
つまりは、

「楽園みたいな所に」

全て自分が望んで招いた余りにも下らない必然的な状況、悔やむのも腹を立てるのも無駄な足掻きだ、と。
そう思い込ませるのは簡単だ。


簡単だと、思い込ませている。



「流星群、来月だっけ?(*´Д`)」

力を込めすぎた鶴の羽根が、脆く千切れた。










その街には二人の皇帝が君臨していると、若者の噂は四六時中。
地球の片隅で、けれどまことしやかに囁かれていた。

専ら有名な皇帝は、世にも気高く凛々しい数多の犬を、飼い慣らしていると言う。
人々は彼らを偶像崇拝の象徴とし、憎む者、羨望する者、善きも悪きも魂を揺さぶる存在らしい。


けれどもう一人の皇帝は、誰もがさほど語らない。

その理由は恐らく一つ、




「随分、久し振りに君の声を聞いたよ」

何の前触れもなく鳴ったプライベート携帯に、表示されたのは見知らぬナンバー。何の気なしに応対してから、棚へ伸びていた左手を止めた。
健勝か、と。問いかけにしては高圧的な声音は然し、拍子抜けするほど渇いている。何の感情も宿さないほどに。

「成長した君は美しさに磨きを掛けたのだろうね。この目でその課程を観測出来なかった事が、何よりも残念だ」

返事はない。
構わずに忍び笑い一つ、

「成長期は通り過ぎている、か。幾つになったんだい?」

エイティーン、とだけ返された声は、記憶の中の声とは違い、成熟した大人の男の声だ。

「じゅうはち。オハコのエイティーンか!おお、程良く脂が乗っている時期だね。それで、テイラーには連絡したかい」
『いや』
「ふふ、なら私が一番か。それは素敵だ」
『そなたの価値観は、相変わらず不可解だな』

何の感情も宿さない無機質な声音は昔のまま、変声期を超え冷たく感じさせるからこそセクシーさが増している。

「それより、どうだい?私の日本語も中々どうして、巧くなったものだろう?」
『ああ』
「今はスパニッシュも勉強しているんだ。トラウマ克服は近いよ」

佑壱から受けた暗黒史を苦々しく思い浮かべれば、返事はない。興味がない会話には付き合わない所は、子供の頃から全く変わらない様だ。


「日本はどうだい」

微かな吐息が聞こえた。
風の音が聞こえるから、恐らく外にいるのだろう。日本時間では、星が煌めく時間帯だ。

「辛いなら、帰って来れば良いんじゃないかな。カエサル、此処は君のもう一つの故郷だよ」
『ブライトン、そなたは相変わらず面白い事を言う。数学者らしからぬ、右脳発言だ』
「年寄りの親心を笑い飛ばさないでくれないかな。君は私の息子みたいなものだよ」
『孫ではなかったか?』
「オーマイガ、心筋梗塞で死にそうだ」

大らかに笑い、コーヒーメーカーから注いだマグカップを片手にソファーへ転がった。

『プロフェッサーブライトン=スミス』
「何だい、カエサル」
『愉快な話を聞かせよう』

跳ねたコーヒーの温い雫が白衣を濡らしたが、気にする事はない。

「君がユーモア?君の癖にヨシモートを気取るつもりなのかな?夏風邪かい?」
「やぁスミス、少し良いかい?」

ドアから顔を覗かせた同僚に目を見開けば、受話器の向こうから忍び笑いが聞こえた気がする。

『ジャパニーズエイプリルはスプリングだ』

恐らく、聞き間違いに違いない。

「済まない。通話中かな?」
「…おや、テイラー。オックスフォードに向かう予定じゃなかったかい?」
「ドーバーからやってきたハリケーンで、ドメスティックも欠航だ。こんな時にドーコデモドア〜があれば便利なのにね」

悪いと言いながら遠慮なく部屋へ入ってきた眼鏡男に、痙き攣りながら受話器を握り締める。まさか盗聴でもされているのだろうかと見つめれば、勝手にコーヒーを注いでいる男は開いたままの雑誌を読み始めた。

「テイラー、」
「ああ、僕の事は気にせず続けてくれ。通行規制の中わざわざ帰るのも面倒だから、今日は大学に泊まるよ」
「そ、そうかい…」

だったら自分の準備室に行け、と言ってやりたいのは山々だが、案外自分は彼が嫌いではない。性癖はともかく、人間としては、だ。

「あー…その、何だね。折り返し掛け直しても良いかい?」
『後悔。と言うものを、体験した』
「は?」
『ほんの数時間前だ』

漸く喋ったかと思えば、余りにも不似合いな台詞だった。思わず老眼鏡を落とし掛けて、咳払いで誤魔化した。
秋葉原特集が組まれた家電雑誌を開きながら振り返った長身が、不思議そうに首を傾げている。

「ああ、そうだスミス。返事は要らないからそのまま聞いてくれ」
『この世で最も愚かにして無意味な感情だと排他したものを、全てを淘汰した果てに受け入れるより術を許されなかった』
「ネイキッドの居場所が判ったんだよ」
『四次元を超えられるなら、真っ先に私は数時間前の己を世界から消し去るだろう』
「然も、ほんの小耳に挟んだ話では、近々こちらに帰って来ると言うじゃないか!」
『懺悔を体現しようと思う。聞いてくれるだろうか』

頭の中が真っ白だ。
受話器から、目の前から。マイペースな男達がお構いなしに畳み掛けてくる、そのどちらも心臓が止まる様な話だった。

「ちょ、ちょっと待ちなさい。ああいや、二人共だ。まずはテイラー、誰から聞いたんだい?」
「君のゼミの研究生だよ。何て名前だったかな、えっと…」

疑問は速やかに晴れた。
絶対に言うなと言ったのに、こうも光の早さでバレるとは。涙も出ない。

「ああ、もう、今日は何かな、厄日かな…」
「ヤクミ?」
「薬味はソーメンの親友だよテイラー。…そうじゃなくて、何を懺悔するんだい」
「僕が懺悔?」
「ああ、君に話しかけてる訳じゃない。気にせずホームベーカリーのレビューでも読みたまえ、テイラー教授」

ぬるすぎるコーヒーから手を離し、崩れ落ちるようにソファーに横たわった。
暫くの沈黙を与えてきた受話器の向こうからは、エンジンの音と木々のざわめきが聞こえる。複数の人間の気配、忍び笑いがまた、聞こえてきた。

あの声は、聞き覚えがある。


「隣にいるのは、ネイキッドかい?」

雑誌がバサリと床に落ちる、音。
失言に気付いたが今更過ぎるだろう。零れんばかりに目を見開いた甘いマスクの長身が、微動だにせず凝視してくる。

「はぁ。懺悔でも愚痴でも何でも聞いて上げるから、その代わりネイキッドのメアドを教えてくれないかな。…じゃないと、私はテイラー物理学教授から今にも殺されてしまうよ、カエサル」
「カ、エサル…?!カエサルだって?!き、君は今っ、ルーク=ノアと話をしているのかっ?!」

詰め寄ってきた男に飛び上がれば、うっかり子機のボタンを押してしまったらしい。近頃耳が悪くなってきたから、などと。受話音量を最大にまで上げていたのが、敗因に違いない。

『弟かも知れない子供を穢した。一時の幸福を得る為に、理性思考系統の全てを淘汰した結果だ』

部屋中に、静かな声音が響く。
掴み掛かってきた男も動きを止め、じっと受話器を見つめている。

『確かに身に余る幸福だった。然し過剰過ぎたそれは、最早拷問と何ら変わりない。数多の人間を使い捨ててきた報い、だろうか』
「…君は、本当にカエサルか?」
『久しいなリチャード。健在そうで何よりだ』
「君はそんな、人間かぶれした台詞は一生、それこそ太陽が爆発しようが吐かないと…思ってたよ」

膝から力を抜いた男が、床の上に座り込んだまま呆然と呟いた。

『最早、何を糧に生きるべきか判断が適わない』
「まさか、死ぬつもりか?馬鹿な事を言うな、ルーク=ノア。グレアムの皇帝たる君が、そんな馬鹿な…」
『残念だが、リチャード=テイラー。後悔と未練は表裏一体だ』

これが、未成年の台詞だろうか。


『そなたらに、頼みたい事がある』

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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