帝王院高等学校
列島各地でゴーインにマイウェイ!
「つまり、…そーゆー事を、した、って?」
「はい」
「え?何、何で…?!」
「タイヨー、カラコンは一気にそっと入れるのょ」

麦茶に浮かぶ氷がカラリ、小さく鳴いた。2人っきりのテラスに冷え込んだ風、まだまだ夜は寒い。

「何で視力いいのにコンタクトなんか入れなきゃなんない…あ、入った」
「目薬差したらイイ感じですにょ」

ビクビクしながらコンタクトをはめていた男は、何とか片方だけ装着するに成功したらしい。深い溜め息一つ、

「そもそも何…?つか、カイ君はだって、連絡取れなかったろ」
「うちに居たにょ」
「カイ君が?」
「ん」
「夢でも見たんじゃない?」
「僕もそう思ったのょ。でも、もし夢だったら…」
「深層心理の欲求の現れ」
「やっぱそうなっちゃいますよねィ」

見つめ合った二人はどちらからともなく目を離し、揃って麦茶を飲んだ。

「でももしそれがマジなら、どうするつもりな訳?」
「判んないから、困ってるにょ」

切ない溜息でサングラスを曇らせた男は、傍らのボストンバッグから何やら衣装を取り出し、そっと太陽の前に差し出した。

「フレイム4ボスキャラのコスやないか〜い」
「エッチしたら、おはよーのチューしたり夜明けのコーラ飲んだりするもんでしょ?…ま、まままさか、これが俗に言う、ヤリイカ?!」
「やり逃げ」
「うぇん」
「そんなタイプには見えないんだけど…。って言うか、俺にはカイ君は理解不可能だよー」

肩を落としさめざめ泣き始めた俊の背中を、よしよし撫でた太陽が息を吐く。

「然し許すまじ。リゾート業のセレブか何だか知んないけど、庶民を手籠めにするなんて…人格を疑うよ。俺は」
「うっうっ、所詮オタクですもの…きっと重かったのょ!最近また太ったんですものっ」
「重いってそう言う意味じゃないと思うんだけど」
「そうなの?」
「うーん、判んない。それより、…やっぱ後ろ使ったりするもんなの?初体験がホモでお前さん、大丈夫なのかい?」

ひそひそ顔を寄せ合う二人を、傍らで見守っていたもう一人と言えば、

「………総長」
「なァに?キィたん」
「俺には良く理解出来なかったんスけど、つまり…総長が言ってるカイって奴は、一年のデカい奴ですよね?」
「つか左席の仲間ですよ、川南先輩」
「うっさい。俺はカルマ以外興味ないから良いんだよ」
「そう言う問題なんですかね」
「カイちゃん、僕のこと愛してるって言ってたにょ」

北緯が目を見開き、太陽が頬を染める。高校生に愛は少しばかりハードルが高いらしい。

「ちょ、じゃあ、何、付き合ったりとかするわけ?!外部入学したばっかの癖に、ソッコー男子校に染まったりしたわけ?!何その王道パターンっ」
「お付き合いとかは、まだ、その、告白された訳じゃないですし…まだ未成年ですし…」

結婚と交際は違う、と呟いた北緯を余所に、肘で俊の脇腹をツンツン突いている太陽は悪代官な笑みだ。

「悩む必要なんかあるの?」
「ぇ?」
「悩んでる時点で、答えは出てる様なもんじゃんか」

情緒不安定な俊を心配しているカルマメンバーは、店内からちらちらテラスを伺っている。

「ぼ、僕だって…考えたのょ。嫌いじゃないと、好きじゃないは、多分、違うにょ」
「大違いだね。好きじゃない、なら話は変わるけど。…嫌いじゃないんだろ?」
「でも…」
「何が問題なんだよ?嫌いな奴からされたんなら、殴って終わりだろ?」
「じゃ、じゃあ、タイヨーは?」
「え?俺?」
「二葉先生からチューされて、怒ってなかったでしょ」

真っ赤に染まった太陽が眉を吊り上げ、オタクのデコに頭突きした。ピクリとも動かなくなった俊が床に転げ落ち、腕を組んだ太陽と言えば、コス衣装を広げながら、

「おっ、俺の話なんか今はいいんだよ!第一っ、あんな性悪根暗嫌味二重人格男としたキスの一つや二つっ、」
「ぅえ?一回じゃないにょ?!ハァハァ、ちょ、それっていつの話?!」
「あっ、いや、だから、その、今のは言葉の綾って言うか…!」
「怪しーにょ!お目めがバタフライしてるなりっ」
「うるさいっ、泳げない癖にっ」
「はふん、タイヨーが浮気したー!僕に内緒で二葉先生とデートしたりかき氷食べたり、夜中の校舎で逢い引きしたりしたァアアア」
「してないっつーの!」

佑壱の命令で俊と太陽の見張り役になった北緯は気の毒だが、他の皆には会話は聞こえていないだろう。

但し、

「あの野郎…!とうとう総長に手ぇ出しやがったな!ぶっ殺すっ、今すぐ八つ裂きに砕いてくれるわ!」
「落ち着け嵯峨崎、出刃包丁なんざ所持して外に出たら一発しょっぴかれっぞ」
「離せ高坂っ、絶対許せん!山田にも虫が付いてんだ、叶も道連れに殺す!使えるもんは全て使って木っ端微塵にしてやるわコラァ!」
「いや、だから相手が悪いっつーか、何っつーか、あのな…」
「ああ?!この俺が叶如きに負けるっつーのかテメー!」
「そうじゃねぇよ、馬鹿犬」

読唇術で二人の会話を盗み聞きしていた佑壱が暴れ出し、痙き攣った日向から止められていたらしい。

「総長が辱めを受けて黙ってられんのか!ああ?!テメーだって総長に惚れてんだろっ」
「…そりゃ、あんな器のデケェ人は中々居ねぇ。最近まで本気で年上だと思ってたくらいだ」
「その通りだ。判ってんじゃねぇか、高坂の癖に」

勝ち誇った笑みを浮かべた佑壱を横目に、窓の向こうの俊を見やった日向が目を細めた。

「…イギリスに連れて行く気は、変わってねぇよ」
「だったら止めんな!雑魚は指咥えて見てろっ、あの餓鬼は俺が殺すっ」
「ちっ。暴れんな馬鹿力っ、こっちこい!」

暴れ回る佑壱を引っ張っていった日向に、カルマから拍手が湧いた。
二葉を恨む者は多いが、日向を恨む者は殆ど居ない。

「何かさ、副長も子供なんだなって思うよなぁ」
「ABSOLUTELYの副は何か大人だもんなー」
「うちの総長に比べたら、お子様ランチだっつーの」

だが然し、裸の太陽と鼻血を吹き出すオタクの光景が見られた瞬間、カフェは沈黙した。
暗黒皇帝最強伝説は、今夜崩壊する様だ。












「戻られよ、王…」

至極情けない声音が、宵闇を纏いながら歩く男の背中を追い掛けている。

「王、こんな夜更けに出歩くのは危険だ…」

聞こえている癖に無視を決め込んでいる黒髪の美丈夫と言えば、煉瓦を積み上げた校門を背後に待ち構えるベンツへ一直線だった。

「身を弁えずあの様な事を言ってしまったから、気を悪くしてしまったのか?…王、二度と言わないから行かないでくれ」

黒装束の男がオロオロしながらも、しっかり三歩後ろを付いていく。微かに頬を染めた三歩前を行く美丈夫と言えば、

「晩上好、董事長(こんばんは社長)」
「大家都辛苦了(ご苦労様)。吾は暫く外出しますので、後は頼みましたよ」
「明白了、慢走(畏まりました、お気を付けて)」
「待たれよ、王!」

待っていた運転手や秘書らしき男には声を掛けるが、やはり振り向かない。ドアにへばりついた黒装束の、顔に巻いていた布が解け掛け、

「上香(シャンシィアン)」

漸く、深い溜息を吐いた美月が目を向けた。

「吾は、汝に気を害してなどいません。…汝が何を悔いようが、吾には関係無いこと」
「王」
「吾の名はワンではない。いつになれば汝は、吾の名を呼ぶのか」

微かに震えている長身へ、後部座席に座ったまま手を伸ばした男は。

「…吾を案じるなら、常に傍に居なさい。汝は吾のものでしょう?」
「是非もない事。俺の全ては、祭美月のものだ」
「ならば、汝が吾を愛するのは当然。飼い犬か飼い主を愛して咎める者は居ない」
「…ああ、俺はまだ王の傍に在る事を許されるのか」

すりすり、頬擦りしてくる黒装束の隙間から覗く蒼い眼差しへ、柔らかな笑みを浮かべる。

「愚かな男ですねぇ。…本来ならば、グレアムを手に入れる事が叶うのに…」
「そんなもの、俺には必要ない」

いつ見ても美しい眼差し、美貌だと。瞬いて、自嘲した。


「本当に、愚かだ」

この男に酷似したプラチナの男を、知っている。












煌びやかなシャンデリア、期待に浮かれた表情の人々。

「皆さん。グラスはお手元に届いてらっしゃるかしら?今日は私の友人がお誘い下さいました」

エレガントなサテンのドレスを纏った女性がスタンドマイクに片手を預け、ホールに集う一同を眺めた。

「まずはこのパーティーの主催である、加賀城夫人に感謝を」

一見で庶民ではない事が判る紳士熟女らの手にはシャンパングラス、注がれているのはクロ・デュ・メニルだと噂している紳士の背後に、彼は佇んでいた。

「…漸くスタートか。話が長ぇな、あのババア」
「口が悪過ぎますよ、零人さん」

壁の花になっている零人の隣、零人よりやや地味なスーツ姿の男が肩を震わせている。

「親父は?」
「先程、屋敷に戻られたと報告がありました。随分あちらさんから荒らされていた様ですが、処置なされたそうですよ」
「ピュー。さっすが、腐っても枢機卿。12枢の中でダントツに嫌われてるだけある」
「我が社には、クリス様の後ろ盾がありますからねぇ」

乾杯が終わったらしい。
グラスを面倒臭いとばかりに掲げた零人に、また笑った男もグラスへ口を付ける。

「今回は名目上のお見合いですが、将来的に結納となるでしょう。適当にあしらうも良し、但しくれぐれもお気を付けて下さい」
「…は。妊娠させんなって?俺がンなヘマすっかよ」

一気にグラスを空けた零人は、空いたグラスをボーイに手渡し首の骨を鳴らした。
近場の女性らがちらちらと零人を盗み見ているが、気付いている癖に無視している男は完璧な愛想笑いを貼り付けたまま、

「俺の血がバレたら、母さんが天国でぶち切れそうだからな」
「零人さん」
「ああ、…悪い。今の母親がどうの言ってる訳じゃねぇよ」

二人も母親が居るのは、喜ばしいのか違うのか。世の中に何人、人工受精の子供が存在するのかは知らないが、腹から生まれて育ててくれた女性を母と呼ぶのは、間違っていないと信じたい。

「心配すんな。つか、根っからの日本人だしよ。振りも何も、日本人にしか見えねぇだろ」
「まぁ、確かに。少々お転婆が過ぎますけど」
「誰がお転婆だよ」

軽く睨み付けてくる零人に降参のポーズを見せれば、先程ステージで挨拶をしていた女性がやってきた。

「こんな所にいらっしゃるなんて、嵯峨崎さん。貴方はこのパーティーのメインゲストなのよ?」
「マダム東雲」

どちらがメインだと心で皮肉った零人が、態とらしい笑みを浮かべて右手を差し出す。握手を返した女性の傍らに、もう一人、着物姿の女性が立っていた。

「マダム加賀城、本日はお招き頂きまして有難うございます」
「いいえ、こんなに素敵な殿方ですもの。私も、素敵な姫を紹介したいわ」
「お気遣い恐縮です。ですが、マダム以上に素敵な姫君など存在するのか、疑ってしまいますね」

二人の女性に緩く首を傾げれば、二人共ポッと頬を染めた。眼鏡を押し上げた秘書は、そっぽ向いて無表情で肩を震わせている。
笑いたいなら笑え、と、唇の端を痙攣させた零人に、おずおず近付いてきた若い女性が頭を下げた。

「こちら、YMDテクノロジー専務ご令嬢の林原麗子さん。写真はご覧になられて?」
「ええ、承知していますマダム東雲。…初めまして、嵯峨崎零人です」
「は、初めまして…。お噂はかねがね、父から伺っています」

控え目な大人しい女だ。印象はそれだけ、にまにま満足げなババア二人に苛立ちながら、慣れた動作で恥ずかしげな女性の肩を抱いた。

「YMDにはお世話になっています。うちの航空機の精密機器は、大半そちらで賄って貰ってますから」
「海外旅行の際には必ずブレイズを利用させて貰ってますの」
「まぁ、お似合いだこと」
「うふふ、後はお若い人同士ゆっくり、」
『ちょっと待ったー!』

マイク越しに凄まじい声が響き、ステージへ振り向いた着物姿の女性が目を見開いた。


『本日付けで加賀城財閥社長に就任した加賀城獅楼です!』

硬直した零人の黒い目が、見開かれた。
凄まじい眼光で睨んでくる七三分けのスーツ姿は、いやに見覚えがある。

『祖父ちゃ、…前会長が所有する株式一切を譲渡された事をご報告した上で、』
「な、」
『そこの嵯峨崎零人ぉ!会社潰されたくなけりゃ、このお見合いは破談にしろ!ばーかっ』

零人の背後で、眼鏡の大爆笑が起こった。

←いやん(*)(#)ばかん→
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!