帝王院高等学校
ワンコとどエスと時々にゃんこ
「それでは、つまり…」

完璧な愛想笑いだろう穏やかな笑みから放たれた台詞は、余りにも現実味がない。

「記憶喪失ではなく、記憶を改竄された、と?」
「改竄は、少し違う。うーん、蓋をされたって言う方が近いかなー?」
「どちらにせよ、故意には違いない。然し…人格まで変わるものですか?」
「そんなに違うかな?」
「少なくとも、今の話を聞いて誰も笑い飛ばさない程度には」

信じられないよね普通は、と。笑いながら頷いた男が足を組む。

「だから、そこが根本的な問題なんだよ。あの男にとって僕の性格は脅威だった」
「脅威?」
「非凡な人間だからこそ、凡人の考えが判らないものだろう?子供の頃は神童、今やただの凡人。僕はあの頃、東大入試レベルの問題を理解していた」

俄かには信じられない話だと眉を寄せる要の隣で、ぽかんと口を開いている健吾が瞬いた。

「九九すら知らなかったけどね。彼にとっては、だからこそ脅威になる」
「…SF映画?(´`)」
「あの男…貴方の言う、魔法使いですね?」
「似た者同士、ってね。ああ、恐らく知能指数は比べ物にならない、僕は凡人だ」
「五歳前に大学入試問題解けた餓鬼の何処が凡人なのお?歪んでるよねえ」
「たまにオメーを尊敬するっしょ、ハヤト…(∩∇`)」

にこにこ笑う太陽にはまるっきり効果がない。ひやりと冷や汗を流す健吾に、ふんっと鼻を鳴らす隼人は他人事めいた表情だ。

「自分で言うのも何だけど、昔から僕は“いい性格”しててね。同年代の子供なんか、端から見下してた」
「…可愛くねー餓鬼」
「聞こえてるよ藤倉裕也君。」

にっこり。
晴れやかな微笑を浮かべた太陽に、そっぽ向いた裕也は明後日の方向を見つめている。

「だから、蓋をされたのは僕自身の人格だと言えるかも知れないけど、だからって錦織君が言った様に根本の人格は変わらない。ただ、今の『俺』は五歳以前の記憶がない状態さ」
「多かれ少なかれ、誰しも他人と自分を比較して生きてるもんさー」

せっせと明太子お握りを握っている隼人が、訳知り顔で頷いた。カルマで最も他人を見下しているトップモデルは、四六時中掛かってくるマネージャーの連絡を片っ端から無視しているらしい。

「弱肉強食、自然界の熾烈な共存争いに勝った者だけが進化する、ってねえ。恐竜が滅んだのは繁栄力がなかったか、ホモ文化だったからかもー」
「…共存争いかよ。比較されて売れてんだから、ちったぁ出ろや。また鳴ってんぜ」
「えー?幻聴怖ーい、隼人君には何も聞こえないよお。ユーヤったら怪しい薬でもやってんじゃない?」
「最低だぜ」

今も携帯がチカチカ点滅していた。バイブすらない、サイレントモードだ。鬼畜過ぎる。

「ユーヤも人の事言えないっしょ(Тωヽ) 最近までカナメの事シカトしてた癖に」
「覚えてねー」
「馬っ鹿(´∀`)」

ぐりぐり裕也の背中に額を押し付けている健吾に、他のカルマが飾り付けしながら穏やかな表情になる。どうやら総長が腐ると、部下にも伝染する様だ。

「でもタイヨウ君は善い人だぞぃ(*´∇`) 殴ったのに許してくれたし…」
「そのくらいで怒るほど僕は狭量じゃないよ。怒るとしたら、最も大切なものを奪われた時だけ」

ヒューと口笛を吹いた背後のカルマに、サボるなと健吾の野次が飛ぶ。七時には総会が始まり、商店街外れの公園は不良一色に染まるだろう。
商店街の営業時間は八時までだ。それを過ぎてから、誰にも迷惑を掛けないのが8区流である。

「勿論、大切なものを傷つけられても容赦しない」
「なーんか、今のタイヨウ君なら白百合に勝てそーだなぁ(*´Д`)」
「あはは。勝てるけど、多分、勝てないよ」

からりと笑い飛ばした太陽に、全ての人間が首を傾げた。今の言い方では、余りにも意味不明だ。

「どゆコト?(Тωヽ)」
「勝てるのに、勝てない?」

健吾と要にただ笑うだけで何も答えない太陽は、足を組み替えて頬杖を付いた。

「…話を戻すけど、僕に掛けられた催眠術には幾つかヒントが仕掛けられてるみたいでね。一度目は、つい二週間くらい前だったかな」
「それはどんな切っ掛けだったんですか?」
「ポンジュース」
「は?」

意味不明な台詞に首を傾げた要の背後で、パシリにされたスヌーピーがレジスト総長と睨み合いながら長椅子を運んでいる。

「だから、ポンジュースが切っ掛けさ」

睨み合いながらも二人でせっせと力仕事しているのだから、案外仲は良いのだろう。微笑ましい光景に緩く笑んだ太陽に、気付いたフォンナートがぶんぶん手を振ってくる。
それに手を振り返せば、今度は平田兄までが手を振ってきた。ガタンと落ちた長椅子に爪先を挟んだらしい平田弟が、声もなく悶えている。哀れだ。

「愛媛?」
「他にも状況設定があったのかも知れないけど、恐らくキーワードはそれだろうね。ある状況下でポンジュースと聞いた僕は、ガッチガチだった蓋に亀裂を走らせた」
「記憶の蓋、と言う訳ですか」
「そうだよ。小さな亀裂、でもそれは徐々に大きくなるだろう」

要の問い掛けに頷いた太陽は、二つ目のお握りを一噛りするだけに留めた。腹を撫でながら、食欲がないと呟いて、

「ちょっとした時に、僅かな時間だけ『俺』から『僕』に戻る。でもそれは本当に少しの時間で、会話したのは一人だけだよ」
「誰ですか?」
「武蔵野千景君」

ぴくりと反応したのは、ミネラルウォーターを煽っていたカウンターの男だ。

「斎藤の弟か?」
「斎藤?」
「あ、知ってる〜」
「さっき居たバイトが斎藤〜」
「ホストっぽい感じの〜」
「成敗゚+。(*′∇`)。+゚」

チャラ三匹が作業を止めて割り込んできたが、サボるなと健吾から飛び蹴りされて渋々戻っていく。

「メガネーズの影が薄い奴だよねえ。確かアイツ、ボスのファンとか言ってた」
「そう言えば、ハヤトが攫われてた日に助けてくれたとか言ってなかったかよ?」
「んぁ(οдО) 確か、ミズエとジョージが総長のコスプレしたんだっけ?」
「誰だよジョージ」
「溝江と宰庄司ですよ。元クラスメートの名前も覚えてないんですか?」

睨まれて沈黙した健吾がピタッと裕也に張り付いた。落第した話については、未だに要からネチネチ言われるので肩身が狭い。

「総長が来るって判ってたら手抜きなんかしなかったっつーの(*´3`)」
「ほんとは全力で落ちたんじゃないのお?」
「やんのかハヤト(´Д`)」
「だったら、次の選定考査はチャンスでしょう?精々Sクラス枠に引っ掛かるよう、頑張って下さい」
「楽勝だっつーの!Σ( ̄□ ̄;) 何ならカナメさん抜きますけど?!(∩∇`)」
「あは。阿呆猿、それは無理だろー」

膨れっ面の健吾を余所に、何事かを考えていた太陽が顎へ手を当てた。

「コロッケパンとカツサンド…ポーンは確か、パンをくれた人に助けられたって言ってたね」
「え?」
「錦織君。普通に考えて、溝江と宰庄司はともかく、武蔵野にそんな芸当は出来ない筈さ。君もセキュリティカメラ映像を見ただろう?」

確かに、俊が神帝と鬼ごっこを繰り広げていた時の映像は、要によって全校に放送された。
派手に暴れ回って隼人を救出しカルマの存在を広めて、俊から中央委員会の目を離したかったからだ。

「どう言う意味ですか?」
「進学科には体育がないから判らないかな?彼はね、左足が不自由なんたよ」
「は?」
「日常生活には支障がないらしいけど、走り回ったりする事は出来ない。だから、初等部の必須科目だった体育の授業は、いつも見学してた」
「ではあれは、別の人間…?」
「ついでに言えば、校舎の落書きも。神崎でもなければ、俊でもない」
「えっ」
「は?(´Д`)」
「だよね?神崎」
「喋り過ぎー」
「だって君、自分の弁護しないんだもん。俊は判ってるよ、あれは君じゃないって言ってた」

口元を覆った太陽が目を細める。
今知らされた事実に考え込んだ要は気付かなかったが、お握りを握っていた隼人は気付いたらしい。

「サブボス?」
「…時間が来た、ね。いいかい、今教えた事を『俺』に言ってはいけないよ。この事があの男に知られたら、何をされるか…」
「大丈夫?ほらー、もっと食べなさいよお」
「キーワード一つだけじゃ効果は薄いみたい。次のキーワードを見付けたら、また………って、神崎?」

カウンターに崩れ落ち掛けた太陽を、米粒だらけの手で支えた隼人の目が瞬く。

「物凄く近いんだけど…ハヤちゃん。おーい?」
「…あーもー、このチビ犯してやろうかな」
「誰がチビだって?」

足で隼人の腹を容赦なく蹴った太陽の足元に、油断していた隼人が転がった。

「ったく、君までBLに染まらなくていいからねー。いいかい、俺だって男ですよ。迫られるより迫りたい」
「タイヨウ君は悪い女に騙されて貢がされて子供だけ押し付けられる、典型的なタイプっしょ(∩∇`)」
「…高野、生々しいからホントに勘弁してくれない?」

ふと時計を見上げる。
ああ、もう五時を回ろうとしていると瞬いた太陽が、眉を寄せて首を傾げた。


「あれ?さっきまで確か、イチ先輩と…」

考え込んだ太陽に要と隼人が顔を見合わせ、裕也に口を塞がれた健吾は心の中で『言わない言わない』と繰り返す。
さっきまでの太陽は恐ろしい程にサドの匂いがしていた。今の太陽とはまるで比べものにならない、言わば山田父並みの威圧感だったと言おう。

そんな彼が秘密にしろと言ったのだから、幾らトラブルメーカーの健吾だって、空気を読んだりするのだ。多分。

「ほら、テメーがちゃんと傘持ってねぇから濡れちまっただろーが」
「煩ぇ、持ってやっただけでも感謝しろ!」

賑やかな声、勢い良く開いたドアから見慣れた男が入ってくるなり一気にカフェが湧き、その直後入ってきた長身を認めて沈黙した。

「いいい、イチ先輩っ?!」
「おう、山田。総長はどうした」
「ううう後ろ!後ろ後ろー!」
「あ?後ろがどうしたって?」
「いや、だから俺様だろ」

呆れ混じりに息を吐き、傘を閉じたのは紛れもなく日向だ。中央委員会副会長にして、左席の敵、いや、佑壱の敵、高坂日向。
要と隼人、勿論健吾も裕也も素早く立ち上がり、今にも飛び掛からんばかりに身を構えた。然しその以外のメンバーは青冷め、見るも哀れな表情である。

「太一、あああ、あれ…」
「光姫だがね」
「馬鹿っ、殺されっぞお前ら!」

三年生グループが、震えるチャラ三匹を含めこそこそ囁き合う中、まるっきり聞こえていた日向がもう一度溜息を吐いた。
別に、今まで日向がカルマ達に暴力を奮った覚えはない。どちらかと言えば二葉の方が、それだ。

「…少数精鋭が聞いて呆れる。良くこんなメンツでやってけんな、嵯峨崎」
「テメー、うちの奴らに盛ったら殺すぞハゲ」
「相手くらい選ぶっつーの」

何故だろう。
佑壱は勿論、日向も何だか大人しい。いつもなら顔を見合わせた瞬間、血塗れになるまで殴り合う二人なのに、だ。

「イチ先輩…イベント突入ですか?」
「はぁ?」
「何のフラグが突入経企だったんです?流石です、見直しました。シミュレーションやり込んだ俺も、このパターンは想定外だったと言うか…」
「何の話だ山田」
「…BLの話だろ」

カルマ幹部と太陽が目を見開き、佑壱は余りにも不細工な表情で日向を凝視した。

「ふ、副会長様が…Σ( ̄□ ̄;)」
「び、BLと言いましたか?」
「そんなに流行ってんのかよホモ」
「え、って事は、オージ先輩も腐男子…?」
「マジかよ高坂、お前…いつから腐男子に?」
「腐男子連呼すんな、俺様は違ぇ。…殴るぞ馬鹿犬」
「それならそうと言ってくれたら、淫乱とか馬鹿にしなかったのに!お前はお前で腐男子街道の試練に、自らを犠牲にしてまで挑んでたんだな?うっ、そうだったんだな…!」
「おい、」

遂に感極まった佑壱が日向にガシッと抱き付き、硬直した日向を目の当たりにしたその他の面々と言えば、クールな雇われマスターですら眼鏡がズレる程に、



「「「「「…マジで?」」」」」

とある男の顔が真っ赤だったと言う。
因みに佑壱の髪は含まれない。

←いやん(*)(#)ばかん→
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