帝王院高等学校
アダルトな階段はレトルト速度で突っ走れ!
玉葱。
カレーにもシチューにも欠かせない。

「ちっちゃいピエロさん…萌えぇえええ!!!」

オニオンスライスはトマトと一緒に、オリーブオイルでお化粧しましょ。ああ、アボカドなんかもお洒落だけれど、眼鏡に染みる。

「っつーか、玉葱ドレスって何だァ?」

生ハムはメロンに巻かないで、いっそ全身に巻いて頂戴。ああ、塩味が眼鏡に染みる。どうせ死ぬなら高血圧で、生ホモを凝視しながら鼻血の海で溺死するわ。

「ぷはん」

何だか鼻がむずむずしてきたみたい。
玉葱花粉に誘われて蜜蜂ダンス、花粉症には眼鏡とマスクが不可欠よ。ホモ観察にはデジカメとエリエール、ネピアもね。



いや、夢の中で花粉症になる訳がない。余りの出来事にうっかり我を忘れてしまった。
掌サイズの太陽にハァハァが止まらない。先程まで真っ暗だった世界が、仄かに明るくなった事に気付いた。

「カイちゃん」

居ない筈の凄まじい美形が見えた。つまりこれは夢に違いない。
こんなに綺麗で完璧な人間が、友達になってくれるなんて思ってもみなかった。いや、今でもまだ真実味が薄い。
いつか居なくなってしまうのだと疑っているから、ある程度の距離を置いてからでないと接する事も出来ない。

「俊」

静かな声音で名を呼ばれるのは気持ちが良い。
優越感、だろうか。人見知りするのか否か、神威は俊以外の人間を親しげに呼ぼうとしない。最初は太陽にすら話し掛けようとせず、注意するまでは誰から話し掛けられても綺麗さっぱり無視していた程だ。

このままでは友達が出来ないだけではなく、孤立してしまう。
苛められる事の辛さを知っているから、助けてあげたかった。偽善者振りながら、けれど優越感を感じていた筈だ。いつの間にか居候同然で同居していた神威を追い出さなかったのも、理由はそれに尽きる。

どうせなら楽しい方が良いに決まっているではないか。どうせ三年間しかないのだから、高校生活は楽しい方が良い。独りぼっちは寂しいと、兎ですら知っている。
悲しい思い出よりも、笑顔の思い出の方がずっと良い。きっと誰でも、不幸より幸せの方が良い。

「ネンネしましょ、カイちゃん」

低体温低血圧の神威を抱き締めて眠ると、嫌な夢を見ていてもほっこり暖かい気持ちになる。
朝、神威より早く目覚める様になって、ドリンクバー脇のインスタントコーヒーを淹れてやると、いつも無表情な男が微かに笑うのを見るのが好きだ。

入浴剤と、黄色いひよこ。
必ず湯船に浮かんでいるひよこを弄びながら、遠慮なく人の入浴中に割り込んでくる長身を待つようになったのは、いつからだろう。

大浴場ですらウィッグを外さない神威が不憫で、暫く大浴場にも行っていない。
本当はラウンジゲートのサウナに興味があるけれど、本当はラウンジゲートの自販機にしかないコーヒー牛乳が飲みたくて仕方ないけれど。


余りにも綺麗な銀髪と、蜂蜜色の眼差しを。どうやら神威は余り気に入っていない様だから。
独りぼっちのお風呂はきっと寂しいに違いない。実家では電気代節約だと言う母の命令で、寮の風呂より狭い浴室は親子三人だ。

時折、残業で遅くなる父親の所為で、零時まで待たなくてはならない事もある。
風呂好きの息子には拷問だ。いっそ父親など居なければ良いのにと思うが、一度母と二人で先に風呂に入った時、凄まじい嫉妬を顕にした父親からプレステを没収された。

誰が自分の母親の裸を見て興奮するのか。たまに男なのではないかと疑うの母のおっぱいは、ギャルゲーヒロインのおっぱいを半分分けてあげたいくらい、ぺったんこだ。
腐男子でも判る。あれはもう、女じゃない。男だ。


「ん」

擽ったい。
腹の上をサラサラしたものが這い回り、とんでもない所に人の指の気配を感じた。

「そこは、お尻よ…」

もしかしてこれは、この間こそっと見たBLアニメの続きだろうか。
平然と見ていた神威に尊敬を覚えたエロシーンは、残念ながらヒビ割れた眼鏡のお陰で全く覚えていない。

童貞にはちょっと刺激が強過ぎる。
だから神威も刺激が強いんではないかと心配し、よしよし頭を撫でてやった。そうすると、無表情で吸い付いてくる唇。


きっと、神威はキス魔なのだ。

ファーストチュー強奪事件から、清々しい程に毎日毎日唇と唇で人工呼吸、今では何だか慣れてきた気もする。

そもそも海外では挨拶だ。
いや、流石に口と口で挨拶はしないだろうが、突き詰めたら頭がパンクしてしまう。
不細工腐男子と美形腐男子では、残念ながら新たな境地過ぎて全く萌えない。

「ふぇ」

なのに、とんでもない所の中へ、有り得ないものが入ってきた気がする。
例えるならカンチョー攻撃を受けた時の様な、でもそんなに痛くはない。やはり妄想が織り成す夢なのだろう。


夢は無意識の欲望が現れると言う。つまりこれは、自分が無意識に望んでいた事なのだろうか?
腐っても男子、どうせなら押し倒したい。いや、小悪魔受けから襲い受けられるのも良い。所詮チキンな童貞です。
未使用の股間がどんな事になるのかは、おおよそ推測してはいるものの、生々しい実態までは判らない。モテキング隼人にちょいちょい指南を願っているものの、凄まじい眼光の佑壱や凍える笑みを浮かべた要によって、悉く邪魔される始末。


総長は純粋なままで居て下さい。
余りにも真剣な眼差しの要に言われてしまえば、実は昔から隼人×要にハァハァしてましたとは言えず。
子供は知らなくて良いんです。
一歳年上と言うだけでオカンの様に宣う佑壱に逆らえば、おやつ抜きは免れない。

あれ、僕って一応偉い立場ですよね?などと思ってはいても、何せ美形で喧嘩も強いワンコ達は、本気を出せばオタク童貞など一撃ノックアウトだ。
ぷちっと潰されて、ごりごり磨り潰されて、海に蒔かれてしまう。泳げないのに。

「ふぇん。神様、海は許して下しゃい」

半泣きで祈れば、頬を何かが撫でた。
よしよし、優しい手つきで撫でてくれるそれは、神様の手だろうか。泣きたくなるほど優しい。



ああ。
昨日は外出の興奮で余り眠れなかったから、尚更。ふんわり撫でられて、優しい気配に包まれて。


「カイちゃん」

深まる睡魔、瞼を持ち上げればキラキラ煌めく神秘的なプラチナ、甘い甘い、蜂蜜色の眼差しがある。



嫌いじゃない、と。
繰り返した臆病者。きっと、ファーストキスを奪われた相手になど、普通の人は関わりたくない筈だ。
嫌いじゃない、でもそれは、好きじゃないとは、違う。


好きなんだろうか?
多分、太陽達とは違う意味で。多分、誰とも違う種類の。

好きなんだろうか?
(判らない)
誰よりも特別なのだろうか?
(頭の奥底で誰かが低く笑っている)
(認めたら壊れる)(何かが壊れる)(破れると囁いている)
(幾重にも纏ったスケルトン)
(曖昧にして脆弱な防御)(今にも崩れそうな体を辛うじて守っている)
(自分が自分である為に)


『ああ』
『やっと、契約が解ける』
『教えてあげようか』
『今まで頑張ってきたお前に』
『簡単な方法なんだ』
『私は、破壊の中から生まれ変わる』
『フェニックスの様に』

クスクスクスクス。
頭の奥底で誰かが笑っている。酷く耳障りな声で、酷く愉快げな声で。

『お前を愛してくれる人間など居ない』
『孤立する様に仕向けたんだ』
『だから、お前には友達が出来なかっただろう?』
『けれどそれでは余りにも哀れだ』
『悲劇は僅かばかりの幸福があってこそ、クライマックスを盛り上げる』


『山田太陽』


やめてくれ、と。
血を吐く叫びは喉の奥で圧し潰された。両足が浮き上がる感覚、凄まじい熱量が体の中心、隠された部位に触れる。

『私が君に与えた「友人」、それは私のものではない。君だけの、唯一無二だ』
『でも、与えたのは私…』
『始めからお前は独りぼっちだ』
『私が容さなければ、最後まで孤独なまま消えただろう』

やめろ。
もう、やめてくれ。
何でそんな酷い事を言うんだ、誰がそんな酷い事を信じるんだ。やっと出来た、夢にまで見た親友なのだ。
自分で見付けた、自分で手に入れた、


『さァ、崩壊の時だ』

凄まじい痛みが体を貫いた。
ビリビリと何かが破れる音、ギリギリと何かが体を引き裂こうとしている。

「痛っ?!」
『もうお前の役目は終わり』
「カイ、ちゃんっ!」
『せめて最後に、祈る時間をあげよう』

ビリビリと何かが破れる音。
肉体がどろりと溶ける気配、今まで辛うじて存在していた自分が、ああ、今にも溶けて崩れそうだ。

『燃え尽きた瞬間、私は蘇る』
「ゃ、だ…ァ」

歪んだ視界、嘲笑う誰か、引き裂かれた痛み、キラキラ。煌めく何かへ必死に手を伸ばす。

「俊」

辛そうに眉を寄せる美貌が見えた。
ぐちゃぐちゃな顔をしているだろう自分は、助けて欲しくて(消えたくなくて)抱き締めて欲しくて(繋ぎ止めて欲しくて)、


「カイ、カイちゃんっ」

いやだ。
死にたくない。
消えたくない。
助けて。
いやだ。
まだ、やり残した事が沢山あるんだ。

もし、もし本当に自分が始めから存在してはならない存在だったとしても、ちゃんと、痛みも感じるし悲しくなるし寂しいのは嫌だし、幸せになりたいと思う。それすらも駄目なのだろうか。
生きているんだ。今、確かに此処に。
いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。奪わないで欲しい。

『返して貰うだけだ』

いやだ。
酷い事をしないで。

『勘違いするな。これは、私の体だ』

違う。
痛いのも悲しいのも、誰のものでもない。今、神威を抱き締めている腕だってちゃんと感触があるし、ちゃんと、意志のままに動いている。

『…往生際が悪いなァ、臆病者。早く消えてしまえよ捨て駒、お前が居なくなったって、どうせ誰も気付きゃしねェ』

やめて。

『誰もお前なんか愛してくれない。誰もお前なんか必要としてない。佑壱が従ったのは、お前じゃなく俺だ』

やめて。

『誰もお前なんか気付きもしない。誰もお前なんか知ろうともしない。お前には始めから、何も残らないんだよ』

いやだ。

『何も持っていないお前は、何も得られないまま消えていけ』
「カイちゃん!カイちゃんカイちゃんカイちゃんカイちゃん、カイちゃんっ」

半狂乱で喚き散らす。
すぐに抱き寄せられて、ボロボロ零れる涙で滲んだ視界に映ったのは、それでも綺麗な蜂蜜色の眼差し。

「俊、俺は此処にいる」
「消え、消えちゃうにょ!」
「何?」
「ぼ、僕、もう要らないんだって…!うぇ、独りぼっちで死んじゃうにょ」
「誰がそんな事を言ったんだ」
「ふぇ、ふぇぇぇん」

ぎゅっ、と縋り付いた。ぽんぽん背中を撫でる手、ああ、馬鹿でも判る。
体の奥に存在している体温は、きっと自分のものではない。こんな物好きな事をするのは、神威以外考えられなかった。

「か、カイちゃん、ぐずっ、こう言うコトは、す、ずびっ、好きな人としなきゃ、めーなのょ…」
「ならば、何の問題もない」

近付いてくる高い鼻先。
鼻水だらけの鼻頭に口付けた赤い唇が歪んで、酷く奇妙な表情を作った。
笑っているのに、泣いているかの様な。幸せなのに、不幸のどん底の様な。


今更、体の奥に納まっているそれが何かに気付いて、急速に羞恥心と痛みが増した。
馬鹿だ。こんな所にそんなとんでもない物を突っ込む神威は、大馬鹿者だ。こんなに完璧な美貌なのに、オタク相手に攻めるなんて。

可哀想だとしか言えない。



「愛している」

心臓が止まる音を聞いた。
頭の奥底で誰かが溜息を吐いた気がしたけれど、嗚咽の暇なく滑り落ちていく水滴ばかり増して、

「…そーなの?」

唇が勝手に吊り上がった。
勝手に眉が下がったのが判る。
引き裂かれたドレスの代わりに白銀の光に包まれて、どろり溶け掛けていた肢体にじわじわ力が漲ってくる気配、



「なら、イイや」

きっと物凄く不細工な顔だった筈だ。
そんな事、激しい律動に揺さ振られて気にする余裕さえなかったけれど。

←いやん(*)(#)ばかん→
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