帝王院高等学校
余所様のお部屋はドッキドキしますっ!
酷く騒がしいと思えば、腹を刺激するスパイシーな香りが漂って来た。
寝返りしようとして体が動かない事に気付き、何だと額に手を当てながら目を開く。


「…何処だ、此処」

寝苦しいと思えば、体がタオルケットで素巻きにされているではないか。
ブラインドが中途半端に上がった小窓の向こう、灰色の空と雨の音。騒がしいのは雨の音だった様だ。

「カレー…だな、これ」

漸く身を起こし、後頭部を掻きながら辺りを見回す。全く見覚えがない部屋だが、此処は何処なのだろう。

「プライベートライン・オープン」

いつもの癖で呟いたが、相変わらず雨の音が続いているだけだ。タオルケットを剥げば真っ裸である事を認め、一瞬で記憶を取り戻す。

「…確か、変な奴ら追っ払った後に、嵯峨崎のSPと鉢合わせたんだったな。…で、どうなった?」

全く覚えがない。
叩きつける雨の中、数人の男達に囲まれたまでは覚えがある。囲まれた、と言うより、学園を出た頃から尾行されているのには気付いていたから、どちらが目的なのか確かめただけだ。

佑壱目的なら、彼の警護が黙っていないだろう。だが然し、自分狙いの場合、家業柄、意図せずに第三者が巻き込まれる。

結局、人数も多く明らかに一般人ではない相手を追い払うのが精一杯で、誰一人捕まえてはいない。
逃げていく男らの一人から、恐らくバットの様な棒状のもので背中を殴られたまでは良い。叩きつける雨で体が冷えた上に、古傷が開いて大量の出血をした為、情けなくも気を失ったのだろう。

「ちっ。二葉が居たら良い笑いもんだ」

舌打ち一つ、とりあえずベッドから下りて体を伸ばした。カレーの匂いはするが、この部屋の周辺から人の気配はない。
ドアを開ければだだっ広いリビング、右側のバルコニー前には液晶テレビとゲーム機、その向こうの壁にエレキギターが飾ってある。女の部屋ではないだろう。

「女の部屋にゴムなんか置いてたら失望するぜ、俺ぁ」

硝子テーブルの上に無造作に置かれた避妊具、ピアスだか指輪だか、シルバーアクセサリーが放り込まれた硝子の器は灰皿だと思われる。
但し、バドワイザービール缶のデザインを模した缶灰皿があるので、働いているのは缶の方だろう。

「SMクラブか…」

真っ直ぐ廊下らしきドアへ向かえば、ダイニングカウンターの上に酷く見慣れたアクセサリーが一つ二つ、計5つも転がっていた。
ぱっと見、ブレスレットにも見えなくもないそれは、明らかに知人の首を飾っている、アレだ。

「どんだけ同じ首輪持ってんだアイツは。年中付けっ放しかと思えば、洗い替えとは抜かすなよボケ。本気で笑うわ」

痙き攣った笑みを一つ、廊下に出ると、開けっ放しの玄関ドアが見えた。
何と無防備だろうと眉間に皺を刻み、シューズストッカーから一番地味なスリッパをひったくる。

一番地味とは言え、ふわふわな黄色に黒い点が二つ並んでいる、可愛らしいものだ。どう見ても、ひよこ。
他にもピンクのふわふわな生地に鼻と目が付いた豚スリッパやら、ダルメシアン柄、虹色のブルドック…挙げればキリがない。

「巫山戯けんなよあの野郎、どんな趣味してやがる」

呟いて、素っ裸にスリッパで外に出るのはどうかと考えた。だが然し、


「テメェ!ぶっ殺すぞコラァ!」

明らかに佑壱の怒鳴り声が外から響いた為、何事だとそのまま外に駆け出した。
然しあるのはエレベーターだけ。辺りを見回し、他に二軒ドアがある事に気付く。

「嵯峨崎?」
「誰がテメーみたいな雑魚チビに謝るか!今すぐ出て来い糞がぁっ」

その内の一軒、一番奥のドアから聞こえてくる事を確かめて、インターフォンを押してみる。
然し何の反応もない所を見ると、どうやら壊れているか電源が入っていないらしい。

「お邪魔します」

念の為、挨拶一つ。ふわふわな黄色を恐る恐る進ませて、先程出て来た部屋と左右非対称のレイアウトであるフローリングの廊下を進む。

「テメェエエエっ、山田ぁあああ!!!」
「おい、」
「スんませんでした、山田様」

リビングドアを開けば、巨大な厨房でした。
余りの事態に硬直している日向を余所に、巨大冷蔵庫の前できっちり正座している、パティシエ姿の赤毛。

「な、んだ、これ…」

カレーの匂いは、此処から漂っていたに違いない。
左側一面にガスレンジ、その下に恐らくオーブンと食器洗い機が二つずつ、部屋の中央はシンク付きの調理台が広々置かれ、バルコニーに続く筈の最奥は巨大な冷蔵庫で外が見えなくなっている。

右側はステンレスの棚になっていて、実に様々な調味料やら何やらが並んでいた。


「何処の怪談レストランだよ…マジで」
「もしもし?山田君?生きてますか?山田?…あれ、切れちまったか?」

ぶつぶつ呟きながら立ち上がった背中が、煌びやかな携帯片手にくるりと振り返る。

「いや、もうそれ女子の携帯じゃねぇか」
「あん?何だテメー、もう起きたのか」

日向に気付いた佑壱がジト目で睨んでくる。然しガスレンジの上の圧力鍋がどうだとか、すぐに調理へ取り掛かり日向など放置だ。

「俺の服は、」
「洗濯中。うちには乾燥機なんざねぇからな、そこに干してんだろ」

蒸し器が湯気を発てているガスレンジの上に、換気扇にハンガーを引っ掛けた日向のシャツが見える。
沈黙すれば、空気清浄機らしき機械の上にジーンズと下着が干されていた。言葉もない。

「…このまま突っ立ってろっつーのか、テメェ」
「別に良いだろ、誰も居ねぇし」
「そんな問題じゃない…は?誰も居ないってどう言う、」
「外見たんだろ?全部うちだから、この階に上がって来る奴は居ねぇ」

そう言う事かと肩から力を抜いた。だが然し、幾ら何でもこのまま真っ裸なのは遠慮したい。

「何か着るもん貸せ」
「何だその上から目線は。それが人にものを頼む態度か、あ?」

圧力鍋の蓋を開けて、おたまでグルグル掻き混ぜながら振り返りもしない佑壱に、舌打ちした日向は痙き攣る唇を開く。

「貸して下さい」
「そこの棚の一番下」

やはり振り返りもしない佑壱を睨み付け、ステンレスの棚を覗き込む。

「ジーンズはある程度乾いたらアイロン掛けてやっから、待ってろ」
「ああ、悪い、」

確かに、段ボールの中に白い布が見えた。見えたが、


「エプロンじゃねぇか馬鹿犬がーっ!」

ひらっ、と広げた白いエプロンを凄まじい早さで丸め、佑壱の背中に投げ付ける。

「煩ぇなクソ猫、何が不服なんだテメーは?純白のエプロンだぞエプロン、男のロマンじゃねぇか」
「何も彼もが文句ありますけど?!何がロマンだボケ!テメェ、俺様に何させるつもりだ変態が!」

面倒臭げに振り返った佑壱は、ぶり大根らしき煮物を盛った小皿片手に息を吐いた。

「チンコ丸出しの癖に人を変態扱いすんなや。金髪のチン毛見たって萌えませんからね、ボクは。貴方と違ってヘテロですから」
「煩ぇ!もっと別のもんはねぇのか、ああ?!ガウンでもコートでも、この際何でも良い!とっとと寄越せ!」
「はぁ。貸して貰ってる癖に我儘ほざくなよ、注文が多い奴だな。それが嫌なら風呂入ってタオルでも巻いてろハゲ」
「そっちのがよっぽどマシだボケ!テメェ、いつか噛み殺してやるから首洗って待っとけよコルァ!」

苛立ちのまま吐き捨てて、バスルームらしきドアを開く。

「あ、言っとくけどこの部屋には風呂ねぇから」
「…先に言え。」

開いた先は冷凍庫だった。
凄まじい冷気が日向の全身を撫で、俺様副会長はと言えば、可愛らしいくしゃみをしたとか何とか。


















「クロノススクエア・オープン」
『ガーデンクロノススクエア応答、マスターリング確認。エラー、相違率12%。マスタークロノス確認出来ません』

一年帝君に与えられた北寮三階、最奥。小さく笑った男の隣で、青冷めたダサジャージストが見える。ベストダサジャージーズ賞名誉グランプリと言えば、

「舐めたらあかんでっせ、当時のセキュリティとは訳がちゃいますから」
「確かに、私と俊は良く似た声だと言われているが、マシンを騙す事は不可能な程度の相似か」
「ほんま、ええ加減にして下さいよ。こんな事に関わっとるのがバレたら、俺一発クビでっせ?!」
「庶民ドラマの熱血教師に憧れて就職したお坊ちゃん。誰に口を利いているのかな、君は」

お口チャック☆
と、黒髪黒縁眼鏡のブレザー姿で唇に指を当てた男は、長い足を組み替えながらプラチナリングを取り出した。

「それ、クラウンリング?!な、なん、何でアンタがそれっ、」
「私は卒業していない生徒だよ。それも、中等部の時点で学園から抹消されている」
「どう言う事やの?」
「表向きは中央委員会会長、授業免除で出席する必要がない。居ても居なくても、他の生徒は誰も気付かなかっただろう」
「は?」
「私はね。キングの生き人形だったんだ。言われるまま株を伸ばし、言われるままキングの地位を固めていく…奴隷」

部屋中の照明が消えた。
天井に浮かぶ十字架の光に東雲が見上げれば、カラン、と何が転がる音がする。

「ガーデンジェネラルライン・オープン」
『理事会回線解放、帝王院秀皇理事と確認。ご命令を』
「はは。母さんが生きていてくれて良かった。まだ理事簿からは名前が消えてない」
「マジェスティ、何するつもりですかアンタ?」
「この学園に幾つ端末があるか調べたい。中央回線、左席回線、理事回線。俺の記憶ではそれくらいしかなかった筈だ」

赤いバーチャルキーボードがテーブルに広がる。転がった二つの指輪、片方はプラチナ、片方はシルバー。
十字架と羅針盤のデザインが施された片方は、この部屋の主のものだ。無造作にベッドサイドに置かれていた、左席会長のマスターリングである。

「オブジェクトラインの数は?」
『セントラルライン、クロノスライン、プライベートライン、ガーデンライン、ステルシリーライン』
「ステルシリー?おい、何だそれは」
「いや、俺も知りませんよそんなん。初めて聞きましたわ」

暗さに慣れてきた東雲がキーボードを叩き、壁一面に浮かび上がった文字を眺め目を見開く。

「ステルシリープラント…?アメリカの証券会社が何で日本の学校に…」
「グレアムだな」
「成程、そう言う事ですか。でもそしたら、この回線は帝王院会長…ええっと、そうじゃなくて、」
「神威の所有するものだろう。サーバーを見てみろ、学園内ではなく衛星に置かれている。つまり、世界中通信可能だと言う事だ」
「それ、って」

赤い光に照らされた唇が、吊り上げられた気配。

「神威には私の居場所も何も彼も筒抜けだった、と。言えるかも知れない」
「ちょ、マジで?!不味いんやないですかそれ、理事長はともかく、よりによって神帝にバレるのは…」
「何を言っている?キングより余程扱い易いだろう、あの子の方が」
「ちゃいますよ!俺はお宅らの事情を全部知っとる訳やないけど、今の理事長はそんな人と違います。未だにアンタが何でそない恨んどるのか、判らんくらいやのに」
「私が言うキングと、お前の知るキングが別人だと言いたいのか?そんな事は何度も考えた。この16年、何度も」

光に満ちたブロンド、深い夜の色の瞳はダークサファイア、人の上に立つ為に生まれてきた王者の気品、威圧感。
あんな人間が二人も居たら、堪らない。

「ですけど、万一何かの勘違いやったら理事長が可哀想ですやん。理事長たまに石碑の丘に足運んでるの、俺ちょくちょく見てますし…」
「歴代会長の軌跡か。そこに私は刻まれていない筈だ。退任していないからね」
「後継は黒椿の君…叶文仁先輩でしたよ。アンタ失踪してから、代理で業務をこなしてくれてました」
「小林から聞いてる。彼には兄が居ただろう?いつも次席だった男。彼は試験で手抜きしていた」
「初代清廉の君、叶冬臣ですか」

ぱちっと指を鳴らせば部屋が明るくなった。急な明るさに瞬き、ソファの人を見やる。


「帝王院、東雲、加賀城、叶、嵯峨崎。日本トップ5が揃えば、戦局が有利になるのは違いない」
「机上の空論はともかく、理事長より不味い相手が居る事、理解しといてや」
「何が言いたい?」
「理事長ですら適わん相手が存在するっつーこっちゃ。俺にはよっぽど、神帝の方が不気味ですよ」

しとしと。
啜り泣きに似た雨の音は、絶えず。

←いやん(*)(#)ばかん→
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