帝王院高等学校
さなぎは脱皮したらちょーちょなのょ
“素敵なドレスだね”

とんがり帽子を被った掌サイズの親友が、くるくる回りながらキラキラした宝石箱を開けようとしていた。

「ふぇ?タイヨー、いつから僕のお手てにジャストフィットナイスボディーになったにょ?!テラ萌え」

両手で、小さな親友を落とさない様に包んだまま首を傾げれば、ターンしていた彼はピタリと動きを止めて、パカリと宝石箱を開く。
中身はジュエリーではなく、化粧品らしきものが詰まっていた。

「お化粧?」
“時間がやって来たからさ”
「何の?イベント?夏コミにはまだ早いにょ」
“希望と絶望のブロードウェイ、シンデレラスペクタクル”
「シンデレラ?じゃあ、王子様とお姫様が必要ね」
“メインキャストは魔法使いとピエロ。たった一つしかないポーンを巡って、パンドラの海に飛び込む話”

それはシンデレラではないのではないかと瞬けば、ぺたんと座り込んだ小さな彼は、俊の手の中で化粧品を取り出した。

“お楽しみはこれからさ。君はハッピーエンドをお望みかい?”
「ハッピーじゃないと悲しくなるにょ。ロミジュリは名作ですけど、結ばれないBLは駄目です。健気受けを健気なまま終わらせたら駄目っ!」
“へぇ、でも最後までそう言っていられるかな?”
「ふぇ?」

いつまで手をこのままにしておかなければならないのかは別として、彼が動く度に揺れるとんがり帽子が可愛くて仕方ない。

「はふん。タイヨー、ファンデーションの前にBBクリーム塗らないとめーょ。あ、そんな男前にチークしちゃうとピエロさんみたいになるにょ!」
“いいんだよ、ピエロなんだから”

楽しげに目を細めた彼は、真っ白なファンデーションをぱたぱた叩き、くるくる、頬に真っ赤なチークを乗せながらちょこんと座り込んだ。

「ピエロさん?」
“すっぴんのピエロなんか居ないだろう?”
「お遊戯会で手品するにょ?」
“マジックにもトリックにも、シルクハットが必要さ。それは僕らの役目じゃない”

此処は何処だろうと、その時漸く辺りを見回した。真っ白な世界に、広がるのはまるで遊園地。金と銀のメリーゴーランド、反対側に真っ暗な靄が見える。
太陽の一人称は「俺」だった筈だ。けれど今、彼は自分を「僕」と言った。

今更気付いたが、これはもう、

「…夢?」
“さぁ、早く君も準備しなきゃ。間に合わなくなるよ”
「む?間に合わないって、僕もお遊戯会に出るなり?」
“何を今更。言っただろう?素敵なドレスだね、まるで玉葱みたいだ”

言われて初めて、靄の向こうではなく自分を見やる。

「あらん?」

ヒラヒラした透明の衣装を纏う自分は、プリンセスと言うより、曰く玉葱だ。十二単の様に何枚も重ね着しているらしく、一番上の一枚目が破れていた。

「はわわ、大変です!どうしようっ、破れてるにょ!」
“慌てる必要はないさ。魔法が解け掛けているんだよ”
「でもこんなんじゃステージに立てないにょ!コスは激しい動きにも大手サークルの長蛇の列にも、カメラ小僧のフラッシュにも耐えられる仕上がりでなきゃっ!夏コミの暑さは半端ないのょ」

くるりとターンしてみた。
ひらり、ふわり、舞い踊る透明の衣装、透明なのに素肌が見えないのだから、一体何枚着ているのか判らない。

“この魔法はタチが悪くてね。僕もまだ完全には解けていない。いや、僕の場合もう解けないかも知れないね”
「ふぇ?」
“随分、長い時間を共にして来た。五歳過ぎたら凡人と言うだろう?僕のシンフォニアは、もう僕よりも強い”
「しん…シンフォニー?」

擽ったげに笑った彼は、喜劇の主役めいた化粧の下で大人びた眼差しを揺らし、小さな両手を目一杯伸ばしてきた。

“共鳴。一つのものから生まれた、もう一つの個体。異なる意志を持つ自分。それは味方であり、敵にもなる”

頭を屈めれば、小さな手が頬をぺちぺち撫でる。

「難し過ぎて、良く判んないにょ。僕ってば馬鹿ちんだから、テスト0点ばっかりですし…」
“君には無限の可能性があるじゃないか”
「僕に?」
“プロモーション。最弱と呼ばれた前線歩兵にのみ許された、最強の魔法だよ”

背後で何かがうねる。
ばっ、と襲い掛かってくる真っ黒な何かが、背中ごと純白の遊園地を染めようとしていた。

“監督がご立腹らしいね”
「タイヨー、」
“魔法使いは気が短い。僕との盟約を破棄した癖に”
「ひろ、」
“大丈夫だよ。僕はいつでも君の傍で、踊っているよ”

真っ暗だ。
なのに、優しい声音が聞こえる。


“…クイーンであるこの僕を怒らせた事を、キングに後悔させてあげる”

キラキラ。
遠い何処かで輝いているそれは、変身する為の宝石箱だろうか。





酷く体が重い。






「何でアンタらはそう、顔突き合わせたらとにかく喧嘩するんですか?」

ジト目でカウンターの椅子に仁王立ちしているちびっこが、腰に手を当てて冷めた声を放つ。
ボックス席に座ったカルマが恐々見つめている中、レジスト総長兄弟&エルドラド総長、並びに何故かカルマ四天王まで正座していた。

いや。
させられている、と言った方が正しいだろう。

「そんな事言われてもなー…挨拶みたいなもんだがね」
「つか何で俺まで正座させられてんだ?太一の所為だろ!」
「騒ぐな平田弟、ご主人様が滅茶苦茶見てる。クールな瞳で睨んでる」

専用クッションを持っていないカルマ四天王以外は、当然ながら床の上だ。

「…今日は厄日かぃ(((*´∇`*)))」
「3割方オメーの所為だぜ」
「余計な仕事を増やしてくれましたね。…あ、5円上昇してる」
「ふわー。…お昼寝の時間過ぎてるのにい」

笑顔でびくびくしている健吾、正座しながら鶴を折っている裕也に、株変動をチェックしている要はネットブックをポチポチ、眠たくなった隼人は膝枕をせびり続けた挙げ句、太陽の頭突きを食らったらしく沈黙している。

「いいですか?仮にも帝王院学園の生徒なら、少しは秩序ある行動をして下さい。一応、名門で通ってんですようちは」
「あ、何かその台詞白百合っぽい(´Д`*) ぐはっ(ノД`)゚。」

椅子から軽やかに跳んだ太陽の蹴りを食らった健吾が吹き飛び、しゅたっと着地した平凡に、全てのヤンキーが悟った。
彼はただの高校生ではない。ドMの集まりであるカルマを恐怖に染め、胸をときめかせる為に派遣された、ドエスだ。多分。

隼人の頭突き事件でカフェを恐怖一色で染めた平凡は、カルマで最も喧嘩っ早い健吾を沈めた瞬間、名実共に最強の地位を獲得した様だ。

「そ、総長の親友、だっけ?」
「あ、ああ。ハヤトさんが言うんだから間違いねぇ」
「…思うんだけどよ、総長のご主人様の間違いじゃね?」
「俺も正にそう思った所だ…」

ひそひそ囁き合う一同は、突如鳴り響いたカウンター脇の電話で肩を震わせた。
健気に明太子お握りを握り続けていた雇われマスターが受話器を取り、指に付いた米粒を舐めながら振り返る。

「オーナーから電話だ。誰が出る?」

正座させられているカルマ幹部は一斉に首を振った。佑壱には悪いが、慣れない正座で足が痺れ捲っているのだ。その他メンバーに至っては、俊…つまりカルマ総長専用の椅子の上に仁王立ちしている平凡が怖くて、カウンターには近付きたくもないらしい。

「ユウさんは何をしてるんでしょうにぇ」
「カナメちゃん、噛んでる噛んでる」

大変残念ながら要に至っては、余りにも痺れ過ぎて無表情である。

「じゃ、任せた」
「え、俺ですか?」
「ファーザーの食欲満たす為にゃ、一日あっても時間が足んねぇんだよ」
「それは…認めますけど」
「お前にビビって誰も出たがらないんだから、責任取れ」

榊が放って寄越した子機を受け取り、溜息混じりに耳へ当てた太陽の第一声は、

「イチ先輩この野郎、自分だけ何処で道草してんですかアンタは、え?お陰でこっちは性悪会長に引っ張られたり、見たくもない会長×会計のディープなチューシーン見せ付けられたり、俊が鼻血吹いたり糠漬けに吐いたりスヌーピーがストーカーだったり大変ですよ判ってんですか役立たずワンコが!」

一息で言い切った太陽は、勢いで子機のボタンを押したらしい。プッと言う甲高い電子音の後、ハンズフリーになってしまったらしい受話器から佑壱の声が響いた。

『全く意味が判らんけども、俺だって大変だったんだっつーの!このサディストが!ちーび、ちーび!』
「誰がチビだって?は?ちょっと背が高いからって世間の評価は変わりませんけど?アンタはただの役立たずワンコでしょうが、これだから世間知らずは…」
『テメェ!ぶっ殺すぞコラァ!』
「ふーん?俺にそんな口利いていいんですか?後悔しませんね?謝るなら今ですよ紅蓮の君」
『誰がテメーみたいな雑魚チビに謝るか!今すぐ出て来い糞がぁっ、土下座させてやるわボケェ!』

凄まじい言い合いに、レジスト兄弟が揃って青冷めた。間違いなく圏内最強のヤンキーである佑壱に、こうもずけずけ言う人間など余り存在しない。
その上あの佑壱が、こうも真剣に怒る事が有り得ない事態だ。何せ、彼は他人を人として扱っていない節がある。

「雑魚が人を雑魚だなんて、…あはは。笑かすな駄犬」
『テメェエエエっ、山田ぁあああ!!!』
「あ、もしもし俊?」
『スいませんでした山田様』

携帯すら開いていない癖に、そっぽ向いて真っ赤な嘘を呟いた太陽に、受話器の向こうで土下座する佑壱の幻覚を見た。
ふ、とニヒルに笑った太陽は腰掛けた椅子で足を組み、握りたての明太子お握りを勝手にパクって頬張る。

「こっちはねー、不良の巣窟で震えてる可哀想な子羊ですよ?」

何処が震えてるんだと全員が心の中で突っ込んだらしい。

「それを何ですか、先輩の癖に大人げない。これだから中央委員会でぬくぬく育った世間知らずは…」
『俺はアイツらとは違、』
「お黙りなさい、今は俺が喋ってます」
『スいませんでした…』
「もうほんと、」

もしゃもしゃお握りを頬張っていた太陽が、ぴたっと動きを止めた。
ビクッと震えた佑壱以外が、沈黙した太陽を恐々窺っている。


『…おい?もしもし?山田…山田君?生きてますか?』
「困ったね」
『は?』
「ポンジュースの次は、これか」

俯いたまま肩を震わせた太陽が、お握りを持っていない方の手で前髪を掻き上げる。
いつものやや不安げな眉毛が、今は凛々しくカーブを描いていた。唇には溢れんばかりの笑み、

「いつまで保つか判らないからね。好機を逃すのは惜しい…」
『山田?』
「誰だてめぇ」

星のクッションの上で片膝を立てて座っていた隼人が、珍しく無表情で吐き捨てる。
噛りかけのお握り片手に立ち上がった太陽が、睨み付けてくる隼人の唇にそれを押し付け、屈み込んだ。

「流石は星河の君、君はとても賢いね」
「…馬鹿にしてんのか21番」

ぱしっとそれを振り払った隼人が低く宣えば、床に落ちたお握りを目で追っていた太陽がゆるく首を傾げる。

「馬鹿にする?とんでもない。僕はねー、自分の幸せ以外に興味がないだけだよ」
「あ?」
「君らのご主人様と一緒さ。ただ、幸せの向かう方向が違うだけ」

隼人の手が真っ直ぐ太陽の喉元へ伸び、笑ったままの太陽の首をギシギシ握り締める。
笑みを浮かべたまま苦しげに目を顰めた唇は、

「凶暴だ…ね」
「騙してやがったのか、ああ?てめ、あの人に近付いて何企んでっか知んねえがな、しゃしゃり過ぎると痛い目見せんぞ?」
「ハヤト、やり過ぎですよ!」

隼人の腕を要が掴んだが、本気の隼人を振り解く事は出来ないらしい。太陽と隼人を交互に窺っていた涙目の健吾へ、息を吐いた裕也が立ち上がりながら肩を叩く。

「止めるぜ」
「お、おう(Тωヽ)」

然し、二人が要の助太刀に入るより早く、隼人の手から力が抜けた。


「神、崎。痛い…よ」
「…」
「ハヤ、ちゃん」

いつもの、眉尻を不安げに下げた表情の太陽が、柔らかく笑ったからだ。


「…ずる過ぎ」
「うん」

膝から崩れ落ちた隼人の背中を、ぱちぱち優しく叩いた太陽が頷く。

「でも、嫌われてないんだって嬉しいよー。じゃなかったら、死んだって困らないもんね?」
「だから嫌なんだよ。…一人の方が楽なのに。ずっと、俺は一人でよかったのに…」
「ごめんね、君はとても優しい人なのに」


受話器からはもう、何の声も聞こえなかった。





「僕は、ネイちゃん以外どうでもいいんだよ。」

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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