帝王院高等学校
積乱雲、パパと息子と時々ホスト
「ふふーん♪エコは地球を救うラブは世界を救うんだ!唸れ正義の魂ー、仮っ面ダレダぁあ♪」

寮長会議を終えて、やっと昼食だと軽い足取りで向かったのはアンダーライン手前の屋台だ。
鼻歌混じりに土曜日限定の鉄板料理を目当てに歩けば、ソースの良い香りが近付いてくる。雨の日も台風の日も、土曜日は必ず営業している猛者の店だ。

「うっはー、堪らん。キャベツたんや豚肉たんが、ソースのドレスを翻して、全身で俺に食うてくれ言うとる」

普通科や農業技術専修コースの生徒らが、大阪愛好会なるものを設立したのは東雲村崎が配属になってからだった。
焼きそばやお好み焼き、その他エトセトラ。去年は工業科の生徒が会長だった為、あこぎな商売だったが今年は普通科の生徒が引き継いだらしく、お値段も300円前後と言う、隠れた穴場だ。

但し2時からの数量限定販売なので、100食ずつの少ないバリエーションではすぐに売り切れてしまう。
昼御飯を食べずにこれを待っていたファンにより、既に長蛇の列が出来つつあるのを眺めながら、きゅるるんと切ない悲鳴を上げた腹を撫でた。

「後でアンダーラインの中のアイスクリーム買いに行こ」

国際科のエリアと呼ばれる地下遊歩道には、ジェラート屋やフレンチ喫茶、創作ピザ屋などもある。夜8時には閉店する上、そこそこ高価なので普通科以下の学科には手が届かない。
進学科になると授業終了時点で閉まっているので、殆ど教職員の憩いの場だ。何せ留学生は大半が日本食を食べたがる。

「あ、行列の待ち時間に食うたらええやん。デリバリーして貰お」

アンダーライン飲食店のデリバリー許可が出ているのは帝君又は委員会役員だけだが、実は教職員もデリバリーしているのは秘密だ。

「やっぱチョコミントのジェラート、うわぁ!」

呟きながらアンダーライン入り口に差し掛かれば、足は真っ直ぐ外の屋台を目指しているのに、何故か体はアンダーラインの方へ傾いた。

「な、何や、何やー?!」
「喧しい」
「ぐふっ」

軽いパニックを起こし無言で足掻けば、ドスッと腹に重い一撃が食らわせられる。久し振りに目から星が飛んだ。

言わせて貰うが、東雲は決して弱くない。東雲財閥の後継者として、物心付いてから実に様々な武術を叩き込まれ、そのどれもが有段者だ。
なので零人よりも強いし、佑壱よりも強い。年明け早々暴れ回った佑壱を気絶させ、懲罰棟へ運んだのが東雲その人である。

なので二葉も一目置いているらしく、日向からもトレーニングの相談を受けたりする、東雲先生はただのダサジャージではない。
因みにエセホストでもない。彼は口説くよりも口説かれたい、受け身タイプなのだ。


「む、むー、むー、むむむっ」
「煩い速やかに黙れ糞餓鬼。」

ああ。
嫌に聞き慣れた声音だと瞬き、それなら仕方ないと、じたばたしていた手足から力を抜く。

「やっと黙ったか、小僧」

厚顔不遜な台詞、薄暗いアンダーラインの階段途中にありながら、嫌でも判る美貌。

「こ…今度こそ、プリンステンコーやろ」
「良く判ったな。いつもの愛らしい遠野秀隆の暗示は、残念ながら効力を失った」
「いやいや、全く可愛くな、ぐふっ」
「何かほざいたが、東雲如きが」

日本狭しと言えども、東雲財閥を格下呼ばわり出来る人間など、帝王院財閥を除いて存在するまい。

「な、何の用ですのん?」
「キングを殺し損ねた。」
「はぁ?!ちょ、なっ」
「速やかに黙れ」

ああ、この男はこう言う男だったと初等部時代の初々しい自分を思い浮かべながら、当時の中央委員会長だった男へ目を向ける。

「何がどうなってそんな事に…?」
「とりあえず5分以内に制服と変装に必要な小道具を待って来い。可愛い息子に会いたい」
「のびちゃんなら外出してま、痛っ!」
「のびちゃんとは何事だ。眼鏡も似合うと言え」
「やっぱアンタの息子か!偉そうな目付きが昔のアンタにそっくりや、性格はあっちのがマシやけど!」

想像通り、我が校始まって以来のお騒がせ眼鏡は、目の前の男の子供らしい。今更なので驚きはしないが、ならば神威と俊は義兄弟なのではないかと瞬いた。

「DNA鑑定、結果知ってんでしょ?…マスターは知らないみたいですけど」
「無駄口叩く暇があるなら早く行け。眼鏡は黒縁にしろ、入学式の俊と同じ奴がイイ」
「うっうっ、俺のモダン焼き…うっうっ」

壮絶な笑みを浮かべ首の骨を鳴らした男に、みんな騙されていると叫びたかった。
この男の本性を、山田すら知らないのだから。











「後はさっき留守だった家しかないな」

強い雷の気配に傘を傾け、気の強さが現れた着物姿の女性に追い出された男は息を吐く。

「何だったんだ今の日本人は!着物女は大和撫子じゃないのかよっ」
「そんなに怒ったら血圧上がるよ〜?ま、確かに客以外の外人と喋りたくないってのは、どうかと思うけど♪外人って差別用語だしねー」
「雨の中、突然やって来たんだ。警察を呼ばれなかっただけ良い」

行政機関がやって来た所で恐れる事はないが、時間の無駄遣いは避けたい。
今正に追い出された形の呉服屋の隣、一度訪れたが留守だった建物を見やる。

「他の班からも連絡があったが、この近辺はほぼ調査済みだ。空き家の捜索も終えている」
「どうだろうねぇ。地下は?」
「馬鹿言え、セントラルじゃあるまいし。日本の地下は下水道か地下鉄でパンク寸前だろうが」
「判らないよ?キングが唯一気を許した男だろ、ターゲットはさ♪ブラックウィングみたいに、目の前に居るのに気付かないだけだったりして♪」
「有り得ない事もない」
「マジかよ。下らねー」

インターフォンを押したが、やはり応答はない。どうしたものかと首を傾げている傍ら、仲間の一人が苛立たしげにインターフォンを連打している。

「よさないか、壊れてしまう」
「ははっ、その時は僕のポケットマネーで直すよ♪何でこんな雨の日に残業しなきゃなんないんだろ。僕らセントラルのエリートだよ?馬鹿にしてるよねぇ」
「餓鬼の遣いじゃねぇんだっつーの。対空情報部の奴ら、日が暮れるまでに戻らなきゃブラックウィング全機回収するってよ!舐めてやがる…っ」
「…組織内調査部が動いてるからねぇ、下手したら首が飛ぶデショ?そうそう、元老院の配下が勝手に動いてるらしいよ」

揶揄めいた笑みを浮かべた白肌を見やり、遠くで何かが割れる音に振り向いた。
光る。光る光る光る光る光る、世界を一瞬だけ白く染めるプラズマ。今にも大地を貫きそうな、数億ボルトのエナジーが唸っている。

「何か聞こえなかったか?」
「何かって何だよ」
「いーや?僕には聞こえなかったよ」
「…気の所為か?」

罪悪感は多少あるが、ステンレスの門へ手を掛けたら難なく開く。未だ背後で雑談中の二人を余所に、傘を携えたまま玄関への短い道を進んだ。

「でも大変だねぇ。ほら、ファーストとセカンドの警備があるじゃん。あれって、本当は区画保全部だったからさー」
「二人がまだセントラルに居た頃は、だろ?今じゃ特別機動部の傘下だっつーの」
「だからじゃん?一気に特別機動部がランクアップして大きい顔してるから、セントラルの掃除夫でしかない区画保全部には面白くないんだよ♪」
「ああ、規則が厳しい特別機動部は根っからのルーク派だかんな。区画保全部は確か…」
「完全なる保守派。ブラックシープを目の敵にしてる、ファースト派だからねぇ」

職務怠慢だ、と振り返って二人を睨み、傘を閉じる。玄関ドアの脇にインターフォンはなく、ノックした所で無意味な事は明白だ。

「何やってんの?どうせなら鍵開けて入っちゃいなよ、居ない方が悪い♪」
「だが」
「とっとと終わらせて帰るぞ。ブラックウィング持ってかれちまったら、アメリカまでどうやって帰るんだよ。航空機なんざ冗談じゃねぇぞ」

ガチャガチャと鍵穴に細いスティックを差し込んだ仲間が、ぶつぶつ呟きながらすぐに解錠する。不法侵入だが、この国にそれを裁ける人間など居ないだろう。

「一丁あがり、っと」
「流石、白人の僕には出来ない芸当だね♪」
「テメェはもっとえげつない事やりのけるだろ!」

騒がしい背後に息を吐き、僅かばかりの躊躇いの後、ドアを開いた。


「…誰も居ないねぇ」
「靴もない…いや、こっちに濡れたスニーカーがあるぜ」

勝手に入っていく二人に続き、お邪魔しますと呟いてから、一応の礼儀だと靴を脱いだ。
察するに、子供、それも男の子が居る家庭だ。最低三人。何故判るかと言えば、覗いた下駄箱に革靴とパンプス、スニーカーが並んでいたからである。

「帝王院秀皇が生きてたら何歳くらいだっけ?」
「30代後半だろう。恐らく40手前だ。何しろ情報が少ない」
「そっか、キングは30年前のパーティーで知り合ったんだっけ」
「ついでに、ガキが居るなら未成年だな。マジェスティが18歳だから、その前後だろ」

一人はリビングへ、一人は階段を上がっていく。勝手に動くな、と一応呟いたが、そんな事を聞く様な人間ではない。
仕方ないかとリビングではなく、恐らくバスルームだと思われる奥のドアを目指し、フローリングの廊下を進む。


耳障りな雨だ。
一際激しく光って、耳をつんざく轟音で世界を震わせた。


「落ちた、か?」

余りの音に僅かばかり身を屈め、今のは近かったと玄関を振り返る。

「今の落ちたよね?!うっわ、下手に外には出ない方が良いかも!またくるよ、これっ」

リビングから顔を出した仲間が叫ぶのに頷けば、また、世界を白に染める光。
完全に落ちるな、と。些か警戒すれば、背後に人の気配を感じて即座に振り返った。



「な、」

凄まじい轟音。
ビリビリと揺れる世界、後ろ向きに傾いてくる黒髪へとっさに手を伸ばせば、カシャン、と転がった何か。

「お、い。君っ、しっかりしろ!」
「どうしたのー?」
「誰か居た!」
「えっ?」

駆け寄ってきた仲間に腕の中の人間を見せながら、トイレの床に転がっている携帯に気付く。
通話中の表示に瞬いて、何故か湧いた酷く嫌な予感にそれへ手を伸ばせば、


「おーい、今落ちた奴、かなり凄かったな」

二階から降りてくる足音、激しさを増した雨、微動だにしない日本人を介抱している色白の仲間を横目に、


「失礼、電話の主が通話出来ない状態なので、代わった者ですが…」
『何をした』

囁く様な声音。
何処かで聞いた事がある様な気がするのと同時に、背筋を駆け抜けたのは凄まじい恐怖だ。

「何だよ、そいつ」
「気絶してるみたい。ちょっと、まさか君が何かしたんじゃないよね?」

声が出ない。
何処で聞いた声だろうかと走馬灯の様に考えたが、遂に答えは出ないまま、

「不法侵入に暴行だなんて、ネルヴァ閣下に何て言われるか…困ったな」
「放っとけ。でも確かに面倒臭ぇなぁ、息の根止めとくか?」

仲間二人が物騒な会話をしている背後、強まった雨の音が音量を上げている。


『…随分、愉快な話をしている様だ』

声は出ないまま。
背中に走った凄まじい寒気は落雷の様に。
全身を麻痺させた。

「どうしようか、何処かに埋めよっか?」
「燃やした方が証拠残らないだろ」

雨が勢いを増したかの様に、鼓膜へ届ける音を加速させる。


誰もそれに気付かない。


何の気配もなく開いた玄関ドアなど、廊下の突き当たりである今、気付くには時間が必要だ。
いや、気付かなかった方が、幸せだったのかも知れない。


「…その手を離せ」
『…その手を離せ』

背後から。
受話器から。
同じ静かな囁きが零れ落ちる。

振り返るのは仲間の二人の方が早かったに違いない。悲鳴染みた仲間の声を最後に、どさりと崩れ落ちる音、二つ。


「それは私の物だ」
『それは私の物だ』
「そなた如きが易々触れて構わんものではない」
『そなた如きが易々触れて構わんものではない』


同じ声。
僅かなタイムラグ、震える右手が握り締めたままの携帯電話、



最後の台詞、は。





「安らかに眠れ、愚僕よ。」


背後から響くのを最後に、静寂へ包まれた。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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