帝王院高等学校
悲劇は現場で起こっているのです
週末のアミューズメントセンターは盛況だ。

『風邪引いたりしていないか?飯はどうしている?』

電池式の充電器を気前良くくれたフロントの女性にウィンク一つ、がら空きの古いバトルゲームの一角に腰を下ろし、携帯を耳に当てたまま財布を取り出した。

『この間は悪かった。父さんも母さんも、お前の話をもっと聞いてやるべきだったな』

もう随分長い間会っていない父親の声は、近頃しみじみ「老けたなぁ」と思わせる。ガチャガチャとコントローラを弄びながら、肩で押さえた携帯から漏れる声を聞いていた。

「やっぱ巨乳ダンサーのリーナちゃんじゃろw」
『今日、いつもの口座に生活費振り込んでおいた。足りなかったら連絡してくれ』
「この際どいスリットが堪らんっしょ(//∀//)」

ネグレクト…育児放棄ではないだろう。子供が寮生で、両親は共に音楽家と言うだけだ。
一緒に暮らしていないだけ、嫌われてはいない。そう考えれば、特に思う事はなかった。今ではそんな事を考える事もない。

母親は呆れるくらいに身勝手な女だ。旦那も息子もアクセサリーの様なもので、思い通りにならないなら要らないと思っている。
昔は優しかった。五歳の頃までは優しかった。言いなりだったからだ。

「食らえ、必殺☆パイトルネード!(´∇`)」
『また連絡する』

月に一度の定期連絡以外にも、父親は度々こうして連絡を寄越してくる。留守電にも律儀にこうしてメッセージを残し、早々に愛想を尽かした母親とは違い、こちらから連絡しなくても怒りはしない。

「…相変わらず、粘着質なジジイ」

中等部進学前に祖父が亡くなって、立て続けに祖母が他界した。
祖父が亡くなった頃はまだ良かったけれど、中等部入学と同時に祖母まで亡くなった時は流石に、死にたくなった様な気がしなくともない。

悲劇の主人公を気取っている訳ではなく、世界で独りぼっちになったのだと思った。隼人を好きになれない理由の最たるものが、これだ。天涯孤独のヒロイン気取りなど、冗談じゃない。
祖父母の元で育てられた隼人が早くに保護者を亡くし、盛大にグレていた事を知っているから、佑壱はあんなにも優しいのだ。冗談じゃない。あんな横柄な悲劇のヒロインが存在して堪るか。

「…あ?挑戦者ァ?(´Д`)」

父親が祖父母へ仕送りをしていた事は知っている。
毎月毎月、そのお金を祖母が送金してくれた。初等部の頃は故郷に帰るのが楽しみで、裕也を引き連れいつも帰省していたと思う。

物静かな祖父は怒れば怖いが、普段はとても優しい。家事の一切が出来ないからか、慌しい昼時は縁側で新聞を広げていた。
今より幼かったものの、あの頃からふてぶてしかった裕也が時折将棋の相手をして、時代劇の再放送をBGMに枝豆を食べているのを何度も見掛けた。祖父と裕也は似ていたのかも知れない。


「だっせ。3連勝w」

CPUのトーナメント中に乱入してきた相手を全力で倒し完全勝利に酔い痴れていると、向こう側で凄まじい音がした。
恐らく挑戦してきた相手だろうが、喚き発てる声の他にもゲラゲラ笑う複数の声がする。

「ぎゃはは!フルボッコされてやんの、だっせぇ」
「あはは、しょっぼー!銃持ってるキャラが女キャラに負けたぁ」
「やだぁ、格好悪ぅい」
「煩ぇ!くっそーっ、どんな奴だよっ」

女の声も聞こえる所を見ると、学生だろう。大抵の中学高校は午前中まで授業だった筈だから、

「ビンゴ(´∀`)」

想像通り、制服姿の派手派手しい男がゲーム機の向こう側から覗き込んできた。近年逆に珍しい藍色の学ラン姿だから、この近辺では鷹翼中学か工業高校だ。
難関私立中学はまず有り得ないだろう金髪男を見やるに、答えは一つしかない。

「よぉ、雑魚挑戦者(´Д`)」
「んだテメェ、やんのかゴルァ!」
「うひゃ。オメーは紅蓮の君かっつーのw」

ケラケラ腹を抱えれば、ズカズカやってきた少年の手がシャツを掴んだ。下ろしたての服は隼人のコネで仕入れたブランドものだ。

「触んなチンカス、伸びるだろーがァ(`´)」

ぱしんと手を払い、興醒めだと立ち上がる。騒ぎを聞き付けた仲間達もやって来たが、男はともかく、女はどれもパッとしない。つまり、

「うっわ、ぺちゃぱいのブスばっか。えげつね(´Д`)」
「なっ」
「何よアンタ、巫山戯けてんの?!」

目元を手で覆ってそっぽ向けば、女子高生の一人がガシッと手首を掴んできた。片眉を跳ねてけばけばしい顔を覗き込めば、一瞬で真っ赤に染まった女の子が狼狽えている。

「ごめんな?悪気はないっしょ、ただ誰しも好みのタイプってあんじゃん?」
「え、あ、あ…」
「カナメとかユーヤなら君らでも喰えるんだろーけどさ、俺、揺るぎない面食いの巨乳フェチだからw」

口説いているかの様だ。
いつもの巫山戯けた声音ではなく甘い声で最低な台詞を囁けば、ぺたりと座り込んだ女の子に彼氏らしい学生が慌てて駆け寄っている。

いつの間にかギャラリーに囲まれていた。内の何人かに見覚えがあるが、向こうが青冷めている所を見ると、どうやら大した知り合いではないらしい。
試験が難し過ぎて常に50人も居ないカルマのメンバーは全員覚えているから、余所の弱小チーマーだろう。

「あーあ、くたびれ儲け(Тωヽ)」

お約束の展開甚だしく、結局は怒り狂った学ラン達から喧嘩を吹っ掛けられた。
欠伸しながら頭を掻き、右足だけで全員蹴り飛ばす。基本的に、ただの見た目ヤンキーなど相手にならない訳だ。
一応、見た目ジャニーズ系でもカルマ幹部ですから?

「あらー?誰がおそがい騒ぎ起こしよんなら思ったら、ただくさちょうすいとるめんこいのが居りゃーすがね」
「あーもー、太一。お前の訛り目立つから大声出すなよ…」
「何とろくさぁ田分けた事ゆーとるの。おみゃーさんだって生粋の豊田育ちだがや。豊田は天下のトヨタ自動車が、」
「ちぃとねゃあ、黙っとりゃあ。見てみい、ガン見されとらーが!」

ああ。
嫌に聞き覚えがある声だ。然も、トーンが違うだけで二人共そっくりな。

「…やっべ、用事思い出した。じゃ、俺はこれで!゜+。(*′∇`)」
「はっはっは、ちぃと待ってちょーだゃあよ」

ズタボロの学ラン達にしゅばっと手を上げ、くるっと回れ右すれば、ガシッと掴まれる。

「…つか何で制服?」
「新歓祭の準備ほかって来たんだがや。まぁ、これ着とるだけでよーけモテるから外出るたんびに着とるけんど」

ギギギっと振り返れば、見慣れた白ブレザーを纏った厳しい男と、私服のロン毛。全く似ていないが、この二人は双子の兄弟だ。

「そ、そーですか。じゃ、俺はこれで!┌|∵|┘」
「まぁ、ちょこっと待っとってちょーよ」

熊だ。
これはでかい熊だ。
隣で肩を竦めているロン毛は整った顔をしているが、兄の方は違う。金髪の癖に五分刈りの熊だ。

「どえりゃー珍しい所で会ったなーも。これは運命とちゃーか?ちょこっとレーコーねぶっていかんね?」
「レ、レーコー?!Σ( ̄□ ̄;)」
「すまん高野、こうなった太一がテコでも動かんのは…知ってるよな?」

朗らかな笑顔と訛りまくりの喋り方で判り難いが、この双子はレジストのツートップである。カルマさえ居なければ実質8区トップのチームであり、人数も多い。

「今日はいっつも一緒のネギ頭がござらせなんだ様だに?」

にっこり、朗らかな笑顔を見せる熊に痙き攣った。大半の人間が騙されているが、レジストでやばいのは喧嘩が強い弟ではなく、こっちだ。

「そろそろ処女いざらかしに行こみゃあ。心配せんでも、あんばようかんこーするかんね」
「ご、ごめんなさい、意味が判りません(ノД`)゜。」
「おみゃーさんだっておそがい思いすんのは嫌だがね?安心して身を委ねていりゃあさい」

尻を撫でられただけで鳥肌が全身を包んだ。頭を抱えている弟には翻訳が出来ているに違いないが、せめてドイツ語だったら理解出来ただろう。


いや、そんな問題ではなさそうだ。










「こんにちは…」

地獄絵図を見ている様だ。
山田太陽の第一印象はそれに限る。

「おらっ、そっちの飾り付けさっさと終わらせろ!」
「北緯さーん、クリスマスツリーはマジ無いでしょ。季節外れ過ぎでしょマジ」
「ばっか、総長が久々此処に帰って来るんだぞ?こんくらいやんなきゃ、また家出すっかも知んねぇって」

巨大なクリスマスツリー、如何にもヤンキーですと言わんばかりの男達が所狭しと犇めき合い、入って左側のカウンター以外のテーブルの上には、パーティーグッズのクラッカーやティッシュで作った造花、クリスマスツリーを彩る飾りなどが散乱している。
カウンターの奥に腰掛けた裕也が黙々と折り紙を折り始め、要は北緯と何やら話し合い、隼人はトイレーと呟きながら奥に消えた。

「えっと…」

頼りになる3人が当てにならない今、ドアを潜ったままキョロキョロ辺りを見回すしかない太陽の前へ、従業員口から出て来た無駄に美形な男が首を傾げる。

「ん?お前は?」
「あ、あの、俺…」

眼鏡と艶やかな黒髪が大人っぽい、明らかに未成年ではなさそうな男だ。二葉宜しく敬語キャラを想像したが、乱雑に眼鏡を外しながら髪を掻き上げた男の仕草は余りにも粗野だった。
こんな時にまで二葉など思い出してしまった自分に呆れつつ、バクバク煩い心臓を押さえる。庶民にヤンキーのアジトは敷居が高い。

「神崎と藤倉…錦織と一緒に来たんですけど…」
「アイツらの名字を知ってるって事ぁ、お前が言ってた『ソルディオ』か」
「は?」
「ふーん?…平凡な奴じゃねぇか、想像以上に」

じろじろじろじろ、一頻り全身を検分されて、居心地の悪さにたじろいだ。面倒臭そうに顎をしゃくった男がカウンターに入って行き、びくびくしながら林檎のクッションが敷かれている席に腰掛ける。

「「「ああー!」」」
「へ?!な、何?!」

近場で飾り付けをしていた数人が叫び、何事かと後ろを振り返った。青冷めている彼らはひそひそと何かを囁き合い、黙々と折り紙をしている裕也を慌てて見つめても、その理由を教えてくれそうにはない。

「そこ、オーナーの特等席なんだよ」
「えっ?」

ことん、と。グラスに注がれた烏龍茶を差し出しながら呟いたカウンターの中の男に、もう一度振り返る。

「お前、名前は?」
「山田太陽です」
「ふーん」

先程は気付かなかったが、ギャルソンエプロン姿の男の胸元に『サカキ』とアルファベットで書いてある。その上には、チーフマスターの表記。

「えっと、さ、さかき、さん?オーナーって…」
「この店の意味、知ってんだろ?」

コルクの掲示板にKARMAと言うロゴ。巨大なツリーで隠されているものの、店の壁にはカルマのポスター。判らない方が可笑しい。

「カルマのアジト、ですよね?」
「言い回しが古い」
「す、すいません」
「まぁ良い。この店は、そのカルマの副総長が出資してるっつー訳だ。俺は雇われ店長の榊…は、コレで判るだろ」

ネームプレートを示した男に頷いて、尻の下の赤いクッションの意味に気付いた。未だに視線が背中に突き刺さっている。

「確かに、いきなり現れた奴が副総長の椅子に座ったら…いい気はしませんよねー」

立ち上がって、その隣の席に座った。今度は折り紙を折っていた裕也までもが振り返り、店全体が声なき悲鳴で包まれる。何だと背を震わせれば、バンバンカウンターを叩いた榊が肩を震わせているではないか。

「えっ?えっ?」
「は、ははは!お前、殺されっぞ、マジで」
「ええっ?だ、だってイチ先輩の席には座ってませんよ?!」
「「「イチ先輩?!」」」

背後で大合唱。ぱちくりと瞬いた榊も笑うのをやめ、驚いた様に見つめてきた。


「なーに、この雰囲気はあ」

漸く帰って来たらしい隼人が星クッションを敷いた椅子に腰掛け、偉そうにミルクセーキを注文している。煩いの一言で水を注いだ榊に、こちらを見やった隼人がニマニマ笑った。

「あれー?サブボス、そこボスの席だよお?」
「あ、俊の席だったんだねー。なるほどー」

遂に隼人が爆笑し、店全体が震撼したのは言うまでもない。失態に気付いたのは、笑い転げる隼人を殴り付けた直後だ。
弁解のしようがない。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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