帝王院高等学校
旦那様と俺様と甘い一粒
早い早い早い早い早い早い早い早い早い早い早い早い早い早い早い早い早い早い早い早い早い早い早い早い早い早い早い早い早い早い早い早い早い早い早い早い早い早い早い早いそして、







速い。



みるみる景色が流れていく。地球を包む重力を感じる暇もない。
ああ、空を飛んでいるみたいだ。




「カイちゃん」
「どうした」
「この階段、何段くらいあるんですか?」
「さぁ、数えた事がない」

ぐるぐる永遠に続いていそうな螺旋階段が胃を圧迫する。いや、オタクと言えど立派な男子を抱えて颯爽と無限階段を駆ける美形に、車酔いならぬお姫様抱き酔いしたのかも知れない。

「ふぇ、うぇ、おぇ」
「酔ったか?」
「うみゅん、カイちゃん…」

分厚い眼鏡の下で口を押さえたオタクは、何処か緊迫した表情に見える。いや、眼鏡のお陰で真偽のほどは定かではないが、明らかに頬が赤く染まっているではないか。一体何事だろう。



「もしかしたらァ…」
「どうした」

凄まじい早さで駆けながら俊を覗き込んだ男は、然し次の瞬間硬直した。



「赤ちゃんが出来たのかもっ!」

声の限り言い放ったオタクに、何が言えただろう。BLで培った性教育など実用的ではない。
中学時代テスト期間以外殆ど不登校だった不良は、何せ童貞なのだ。

「どうしようどうしようどうしよう関西弁の赤ちゃんだったら僕も大阪に留学しなくちゃ…!いやっ、教師のお給料じゃ赤ちゃん育てられるのかしら?!ホストパーポーったら甲斐性ナシっぽいし!」
「どう言う事だ…?紫水の君に、衆道趣味はなかった筈だが」

睨み付けてくる恐ろしく威圧感のある美形に、鬼畜攻めと呟きつつ鼻血を垂らした俊は神威のネクタイで鼻を拭った

「だって、僕のコーラをホストパーポーが飲んだにょ。間接チューしたら赤ちゃん出来ますっ!」
「……………ほう、紫水の君が、な」

何故だろう、目元だけで笑う綺麗な顔が近付いてくる気がする。




「ならば、俺の子を孕め。」



チューとかお休みのキスとか、そんな可愛らしいものではなかった。
まるでブラックホール、全てを貪り吸い尽くす様な口付けには、抵抗など何一つ意味を成さない。


「ふみゅ、ん、っ、にょ、むむむっ、ぷはっ、ふむ、んっ、ぅん、っっっ、


  キャー!!!

神威の両頬をぐぐっと押し返し、一瞬の隙を衝いて俊は少女の様な悲鳴を上げた。
至近距離で鼓膜に突き刺さったらしい神威は僅かだけ眉を顰めるが、懲りずまた近付いてくる。オタクの名に賭けてこれはマズいと悟った俊は色々必死だ。

「キャー!キャー!ダメですっ、さっきのチューはえっちいチューだった気がするにょ!そう言うのは強気受けとか平凡受けとか健気受けとかにしなきゃ萌えないにょーーーーーっ!!!」

ぐぐっと押し返し、ぐぐぐと近付き、またぐぐぐと押し返せばぐぐぐぐっと近付いてくる。
徐々に近付く唇は最早数センチ向こう、元から抱えられている今現在、どう足掻いたってこちらが不利だ。

「いやーっ、もしかしてカイちゃん僕のフェロモンにうっかりクラっときた不細工フェチですかァ?!」
「…邪魔をするな」
「落ち着いて話せば判るにょ!僕はどっちかと言えば俺様攻めになりたいオタクだから!やっぱ俺様攻めですっ、だからカイちゃんと僕は言わば俺様攻め連合っ!」
「俊」
「せめて健気ワンコ受けな嵯峨崎先輩にィ!」

混乱のあまり愛犬を生け贄に捧げようとしているオタクに、然し神威はたった一言、





「黙って俺の子を孕め、俊」


駄目だ。
本当に妊娠してしまう。うっかり五つ子くらい産みそうだ。

そんな事になれば育児に追われ生活に追われ、オタク活動に精を出す暇がなくなる。それ以前に折角入学した男子校をエンジョイする事なく退学だ。


出稼ぎに行く旦那(勿論、神威)の為に毎朝毎朝キャラクター弁当を作り(佑壱は俊に仮面ダレダー弁当を作ってくれる)、昼寝する子供達を振り返りつつ昼間の短い時間でサイト更新し、コミケカレンダーを涙ながらに見つめながら育児不参加。

飲んだくれて帰ってくる旦那(だから神威)と喧嘩が絶えなくなり、いつしか仕事先の女性とイヤンバカンな関係になった旦那(しつこいが神威)に何も言えず、エプロンの端を噛み締め噛み締め、




ついには離婚。



まだ幼い子供と6人、夕暮れ時の川戸手を手を繋ぎながら歩き、無邪気な子供達の台詞に泣き崩れるのだろう。


『ぼく、お母さんがいたらいいもん』
『おれ、あんなオヤジなんかいらないよ』
『わたし、お母さんのお手伝いするからね』
『じゃあっ、あたしはアイドルになってお母さんにおっきな明太子たべさせてあげるよっ』
『お父さんなんか、ひとりぼっちになって、四畳半のアパートでさみしく炭酸のぬけたコーラのんでたらいいんだ』



もぅ、むり。
涙が止まらないよ、優しい太郎、やんちゃな次郎、美人な三奈子、可愛い四理子、クールな悟郎。
お父さんそっくりな天使達、お母さんは貴方達の為ならキャバクラでもメイドカフェででも働いて働いて働きまくって貴方達を育てていきます。


お母さんに似なくて良かったです。







「帝王院、お前ナニしてんだ?」

俊が妄想の中で将来的には悟郎×次郎だな、などとうっかり萌えていると、心此処にあらずな俊を眺め今にも吸い付こうとしていた神威の背中に、些か驚いた様な声が掛けられた。

「…」
「意味もなく睨むなボケ。ナニしてんだお前、ンな所で」
「烈火の君、何を」
「何をも何も、此処は大学構内だろうが。幾らお前でも、この俺のテリトリーに無断侵入するのは許さねぇぞ」

ふわふわ妄想旅行していた俊が我に還る。何だか無表情な神威に首を傾げ、神威の見る方向へ視線を注いだオタクの、



眼鏡にヒビが入った。



「ふ、不良だァ?!」
「あン?この俺の何処がヤンキーだ、テメー。眼鏡だからって見逃して貰えると思ったら、」
「俊を愚弄するなら、…この俺が容赦しない」
「はっ、」

神威の声音の低さに、首筋が粟立つ。佑壱が本気で怒った時でさえ、ここまで怖いと思った事はない。たったちょっと俊が不良に肩を掴まれただけで再起不能にまで相手を叩き潰す狼の怖さも尋常ではないが、神威はそれ以上だ。


「少し目を離した隙に随分人間らしくなったじゃねぇか、マジェスティ?」

短い赤髪を右半分だけサイドに流した美形が、右唇を吊り上げる。全く怯んでいないらしい男の口元に黒子があり、俊は神威からしゅばっと飛び降りた。

火事場の馬鹿力ならぬ、オタクの萌え力だ。


「セクシーホクロ!」
「ああ?何だお前」
「えっと、あにょ、初めましてっ!遠野俊ですっ!セクシーホクロさんはもしかして俺様攻めですか?!もしかして生徒会長攻めですかァ?!」

長身、炎の様な赤い髪、ジャラジャラジャラジャラジャラジャラ凄まじく量の多いアクセサリー、片眉を吊り上げて訝しげな表情をする男が誰かに似ている様な気がしてならない。
誰だろう、酷く見飽きた人間だった様な気がするのに思い出せないなんて。むず痒い。

「確かに会長は俺だが、何だお前。見掛けねぇ奴だな」
「やっぱりセクシーホクロさんは神帝さんですか?!ハァハァ、僕っ、貴方に会う為に入学しましたァアアア!ハァハァ、去年の夏休みにBLを知ってから指折りこの日を待ち侘びてございましたァ、神帝サマァアアアアア!!!」
「はぁ?神帝ならそこに、」

居るじゃねぇか、恐らく彼はそう言うつもりだったのだろう。然し、言い掛けた彼は不自然に口を閉ざした。
叫び過ぎて咳き込みながら?を飛ばすオタクが首を傾げ、背中から何かに抱き寄せられる。


「うみゅん」
「彼は前生徒会長だ。今は最上学部自治会の会長でもある」

耳元に不機嫌そうな低い声。

「ハァハァ、や、やっぱり俺様会長攻めでしたかァアアア!さ、サイン下さいっ!えっと、あにょ、シュンシュンへって書いてくれると嬉しいですっ!」

ぷに腹を男らしく晒したオタクは腹にサインを求めているらしい。然し背後から腹に巻き付いていた手が素早くメタボLv1を隠す。

「ああ?サインだと?…何か良く判らんが、筆記用具も色紙もないからな、これで我慢しとけや」
「あっ、あっ、チロルチョコちゃんこんにちはっ!」

尊敬の眼差しオーラたっぷりに見つめてくる俊へ小粒な駄菓子を一つ放り、彼はくるりと踵を返した。
はしゃぎながらチョコを頬張る俊を余所に右手の三連リングを壁へ叩きつけ、



「セキュリティライン・オープン、コード『ゼロ』よりセントラルエントランスまで解除命令だ」

機械音声が『了解』と言う短い声を響かせ、ただの壁が音もなく開く。
現実離れした光景にぼけーっと口を開く俊へ、肩越しに振り返った男が小さく笑い、

「おい眼鏡」
「ふぇ、ふにょ、はい?」
「恋人同士の逢瀬なら大学エリア以外にしやがれ。見逃してやるのは今回だけだ、次はねぇ」
「…恐れ入ります、烈火の君」
「ふぇ?恋人同士?」
「屈辱そうな言い方じゃねぇか」

きょとりと首を傾げる俊に、然し目前の俺様男は愉快げに嗤うだけだ。そこで思い出した事に片手をあげる。

「あにょ、そう言えばさっきセクシーホクロさんはカイちゃんに帝王院とか言いませんでしたか?カイちゃんはカイちゃんが名字じゃないんですか???」
「はぁ?…っと、そんな事は旦那に直接聞けや。俺はまだ死にたくねぇからな」

俊の背後を見つめ奇妙な笑みを滲ませた男が、開いた壁の中を指差した。


「早く乗れ、このエレベーターは一階直通だ。普段は地下行きだがな、…そこのセレブに頑張って光の下を歩いて貰おうじゃねぇか」

意味深な台詞と共に、黒い何かが飛んでくる。それは俊の顔にバサリと降り掛かり、




「おっと、そうだトーノ」
「ふわぁい?」
「俺様の名前を教えといてやろう。どうせすぐにまた会うからな、新入生帝君?」

にやり、正に俺様攻めの微笑みを浮かべた男にオタクは鼻血を吹き出す。






「フランス語学科担当の嵯峨崎零人先生だ。授業サボるんじゃねぇぞ、鼻血眼鏡」


美形とオタクを乗せ閉まったエレベーターの中で、絶叫が響いた。

←いやん(*)(#)ばかん→
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