帝王院高等学校
執事と十回言って下さいハァハァします
「ん、何か全く話の流れに付いてかれへんかったけど、ま、ええか」
「宮様、こちらは如何ですか」

腕を組み、走り去る生徒達の後ろ姿に「青春ってえぇな〜」などと顎を掻いた男は、従者の声に緩く振り向いた。

「ワインレッドの三つボタン、シャツは金糸でロイヤルクラウンをあしらったブラック。ノーネクタイでカジュアルエレガントに演出するものかと」
「ほうほう、流石はカジュアリスト江崎」
「お待ち下さい宮様、それでしたらこちらのバイオレットジャケットにダークブルーのシャツでコーディネートしたものの方がミステリアスエレガントではないかと」
「ふむふむ、流石はミステリアス桜庭」
「いいえ宮様、お背もおありになるスマートな宮様には、こちらのモスグリーンジャケットにブラウンのシャツを合わせたものがお似合いです」
「なるほど、棒読みおおきに新米執事」

我こそはとそれぞれスーツを差し出してくる従者に頷いていた男は、満面の笑みで手を叩く。

「全部ホストかヤクザやないかい。俺は聖職者やで、聖・職・者!…ンなエロセクシーな上着着て堪るかいっ」
「ですが宮様っ、」
「然し宮様っ」
「おおきに宮様」

きーっと唸る男に執事達は揃って左胸に手を当てた。


「「「宮様こそエロセクシー」」」

膝を抱えた教師は、一本80円のアイスキャンディー片手に寂れた。
顔が顔だけに襲われ捲った帝王院時代、時にはポメラニアン時にはチワワ時にはドーベルマンみたいな雄共をちぎっては投げちぎっては投げ、



ある時、彼はグレた。



高等部二年で中央委員会生徒会長に着任した東雲村崎当時16歳は、同時にある組織を纏める立場になる。



「どれも俺の趣味やない!こんなけったいなスーツ着て歩かれへんっ!」
「そんなっ、宮様の晴れ姿を拝見させて頂けないなんて…!」

一番年若い執事がふらりとよろけた。

「…宮様、後生です。宮様と言えばパープル、パープルと言えばバイオレット。私の我儘をお聞き届け下さい」

如何にも神経質そうな、俊が見たら鬼畜秘書キタァアアアと叫び、眼鏡を割っただろう執事が生真面目に口を開く。

「宮様、東雲財閥次期総裁がジャケットの一つも満足にお召し頂けないとは情けないと思いませんか」

最後に、酷く雰囲気がある完全無欠無表情な執事が、然し眼差しだけに何処か揶揄めいた笑みを滲ませる。

「…言うてくれるやないかい、新米」

膝を抱えていた教師はアイスキャンディーをガリガリ噛りながら怨めしげに振り返った。

「江崎書記、桜庭会計、…ミコさん」

ジメっとした目が3人を睨み付ける。然し、江崎、桜庭だけが怯んだ様に口を閉ざし頭を下げたが、無表情執事だけは違ったらしい。

「ミコさんではなくプリンステンコーちゃんと呼んでくれて構いません」
「皇子も天皇も本名違うやろ、アンタの場合」
「ノリが悪い男はモテんぞ。独身のままだぞ」
「…はぁ、ええ加減にしなはれや」
「何でしょう、宮様」
「その言葉遣いほんまキショイ」
「お前のエセ関西弁よりマシだ」

新米執事、寧ろかなり偉そうだ。


「エセ言うなや、大分板に付いて来とんねん」
「ふん。折角私がお前の執事になってやってると言うのに、…つまらない」
「つまらんて、ほんまそれが後輩に言う台詞ですかい、会長ォ」
「会長じゃない、今の私は執事さんだ」

燕尾服を翻すホスト、否、『会長』に肩を落とす。
この男は八割方天然なのだ。天然だからこそタチが悪過ぎると言えよう。だが然し、だからと言って何が言えたものか。


「ほんま、何でアンタが俺の執事になんぞ紛れ込んでんねん…」
「会長っ、すいません!俺が至らないばっかりに!」
「いえっ、僕の力不足の所為で紫水の君にご迷惑を…!」

それぞれ帝王院時代、中央委員会で肩を並べた書記と会計が沈痛な表情で拳を握り締める。
然し、この二人には無理な話だと判り切っていた。何せ相手が悪過ぎる。

「気にするな、江崎、桜庭。…この人に太刀打ち出来る奴なんかそう居ない」

初等部時代に憧れていた『陛下』を前に、関西弁をうっかり忘れ去った教師は深い息を吐く。


「溜め息は幸せを逃がすぞ、村崎」
「指名手配中の天皇陛下、何を企んでらっしゃるん?」
「人聞きが悪い。この20年近く、私は逃げも隠れもしていない」

腕を組んだ男が目を細めた。

「ただ見付からなかっただけだ。私は地味な男だからな」

平然とほざく男に、団扇でパタパタ首筋を扇ぎながらせせら笑う。

「冗談は顔だけにして欲しいわー。ほな言い替えましょ。よりによって任期途中で自主退学した生徒会長はん?
  アンタ、何してはるの?」

東雲よりも7歳年上の彼は、凄まじいカリスマ性を誇った36代中央委員会生徒会長だった。
それも現47代中央委員会生徒会長である帝王院神威に並ぶ、中等部在学時に中央委員会へ入閣した伝説上の人物である。

帝王院学園には初等部から最上学部まで、それぞれ一般に言う生徒会と同じ役割を持つ生徒自治会が存在しているが、学園の全権を委ねられた学園自治会、つまり生徒理事会が中央委員会の実態だ。
生徒会とは名ばかりの、教師以上に権力を要している存在である。その為、中央委員会の生徒会長は全校生徒の中から理事会会議によって選別され、任命される形で取り決められる。

条件は成績優秀であり人望があり且つ、社会的地位を有する人間。
帝君だった東雲村崎が任命されるのは至極当然であり、生徒でありながら理事長の次に有権者である理事の一人、現帝王院財閥総帥の嫡男、帝王院神威が任命されるのも当然の摂理と言えよう。

その上、帝王院神威は初等部在学時に最上学部卒業資格を得ている。そして、


「今日は良い天気だな…」
「人の話を聞けやコラ」

この男も、中等部在学時に最上学部卒業資格を与えられた。だから高校中退にして大学卒業なのだ。

「アンタのお陰で変な時間に目は覚める、二度寝しようにも目が冴える!俺の趣味は寝る事なんやで?!」

そんな男が、朝目覚めた時に至極無表情で覗き込んできていたら、何故燕尾服なんだとか何故職員寮に部外者が居るんだとかほざく前に、OL真っ青な悲鳴を上げてしまっても仕方ないだろう。

「お休みな三秒で爆睡レム睡眠な俺を舐めんなや、睡眠不足でお肌も心のバランスもガッタガタよぅ!」

ホストはオネエな態度で嘆いた。

「今日は素晴らしい一日になるそうだ。めざましテレビの星占いで私は一位だった、乙女座」
「乙女言う面かおい」

駄目だ、話が通じていない。

「ほんま人の話を聞けや、頼むから…」
「昨日、ふと思い付いたんだ。帝王院に潜り込むには何が一番効率的か」
「ほんで、俺の付き人に変装したんかい。…何で潜り込む必要があんねん、頭大丈夫か」
「今日は、どうしても見たいものがある」

漸く話をしてくれる気になったらしい男を一瞥した。
記憶の中の高校時代の彼より、寧ろ今の彼の方が若々しい様な気がする。昔の威圧感が鳴りを潜め、今や違う意味で崇拝したくなる様なホストだ。

「ビデオカメラもばっちりだ」
「おいおーい、また話が飛んどるやないかーい」
「今日は肉じゃがが食べられる…ゴクリ」

何処か遠くを見つめながら喉を鳴らすホストに、哀れ東雲は全てを放棄した。
とりあえずスーツを一着一着見比べながら、舐め切ったアイスキャンディーの棒をゴミ箱へ向かい投げる。


「外したな」
「へ。ああっ、523連勝がストップしてもうたー…」

ゴミ箱の角で弾かれた棒がポトリと落ちた。落胆する東雲を横目に、ホストは休憩スペースの今は民間放送を流している液晶テレビを眺める。



「先程の少年は誰だ」
「…は?あ、あれなら俺らの後輩ですわ。今の生徒会執行部、会計と風紀兼任しとる優等生」
「そうか」
「それより、いい加減ネタ明かしてや…、マジェスティ」






昔々、『皇子』と呼ばれたとある財閥の一人息子が、彼を慕う人間を集めてグループを作りました。
物語ならば、出だしはそんなものだろうか。

それは忽ち規模を増し、いつしか万能人間ばかりが集うそれをこう呼び始めたのです。





ABSOLUTELY、と。





「会長職を捨てて組織を捨てて家まで捨てて居なくなったアンタが、此処に居ったらあかんやろ」
「お前が荒れ果てたABSOLUTELYを統率してくれた事は感謝している」

真っ直ぐな眼差しが笑みを滲ませ、迂闊にも照れた教師はアメリカン団扇でパタパタ扇ぐ。

「いや、俺かて青春したかっただけやし…。気付いたらマジェスティなっとっただけやし、…今の総帥に比べたらセコイもんでしたわ、ほんま」
「お前の統率力は褒めるに値する。私も、気に掛かってはいたんだ」
「へー、ゼロに聞かせてやりたいわ。アンタが作り逃げしたABSOLUTELYを、俺が押し付けた前のマジェスティ、前に話したやろ。ゼロはアンタを恨んどるでぇ?
  ABSOLUTELYのお陰で兄弟仲悪うなったらしいよってなぁ」
「疑い深いな村崎、だからお前には連絡していただろう」
「一年に一回二回、や。ほんで、ココ三年近く音信不通やった」
「私生活が不安定でな」

至極楽しんでいるのが判る声音に、何が何だか理解は出来ないがこの『一族』の考える事などまともなものではないだろうと、眉を寄せ、


「いい加減、吐けや。…帝王院会長」
「さぁ、私はただの青年実業家だからな。そんな名は知らない」

目だけで笑うのはこの男の、いや、この男の一族の癖だろうか。
謎ばかりを与えて、己の内側を決して明かさない。だからこそ、『天皇』なのだ。

「テンコー陛下、帝王院は部外者立ち入り禁止でっせ。ゼロ呼び付けて強制連行されたいん?」
「だから私は、こうして執事さんになったんだ」

何処ぞから出したデジカメを片手に仰々しく御辞儀する男に溜め息しか出ない。

「普通に学園の理事として出席したらどないやの、アンタ帝王院の人間なんやから」
「私は地味な男だからな、晴れ晴れしい席は向いていない」
「笑えん」
「案じるな、すぐに帰る。…最近マイエンジェルの様子が可笑しかったから、心配の余りお前の寝所に忍び込んだんだ」
「マイエンジェルぅ?」

寝室に忍び込まれた事よりも、彼に全く似合わないマイエンジェル発言に腰が引けた。


「父親とは難儀なものだな」
「アンタ、」
「もしかしたなら、私の父上もそうだったのかも知れない」

燕尾服の胸元からサングラスを取り出した男が、眼差しに自嘲的な笑みを滲ませる。昔のあの、全てを従わせた威圧感がまるで感じられない。

「ただ、息子の始業式を見たいだけだ。見逃せ。嵯峨崎にはお中元を送っておく、カルピス辺りを」
「息子、って、…まさか」

顔に狼狽が出たらしい。彼は目を伏せ、

「見付からなかっただけだ、と言ったが。私は生涯、帝王院の支配下に戻るつもりはなかった」

サングラスで目元を覆われてしまえば、端正な容姿ただの無表情へ擦り変わる。




「マイエンジェルは私の顔など見たくもないだろうが。式を見物させて貰う事にするよ」

片手を上げ遠ざかる背中に、ぽつりと。



「何で本家の一人息子が気ィ使うんや、…阿呆らし」

囁けば、互いに実業家の癖に執事をやりたがる二人がつつつと寄ってきた。

「宮様、宜しいので?」
「理事会へは、お知らせしない方が宜しいでしょうね」
「あぁ、放っとけ。帝王院のゴタゴタに巻き込まれて堪るか」
「確かに、帝王院はミステリアスですからねー」
「秀皇様が戻られたなど知れれば、学園は愚か日本経済が破綻しかねない」

桜庭の台詞に舌打ちを噛み殺す。


「サクサク着替えて式典まで昼寝するわ、後の事は宜しゅう」

大きな欠伸を一つ、二人が差し出すスーツに白けた目を向けて、モスグリーンのジャケットを手に取る。
落ち込む二人をスルーし、






「息子、か。………まっさかなぁ…」

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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