帝王院高等学校
平凡言った奴が美形だったら凹みます

人に自慢出来る様な特技は、これと言ってない。
勉強は努力以上の結果を残してくれはしないし、気を付けて何度も見直さなければテストはケアレスミスだらけだ。


くじ運も普通。
福引きで一度だけ当たった三等のエステクーポンを、当時まだパート主婦だった母親は近所の井戸端会議仲間の斎藤さんへ洗剤セットと引き替えた。


唯一の特技、と言うか趣味と言えば、今時の高校生らしくゲームくらい。
ボードゲームが趣味の父親は最近麻雀からチェスに鞍替えしたけれど、成金息子には携帯ゲームとその時一番流行しているテレビゲームで充分過ぎるほど十分だ。

半ば自棄の様に息子へ有り余るほど玩具を与えてくれる両親は、嫌いじゃない。欲を言えば、煌びやかなコースディナーしか並ばなくなった食卓を昔の庶民的手作り料理に戻して欲しいな、くらいか。







昔から、普通より勘が鋭かった。





例えば小学生の頃、いつもの帰り道の三叉路で、普段なら左に曲がる筈の道を真っ直ぐ進んだ日。
本来曲がるべき道の途中にある古びた工場がガス爆発した。
巻き込まれた通行人に死者が出たとニュースで連日騒ぎ立てていた覚えがある。

例えばほんの少し昔。いつもなら寮に戻ってすぐにシャワーを浴びる筈の自分が何の気なしにバルコニーへ出てみれば、カッターナイフを手にした元クラスメートが血走った目で襲い掛かってきた。



だから、どうした訳でもない。
ただ少しだけ呼吸を奪われるほどの力で首を絞められて、金で雇われた明らかに素行が悪そうな不良達に服を剥ぎ取られただけだ。




泣いてなんかいない。
悔しくなんかなかった。




そんな事を考えられるほど精神的余裕はなかったし、帝王院と言う閉鎖空間では良くある話だったから、ああそうか今度は俺の番か、なんて感心したのか納得したのか諦めたのか、とにかくそんな馬鹿げた感慨だけが脳内を支配したのだ。






「…ぃ、おいっ、山田!」


誰かが後ろから呼んでいる。
振り返る余裕はなかったし、頭の中は自棄にクリアで、だからこそ正常な思考回路なんて何処にも存在しなかった。


皮膚を食い破る様なおぞましい予感がする。それが何に対しての予知なのか判らないから、結局自分は平凡の枠を超えられないちっぽけな動物なのだ。




「…ざけんじゃねーぜ」


不良、不良不良不良不良不良不良。
そんなもの、くそくらえ。

世界で一番大嫌いだ。口も聞きたくない、近くで息をするのもおぞましい、出来れば一生知り合いたくなかった。


肌を這う他人の手の感触、下卑た笑い声、嘲笑う眼。全部全部、気持ちが悪い。同じ人間だなんて思いたくもない。
なのに、助けてくれたのが襲い掛かってきたのと同じ人種だなんて、笑う事も出来ないではないか。






『ほう、この俺の前で不純同性交遊か。…そりゃあ、愉快』


バルコニーに降りてきた漆黒の服、額から口元まで顔半分を覆い隠す青銅の仮面、しなやかな長身に、緩く撫で付けた闇色の髪。

『…面倒臭ぇ、纏めて吊し上げてやる。集会に間に合わなかったら、貴様ら全員地獄行きだ』

風紀委員会でさえ、全てが片付いた後にしか現れなかったのに。
まるで風の様に不良達を倒した人が、青冷める元クラスメートの腹に拳を当てて。短い息を吐き見つめてきた時、迂闊にも泣いてしまったのだと思う。


違う、彼は助けてくれた人。
だけど怖い、だって不良、今し方まで身体中這い回っていた手と同じ人種。
どんなに虚勢を張った所で、とどのつまり怖かったのだ。誰かに助けて欲しかったのだ。皆が憧れる中央委員会の、自分と同じSクラスの、神様みたいな先輩に助けて欲しかったのだ。


『未遂…、か。被害報告は後程、』
『っ、近寄んな!』



だから、伸ばされた手を払ってしまったのは、八つ当たり。
尊敬していた神様みたいな先輩ではなく貴族の様な風体の不良に助けられた現実を、受け入れたくなかっただけ。



「待てや山田!何処に行くつもりだ?!」
「待ちなさい山田太陽!」

だから、中央委員会なんて大嫌いだ。
権力ばかり振りかざして、本当に困ってる人間を助けてくれない。

「勝手に動き回んじゃねぇ!テメェに何か遇ったら総長から殺される!」
「止まれと言うのが判りませんかっ、…んの平凡少年!!!」

この世で最も嫌いな『神様』の元に、この世で最も大切な友達が居る、なんて。冗談でも信じたくはないけれど。



「馬鹿だなー、ほんと…」

運動能力すら平凡な肺が潰れそうだ。
なのに笑えてしまう。

この閉鎖空間で初めて出来た友達が大嫌いな不良のそれもボス級だと言うのに、何故こんなに全力疾走しているのだろう。
ああ、ゲーム機が入った鞄を放り投げてきたらしい事に今更気付いた。付き合いの長い親友を放って、何をしているんだ。


「天の君、かー。初めて聞いたなー」

きっと、世代交代した新しい帝君の名前だろう。つまり初めて出来た友達が、これから語り継がれていくだろう名前。

「つか、不良嫌いな俺だって銀皇帝の噂くらい知ってるんだよねー」

中等部卒業式典で、長いプラチナの髪を靡かせた男が白磁の仮面で顔を覆い、神を崇拝する全校生徒へ命じたから。




暗黒皇帝を見付けだした者へ褒美を与える、と。




「学園中、敵だらけなんて知ったら…やっぱ泣くかなー」

味方も多いけれど敵の方が圧倒的に多い、夜の皇帝。髪の色が変わって眼鏡を掛けただけで別人だ。
神帝と並ぶくらい崇められている皇帝が、どんな手を使って囚われたのか考えるだけで心臓が痛い。

「ちくしょー、帝王院神威っ。お前さんは今から俺の中でラスボス入りだ!」

中央委員会執務室は高い高い校舎の一番上、高等部以上でなければ立ち入る事を許されないミステリアスな校舎の最上階。
北西棟と南西棟が中等部のちっぽけな世界、南東棟が初等部のもっともっとちっぽけな世界。

今年まで、高等部が一番贔屓される。理事長子息の神帝陛下が高等部に所属している限り。
何をしても許されるどうしようもなく神様みたいな男に、何が出来るだろう。そんな事は判り切っている、何も出来ない。



「やーまーだぁあああ!!!飴やるから止まれやこの野郎ッ!」
「すばしっこい奴ですね、…いい加減に止まりなさいっ」
「喧しいわ駄犬!俊が危ないかも知れないんですっ」

漸く、背後へ返事を返した。
走る足はそのままに、追い掛けてくる二人分の足音もそのままに、

「あ?どう言う、」
「…まさか」

何かに気付いたらしい二人が沈黙した。だからと言って立ち止まる訳には行かないのに、残り200メートル弱の校舎を見上げた時、足が縺れてしまった。
ああ、インドアアウトドア不問のゲーマーに持久力など皆無だ。集中力があろうと体力が伴わなければ意味はない。




「しっかりしやがれ、ヘタレ山田」

広い誰かの胸元に背中が埋まる。
見やればすぐ隣に呆れた様な表情をした美形の姿があって、ならば今背後にいるのは佑壱かと小さく笑った。

「ヘタレって何ですかー、追い付けなかった癖にー。煙草なんて吸ってるからダメ犬になるんですよー」
「ゼェゼェ言わせながら喋るな阿呆、ラムネでも食ってろ」

酸素を求めて喘いだ唇にハート型の桜色を放り込まれて、全身から力を抜く。

「ピンキーのハート、初めて見たなー」
「げっ、それ総長の為に取っといた奴じゃねぇか?!吐け!すぐに吐き出せば命は許してやらぁ!」
「あー…だから不良って嫌いだなー。不良は近寄らないで下さい、今から勇者なヒロアキ君はラスボスを倒しに行くんですから」
「総長を案じているのは判りましたが、貴方に何が出来るんでしょうね。しっかり足を引っ張って下さってますが」
「ゲフ、流石鬼畜攻め、言葉攻めが半端ないー」

ガリっとラムネを噛み砕き、佑壱から離れて空に伸びる校舎を見上げた。

ああ、なんて大きな魔王城。


「天の君は神の膝、か。完全にあのドS眼鏡状況を楽しんでるなー」
「つまり総長は執務室、って事か」
「カルマを舐めているみたいですね。いっそヤり合いますかユウさん?」

首の骨を鳴らすデカ犬と黒い笑みを浮かべる鬼畜犬に呆れた眼差しを注ぎ、

「アンタらねー、どうやって中央委員会に乗り込むつもりですかー?普通の方法じゃ入れないんですよー、馬鹿ですかー?」
「馬鹿は貴方でしょう、山田太陽」
「山田、お前は俺をただのヤンキーだと思ってんのか」

佑壱が左手を持ち上げた。
ずらりと並んだ長い指にじゃらじゃら、これでもかっと言うほど存在感を放つアクセサリー達。その中でも人差し指に嵌められた、赤いライン入りのプラチナリングに手を叩く。

「あ、忘れてた。一応イチ先輩って書記閣下でしたねー」
「一応とは何だコラ、一応とは」
「ははー、失言でございました紅蓮の君ー」
「後は我々に任せて、貴方は東雲教諭の元に戻って下さい」
「はぁ?」

要の台詞に眉を寄せれば、佑壱の拳が軽く頭に落ちる。地味に痛い。

「叶に喧嘩売った新入生が1人でウロウロしてりゃ、目ぇ付けられかねねぇだろーが」
「あ、…そっか」
「だから後は任せとけ」

ぐしゃぐしゃ頭を撫でられて、不敵に笑う顔にうっかりときめいてしまう。
ああ、俊から借りたゲームの溺愛俺様攻めが実写版になったみたいだ。いや、溺愛不良攻めだなんてパターンも良い。攻略し甲斐があると言うもの。


「あ〜、ベーコンレタスが頭から離れんやないか〜い」

ザッザッと戦場に向かう二人の侍を見送りながら呟いた台詞は、何だか酷く腑抜けだった。
言われた通り寮に戻ろうかと踵を返した時、二足のスニーカーが目に入ったのだ。



「んんん?」
「初めまして〜、山田タイヨウ君ー☆(´∀`)」
「いや、先月までクラスメートだったからなオレら」

長身が二人、酷く面倒臭げな表情で立っていた。見覚えがある二人組、いつも一緒に居たもう一人は校舎に向かって走り去ったばかりだ。

「高野と、藤倉?」
「君を待ってたらさ、カナメとユウさんが走ってくるんだもん(@_@;) 慌てて隠れちまったや(∀)」
「アンタ、朝も副長と一緒に居たよな。中央棟で、うちの副長が副会長とヤり合ってた時だ」

話した記憶はない。
3年間もクラスメートだったのに、住む世界が違う彼らと共通する話題など持たないからだ。


天才ピアニストと超有名マエストロの両親を持つ高野健吾。
業界一位を誇る楽器メーカーの社長子息である藤倉裕也。

二人がカルマの人間だと言う事は、神崎隼人や錦織要以上に知られた話だ。佑壱並みに公言して憚らないからだろう。


「えっと、俺に何か用…?」
「まぁ、そんな所か」
「うんうん、ちょっとした野暮用かな?(´Д`*)」

二人の表情が酷く残虐的なものへ変化した。



ああ、そうか。






「アンタに恨みはねぇんだけどな…」
「悪いけど、山田タイヨウ君。








  帝王院から出て行ってくれない?」


嫌な予感は、これかも知れない。

←いやん(*)(#)ばかん→
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