帝王院高等学校
空に最も近い所でお昼寝しましょ
『さァ、残酷な新月が終わりを告げた。

  見上げれば一面に星が輝いている。昨日と言う名の過去は今日と言う未来に塗り固められ、果てなきカオスは今こそライトネスブラックへ変異した。



  昨日に退屈を感じるなら今日を走れ。
  止まれば老いる、老いた犬に未来は無い。



  さァ、シルバームーンが見守っているぞ。俺の様な哀れな生き物にさえ女神は微笑んでくれるのだから…。




  Open our eyes, call my name anymore.(目醒め、俺の名を繰り返し唱えろ)
  Chaos will be king when sight moonless night.(朔月の夜、キングはカオスに)
  Chaos will be silver when sight fullmoon night.(望月の夜、カオスはシルバーに)』




月が欠ける夜、彼は闇に融ける。
銀月が輝く夜、彼は神を越える。





『暗黒皇帝は、今一時銀皇帝へ生まれ変わろう』




満月の夜だけ、彼は酷く残虐的に嗤うのだ。








「ふーん」



屋上の手摺りに両腕を預け、怠けた態度で向かい側の校舎を見上げていた彼は、何処か冷めた瞳の下で笑みを滲ませた。

「腹黒があの二人に何の用かなーって思えばー、そーゆーコトねえ」

中央校舎最上階、すぐ足元には帝王院内の絶対王権を許された中央委員会執務室があり、北東方向には一般教室が並ぶ細身の塔が建っていた。
中央校舎には行事や式典用の講堂フロア、体育館フロアや特別教室などが群れを成している。地上20階建て、地下を併せれば25フロアも存在している巨大な城だ。
全生徒数8000名を誇る巨大私立校であるからには当然と言えなくもないだろうが、実のところ2階から18階まで最上学部、つまり大学部が存在し、地下は彼らの研究室や宿舎で構成されていた。

然しながら唯一の共学学部である為、フロア内のエレベーターで地下に直通しており最上学部生徒を学園内で目にする機会は極稀だ。地下には駐車場も完備されていて、すぐに山の麓の公道に出られる。
故に自宅通学も多い。


全ての校舎棟が寄り添い渡り廊下で繋がれたサクラダファミリアは、だからこそ2階から18階まで渡り廊下が存在しないのだ。

「あーあ、女の子抱きたいなー。ふわふわでウエスト細めな美人じゃなきゃヤー」

全世界の女子を敵に回しかねない台詞を吐いた男は、標準身長を大幅に越えた長身を伸ばし、ふわわんと欠伸を発てる。

「あー眠い。毎日毎日働き詰めで身が持たないにょー、死んじゃうにょー」

だらりとコンクリートに寝そべって、屋上と言うよりは円形のバルコニーと言うべきだろう現在地から空に真っ直ぐ伸びる塔の先端と青空を見上げた。




「いっそ死んでやろうか、…クソが」


あらゆる手段を使って探している人は1ヶ月以上経った今でも見つかっていない。
百花の節句に雛あられを山ほど用意したのを思い出す。きっと嬉しげに微笑みながら色とりどりのあられを摘んだだろうその人は、唯一の連絡手段であるメールアドレスを捨て去って、飼い馴らしたペットに最後の挨拶もなく消えた。


まるで真夏に降る雪の様に、跡形もなく。


「あーあ、こんなコトになるならさっさと食べてれば良かったなー、ご主人さまー」

何も彼もが謎めいていて、何も彼もが輝いていて、何も彼もが大好きだったのに。
メールアドレス一つで、何の手がかりもなくなるなんて。誰も知らない様な情報だっていつもならすぐに手に入るのに。


「あんだけ存在感ある奴がー、見付からない筈ないのになー」

最後に交わした言葉が「バイバイキン」じゃ泣くに泣けない。
モデルと言う副業を活かしてあらゆる雑誌やテレビインタビューで「探している人」の話をした。彼を知っている人間だけが判る程度だが、その内安っぽいスポーツ新聞辺りに騒ぎ発てられる事だろう。熱愛発覚だとか破局疑惑だとか、どれも当たらずも遠からずだ。


笑えない。



「…電話?」

スラックスの中から軽快な洋楽が響き渡る。もぞもぞと取り出した携帯画面に、新着メールの文字。
登録外アドレスだから着信音が違うのかと首を捻り、どうせ仕事絡みだろうと携帯を閉じた。

「あー、違うかー。そう言えば隼人くんってばー、ボスのメアドしか着うたフル設定してないんだっけー」

他人事の様に言ってから、笑う。
何だか全てがどうでも良くなってきた。初めの内はただの冗談だろうとか、すぐに見つかるだろうとか、そんな馬鹿な事ばかり考えていたけれど。


このまま見つからなければ遅かれ早かれ死ぬだろうから、どうでもいい。
ほぼ毎日毎時間押し詰められた仕事の数に従って、産むだけ産んで一度も子供を抱かずスクリーンに戻った女優の母親も、妻子持ちの政治家らしい父親も、その血が流れる汚い自分も全て無くなれば良いのだ。



『セントバーナードみたいだな』

だって、飼い主が居ない。

『大きいのに、甘えん坊だ』

だって、心配してくれる人なんて何処にも居ない。

『疲れた時は甘いものを食べるんだ。男だからって何も恥ずかしがる必要はない』

テレビや映画の中でしか見る事の出来ない母親にも、生活費と言う名の口止め料だけ送ってくる父親にも未練はない。
帝王院の帝君だと聞き付けてから掌を返した用に「うちにおいで」と連日誘い掛けて来始めた両親に、愛情など皆無である。
寧ろ見下していて、昔あんなに荒れた自分が可哀想になった程だ。

『隼人くんのママはでっかいワンコでー、隼人くんのパパはおいしいボスでー、パパと可愛い息子はらぶらぶなんだよー』
『誰の何処が可愛いで誰と誰がラブラブだ、ボケが。テメェみてぇな阿呆餓鬼育て上げた覚えはねぇ、ブッ殺すぞ阿呆』
『パパー、ママが虐待するー』
『シね。箪笥の角で小指をぶつけてシねばイイ』



会いたいのは、一人だけ。



『セントバーナードなのに、シャム猫みたいだったな。…昔は』

もう、見つけたら説教してやるなんて考えていないから。
もう、見つけたら三日間おやつ抜きだなんて考えていないから。



『今日は朔月だ』



もう、我儘なんて言わないから。
もう、抱き付いたりしないから。
もう、嫌なら話し掛けたりもしないから。




『月の無い夜は、闇が狂う。
  月が満ちた夜は、魂が狂う。
  朔望月を経て、悪しき魂が咆哮を上げ彷徨い始めるだろう。今から29日後まで、悪が生き延びる事無きよう』


初めて出会った時、殴り掛かった馬鹿な男を。(抱き締めて)
(微笑んで)
        (飼い馴らした癖に)



『ハヤ、誰に苛められたんだ?』

あの人を守る為に喧嘩して掠り傷一つでも残そうものなら、

『俺の可愛いワンコに手を出して、…俺が何もしないと思っているのなら、月に祈らせれば良い。

  新月の夜が来ない様に。
  満月の夜が来ない様に。

  人は月に二度狂う。今日は新月だ』

会いたいだけ(傍に居たいだけ)なのに、どうして。



『さァ、お休みワンコ達。次の満月までゆっくりと』

懐かしい声が聞こえる。

「眠たいなー…」

懐かしい、なんて。嫌なのに。
お母さんは近頃ずっと機嫌が悪い。手当たり次第喧嘩して、また悪名が上がった。


『新月の夜は魔王が闊歩する』

お父さんの声がする。

『決して目を醒ましてはいけない。月が姿を現すまで、お休みワンコ達』

暖かい腕で抱き締めれているみたいな、優しい声音は、何処にいるのだろう。




また、携帯が音を発てた。

「…はっ、今度はジャーマネかィ」

面倒臭げに開いた携帯をハンズフリーに設定し、手首に巻いたブレスレットサイズの小型犬用の首輪を弄ぶ。

「はいはーい、サラリーマンの隼人くんでーす」
『何朝から怠けた声出してるの』
「朝方まで撮影してた隼人くんにー、それ言っちゃうのー?」
『はぁ、若さがないわね若さが』

呆れた様な溜め息を零す女性に喉が鳴った。誰でも良いから今すぐ暖かい何かを抱き締めたくて、

『ねぇ、そろそろ貴方のお母様に声掛けて良いでしょう?』
「さーねー、ユウさんってば今ちょー不機嫌だからなー。さっきなんて獰猛なライオンに喧嘩売ってたからなー」
『は?…何よ、私に会わせたくないだけなら素直にそう言いなさい』
「別に、ママには会わせてあげても良いよー。ユウさんってばちょーイケメンだからー、ジャーマネが押し倒そうが隼人くんは気にしないしねー」

佑壱を芸能界入りさせたいらしい人に笑う。あの自己中堅物が他人の言う事を素直に聞く筈がないのに。

『そうね、あれで世間慣れしてなかったらもっと好みなんだけど。遊び慣れてる子供には興味無いの、私』
「あれれー、純情な隼人くんの上に乗りまくってる人がそれ言っちゃいますー?」
『最近、貴方ちょっと酷過ぎるわよ。中学時代に逆戻りじゃない』
「なんのはなしー」
『起きなさいよ!手当たり次第食い散らかしてるでしょっ、女優もモデルも俳優も!スキャンダルはやめてよね』
「うーん、じゃあさー、おとうさんみつけてきてよー…」

黄色の首輪に頬を擦り寄せれば、睡魔が怒濤の勢いで押し掛けてきた。誰を抱いても眠れなかったのに、たった首輪一つで今すぐ夢の中へ行ける。

『隼人?』
「きょーって、しんげつだっけ…」
『ちょっと起きなさい、寝ちゃ駄目でしょ隼人っ!始業式出るんじゃなかったの?!』
「おとうさんが、しんげつのひは、ねてなさいって…ゆった…」



煩い女性の声が響く受話口にキスを落として、新着表示のまま点灯しているメールアイコンをクリックした所で、意識が途絶えた。





To: カルマの可愛いワンコ達
subject: 今日は新月の夜だ

おはよう、俺の可愛いワンコ達。
気付いているか、今日は別れの日と同じ新月の夜だ。

お父さんは今日から新境地に降り立つ事になった。今はまだ胸を張って言えそうにないから、朝イチで皆に連絡しておく。今から新たな修業が始まるのだと思うと、満足に食事も喉を通らない。
昨日からポテチばかり食べている。まだ20袋目だ。


これが辿り着く頃、もう太陽は俺達を見守ってくれているだろうか。
今はまだ新聞配達のオジサンが俺を見守ってくれてる。同人封筒は誰も居ない朝方に投函した方がイイ。シャイな君にはかなりお薦めだ。


それじゃあ、また連絡する。
今日はゆっくりお休み、俺の可愛いワンコ達。







大好きな人が笑う幻覚を見た気がする。夢かも知れない、けれど。

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