帝王院高等学校
オタク愛好会だなんて眼鏡が割れます

「幾ら懸かっても構わん」



威風堂々とした彼の台詞に、執事服の男達は一斉に背を正した。
ちらほら通り掛かった生徒らは、然し些か興奮した面持ちで眺めている。

「優秀な素材を提供した者には、技力相当の褒美を取らせる」

嫌に厳粛な雰囲気だ。帝王院にあるまじき厳粛な雰囲気だ。いつものテンションはどうした。

何事だろうか。



「一同、俺に似合う最上級の衣裳を用意しろ。…時は一刻を争う」


ベルサイユ宮殿、中央棟。

ショッピングフロアであるこの場所は、俄かに緊迫していた。
前ページまでの非常にパッションピンクな緊迫とはまるで違う、ダークバイオレットな緊迫だ。

「然し宮様、オートクチュールの御衣裳ならば本家よりお持ちになられたものがございます」
「この様な下賤銘柄の服飾、宮様にはお似合いではありません」
「お手持ちの御衣裳が不服ならば直ちにデザイナーを呼び付け、」
「控えろ」

口々に言い募る従者らに、然し彼は一言静止を告げただけだった。

「東雲コンツェルン現総統である俺の命だ。今この場にある素材で最上級のものを持て!」

鋭い眼差しと統率者として身に付けられた帝王学による風格に、世界は容易く呑み込まれる。

「「「仰せのままに」」」

否を唱えず散り散りばらばらに行動を開始した従者らを一瞥し、彼は深い息を吐いた。


「…あかんあかん、アルマーニとか着飽きてもうとる服じゃイマイチ盛り上がりに欠けるっちゅーねん」

膨らませた頬でヒューヒュー擦れた息を吹く彼は、壊滅的に口笛が苦手だった。全く上達しない口笛に肩を落とし、小脇に抱えた愛用ジャージを淋しく見つめる。


「俺のセクシーアズキさん。フローラルハイビスカスちゃん。そして、ピュアピーチたん…」

因みに上着のジャージ、ハンカチ、スウェットの事だ。彼は己の愛用品に名前を付けているらしい。
既に折り畳まれ白装束ならぬ白紙袋に納骨されたそれらは、先程まで男が着ていたものである。ならば今現在彼が素っ裸なのかと言えば、そうでもない。

今現在、東雲村崎は甚平姿だった。

腰に団扇(赤と青のアメリカ国旗柄)を突き刺し、下はハーフパンツな甚平だ。今から祭に行くつもりなのか、

「昼から始業式やで。俺がアゲアゲらな誰がアゲアゲんねん」

左手を腰に、右手を顎に当ててホストは何やら思案顔だ。
顔だけならどうしようもなく麗しいフェロモンを感じるが、然しハーフパンツ甚平ではコメントのしようがない。

「言ったら何やけど、今の生徒会は叶以外ジョークが通じん堅物やさかいな」

風紀委員長が堅物ではないなら、一体秩序とは何なのだ。
あちらこちらの生徒を喰い散らかす副会長が堅物と言えるのか。
オタクを膝に乗せてセクハラしたい放題の生徒会長など、何と言えば良いか全く判らないではないか。


デコメマスターのデコ電書記が堅物だったら、今頃不良なんかやっていないに違いない。


「男はいつでも、わっしょい夏祭り気分で居らなあかんっちゅーのに…」



頭は大丈夫だろうか。



「暫しのお別れやで、俺のフェアリー達…。真の男になる為に、俺は生まれ変わんねや」

紙袋に両手を合わせ、涙の別れも済んだ彼はニマニマ笑う。

「さーて、のび太君に褒めて貰えるやろか」

人生26年、色々波瀾万丈だった。
東雲コンツェルンを筆頭に有名会社を数多傘下に持つ東雲財閥の一人息子に生まれ、幼い頃からビシバシ鍛えられてきた彼は中々に庶民な性格に育つ。


曰く、駄菓子が食べたい。
曰く、社長なんか荷が重い。
曰く、ブラウスよりタンクトップが気楽。
曰く、結婚するなら庶民な女の子が良い。
曰く、デートは回転するお寿司屋さんで。



金持ちの悲劇か。



『坊っちゃんっ、お待ち下さい』
『あらあらまぁまぁ、村崎ちゃん』
『待て村崎!話し合えば判る!父と話をしよう!父の話を聞いておくれ、五分だけでも良いっ!』

両親、従者一同のフォロー虚しく、帝王院学園で12年間帝君だった東雲村崎は勝手に旅に出た。



『そうだ、京都に行こう』

彼が卒業式で残した言葉である。(当時文通していた関西の女学生に会いたい一心だったらしい)
今や生きる伝説と化した39代高等部中央委員会会長にして、紫水の君は。
普通に教員免許を(当時付き合っていたOLの彼女の勧めで)取得し、帝王院学園へ着任した。



以降、今に至るまで彼の交際が半年以上続いた事はない。


「結婚適齢期や言うのに、周り男ばっかしか居らへんし…。合コン、俺だけ誰も誘ってくれへんし…」

じめじめモードの彼は、自分の容姿と家督が産む威力に興味がない。ジャージにスウェットで合コン参加する教師なんざ、幾ら有り得ない程の美形だろうが結局飽きてポイ捨てされてしまうのだ。

「のび太君、くるくる寿司誘ってみるか。何や判らんけど、のび太君はオモロイ。笑いが判っとる」

男性からは疎まれる顔、女性からは疎まれるファッションセンス。
オタクにさえ説教されてしまっては、熱血教師魂に火が点くと言うものだ。


「きゃー!紫の宮様ぁ!」
「抱いてぇ!」
「ただの教師と生徒なんて嫌です紫の宮様ぁ!」

東雲コンツェルン代表取締役としての肩書きとスーツさえ着ていれば、ホモチワワ以外からもモテモテだろうに。



「何だ、この異様な雰囲気は」
「ああ、かなり目障りですね」

きゃーっと言う物凄い悲鳴が轟いた。長身美形二人と言う組み合わせで黄色い声がフロアを支配し、甚平姿のおめでたい男が平然と片耳を押さえる。

「おー、嵯峨崎と錦織やないかい。…ん?」

赤と青と言う、アメリカン団扇の柄の様な取り合わせの頭を眺めていた男は、然しそれより随分低い位置にもう一人の存在を見つけた。
二人と比べれば随分小さい為、気付かなかった。

「ん?んんん?あーれれ、もしかして山田太陽じゃないかい?」
「あはは、庶民的愛好会顧問が何ですかー。今更やないか〜い」
「おー、庶民会長。ほんま中央陛下とはえらい違う会長。無事俺の生徒になれて、ほんま良かったなー」
「あはは、喧嘩売られてますかー?全くどいつもこいつもこの野郎ー、俺だって傷付くんですよー」

とびっきりのスマイルを浮かべた太陽から、赤と青がつつつと離れる。



「隙あり!」

太陽の掛け声と共に繰り出されたゲーム機は、然しUSA団扇によって阻まれた。

「甘い」
「そ、それは…!」
「超最新作、フレイムザード3の…プレミアムアルバムや」
「く…っ」

勝ち誇るホストに悔しげな平凡。


「おい、要。何だありゃ」
「全く判りません、ユウさん」


騒がしいチワワを睨み一つで追い払った狂犬共は、然し太陽が怖くて動けなかった。
何せ太陽命令で俊を探している最中なのだ。見つかり次第吊されて壁にバンバン叩き付けられてしまうかも知れないのに、


俊+太陽=友達。
太陽怒らせる→俊落ち込む。
俊落ち込む→カルマ全員落ち込む。
カルマ弱体化→ABSOLUTELYの天下。



銀皇帝<銀神帝=俊、落ち込む。


と言う、どっちにしてもオタクが膝を抱えるだけの法則に、総長大好きな犬達が耐えられる筈がない。

「ふ、俺は久々に権力と言う権力を使いまくったわ。ほんまフレイムザードはええ。ゲーム好きの心を擽りまくっとる」
「コネで手に入れたソフトに負けて堪るか…っ、これを見ろ先生!」
「そ、それは…っっっ?!」

平凡がオタクと同じくあまりまともなものが入っていないらしい鞄から、煌びやかなケースを取り出した。




「………ラブテロリスト学園3?」
「は?…あ、間違った。俊から貰ったソフトだった、これ。えっと、本当はフレイムザードの外伝を出すつもりだったと言うか…えへへ」

いそいそと鞄へ怪しいソフトを仕舞い込む太陽の頬が赤く染まる。
キラリとホストの目が光った。


「山田ぁ、今の何やの」
「見なかった事にして下さいシノ先生ー」
「あかんあかん、俺の好奇心が唸りアゲアゲやわ。もうクリアしたんやろ、山田終生庶民会長」
「何ですかセレブ顧問ー、…その手」

団扇で口元を隠し、お姐なポーズで手を差し出す顧問兼担任に、太陽は輝く笑顔を浮かべる。
部員1人と言う庶民的愛好会の会長と顧問は熱く見つめ合っているらしい。

「貸してくれるよねぇ?貸してくれない筈がないよねぇ?センセーが毎日どんだけ暇か知ってるよねぇ?」
「合コン誘って貰えないなら、駅前でナンパでもしたらどうですかー?見た目と家柄だけは良いんですからー」
「あっはっはっ、言ったなこの野郎!」

庶民的代表な二人が微笑ましいんだか刺々しいんだか判らない会話を繰り広げている中、狂犬二人は何かに感付いたのか表情を引き締める。



「ユウさん、」
「ああ、…完全に嫌な予感しかしねぇな。


  出てきやがれっ、隠れてやがるだろ!」


佑壱がエレベーターホールとは正反対の、液晶テレビが設置されてある休憩スペースに向かい吠えた。
太陽と東雲の視線が自然と同じ方向へ注がれ、佑壱を庇うかの様に要が一歩進み出る。




『隠れているとは、失礼ですねぇ』


肌を撫で這う様な、鈴を転がす声音に佑壱だけならず要の眉間にも皺が刻まれた。太陽達以外には東雲の従者とショップ従業員しか存在しないフロアを容易に支配し、巨大液晶モニタ一杯に砂嵐が生まれる。

「…また、貴方さんですか。あー…何か今、腹黒優等生攻めとか言いそうになったなー」
『またお会いしましたねぇ山田太陽君。何度見ても誉め悩む容姿、お可哀想に』
「俺は極普通の男なので、下手に美人な所為で『抱きたいランキング1位』だなんて言われて毎日毎日襲われまくるよりマシです、ツンデレ受け…ゲフ」

暴言だか腐発言だか怪しい太陽に、佑壱と要が揃って目を見開いた。
セキュリティを支配している叶二葉相手に平然と言い返す人間の存在に驚いているからだろうが、東雲は慣れているのか肩を竦めるだけである。

「好きな子を苛めるなんてだっさい事しなや、黄昏の君」
「シノ先生ー、頭がおかしいんですかー。知ってましたけどー」
『そうですね、余りに山田太陽君が可愛げないのでついつい構い倒してしまいます』
「可愛いにゃんにゃんを構い倒すと引っ掻かれるで?」
「アハハー、俺はいつから猫耳キャラになったんでしょー?庶民的愛好会はメイド愛好会じゃないですからー」
『紫水の君こそ、我が神帝陛下の名を汚す様な振る舞いは控えて下さいね?』

にっこり、と。
見る者の心を魅了する笑みに、然し頬を染める人間は居ない。

「…何を偉そうに、分厚い皮被ってても所詮は不良だろーがエセ眼鏡」
『おや、不登校生徒代表の嵯峨崎君。二年御三家の君こそ、次期会長としての自覚に欠けている様ですがねぇ』
「口を閉ざせ、ユウさんに対する侮辱はカルマに対する侮辱ですよ」
『ああ、誰かと思えば君ですか錦織要。…頭が悪い子には興味がないので気付きませんでしたよ』



クスクスと耳障りな嘲笑が響き渡り、



『一つ、吉報を与えてあげましょうか』

液晶一杯に映り込む男が優雅に眼鏡を押し上げる。

『天の君ならば、文字通り神の膝元に居ますよ』

全員が怪訝げに眉を寄せた。
但し、すぐに感付いた彼だけが凄まじい勢いで駆け出して行くのだ。



『凄く楽しそうでしたねぇ、今日は朝から』

クスクスと、

『早く行かなければ、手遅れになりますよ…?』

クスクスと、



『貴方の大切なお友達候補が、』







何処までも静かに響き渡る笑声は何の感情もなく、







『貴方と同じ目に遭う、前に。』


愛情にしては歪んだ蒼い瞳が、走り去る少年の背中を追い掛けていた。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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