帝王院高等学校
俺様Lv100と神様Lv∞と僕オタクLv1
俺は今、とても緊張している。







遠野俊15歳の今の心境は、正しくその一言に尽きるだろう。


人間にはいつも『運命のレール』が敷かれていて、人間にはいつも決まった選択肢しか与えられていない。



例えば、雨の日に。
例年になく涼しい夏の、黄昏に。
一人の少年が泥まみれで雨宿りがてら一軒の本屋に立ち寄ったのも、予め決まっていた『運命のレール』なのだ。





「ちっ」
「…」

震える手でティーソーサーを置いた男を盗み見ながら、鼻に景気良く詰めたティッシュをずぽずぽ弄ぶ。
何となく落ち着かないソファの上、それは別につい先程までこのソファでBL的な事が起きていたからとか、目前に金髪美形が居るからだとか、そんな理由だけではなかった。

「えっと、あにょ、…お紅茶?」
「…何か文句あんのか、新入り。この俺様が直々に煎れてやったアールグレイだ。死ぬほど感謝しやがれ」
「えっと、あにょ、いただきま。」

両手を合わせ、怒りからかBL的な事情を中断させられた事による欲求不満かは判らないが、とにかくブルブル震えている日向を眼鏡の下から見つめつつ、

「すが足りない様だな…」
「ぁ」

自分のものではない手がカップを持ち上げるのを見た。

「カイちゃん、僕のお紅茶にょ」
「砂糖」
「要らないにょ」
「加工乳」
「要らないにょ」
「まだ、熱い」

腹に巻き付いた腕が力を増す。
すぐ耳元で「気を付けろ」と囁かれ、湯気を発てるカップに口付けたオタクは鼻水を垂らした

「ぅおわっ、汚ぇ!」
「ずずっ、あったかいお紅茶飲むと、鼻水さんが出ます…じゅるり」

だから佑壱は必ず冷たい紅茶や、コーヒーやジュースを差し出してくれる。
いつか、話した筈なのに。目前の美形がまだ膝に乗るくらい小さかった時に、話した筈なのに。

「袖口で拭くなや、汚ぇ奴だなキモオタク」
「えっと、あにょ、ごめんなさい。えっと、あにょ、お紅茶美味しいです」
「はん、当然だ」

心の中で呟いてから、笑った。
二年近くまともに話す事すら出来なかった天使が、今やあの日以上に遠い存在だ。
副会長で、誰からも崇められていて、誰からも負けないくらい良い男になっている。


きっと、嫌われたから居なくなったのだ。
きっと、今更「久し振り」などと笑い掛けた所で15歳の平凡な高校生相手に日向が「久し振り」と返してくれる事もないだろう。


壁に、カルマの文字があった。
無意識に目を向ければ、誰かの視線が刺さる。

「な〜に、カイちゃ、」
「…おい、ガリ勉」

目元だけで微笑んでいる様に思える秀麗な顔に伸ばそうとした指は、白亜の頬へ触れる前に停止した。

「テメェに聞きてぇ事がある」

低い低い男の、声。
記憶とは違うそれにはまだ慣れない。芳しい茶葉を封じ込めた缶を直す手が、左頬を殴った事を思い出す。意味もなく、肩が震えた。

「ふぇ?あ、僕ですか?」
「他に誰が居るんだオタク野郎。さっきテメェ、その眼鏡、」
「高坂副会長。」

温かい紅茶をふぅふぅ冷ましながら呷れば、長い指が鼻を拭うのを見た。

「理事会資料を此処に」

ズレ掛けていた黒縁眼鏡を押し上げられて、耳のすぐ隣から囁く様な声音が落ちる。

「…あ?」
「式典に関する資料を、彼に」

何だ言いながらも人が好い日向が、氷を目一杯浮かべたグラスに注ぎ直した紅茶を差し出しながら、目に見えて奇妙な表情を晒した。

「代表挨拶なら、星河の阿呆に任せりゃ良いだろうが。奴は三年間帝君だったんだ、経歴も経験も充分過ぎる、」
「天の君には、式典での役割を果たして貰わねばなるまい」
「そらのきみ、…って、アンタまさか、」

まるで幽霊でも見るかの様な眼差しが、然し何かを口にする事はない。

「『星河』が、『天』を超えられるか?」
「…」
「『光炎』が、『神』を超えられぬのと同じ」

俊の網膜に、茶色の瞳が歪む様が映る。勝手に伸びた両手が、白亜の頬を包んだ。

「にゃんだ」
「ほっぺ、引っ張ってもカッコいいにょ」
「ひょめているにょか」
「褒めてるにょ」
「ひょうひゃ」
「そうにょ」

頬を引っ張られながらも無表情沈着な男に何となく息を吐き、いつの間にか居なくなっている日向を目で探しながら、神威の頬から手を離す。

「副会長さんは、何で此処にいるにょ?チワワとデートしたいなら、鍵掛けなきゃ見られちゃいますっ!僕だからハァハァしただけで良かったものの…」
「鍵は掛けていた筈だ」
「じゃあカイちゃんがヘアピンとかで開けちゃったんですか?いつの間にか開けちゃったんですか?萌のカホリに誘われて!」
「マスターリングに開けられぬ場所は存在しない」

何となく気になる台詞だと首を傾げるが、神威がそれ以上口を開く気配はない。
どうも無口キャラらしいとぱちぱち瞬き、太陽を口説かせるのは至難の技だと肩を落とした。

「カイちゃん、愛の告白シナリオは僕に任せるにょ…」
「ほう」
「1週間徹夜で頑張りますっ!そしてめでたく俺様攻め昇格!生徒会長と熾烈な愛のタイヨー争奪戦!」

ソファの上にしゅばっと立ち上がれば、うっかり神威の股間を踏み付けそうになり、ちょこんと座る。
不能になったらBLにあるまじき不祥事だ。危ない所だった。

「タイヨーだけの俺様攻めを踏み踏みしそ〜になったにょ。セーフにょ」
「大腿筋を踏んだ様だが」
「痛い痛い飛んでけ〜!イチの眉毛に飛んでけ〜!…痛かったにょ?」

太股と言うには細い足を撫でまくりながら、眼鏡を曇らせる。すぐに擦り寄ってきた鼻先が眼鏡に触れた。


「えっと、あにょ、」
「何だ」

酷く落ち着かない。お腹の奥がもぞもぞする。何だろう、何か悪いものでも食べただろうか。


桜かもしれない。


「副会長は、生徒会室に行かなくてい〜にょ?あと、書記と会長は何処に行けば会えますかしら?」

止血用に詰めていたティッシュが長い指に奪われ、グラスを掴もうと伸ばした腕さえ奪われた。
自分のものではない膝の上で強制的に反転する体は、すぐに蜂蜜色の瞳に囚われる。



「はふん」

意味もなく首筋が粟立った。

「どちらも、面識はある」
「ふぇ、僕?」
「書記は、嵯峨崎佑壱だ」
「嘘ォオ?!?!?!」
「煩ぇ!」

どうやらすぐ隣の別室に居たらしい日向が、書類を片手に戻ってきた。俊の絶叫に苛立ちを滲ませながら吐き捨てる。
借りてきた猫の様に大人しくなった俊は無意識に神威の胸元へ擦り寄り、誰が見ても熱愛カップルの微笑ましい光景にしか見えなかった。

「お前、新入りの癖にどうなってやがんだ…?」
「ぇ、あにょ?」
「二葉の腹に膝蹴りして襲い掛かったっつー命知らず、やっぱテメェだろ」
「えっと、あにょ、ごめんなさい。二葉先生が鬼畜攻めで腹黒王子だからあっちが副会長だったら良かったなァなんて考えてごめんなさい」

日向の整った眉が寄った。

「テメェ、神の君の前だからって舐めてんのか、…あ?」
「ふぇ?舐めてもお腹いっぱいにならないにょ」
「死にてぇらしいな、…あ? 黙って俺の前に跪けや、ガリ勉野郎。ンな器量で良く神帝を手懐けたもんだ」

睨め付けてくる眼差しにびくりと震えながら、キョロキョロと辺りを見回す。神帝と言えば生徒会長の別名の筈だ。

「会長何処にょ、カイちゃんっ、会長が居るみたいですっ!ハァハァ、タイヨーを迎えに行かなきゃ!」
「会長なら、『生徒会室』に居る筈だ」

すらりと整った鼻先が頬を掠める。理路整然な台詞だと肩を落とし、ちょこんと膝を抱えた。

「中央執務室には会長居ないにょ。オタク立ち入り禁止の生徒会室には会長が居るにょ…」
「陛下、アンタ何考えて、」

日向が怪訝げな瞳で俊を一瞥し、神威へ注いだ視線は。



「左頬が赤いな、…天の君」

交わる事もなく、日向が問い掛けた台詞は届かない。
酷く静かな声音も瞳も俊にだけ向けられているのに、頬を長い指が撫でた途端びくりと肩を震わせた俊を見るやいなや、細められた眼差しは一気に日向を貫いた。



「人は後悔を繰り返す生物だ」


静かに、


「脆弱な生命は過ちばかりを繰り返す。…神帝陛下に言付けておけ、『光炎の君』」


ただ、静かに。
(まるで全てが夢の中の様だった)







「神の威は、『天』に跪いたと。」


俊の左頬に、口付けながら。
(まるで全てに現実味がない様だった)

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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