帝王院高等学校
開き直れば赤も青も白になるにょ
粗方片付け終えた佑壱が目にも精神的にも痛いデコ携帯を睨み付けている。

「多分、小説読み直してるだけ…」

呟いてから無駄に広いリビングを眺め、主人不在の静寂感に短い息を吐けば、窓辺に桃色の花弁が積もっていた。


「風流だけど、このままじゃ落ち着けないかな」

几帳面A型宜しく花弁を拾い、外へひらひら舞い払った時。




怪しい人影を見た。



「…何だ、あれ」

風紀委員の目を盗んで秘密の逢瀬をしているカップルなどどうでも良い。初等部の頃から見慣れた光景だ。今更カマトト振った所で、入学早々から絶賛同性愛を推奨している俊相手に一年間過ごせはしないだろう。

見慣れた後ろ姿が花壇を覗き込み、肩を落としていた。
見慣れた後ろ姿が缶ジュースを見つめ、切ない溜め息を吐いていた。
見慣れた後ろ姿が無駄に大きなビニール袋を覗き込み、ついには膝を抱え座り込んでしまう。


「………俊を見てるみたいだなー」

呟いてからバルコニーへ出た。
窓辺から見るよりずっとはっきり窺えた姿は、やはり知り合いらしい。
と言うより、クラスメイトだ。正午の始業式まで些か時間があるものの、それにしては明らかに散歩や暇潰しには見えない。何せ彼は秘密の逢瀬をする様な趣味の持ち主ではない筈だ。

「錦織君が買い物袋持ってるなんて、何か不自然…」

呟いて手摺りに縋り付き、何ともなく背後を振り返る。今にも誰かに噛み付きそうな表情の男前が、唸る様な溜め息を吐いていた。

「やっぱ、俊の携帯」
「電池切れだろーな。着拒だったら俺は死ぬ。自殺する」
「拒否する程嫌われてないと思います。何かあったのかな…」

万一、一般エリアに向かっていたなら不良の巣窟だ。見た目は大人しい俊など格好の餌食と言わざる得ない。
然し不良生徒の3割はカルマのメンバーであり、残り七割はABSOLUTELYである。


良くてカルマの知り合いに見つかるか、悪くてABSOLUTELYに捕まるか。
佑壱が言うのが真実なら、どちらにしても下っ端相手に苛められたりする様な事はないだろう。


「…」

然し、泣きながら逃げ回るオタクの光景が浮かんで何だか落ち着かない。
膝を抱えてお腹が空いたと泣き濡れる黒縁眼鏡が脳裏に浮かび、太陽は無意識に心臓を押さえた。

「し、心配になってきた…」

蓼食う虫も好き好き、ではないが、俊の様な地味タイプが好きな人間も居ないとは言い切れない。
何せ此処は初等部から高等部まで12年間、全く女っ気がない男子校だ。良家の子息だけに下手に隠し子など作られては堪らない、と言う親族の企みは判る。

然し、暴行と言う残酷な事件が無いとは言えない世界なのだ。

規則破り上等で外へ抜け出せる不良ならまだしも、同性相手に性的興奮を得る真性は多い。副会長の様に相手が多過ぎて充実しまくっているなら良いが、中には無理矢理な行為に興奮を覚える馬鹿が居る。

他人事ではないから、余計。

「駄目だ、考えれば考えただけ心臓が痛くなってきたー…」

飴玉欲しさに知らない誰かに付いていったりしたら、草むらでとても言えない所を触られているかも知れない。

「…」

いやいや首を振る俊が脳裏を過った。暫し据わった目で桜並木を凝視し、ゆるりと手摺りから離れる。

「…イチ先輩、このままじゃ俺の心臓が持ちそうに有りません」
「あ?」
「俊が俺様攻め又は鬼畜攻めに強姦なんかされてたら、俺は2チャンネル辺りに犯人を実名公表します」
「総長に手ぇ出す馬鹿が居る訳ゃねぇだろ。何処からどう見ても経験値半端ねぇ人だぞ、逆に喰われるわ」
「いや、何処からどう見ても童貞っぽいんですが」
「馬鹿か。この俺を振った女が総長を誘って振られてんだぞ。初めて会った時から既にあの人は酒も煙草も女も知り尽くした顔してた」

どうやら太陽と佑壱の間には大きな認識違いが生じているらしい。

「確かに、素顔は実年齢より上に見えるかも知れないけど…」
「出会った時から今と変わらないくらい身長もあったからな、あの人は。同世代の中でもデカイ方だった俺より」
「だから高校生と間違えたんですか?」
「ああ。あの日は何処の高校も入学式だったからな、あの時間に歩き回れる奴なんかそう居ないと思ったんだ」

携帯を閉じた佑壱が立ち上がり、ゆっくりこちらへ歩いてくる。

「でもな、当時カルマにゃ俺より年上の奴が揃ってたんだ。実力主義だからな。俺の下には中1の餓鬼が居て、その下には高校生が居た」
「へぇ」
「だから、そいつらにとって新入りが同世代なんざ我慢出来なかったのさ。俺の目を盗んで、全員であの人に刃向かったらしい」

苦々しい台詞に僅かだけ眉を寄せた。結果的に俊がカルマを率いていたなら、大事に至りはしなかったのだろうが。

「らしい、って?」
「さぁな、総長は何も言わねぇからな。但し、それ以来全員一致であの人が総長になった」
「へぇ」
「で、いつの間にかあの人は18歳なんだって認識されだしたんだ。知らねぇ奴からしたら、納得しても仕方ねぇだろ」
「まぁ、確かに。普通に話してれば落ち着いた男性に思えなくもないかも…」
「カルマの誰よりも色んな事知ってて、他の誰よりも強い男に従うのは自然の摂理だ」

太陽の隣で煙草を取り出した男が、暫しそれを見つめて箱ごと握り潰す。

「総長だった俺の言う事さえ満足に守れなかった馬鹿共でも、な」

煙草など吸った事もない太陽は片眉を跳ね上げ、呟いた。

「あーあ、何か勿体ないなー」
「最近、ストレスが凄かったんだ。カルマの奴ら、殆ど禁煙止めたんじゃねぇか」
「俊が居なくなったから、ですか?」
「煙草程度で済む内はまだ良い」
「どう言う事ですか?」
「アイツに聞けば判るんじゃねぇ?」

丸めた煙草を綺麗なフォームで投げる佑壱の髪が、舞う。


「あ、ポイ捨て」

放物線を描きながら落下していくそれが、真っ直ぐ。




「Open your eyes! Call our name, chaos-moonlight!(目醒めろ!宵月が呼んでる)」

酷く流暢な言葉で、弾かれた様に顔を上げた男が落下していく煙草を掴んだ。


「ユウさん?!」
「ンな所で何してんだ、要」
「そちらこそっ、其処は一年のフロアでしょう?!」

男前と言うより、美人と言う方が似合いそうなアジアンビューティーが見開いた瞳で声を荒げた。
襟足を掻く佑壱が短い息を吐き、指先だけでちょいちょい手招く。

「お前、その袋の中身は何だ」
「言わずとも知れているでしょう?ユウさんばっかり狡いです!俺の目を盗んで連絡を取り合ってたんですね!」
「馬鹿か。俺だってついさっき会ったばっかだ。連絡付いたら苦労するか!メアド変わってんだぞあの人!」
「どうせこっそり赤外線で調べてるんでしょ!」
「当然だろーがっ、部屋に誘い込んでしっかりばっちり盗んだわ!」

俊に抱き付いた時に俊の携帯を失敬したらしい佑壱に、太陽は乾いた笑みを滲ませた。

「ルパンですか先輩…」
「そして速攻バレてたぜ!」

佑壱の後ろ髪に結ばれた骨付き肉のヘアゴムが揺れる。
良く良く見れば、ゴムに何か書いてあった。

「えーっと、何々…?『45点、努力が足りません。好きな子と友達になりたい相手には自分からメアドを聞きましょう』」

そう言えば、携帯を握り締めたオタクが何か言いたげにもじもじしていた様な気がする。
他人の携帯番号など聞いた事もないから、考えた事もないが。

「そー言えば、タダトモ始めませんかとか何とか言ってた様な気がする…。俊ってソフトバンクなのかな」
「いや、キノコの方だ。だからカルマは基本的に全員ドコモダケ」

佑壱のデコ電にキノコが揺れていた。
何ともなく要を見やれば、


「あれ、居ない?」

先程まで桜並木の下で膝を抱えていた筈の美形が影も形もない。

「後ろだ、後ろ」

佑壱の台詞に振り返る。
先程まで一階に居た筈の美形がビニール袋を片手に平然と制服の埃を払っていた。

「え、は、ええっ?!錦織君、いつの間に?!」
「山田太陽ですね」

光を帯びて青に煌めく短い髪に、桜の花弁が絡み付いている。考えたくもないが、どうやら桜の木を登ってバルコニーに飛び移ったらしい。

「…返答がない様ですが」
「え、は、はい、山田太陽です」
「…錦織要、です」
「知ってますっつーか、…去年までずっとクラスメイトでしたよねー」

何やらあまり好感を持てそうにない視線が突き刺さる。何だろう、この亭主の浮気相手を見る様な目は。
打ち解ける前の佑壱に瓜二つではないか。


「要、命が惜しければ無駄な威嚇はやめとけ」
「ユウさん、こいつが総長に近付いてる輩だとご存じないんですね。俺は総長からこの男の名前を伺いました」
「ああ、こいつが総長のダチだって聞いてんのか」
「はっ、こんな地味が総長の友人だなんて片腹痛い。俺だって今し方総長…じゃない、遠野さんの友人になったんです」
「寝言は寝て言え。」

勝ち誇った表情で見下してくる要の頭を、佑壱は遠慮無く殴った。

「ユウさん、何で殴るんですか」
「それで、総長はどうした?」
「ああっ、そうなんです!もう俺はどうしたら良いのか…!」

ビニール袋を放り投げた男が大袈裟に嘆く。山田太陽は散らばったパンの山を拾い集めながら、佑壱が何処となく表情を和らげている事に首を傾げた。

「錦織君がカルマだったなんて、驚いたな…。藤倉とか高野がカルマだって言うのは知ってたけど」
「さっき言っただろ、要が初代カルマの副総長だったんだ」
「へ…嘘だぁー。だって中1って言ったら、」

そう言えば、昔の要が美少女染みたチワワながら誰からも遠巻きにされていた事を思い出した。
副会長の様に襲ってくる相手相手を逆に押し倒していた様には到底思えないだけ、恐怖が募る。

「こいつは空手有段者だからな、俺より弱ぇがそこそこだぜ」
「今ならユウさんにだって負けませんよ俺は。俺が唯一敗北したのは敬愛して止まない総長にだけです」
「錦織君、君もか…」

俊の何処がそんなに強いのか全く理解出来ないが、今はともかく。

「俊が居ない上にパンが無事だって事は、またまた俊は行方不明なんですねー」
「この役立たずが!総長見付けたら死んでも離すなっつったろーが!」
「ジュースを餌にたった10分前後目を離した隙に逃げられたんです!逃げられると判っていたらどんな手を使っても捕まえてましたよ!」
「実際逃げられりゃ世話ねぇな、馬鹿が!」

ぎゃあぎゃあ口論しあうワンコ二匹に、幾ら平和主義でも黙ったままとはいかない。
人生初の友人が行方不明だと言うのに。ただでさえ帝王院と言う残酷無比な世界に放り込まれたオタクっ子だ、今頃泣きじゃくりながらタイヨータイヨー連呼しているかも知れないのだ。




「好い加減にしやがれっ、駄犬共が!」

据わった目が二人を見つめた。




「…たく、どいつもこいつも突っ込みどころ満載で好い加減頭に来たって言う話だボケェ」

いや、そもそも俊が平凡な癖に総長なのだ。平凡故に現実逃避すれば最早無敵である。


「大体何だっつー話。こっちは心配の余り心臓が痛いって言うのに、アホ犬が増えやがるし…」

面倒臭さがピークに達した俊並みの睨みだ。金持ち学園で叩き上げられた一匹狼ならぬ一匹平凡を舐めんじゃねぇ、そんな声が聞こえる気がする。


「新学期早々陰険眼鏡にゃ会うし、へらへらモデルにゃ皮肉言われるし…」
「や、山田?」
「貴様、ユウさんに向かって何と言う暴言をっ」

突っ込み不足の芸人がどうなるか。
平凡がキレると、どうなるか。

「喧しいわボケ犬がっ!
  俊が見つかったら全員教室の窓から逆さ吊りにしてやる…!



  黒板消しみたいにバシバシ叩きつけてやるわ!」



赤と青は無意識に正座して、痛いほど学んでいる最中らしい。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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