帝王院高等学校
6.鬼と言えば桃太郎ですね。前編
極ありふれた集落で暮らす何の変哲もない少年は、ある日村の大人がこぞって近寄るなと言う森に踏み込み、鬼と出くわしました。
普通ならば逃げ出す場面だったのかも知れません。
然し少年がそうしなかったのは、彼の視界に映り込んだ微笑みが、鬼と判りながらけれどそれを遥か彼方に忘れさせるほど美しかったからです。
「こんにちは」
「お、に?」
「はい、鬼です」
にこやかににこやかに。
緩く首を傾げて微笑む鬼は、今まで見た誰よりも綺麗に笑いました。
初恋の女の子よりも、集落1の美人よりもずっとずっと綺麗で。
「怖い、ですか?」
「えっ」
「早くお逃げなさい。この森には狼や獣も出ますから、ね」
凄く凄く寂しげに笑って背を向けた鬼に、彼は無意識に手を伸ばしました。
「ま、待って!」
驚いた様に肩を震わせた鬼を。
「怖いとか言ってないっつーか、獣避けの鈴持ってるから安全って言うか、その、…すいません」
怖くない、の一言でまるで今にも泣きそうな表情で微笑んだ鬼に見惚れて狼狽した自分が。
恥ずかしくて照れ臭くて頭を掻きながら俯いて、よろず屋を経営している家から母親が焼いた甘い砂糖パンを取り出し意味なく差し出しました。
混乱すると無駄に冷静を取り繕おうとする癖が、今は何とも情けなく思えます。
「有難う、…ございます」
「い、いやっ、そのっ、売れ残りだから気にしないで下さ、いや、そうじゃなくて、あのっ、さっ、さようならッ!」
また。
誰よりも綺麗な笑みを浮かべた鬼に見惚れて、挨拶もそこそこに照れ臭さの余り逃げ帰った彼を誰が責められたでしょうか。
「…ふふ。扱い易いですねぇ、相変わらず。人間の子供と言うのは」
但し少年はついぞ思い出しませんでした。村の大人達が何故『鬼に近付くな』と口を揃えるのか、何故鬼が悪なのか。
少しでも疑問を持てていたなら、変わっていたのかも知れません。
見えなくなった少年から目を逸らし手にしたパンを握り潰した鬼の鋭利な微笑も眼差しも、握り潰した途端真っ黒に変色し灰になったパンも、
「さて、暇潰しに付き合って貰いましょうか。」
とても無慈悲な運命そのものが、きっと。
(決して心を奪われてはいけないよ。
決して惑わされてはいけないよ。
鬼は等しく全て妖艶で、等しく全て人の心を容易く奪う力を備えているんだ。
その眼に映ってはいけないよ。
その声を聞いてはいけないよ。
名前を教えてはいけないよ。
名前を呼ばせてはいけないよ。
覚えているかい。
なのにお前の泣く声が聞こえるのは何故だろうね。
ああ、そうなのかい。
もう手遅れだったのだね、太陽の御子。
いつもいつでも破滅の子守歌は止まない。
何て哀しい歌声だろうね、御子)
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何て行き当たりばったりだろうね、生ゴミ。
←いやん(*)(#)ばかん→
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