帝王院高等学校
闘に臨む兵は皆、陣列の前に在り
その男はまるで今から戦場に向かう武将の様な風体で其処に立っていた。
ズラリと並ぶ如何にも人相の悪い少年らを一瞥し、据わった目で唸る。その姿や竜夜叉、伊達政宗の如し。



…とは、些か言い過ぎだろうか。




「聞け、…時は一刻を争う。」
「大袈裟過ぎますからー」

唸る武将…ではなく佑壱の台詞に、然し山田太陽は呆れの目を向けた。
佑壱の威圧的な風体に呑まれていた不良共と言えば、平凡を絵に描いた様な太陽の暴挙に驚愕の視線を注いでいる。

「…大袈裟だと?」
「だって、散歩してるだけかも知れないし。俊の部屋には誰も来てないみたいですけど、俊が自分の部屋番号覚えてるのかも怪しいし…」
「覚えてるに決まってんだろーが!だから待ち伏せてんじゃねぇか!」

ガタリと立ち上がった佑壱は、然し段ボールに躓いた。

「…っ」
「随分痛そうですねー、何が入ってるんだろ…」

声もなく蹲る赤髪の背を撫でながら、完全密封された段ボールを覗き込んだ太陽は、笑顔のまま固まる。

「…」
「…山田、痛みは男を強くすると言う。俺ぁまた強くなったぜ」

佑壱は何も見なかった事にしたらしい。然し涙目で言われても説得力がなさ過ぎるのが残念だ。




サークル:Junkpot Drive御中。
B5版52P・200冊。
種別:同人誌。



「………痛い筈だよねー」


未だ悶絶する佑壱を横目に、太陽も何も見なかった事にした様だ。
ゲーマーであるからにはその存在くらい知っているが、だからと言ってギャルゲーのヒロインみたいな可愛らしい女の子は絶対閉じ込められていないだろう。
完全密封された段ボールには恐らく、キラキラした少年二人が閉じ込められているのだ。何故か太陽には判る。判りたくはないが。

「と、とにかくだ」
「あ、復活した」
「俺が命じたからには命尽きるまで働いて貰う」

『帝君』と呼ばれる学年首席にのみ与えられる部屋は、一般の部屋より僅かに広い。中央委員会に所属する生徒にはまた別の部屋が与えられるが、当然ながら佑壱はその部屋に足を踏み入れた事はない。今現在、書記の個室はただの物置だ。


さて、主人不在のとある一室。


北寮の三階の最奥、一年Sクラスの生徒が住まうフロアの帝君部屋は遠野俊に与えられた一室である。
未だ主人が足を踏み入れていない部屋の無駄に広い玄関には数々段ボールが詰まれ、佑壱並びに太陽はその玄関に突っ立って居た。


そして、開け放した扉の向こう。

廊下に勢揃いした花畑。いや、反優等生な少年達。
彼らは『紅蓮の君親衛隊』、親衛隊とは名ばかりで佑壱を純粋に慕っている男達の集まりだ。

「良いか、野郎共。何が何でも一年帝君を見付けだして来い。但し無傷で捕まえろ」
「過保護ですねー。だけど、うん。俺も俊に怪我なんかさせたくないし、」
「総員っ、無傷で戻れ!一切手を抜くなよ…!油断すれば死ぬと考えろ!」
「…はい?」

俊の段ボールを運び運び、家具の位置を微調整したり花瓶に花を飾ったりしていた大型犬が叫ぶ。
親衛隊一同は表情を引き締め気合いの声を揃え、唯一平凡な優等生である太陽は佑壱の発言に目を剥いた。

「いやいやいやいや、アンタ何を言ってるんですか。あの俊をこんな人相も素行もけして良くない方々に襲わせるつもりですか?!」
「馬鹿か山田、眼鏡を笑う者は眼鏡に泣くんだ」
「弱い者苛めにも程があります!見損ないましたっ、こんのアホ犬!」

不良に追い回されて泣きじゃくるオタクの姿が脳裏を過り、平凡ならぬ暴言投下。山田太陽、死亡フラグが再び起立した。

「死ぬかコラァ!719戦719勝のカルマ総長相手に何が弱ぇモン苛めだボケが!!!」

親衛隊一同の表情から血の気も生気も無散する。佑壱に胸元を掴まれた太陽は、怯むより前に驚愕で開いた口が塞がらない。

「なっ、ななひゃく…?!」
「いっぺんあの人の前で野良猫蹴り飛ばしたヤンキー共が半年入院する様な目に遭ったんだぞ!30人相手に1人で数十分タコ殴りだ!」
「マ、マジですかー…?」
「あの人は足技が苦手なんだ!投げて駄目なら蹴り倒す人が端から利き手で先制攻撃だぞ?!あの時だけはチビるか思ったわ!」
「足技が、苦手って…」

帝王院の秩序を恐怖の独断政権で守っている腹黒風紀長さえ避けられなかったあの膝蹴りが、苦手と言うなら。

「…白百合には、膝蹴りしてました」
「明らかに手加減してんな。総長は自分より弱い奴に手は出さない、足は出しても」

腹に当たったのが拳ならどうなっていたのだろう。考えただけでも恐ろしい。


「あ、あの…紅蓮の君…」
「総長と言うのは…まさか…」
「黙れ、テメェらは知らなくて良い。忘れろ、忘れたか、忘れたよなぁ…?」

親衛隊から恐る恐る放たれた質問を睨み一つで黙らせた男は、且つ脅迫と言う名の笑顔を振りまいた。オタクが見ればフラッシュが爆発しただろう惚れ惚れする様な笑みではあるが、今にも魂を抜かれそうだ。


「良いか、再度繰り返す!
  一年帝君にして外部生を連れ戻せ!尚、万一執行部役員の誰かがターゲットに接触していた場合は躊躇わず殺れ!」

太陽の『無茶振りやないか〜い』と言う突っ込みに、いかつい親衛隊一同は涙目で頷く。

「良いかっ、ターゲットより閣下レベルのが圧倒的に弱ぇ!見た目に惑わされるな!何せ俺が勝てねぇ相手だ!出来れば餌付けして穏便に済ませろ!
  合い言葉は鶏肉明太子スイーツ!」
「「「うっす!」」」
「躊躇うなっ、持てる株券売り払うつもりで餌付けしろ!相手は人類最強の胃袋を持つぞ!」

基本的に帝王院の生徒は皆、資産家だ。高校生が株式に手を出している時点でまともではない。


「手当ては任せろ、山田が何とかする」
「いや、無理だと思います」
「野郎共っ、必ずや生きて戻れ!」
「「「ぅおおおおおぉおおお!!!」」」
「そして何が何でも幻の16話を入手しろや!!!」
「結局それですかイチ先輩。」

気合いと共に出陣を果たした親衛隊の背中に赤髪は吠えた。太陽の突っ込みは覇気が無い。
可哀想な程に。


「その心意気や、良し」
「アンタ誰なんですか」
「山場を見ないでファンレターが書けるか馬鹿野郎。フランス語辺りで情熱的にしたためてやるぜ、夜王万歳」
「あっそ」

佑壱が手早く片付けたリビングを見回し、太陽はソファの隅に腰掛けた。真ん中には座れない所が平凡地味な彼だと言えよう。

「おい、ちょい手伝え」
「人の部屋を勝手にいじり回さないで下さいねー」
「総長の部屋は俺の部屋、より快適な生活空間を提供してこそ忠誠の証だ奴隷。ちゃきちゃき働け」
「誰が誰の奴隷ですか…。先輩、その顔で向日葵柄のカーテンはやめましょうねー、うん」

爽やかな花柄を窓辺に掲げている長身を見やり、パタパタ揺れる尻尾の様な赤毛に溜め息一つ。

「そう言えば先輩、その首輪随分使い込んでるみたいですけどー」
「ああ、これか。初めて兄貴から貰ったプレゼントなんだ」

向日葵カーテンを諦めてくれたらしい佑壱が振り返り、喉元を晒す様に顎を上げ頷く。

「お兄さんが居るんですか。へぇ、初めて聞いた」
「違ぇよ、総長の事だっつーの」
「あ、やっぱそうなっちゃいますぅ?俊以外考えられないですよねー………犬用の首輪なんて」

呆れと同情が織り混ざった複雑な視線で佑壱の喉元を見つめる双眸に、然し当の男前は静かに笑った。

「良いんだよ」
「へ?」
「望んで手に入れた称号だから、これで良いんだ」
「どう言う事ですか?」

カーテンを引いていない窓硝子の向こうに、淡いピンクの嵐。

「人間じゃ、あの人の信頼は得られないからな」
「?」

長い腕が窓を開けば、忽ち穏やかな春の風が吹き込んできた。無意識に目を細めたのは、風に舞い光を帯びて輝く紅蓮に見惚れたからかも知れない。



「人間じゃ、皇帝には届かない。跪くだけの弱者ならまだペットの方がマシだ」
「何か、自虐的言うか。陶酔半端無いと言うか」
「お前もいっぺん見れば判るだろーよ。あの人が、」


桃色の花弁がひとひら、舞い込んできた。



















「自分だけに笑ってくれる顔を見れば、な」




始業式まで、残り二時間。

(#)ばかん→
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