帝王院高等学校
第四番:真白き闇の使者
『必要以上に知る必要は無い』

随分低い声音だと思ったのは、全身に走った鳥肌を認めてからだ。
見下すかの様な宵闇に浮かぶ男の目が、決定事項を突き付ける様にただ吐き捨てた。


肩を竦める村崎の気配。
擽る様に笑うもう一人の男。


「手加減したってや、マジェスティ。コイツはまだ15歳の子供やで」
『お前も例外ではないが、貴様らは一切無関係だ。…好奇心は身を滅ぼす、心得ろ』
『やめてあげて、陛下。秀隆ならそんな言い方しないよ』
『ひろき』

宥める様に片手を振った男の名前、だろうか。
囁く様に呟いた絶対勝者の風格を隠しもしない男が背後から「ヒロキ」を抱く様に腕を回し、真っ直ぐ睨み据えて来た。


『二度はない』


囁く声音。
右手で「ヒロキ」の目を覆い隠した男が冷え渡る目を眇めて、


『「貴様らは一切無関係だ」



  立ち去れ、─────兄上。』


掻き消えた映像と共に弾かれた様に振り返った村崎が息を呑む。
背後に何があるのかと振り向けば、闇に浮かび上がった金色が網膜を焼いた。


「お前、殿と一緒じゃなかったんかよ?」

尋ねてから気付いた違和感。
呆然と立ち竦む村崎は無言で膝を着き、無表情、然し明らかに浮いた美貌へ頭を下げる。

「何やってんだよ、東雲せんせー」

黒一色のスーツを纏う、金髪蒼眼の長身。その規格外の美貌は見知っている筈だ。
何が違うかと問われたら、髪の色と眼の色。お世辞でも友好的とは言えないスーツ姿の長身の背後に、ひっそりと付き従うもう一人が見えた。

「夜分は冷える。早々に寝所へ戻れ、一年Aクラス藤倉裕也」

囁く様な声音が鼓膜を震わせて。
凄まじい勢いで這い上がった恐怖を言葉に出来たなら、少しはマシだったかも知れない。

「何か妙だぜ、カイ」

特に親しい訳でも無ければ、自己紹介をしあった訳でも無い男の名前。

「ほう、あの子が名乗るとはな」

口にしてから違和感は急激に加速して、視界を闇に染めた。うなじに走る電流、最後に見たのはやはり無表情の美貌、


「申し訳ありません、理事長。大変失礼しました」
「構わん。私をカイルークと見間違えたか」
「申し訳、」
「彼様な場で夜間の逢瀬は控えておけ。美しき百合の子が頭を悩ませよう。この場はクロノスの領域だ」
「…失礼しました」

裕也を抱えた村崎が痙き攣る唇を引き締めながら立ち上がり、エレベーターを開けて待っていた秘書姿の男に一礼して消える。
目だけで主人を窺った秘書は物言いたげだが、


「視線に殺傷能力があるならば、私は今頃冥府に落とされていただろう」
「宜しいのですか?殿下はお隠しになられましたが、あの男は…」
「時空の君、懐かしい人間を見た。再会の挨拶も無く」
「旦那様、」
「そろそろ届く頃合いだ、土産の薔薇は蠍の塔に良く似合う」

時計を見上げた男はサファイアの瞳を緩く細め、何もない暗闇ばかり見つめている。

「母様の元へ、頼むぞ」
「…仰せのままに」
「真名を忘れた私に名を与えてくれた、母を」

固い煉瓦の足元を一瞥した男は無表情のまま、エレベーターを待たず階段から消えた秘書を振り向く事もなく、



「…隠す必要は無いのではないか、秀皇?時空の君はお前の友だろう」

自嘲に似ていた。
然し表情は何一つ変わらないまま、



「私は未だ、初めましての挨拶すら、していない」



その声を聞く者もないままに。
















付いてくる。ぴったりと。
一定の間隔を保ったまま、まるで何処かに導かせる様に。


「相手に不足なしだな」

久し振りに全力疾走をした。
肺に取り込んだ空気が足りない。駆けて駆けて駆けて駆けて駆けて駆けて駆けて駆けて、通りすがる生徒達の驚く声をBGMにひたすら、ひたすら、


「何処に連れ込めば良いのかしら。…行き当たりばったり作戦の穴がこんな所に」

誘拐犯は中世ヨーロッパの貴族騎士を扮して、中世ヨーロッパの宮殿に似た校舎を走り回る。
誘拐犯を追い掛ける正義の神様は白と金のローブを翻し、一定の間隔を保ったまま、邪魔を全て弾き飛ばした。

「敵味方の認識もねェのか、あの野郎」

通り過ぎた背後から一人また一人と気配が消えると、空恐ろしい気分になる。
人質役の獅楼と零人を思い出し、人の事を言えた立場ではないかと肩を竦めた。とにかくは、背後にぴったり引っ付いた背後霊ならぬ背後神をどうにかしなければならないだろう。

「あ、室内庭園の道だ」

迷い込んで日向を見た庭園に続く回廊、幾つもの塔を繋いだ校舎の中央は空中庭園で、その真下は初めて神威に会った校庭がある。
高さ16階分。いつの間にエレベーターも使わずこんな所まで辿り着いたのか、酸素欠乏の脳では答えなど期待出来ない。

庭園に続く渡り廊下、庭園の入り口は昼間とは違いゲートの妨げによって入れそうに無かった。
悩む必要は無い。

佑壱から預かったリングも使えない。佑壱曰く「セキュリティが壊れた」らしい指輪に効果があるのか無いのか、ではなく、面倒臭いからだ。


「月へ祈り己の過ちを悔いるがイイ」

廊下の中腹で硝子を蹴り破り、躊躇わず跳ぶ。


真っ暗な穴に落ちていく錯覚、今にも外れ落ちそうな銀髪を慌てて押さえれば、足から落ちていた筈の体が半回転してしまう。
頭から落ちるのは不味いぞと腕を組み、たった今さっき飛び降りた窓から何の躊躇いもなく身を投げた長い銀髪に、外れたサングラスを素早く捕まえながら痙き攣り笑いを零した。

「喧嘩売る相手を間違えました、おかーさん」

佑壱の怒り狂う説教が聞こえる気がする。今更半泣きで後悔した所で大変遅いだろう。

「付かず離れずぴったり付いてくる粘着性…、きっとエッチがしつこい筈。ハァハァ、敵味方無関係で殴り飛ばす鬼畜な一面も見たっ!ハァハァ」

と言った間に落下点が見えてきた。

「ふむ、どの道このままじゃ潰れた地味トマト…平凡地味ケチャップになってしまいます」

そんな美味しくなさそうな調味料になるつもりはない。
これが攻めの浮気癖を悔い身投げした健気受けと、己の過ちに気付いて後を追う攻め、なら、涙と涎と鼻血を流してパパラッチしただろうが、如何せん不細工地味平凡オタク童貞ウジ虫エッチがしつこそうな美形(未確認)鬼畜風味ではカプが可笑しい。


このままじゃ主人公トマトケチャップにて最終回だ。


とりあえず太陽総愛されを見るまでは死ねない、いや、ケチャップにはなれないと、近くの木の枝を掴みくるっと鉄棒の要領で跳ね回る。
しなった枝が折れてしまう前に手を離し、二階分をスタっと華麗に平凡地味に着地完了。

「ふ、10.0!はーっはっはっはっ」

高々に笑いながら何となく清々しい気分で上を見上げ、て、固まった。



落ちてくる白。僅かな星の光。
真っ直ぐ真っ直ぐ、頭から真っ直ぐに落ちてくるプラチナが空中で一回転し、音もなく見事に羽根の様な着地を果たした。

気怠げに髪を掻き上げ、もう終わりかと言った風体で首を傾げる男。


「人質は何処だ。…案内せよ、それまでは生かす」

どうやら完璧に喧嘩を売る相手を間違えた、とサングラスを押し上げ…たら、突然全ての照明が瞬いた。
眩しさに眉を寄せつつ、違和感。前髪の色が可笑しい。


「あ、カツラが無いにょ」

うっかり呟いて口を塞ぐ。不味い、大変不味い。無くなったカツラも気になるが、それ所では無かろう。
ピキン、と硬直すれば生徒会長がサカサカ近付いてくる。


「ふぇ、」

サングラスを奪われた。

「…」
「あにょ、あにょ、決して悪気があった訳では…」

オタクの腐った頭でも判る。
カルマイコール転入生で繋がってしまえば、左席委員会は一巻の終わり、佑壱達や太陽だって罰せられてしまうだろう。

こうなれば舌先三寸、つまみ食いして怒らせた佑壱から言い逃れする時と同じ言い訳をしなければなるまい。


「…その出で立ちは、」
「えっと、あにょ、不良さん達がこれ着て逃げなさいって、あにょ、あにょ、カルマの不良さんが『尻が惜しいなら』やれって言ったんですっ!」

感電した様に動かなくなった生徒会長にビトっと張り付き、僕はただの地味平凡人質ですっ、と叫びに叫び、

「僕の誰も狙わない処女を守る為にご協力下さいっ!ふぇ、このままじゃ嵯峨崎先輩に、うぇ、ふぇん」

正体がバレましたなどと言った日には、佑壱のとんでもなく痛そうな拳骨が振り下ろされるかも知れない。
隼人ですら泣くあの拳骨、殺傷能力抜群のあの拳骨はケーキとクッキーとドーナツとオムライスと唐揚げと明太子お握りとかを作る為にあるのだ!


然し、一方で突発的事件にひっそり感電した男が居た。
追い回した相手がどうやら探していた相手らしいのは賢過ぎる頭で納得したものの、慣れないカラコンで潤みまくったオタクの金色の瞳を前に身動き出来ない。

どうしたものか。
今すぐ抱き上げてカルマ一同を締め上げるのは簡単だ。
然し惜しくも俊の大嫌いな『神帝』がそれをすれば、大変不味い事になる。


「カイちゃんが生徒カイ長だったなんて!嘘吐き!大嫌いにょ!あっちいけー」

決してギャグではない。
生徒カイ長が神威だとバレたら、怒りに狂った眼鏡を光らせて言うだろう。



あっちいけ。



眩暈を覚えた感電中の陛下はふらりとよろめき、遥か上空から響き渡った笑い声にヨロヨロ振り返る。
スペアサングラスを素早く取り付けていた俊も逃げ場を探しながら上を見上げ、ポカンと口を開いた。


「見付けたぞ悪の神帝陛下め!このワタシを捕まえるなど笑止千万!カルマが月に代わってお仕置きさ!」

アーアアー、と言う掛け声と共に恐らく四階だろう廊下の窓からロープ片手に飛び降りてきた銀髪サングラス男。

「ハッハッハ、お前も此処までだな!とぅっ!」

獅楼にも言ったが、そんな人相の悪い不良が他に居たらびっくりだが。
掛け声一発着地したサングラス男はずべっと滑り転び、

「ふぐっ!」
「もう、だらしない。だから君は家柄の割りにパッとしないのさ」

植え込みからガサガサ出てきた別の銀髪サングラス男が着地に失敗した銀髪サングラス男を横目に、何故か手に持った鞭を振り回す。

「我らサングラス戦隊メガネーズが現われたからには最早安心さ。そこの賢く美しい人質の君、今メガレッドの僕が助けてあげるからっ」
「待て!狡いぞ、さっきポーカーでメガレッドは僕に決まったじゃないか!」
「君は僕より格上の家柄だけど、ヒーローは遅れて登場するものなのさ。従ってメガレッドは僕だよ」
「何だと?!」

喧嘩し出した二人に流石の俊も無言になりながら、突っ立ったままの生徒会長を横目に逃げようかどうしようか首を傾げた。
あの声は風呂で知り合った眼鏡仲間の二人だ。

「ふぇ、カイちゃんに会いたいにょ。ダッコして欲しいなりん…ふぇ」

びくっと肩を震わせた生徒会長がくるっと振り返り、恐る恐る手を伸ばしてくるのは何。
震えながら後退る俊はカラコンだけではない涙でグッチャグチャだ。

「ふぇ、うぇ、あにょ、ぱちんしちゃ、やーにょ」
「…」
「ふぇ、うぇぇぇん、もうつまみ食いしないから、ひっく、あっち行って欲しいにょ!」
「!」

伸ばした手をピタリと止めた生徒会長が硬直しているのを横目に、今にも泣き出しそうな俊の前にポトッとカツサンドが落ちてくる。

この匂いは間違いなく、8区で行列を作る『ぱんだらけ』の人気カツサンド198円だ。


「ぱんだらけのカツサンドにょ!じゅるり、落ちてる食べ物は拾っちゃめー。はっ、でも落ちてきたカツサンドは食べてイイかも?!三秒以内に拾えばっ」

実際には一秒で拾った俊は早速カツサンドの袋を破りつつ、



「その白銀に夜は良く似合う」

背後から伸びてきた腕に捕まり、サングラスをずり落とした。
囁く声音を耳元に。



「…あの夏以来だな、神帝」


3人目の銀髪サングラスに抱き寄せられ、拾ったばかりのカツサンドを落とし掛けながら。




輪唱交響曲
第4番:真白き闇の使者





「ご機嫌麗しいか、裸の王様?」


何故、背後の男はそれを知っているのかと。息を呑んだ。

←いやん(*)(#)ばかん→
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!