帝王院高等学校
第三番:声無き讃美歌
「随分静かですね」

囁く声に軽く頷き、濡れた黒髪を掻き上げる美丈夫を振り返る。
艶やかな黒髪は光を灯したままのディスプレイをじっと見つめたまま、

「李、…少し様子を見てきなさい」
「王、髪がまだ濡れている。風邪を引くぞ」
「憎らしい神の弱味とならば、幾らでも。吾の元へ」
「…御意。」

語り掛けには答えず、ひたすらディスプレイを眺める背中に息を吐き、戸口に足を運び掛けてもう一度だけ振り返った。

「…あの男には、薬が効いていなかったのかも知れない」

呟いて、今度こそ振り返らずに闇へ消える。
漸くしてディスプレイから目を離した男はバスローブ姿のまま、閉め切ったブラインドの向こうを見据えたのだ。



「ナイト=ファーグランド」

囁く声音は掻き消える。


「遠野、俊。…今暫く、調べる必要がありますか」















それは月の無い夜でした。
薄い雲は切れ切れに星を隠し、吹いては鳴りを潜める風は切る様に冷たく、冷たく。


始まりの夜にしてはとても、無慈悲な夜だと思いました。







きっと、僕も、─────貴方も。


















「漸く、姿を現しましたか」

微動だにしない、いや、出来ない男を目前に胸元の眼鏡を掴む。

「…だからこそ、猜疑はより薄くなる。疑問は益々真理に近付くのです」

忌々しげに睨んでくる男を横目に掻き上げていた前髪を戻し、ブレザーの乱れを整えた。

「君は黄昏に寄り添う西日、ならば今の行動に何ら咎はありません。貴方は中央書記補佐として誇るべき行動を選択したのです」
「はっ、…誰がおめぇなんざの説教受けっかよ」
「可愛い弟を守った気分はどうですか?わざわざそんな怪我まで負って」
「あー、サイコーだね」

利き腕を犠牲に逃がした隼人を想像したのか、出血の酷さで青冷めた美貌が笑う。

「それは宜しい」

怪我はそう酷くはない。元々健吾の頭を狙って撃ったそれは、凡人ならばともかく健吾の身体能力で避けられないものではなかった筈だった。
態々それを庇ったのは、

「これで隼人の目に俺が映った。認めたかなくても、隼人の目に俺の血が」
「愚かな人ですね、貴方も」
「お陰で『他人だと思い込みたかった』人間が一気に格上げだ。悪者はアンタ一人だけ」

良い気味だ、と。
笑いながら肩を震わせる男にただただ笑い返す。

「悪、ですか。取り締まり様がありませんねぇ、幾ら私だろうが己自身相手では」
「…祭美月が狙ってんぞ」
「セントラルを動かせたのは貴方ですか、やはり」
「だったら、何だっつーんだ」
「特に何も」

時計を無意識に見上げれば、嘲笑う気配が判る。無機質に眼鏡を押し上げ、目を細めた。

「アンタが一番、陛下に近いと思ってたんだ」
「へぇ?」
「検討違いだったな」

隼人に言ったのと同じ台詞を吐き捨てた麻飛が無傷の左手を持ち上げる。まるでピストルの様に構えて、

「ロン、…四暗刻。アンタには何かが巣食ってやがる」
「つまらない事を」
「例えば小さな太陽が」
「黙りますか?」
「欲しくなって当然だ。アンタも俺も、殴られた記憶なんざ殆ど無い。それも自分より弱くて、…強い奴に」

何の音もなく引き金を引かれた銀のピストルから硝煙が上がる。
左頬を掠めたそれは壁を貫き、


「良く動く口ですね」
「欲しいものは何でも手に入れる。俺とアンタは違うんだよ、セントラルマスター」
「そうですね、少なくとも私は貴方より優れています。全てに於いて」
「どうだかな」

肩を竦めた男のくすんだ金髪が揺れた。ピストルを模造していた左手が時計を指差し、嘲笑ったまま、

「助けに行きたけりゃ行けば良い。俺とアンタは違う」
「何の話でしょう」
「俺なら行かない。アイツに守られる必要性を感じないから」
「誰の話でしょうねぇ」
「認めたくねぇなら一生そうしてろ」

口元に嘲笑を滲ませ、背を向けてただただ足を運ばせる。戻って来ない神威を探しに、守るべき日向と落ち合う為に、そう、ただそれだけの為に、


「アイツはアンタとは違う。
  精々足掻けば良いよマスター。アンタの欲しがるものは皆、俺のモンだ」

一人残された男の独り言を聞いていたら、どうだっただろう。



「隼人も嵯峨崎も全部、…アンタには壊させてやんねー。



  自ら二番手に甘んじてやがる馬鹿野郎には、全部」











心が渇き切っている。
心臓ごと抉り取れば楽なのに。





Canon Symphony-輪唱響曲
第3番:声無き讃美歌








「鬼さん鬼さん、手の鳴る方へ〜♪」

暢気に鼻歌など歌っている俊を横目に、地下へ放置してきたままの零人と獅楼を思い浮かべた。

「あの二人、大丈夫かなー」
「チョコたんがうっかりシロを襲っても、涙を呑んでデジカメは諦めますっ」
「あのねー…。あ、やっと窓があった。何か嫌に暗いな」

佑壱達が先に登って行った階段を登り、途中の廊下へ出る。階段は天井まで続いているが、不自然に途切れていた。

「何か、消えた螺旋階段に似てる気がするんだよなー…。まさかね」
「あ、正面玄関みっけ。ついでに寝てる人もみっけ」
「寝てるっつーかさ…」

寧ろ死人ではないかと言うくらい、正面玄関のフロアに点々と転がる人影。
恐らく先行した佑壱による仕業だろうが、あまりにピクリともしない生徒達に恐怖が募る。

「イチ先輩、骨折れてるかも知れないんじゃなかったっけ…」
「平気にょ。イチってば盲腸も自力で治すワンコですし」
「毛虫握り潰してたなー、そう言えば…」
「バイク持ち上げちゃう怪力ですし」
「怪力と不死身は圏外じゃない?…何かもう、突っ込む気力もなくなってきた」
「タイヨーは突っ込むんじゃなくて突っ込まれるほーにょ!平凡受けハァハァ」

涎塗れで迫ってくるサングラスを殴り飛ばし、殴っても蹴ってもへこたれないオタクに溜め息一つ。

「で、俊は一人で神帝相手にするんだったよねー。このまま俺がイチ先輩達と合流して、陰険眼鏡を締め上げる」
「そうそう」
「先に神崎君の居場所を突き止めた方が連絡して、無事助け出したら、」
「全力で逃げますっ」
「…はぁ」

何とも格好が付かない台詞を自信満々に吐き捨てた俊に、もう一度溜め息を吐こうとして、

「逃げるって何じゃい?(´`)」
「早く出ろ馬鹿猿。尻が邪魔ー」

通り過ぎたばかりの背後から、聞き慣れた声を聞いた。
慌てて振り返れば壁に設けられたゴミ箱から這い上がって来る隼人と、その隼人に蹴り飛ばされたらしい健吾の姿。

「いってー!(Тωヽ)」
「うっせ。ブリブリ尻振りやがって、処女膜破られてーのか」
「阿呆か!└|∵|┐」

夫婦漫才甚だしい二人を何とも無く悲しい気分で眺め、抱き付いてくる俊をやはり殴り飛ばす。
こちらに漸く気付いた隼人が羨ましいくらい整った美貌に驚愕を目一杯滲ませ、跳ね起きた健吾がズレた銀髪を放り投げながら駆け寄ってきた。

「そうちょー、見て!ハヤト無事捕獲してきたよ!(´∀`) ねぇ、偉い?俺ってば最高に偉い?o(^∇^o)(o^∇^)o」
「怪我してるみたいだな、ケンゴ」
「こんなの平気っしょ、ちょっと投げられたり首絞められたりしただけだし(´∀`)」
「ほう、鬼畜攻めに攻められたか」
「何の話だよ!ったく、高野、本当に大丈夫かい?」

俊の頭を力一杯殴り付けた太陽が痙き攣り笑いの健吾を覗き込み、足元に落ちたサングラスを見つめ「あ」と一言、


「どうした、ハヤタ」

殴られた頭を軽く振った俊が前髪を掻き上げながら擽る様な声音で囁き、呆然と突っ立ったままの隼人を目前に落ちたサングラスを拾った。

「面白い顔をしてるな」
「何、やってんの」
「お姫様を助けに」
「まっさか、隼人君のこと、…だったりすんの、それ」
「以外、何処に姫が居るんだ」
「あー、うん、この面子じゃ完全隼人君がいっちゃん美人だよねえ」
「自画自賛…」

思わず呟いた太陽の台詞は、然しすぐに途切れる。
凄まじい勢いで廊下の向こう側から走って来た佑壱が鬼の形相で拳を固めたからだ。

「総長!不味いっス、俺のセキュリティが機能してません!そして隼人貴様ブッ殺す!」
「痛!」
「イチ、手加減してやれ手加減。弱いもの苛めは嫌いだ」

俊の匂いを嗅ぎつけたらしい佑壱は隼人に気付くと躊躇わず踵落としをカマし、ヒィと悲鳴を飲み込んだ健吾や痙き攣った太陽を余所に、健吾達が出てきたまま開きっぱなしだった壁のゴミ箱の蓋を蹴り付けた。

「あの腐れルーク=フェインが!」
「どうしたんですかイチ先輩、そこのワンコ三匹がビビってるから落ち着いて下さ、」
「落ち着いてられっかバカ山田!テメー、判ってんのか?!」
「ちょ、わ、わわわ」
「セントラルに弾かれてんだぞ?!この俺が!あの腐れルーク=フェインがぁあああああっ」
「ちょ、ちょちょちょ、目が回る、きゃー」

どさくさ紛れに俊へ抱きついた隼人を蹴り飛ばす健吾、に突っ込む事も出来ないまま佑壱に頭を掴まれた太陽が、どさくさ紛れに佑壱へ抱き付く。
デジカメを持って来なかったオタクがサングラスを吹き飛ばす勢いで近場の壁を殴り、小さく呟くには、


「…愚か者が!何故こんな時に撮り逃すかたわけ者がァアアア!」
「総長っ?!Σ( ̄□ ̄;)」
「ボスー、とりま落ち着いてー。頭蓋骨割れちゃうよー」

遂には壁に頭突きまで始めたオタクをオロオロ宥めている健吾と隼人に、久し振りの再会を喜ぶ暇は無い。



「何をしていらっしゃいますか、そんな所で」


佑壱にバスケットボール扱いされつつ涙目の太陽が佑壱に抱き付いたまま振り返り、頭突き中の俊を宥めていた二人が揃って痙き攣った。

「不純同性交遊は著しく風紀を乱す」

暗闇から白いブレザーが近付いてくる。異様な気配を隠しもしない、その人影が。今頃になって、校舎内の異常な暗さを教えてきた。非常灯まで消えているのは不自然過ぎる。

ああ、一切合財全ての照明が付いていないのか、と。

気付いたのは太陽の手からライト代わりの携帯が落ちた時だ。


「因って、執行を開始します」

音も無く崩れ落ちた佑壱が太陽の背後で呻き声を上げて、何故、俊達の向こう側でいつもの微笑を滲ませている二葉が見えるのに、背後の佑壱が叫んだのかが判らない。


「逃げろ!」

振り返りたかったのに、勝手に体が震える。
落ちた携帯は天井を照らすだけ、だから俊の元へ駆け寄りたかったのにそう出来なかったのは、振り返った所で何も見えないと判っていながら、それでも肩に触れた何かに恐怖したからだ。



「山田太陽、…人質はそなただけか」



恐怖したからだ。

←いやん(*)(#)ばかん→
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