帝王院高等学校
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「貴方は弱い」


 ビクリとようやく反応らしい反応を見せた貴方は、けれど視線を斜め下に向けたまま。合わさる事のない視線。けれど口付けでもしそうなほどの距離でジっと貴方の目だけを見る。


「抵抗らしい抵抗すらできず、好きなように蹂躙されて…ただの一人にも傷を負わせる事の出来ない愚かなまでの脆弱さ」


 噛み締めた唇を震わせ、瞬きすらしない目が揺れる。強く強く…拳を握り締めるのが気配で理解できた。

「正しい言葉だけでは何も守れない。貴方はそれを知るべきです」

 大切なモノを守りたいと願うなら。


「貴方は己の弱さを恥じなさい」


「ぅるさいっ!!」

 ドン

 強く地を叩く音がする。けれどその音さえ、貴方の力では到底弱弱しい。強さなど欠片も無い。

 この異常なまでに正常な習慣に塗れた箱庭で、貴方の言葉は正しく潔いほどに潔白だ。それは異質だ。異分子。紛れ込んだ異色の正論。けれどそれはただの忌避するべき嫌悪。都合の悪い言葉は聞こえぬふり。

 正しすぎる貴方の言葉は美しすぎて、誰の耳にも届かない。次の瞬間には一笑にふされる。
 それはまるで神の教えのように。

 白々しいほどに真っ直ぐ過ぎて、届かない。

 だから貴方は弱いのだと。


「そんなことっ…俺が一番、わかってるっ!!」


 血を吐くような痛ましい叫び。

 背を丸め平伏すように膝へと顔を伏せ…ガクガクと体を震わせる。私はそんな貴方にただソっと寄り添うように傍に寄り…強く頭を掴み上げさせる。


「っっぅ…ふ…」


 情けないほどに崩壊した涙腺。滂沱のように流れる涙が頬を濡らし、ぐちゃぐちゃに歪められた顔からは、鼻水さえも垂れ流して汚い事この上ない。

 取り繕う事もできないほどに悔しくて。己への激しい憤りに感情すら間に合わない。

 外聞も無く、形振りも構わず、ただただ泣く事しかできない貴方は無力。何の力も持っていない。何一つ守れない。大切だと思う者の足手まといにしかならない。

 激しい屈辱と憤り。血を吐くような悔しさをぶつける事すらできない哀れな貴方。

 肉体の強さが全てではないと知っていて。
 判っていながら焦がれけれど手に入らない。

 望まれるものはそんなものではないと解っていてけれど、弱い己を責めずには居られない。


 本当は、誰もが貴方を羨んでいるなど知りもしないでしょう。

 何のしがらみも無く、何の憂いも無く。ここを出れば好きなように羽を広げられる貴方を。

 そんな貴方に私は、きっと…。



「うっ…ぅう…」


 ぐちゃぐちゃの醜い顔で、彼は何も判っていない顔をしている。思考回路もグチャグチャで、今起こった事さえ反応することも理解すらする事もできていないようだった。

 私は唇を濡らしたものをゆっくりと舐め清める。鼻につく鉄臭い匂いと舌に浸透する、不味い血液の、味…。

 眉を顰め、不愉快そうに唇を引き結ぶ。誰のものだとしても美味いものではない。
 薄く開いた唇を指で一撫でし、目の前の俯く頭を見下ろし、手を伸ばす。


「あっぅ、ふ…んっ!」


 髪を容赦の欠片もなく鷲掴み、俯かせた頭を引っ張り顔を上げさせる。仰け反った首に歯を立てたくなる衝動を押さえ込み、苦しげに呻き開いたその、鮮血に染まった唇を…捕らえた。

 それは獣のようだった。後から思えばそう思う。

 髪を掴んでいた手を放し、代わりに両手で彼の顔を抑え覆いかぶさる。少しかさつき荒れた唇を潤すように舌を這わせ、何の準備もできていない意外に小さな舌を絡めとる。唾液に濡れた口内をかき回す。捕らえるように逃げる舌を絡め合わせ、擦り合わせれば彼の喉が鳴る。

 膝立ちで壁にもたれるように座る彼の顔を両手で押さえつけ、貪るように…捕食する。


「ハァ……」
「ハァ…んっ…ぁ…む」


 切れた唇を唇で食む。繰り返し繰り返し、何度も…。


「うっ、ん…っ!」


 ギっと腕に強い痛み。薄っすら目を開けてみれば、涙を溢れさせ混乱を露にしている目と重なり合う。
 数度音を立て少々名残惜しげに顔を上げ、添えていた両手を開放する。途端に貴方は苦しそうに呼吸を乱し再び俯いた。


 泣いていた。
 泣かした。
 自分が。


 そんな些細な事に、喜びを感じるなんて。
 貴方を泣かして良いのは私だけ。
 他の誰かに貴方が揺さぶられるだなんて…これほどの憤りがあるだろうか。


 私の知らないところで貴方が泣いている…これほどの屈辱があるだろうか。



 唇が、震える。形作られ、弧を描く。乾いた笑いが込み上げる。

 ボロボロになる。仮面など何も無い。
 込み上げるよほど人間らしい感情。

 隠せない。取り繕えない。浮かび上がる、凶悪で凶暴な己を、自制することができない。
 醜悪に歪む感情はあまりにも哀れで、情けなく。


 貴方が私をダメにする。
 貴方が私を変えてしまう。



 喉を掻き毟りたくなるような焦燥。苛立ち。
 目の前が真っ暗になるような、理性の限界。
 抑制できない感情など。


 ただの命取り。

 貴方が私を殺してしまう。






 彼の脇に手を差し入れ抱き寄せるようにして立ち上がらせる。触れた瞬間ビクリと体を震わせた事には目を瞑り、乱れた衣服を整えていく。

 貴方はまるでされるがままで、指一つ動かす事もできていない。
 ただただとめどなく涙を流し、現実から逃れるように目を瞑り嗚咽を漏らす。

 僅かに残ったシャツのボタンを留める、私の指が震えていたことになど気付くまい。
 貴方に触れる指先が、意味を持って蠢きそうになるのを必死に抑制している事になど、貴方は知らないままで居てほしい。

 シャツを止め、ベルトを締めてネクタイを結ぶ。ブレザーを着せ乱れた髪を整える。弾けたボタンもネクタイとブレザーに隠れて見えず、俄かには襲われたなどと判らない。

 汚れを払い、顎に手を掛ける。


「やっと凡庸な顔が、更に酷くなっていますよ」


 笑いながら取り出したハンカチで未だボロボロと流れる涙を拭いてやる。頬をなで、目頭を押さえ…濡れた唇を拭い…情けなく流れた鼻水を拭うように当てると、垂れ下がっていた左手を取りそれに添えさせる。

 小さな手だった。
 けれどそれは紛れも無く、男のものだった。


「戻りなさい」


 それだけ言うと、私は彼の右手を軽く持ち上げほんの一瞬…口付けた。
 それが貴方に触れる最後だと。

 私は私に忠告をした。


 最後まで動く事の無かった貴方に背を向け、歩き出す。
 振り返ることは無かった。



 呆然とこちらを見送る山田太陽の視線にも。
 それを見る黒曜石の瞳にも。
 睨むようにこちらを見送る獅子の瞳にも。


 私は気付かない振りをした。





だって貴方の腕には何もない。
だって僕の心には何もない。

この世界には目に見えないものばかり存在しているから、まだ生きていける気がした。

もしも貴方の腕の中で誰かが笑っていて、
もしも僕の心の内に誰かが棲み着いていたら。
息も出来なくなるじゃないか。
独りを恐れてしまうじゃないか。


貴方には誰も何も必要無いのだと。
僕には誰も何も必要無いのだと。


信じさせて気付かせないで、願わくば永劫。




僕の愛は総てを呑み込むに違いないのだから。






 重なる唇に意味を求めないで。

 (気付かないで
気付かせないで
 (貴方にとって憎むべき個体のまま
  (愛など何処にも存在しないと
     (笑ってくれないか)







願わくば永劫)







***
一部生ゴミによる壊滅的な破壊がありました事をセレブリティ土下座で謝りつつ、止まらない鼻血に喘いで来ます。(*´Д`)

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