帝王院高等学校
傍らに佇む騎士
インテリアと化してきたサブパソコンが光を灯し、パソコンでゲームをしていた彼は片眉を跳ね上げた。


「おーや?」

緩めたネクタイを踊る様に引き抜き、鉄製健康サンダルを履いたままプラスチック製の有刺鉄線で縛られている男には目も向けない。

「おやおやおや、おやー?」
「もう二度と悪い事はしません、許して下さいごめんなさい愛しています」
「何だか楽しそうな事になっている様だねー、アハハ」

緩めのオールバックを無造作に掻き上げ、無駄の無い長身をオリエンタルなスーツで包んだ美丈夫は満面の笑みを滲ませた。

「誰かのお陰で、僕にまた仕事が増えてしまったみたいだねー?」
「すいませんでしたすいませんでしたすいませんでした」
「僕はね、平和と自由と他人への強制力を愛する博愛主義者なんだよ。…勿論、知ってるよね?」
「はい勿論でございます貴方こそ地球いや宇宙の髪ベストアデランス賞でございます」
「誰がハゲだと?」
「ヒィイイイイイ」

紛れもなくトイレのスポンスポンだろうラバーキャップを縛り付けた男の顔面に近付けながら、マザーパソコンで今し方まで楽しんでいた一局を思い浮かべた。
学生時代は毎晩ゲームに明け暮れたものだ。マネーゲームやらマネーゲームやらマネーゲーム、に。

「はぁ。最近は口答えしなくなって来て、つまんないと思ってたんだけどー」
「ぐす。…ご期待に応えられずすいませんでした、ぐすっ」
「あんまり口答えされると、スネ毛一本ずつ燃やしてやりたくなってくるから不思議だねー」
「もう二度と口答えはしませんもう二度と悪い事はしません、許して下さいごめんなさい愛しています」

何処から持って来たのか判らない年季の入ったスポンスポンを、ポイっとゴミ箱に放った男は笑みを消す。
それまでの柔和な美貌が鋭利なものへ変化し、くつくつと肩を震わせているが、然し唇に笑みはない。


「そろそろ、僕らが殿下を匿っている事に気付かれるかも知れないね。いや、もしかしたら既に」
「………」

カチリ、カチリ、柱時計が刻々と時を刻む音を聞いている。
外は黒一色のスクリーンに、無数の町明かり。妖しく美しく淀んだ生命の光、だ。

「秀隆。これも全て、」
「俺の所為だ」
「判っているなら宜しい。…僕はねー、この街の景色が嫌いじゃない」

目を閉じれば聞こえる様な気がする。
息を潜めれば聞こえる様な気がする。
死に拘束されながら、けれど何処までも自由に生きている生命の脈動が。

嫌いではなかった。


「君は、どうだい。嫌いかも知れないね」
「好きだ」
「僕の事も?」
「好きだ」
「家族は」
「好きだ」
「なら、殿下の事は?」

何一つ表情を変えない男が、緩めてやったプラスチック製の有刺鉄線を解きながらサンダルを脱ぎ捨てる。
緩慢に立ち上がり視線が漸く交われば、やはり目前の男の表情は皆無に等しいまま、


「大嫌いだ」
「そう」
「シエに電話する時間だ。今月の携帯代は5000円以内だから、電話借りるぞ」

社長デスクの上の受話器を遠慮無く取り上げた男が、そのホスト真っ青な見た目に不似合いな庶民発言を零す。
苦笑しながら、

「家族割引してなかったっけ?」
「シエは実家に帰ってるんだ。菜の花のおひたしを貰いに…あ、もしもし可愛いシエか、俺はシエをおかずにご飯8杯食べられるぞ」
「風流なおかずだねー。それよりもまず、奥さんに外出するなら携帯を携帯しとけって教えなよ」

会話に夢中な男の背中を暫し眺めて、無意識に右人差し指を見やる。


「…馬を持たぬ騎士に、意味はない。懐かしい言葉を思い出したよ、うん」

此処に在ったものは親友への友情を誓った証だった。あの日、初めて激昂した彼を見た時から、ずっと。
全てを敵に回したとしても、きっと。


「ねぇ、秀隆。…俺はこの街が嫌いじゃないよ。殿下をそろそろ自由にさせてあげたいと思っていたんだ。


  全ての柵から。
  全ての不公平から。
  全ての理不尽から。


  あの日、俺の手を握って外へ連れ出してくれた時の様に、…ね」



振り向かない背中に聞こえた筈の独り言は、誰からの返事も期待出来ないらしい。















Etude-習曲
Knight stay near here
傍らに佇む









『…あ?』

『殴られたら殺し返せ、男の世界は弱肉強食だろうが』
『雑魚の癖に向かって来やがって』
『グレアムだか何だか知った事か、カスが』
『悔しけりゃ、やり返してみやがれ。俺様は雑魚の相手をしてやる程、暇じゃねぇんだよ』
『ちぃっとばっかしデケェくらいで図に乗んな、』





『─────赤毛野郎。』












指輪を置いてきたのは失敗かも知れない、と。今更ながら首を傾げた。
夜半は流石に冷え込む夜風に打たれながら、世界を見晴らせる高さに気分が浮遊する。


「気持ちイイにょ。今度は皆も連れてきて、お弁当食べる事にします。そうします。会長命令です」

指揮を刻んでいた右手を止めた。
まだ、前奏曲は終盤にも差し掛かっていない。


「ケンゴの動きが止まった。…23分、内7分21秒、寮からセクシーダッシュで校舎に辿り着く頃にょ」

くるん、と。
手にしたタクトをジャグリングさせて、左手に持ち変えた。やはり指輪がないのは不便らしいと頬を膨らませて、一度深呼吸する。

「タイヨーにも聞かせてあげたいなりん。風さんの口笛、鳥さんのオルゴール、お腹が空いたら唐揚げ玉子丼!」

ワインレッドの詰め襟、ナチュラルブラックのコート、ホワイトシルバーのウィッグ、プラチナゴールドのカラーコンタクト。

「それにしても困ったねィ。モテキングさんを探す為に高い所まで登って来たのに、真っ暗過ぎて見えないにょ」

気分は中世ヨーロッパの貴族か軍人か。

「誘拐犯の背後でデジカメる為には、どーするにょ?目に目を、歯にピーチミント味の歯磨き粉を眼鏡にはオタクを!
  やっぱり誘拐には誘拐です!
  モテキングさんに迫りまくる浮気性犯人の恋人を誘拐して、エッチい事するかも知れないぞと脅します。ハァハァ、後はBL小説で学んだノウハウを駆使し、アレやコレやの撮影会っ!ハァハァハァハァハァハァ」

青年将校ならば美形と相場が決まっている。オタクには荷が重い。こうなれば誘拐犯や隼人に青年将校役を任せて、デジカメ片手に楽しい撮影会だ。


「あらん?」

腰の携帯ホルダーが震えた。
太股を擽る感触に身悶えて、つるっと足を滑らせながらひょいっとターンする。

「ハァハァ、擽ったいにょ!はふん、ハァハァハァハァ、大人の刺激ですっ!」

30cm程度しかない足場の向こうは地上30メートルだ。落ちれば骨折所の話ではないが、生憎このオタクが気付いているのか居ないのかは定かではない。


「カイちゃんからお電話?」
















完璧に震えていた。
何がと言うか、背後の健吾が、だ。

「貧乏揺すりやめてくんない」
「恐怖から来る震えだ!気にすんな(((´`)))」
「高野君、美味しいロイヤルミルクティーと美味しいフレンチトーストは如何ですか?」
「ハヤトハヤトハヤトーっΣ( ̄□ ̄;)」
「うっさい」
「うふふ、要らないなら独り占めしちゃいますからね。おや、そう言った傍からフレンチトーストが無くなりました。お代わり下さい」

銀のトレイに30枚は乗っていただろうフレンチトーストが一瞬にして消えるのを目の当たりにし、ウィッグを外した健吾の表情が益々強ばる。
完全に二葉の趣味だろう亀甲縛りにされた健吾は芋虫の様に這い転げながら隼人の背後に隠れ、佑壱曰く『謝るから黙れ』の騒がしさでひっきりなしに叫びまくっていた。

「ねえ、眼鏡のひとー」
「うっひゃーっ、話し掛けんなハヤト!Σ( ̄□ ̄;) 妖しい魔術掛けられちまうっしょ!」
「もう殺すから黙れ」
「ハヤトぅ(ノд<。)゜。」
「きっもい」
「言ったな!言ったな!(~Д~) 俺の桃ケツ狙った癖に!(`´)」
「すいませーん、誰かこいつの口にチンコ突っ込んでやって下さーい」
「おや、致し方有りませんねぇ」
「ヒィイイイイイ!!!(((´`)))」

今にも泣きそうな健吾が隼人の背中に頭突きをカマし、静かにキレた隼人から睨まれて赤絨毯に熱烈キッスだ。
僕らは愛し合っています、だから喋れないしとんでもないモンをお口に迎え入れる事も出来ません。そんな無言の訴えに残念げな二葉が眼鏡を押し上げ、優雅にミルクティーを持ち上げた。

「で、あいつ何処行ったのー?」
「アイツとは陛下の事でしょうか、それとも陛下の事でしょうか?」
「あんたが来てからさー、居ないじゃん。シーザー騒ぎが嘘だったとかお振れでも出してんの?」

健吾と隼人の監視を任せ扉の向こうへ消えた男は、未だ戻る気配が無い。既に10分近く経った。何をしているのか特に気になった訳ではないが、二葉と世間話をする気もないので仕方ない。
まさか佑壱と健吾がグルになってこんな馬鹿騒ぎを起こすなどとは想像にもしていなかった分、急速に蓄積した苛立ちが爆発しそうだ。

「おや、ではカイザーはやはり行方不明のままなんですか?」
「ままも何もお、後ろの馬鹿が明らかな証拠だろー」
「私はそうは思えませんがねぇ」
「どーゆーこと?」
「私は未だに天皇猊下を疑っています。つまりは、貴方の後釜になったあの外部生がこの馬鹿げた騒動の首謀者ではないかと」
「あんたも、あのきっもい眼鏡ヤローがうちのボスだと思ってんだあ?」

ピクリ、と。
肩を震わせる健吾を横目に、手首のブレスレットを撫でた。

「有り得ないねえ」
「おや、何故ですか?」
「だってー、あのきっもい眼鏡ヤローはさあ、隼人君と目を合わせないんだよお」

分厚い眼鏡の向こう、僅かに俯いたあの眼差しはきっと、その他大勢の気弱な男と同じ。強い者や綺麗な者に気後れする、情けない人間が存在するだけだ。

「一緒にしないでくんない」

どうせ、迎えに来てなどくれない。
どうせ、今頃別の何処かで別の誰かと笑っているだけなのだから。
そう、実の両親と同じ様に。


「あの人はねえ、こんな汚い世界には来ないよお」


でも。
実の両親とはまるで違う、優しい人。


















下らない騒ぎの幕は降りた。
真っ直ぐ進む足に任せて辿り着いた先、真新しいネームプレートは左席委員会を示すブラックプレートに銀の文字で『遠野俊』と刻まれている。
躊躇い無くマスターキーで開いた先、バナナやイルカのクッションを避けながら割れた窓辺に息を呑む。


「…何処に行った?」

広いが部屋数はたったの二つ。
手近の扉を開ければ段ボールの山、もう一つの扉を開ければクッションと漫画だらけの無人の寝室。
部屋の主の姿は見えない。

「俊」

トイレにもバスルームにも。
居る筈の部屋の主の姿は、割れた硝子と引き替えに消えている。冷静と言う言葉は既に存在していなかったに違いない。
微かに残る血痕や吹き込む冷たい風、奇妙な静寂に、



デスクの上の、シルバーリング。


「…どう言う事だ」

何も頭に思い付かなかったのだから、ただただ冷静ではなかったに違いなかった。笑い話だ。全てのセキュリティカメラを起動させればすぐに見付かった筈なのに。
全ての人員を動かせばすぐに見付かった筈なのに。

持ち歩く必要性を見出だせなかった携帯電話と言う小さな機械を、生まれて初めて己の手で開いた。
持ち得る適応力で素早くコールしながら、窓がこのままでは眠れないだろうなどと理路整然ではない事を考えている。



「…」

素手で硝子片を拾い掛けて漸く自嘲するのだ。愚かしい、と。
開いた機械を閉じる間際、聞き慣れた声が聞こえた気がする。


ただそれだけなのに、



『カイちゃん』
「俊」

冷静を忘却してしまうのは、誰。

←いやん(*)(#)ばかん→
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