帝王院高等学校
青い春と書いてBLと読め!
『兄様、兄様、兄様』


煩わしい声がする。
海の向こうへ置き去りにした所で、その無邪気にして虫酸が走る声音は鳴り止まない。それは耳障りな音を発てるブラウン管の砂嵐に似ていると思う。

そう、雑音と同じだ。


『兄様、兄様、兄様』

純粋にして人間の枠内では聡明な、宝石の様な生き物。
気付いていただろうか。



『どうして、日本になんて行ったの?』
『何も言わず行ってしまうなんて、』
『寂しかったのに』










私はお前達を、憎悪していたのだ。












『面白くない顔をしているな、貴様』

そんな嘲笑めいた囁きが始まりだった筈だ。記憶は終始曖昧で、終始一貫性が無い。
思い出したばかりだからか、それともその記憶が夢だからか。確かめる術など何処にも。

『捕まえ損ねた蝉に、小便でも引っ掛けられたか?』
『─────無礼な』
『戦後、急速に高度成長を遂げたアジアの島国に礼節を問うとは、面白いな。時として礼儀を忘れた方が正しい時もあろう、そう、子供は子供らしく少しばかり羽目を外すくらいで』
『…下らん』
『可愛くない子供だな』
『黙るが良い、人間が』
『お前も人間だろう?で、お前の、名前は?』


夏の日、夏の公園、蝉の声。
照り付ける太陽、風の無い炎天下、焼き付く肌が痛みを放っている。


『そなたに教授する謂われはない。…消えろ、脆弱な人間』

じわり、じわり。
確実に紫外線が蝕む、感覚。

『脆く弱いのは人の常。この身には太陽神の迸りを掬った血液が流れている、だから人間だ』
『…偶像崇拝は愚の骨頂だと知れ』
『太陽が嫌いなのか、お前は』
『触るな』
『ルビーの様な紅い瞳だな』
『…触るな、』
『酷い熱だ。脱水症状を起こしているかも知れない』

浮遊する躯。
木陰へ木陰へ移り変わる風景、額に冷たい感触、蝉の声。



『麦茶の方が良かろう。カフェインが含まれていない』
『…ん』

唇に冷たい感触、喉が上下して、冷たい掌が額を撫でた。

『名前は?』
『…ルー、ク』
『ほう、チェスの駒みたいな名前じゃないか。歩兵なのに陽の当たる場所を厭うのか』
『色素欠乏…だ』
『そうか』

遠くから誰かの幸せな笑い声が聞こえてくる。近くから蝉の声が絶えず、絶えず。


『そなたの名、は』
『ナイト=ファーグランド。同じチェスの駒だな』
『…下らん、戯言を』
『戯言か。信じるも信じないも即ち自由、信じないならば良かろう、』
『何が可笑しい』
『私がお前の騎士になってやる。太陽を嫌い強がるばかりで寂しがり屋な、…月の女神の騎士に』

冷たい掌、涼やかに吹き抜けた一陣の風、にも関わらず力強い蝉の声が、


『誰が、虚勢だと。私が太陽を厭うのではない』
『誰よりも強い男になって、』
『誰が、孤独だと。厭うのは、…太陽の方だ』



『…迎えに行くよ、ルーク』








ミーンミーンミーンミーンミーンミーン











「カイちゃん?」

ピタリ、と。
額に冷たい掌が触れた。我に還り瞬いて、窓の外に一望出来る黄昏が照らす桃色を眺める。

「俊」
「ぼーっとして、ど〜したにょ?はっ、もしかしてラブラブカップルが居たり?!」
「いや、違う」

爪先立ちで神威の額に手を伸ばしていた俊の眼鏡が光り、しゅばっと廊下の窓に張り付いた。

「春だ、と。気付いただけだ」
「ふぇ?青春って事かしら、…チワワも俺様攻めも居ないにょ」

前を歩いていた太陽と桜、裕也と健吾が騒ぎに振り返り、乳首丸出しの健吾が片眉を跳ね上げる。

「探したって、ホモカップルしか居ないっしょ(=Д=)」
「望む所ですっ」
「…あのさ、もしかしなくても、その、会長って、ホモだったりすんの?(´Д`;)」
「僕は極めて普通の腐男子なり。余所様のBL的恋愛事情にしか、きょーみないにょ!」
「そ、そう(´`)」

俊の答えにホッとした様な、何処か残念げな健吾がチラリと神威を見やり、キッと睨み付ける。


「ふにょん」
「…良くない気配だ。奴も間男か」

睨まれた神威は首を傾げ、俊にガバッと抱き付いた。



「会計補佐、弾丸を」
「了解ぃ、副会長ぅ」

金平糖では殺傷能力に欠けると判断したらしい太陽が、今度は大きな飴玉を数個握り締める。
痙き攣る裕也を余所に神威へ飴玉ショットを食らわせそうな太陽は、然し。



「飴ちゃん、じゅるり、コーラ味っ!」

弾丸と化した飴玉をパクりと貪るオタクに脱力し、どんなに性悪な不良である健吾でもやはり恐ろしいらしい俊の腕を掴むと、ぼーっとしている神威へ顎をしゃくった。

「食堂、灰皇院も勿論初めてだろうけど。何があっても絶対、眼鏡は外すなよー」
「…け(`∧´)」
「そうですよぅ、カイさんは絶対素顔を見せちゃ駄目ですよぉ」
「ま、それが無難だぜ」

睨み付ける太陽とやさぐれる健吾、心配そうな桜に呆れ気味の裕也から忠告された神威は無言だが、オタクがきょとんと首を傾げた。
心中で可愛いと呟いた健吾はこの際放置するにして、

「帝王院はホモの巣窟だろー?」
「寧ろそうじゃなかったら受験してませんっ」
「だからぁ、美形な人には必ず変態さんが近付いちゃうんだよぅ」
「はっ、だったらユーヤンにも親衛隊が?!」
「居たけど潰したぜ、殿」

ビト、と俊から張り付かれた裕也が目に見えて狼狽え、何で俺には聞いてくれないんだと健吾がしょんぼりする。
抱きたい派なファンが多い健吾に引っ付いている(様に見える)裕也は、健吾ファンの狼から睨まれている為に、抱いて欲しい派なチワワファンが多い裕也より健吾の方が表向きモテるのだ。帝王院に限っては、だが。


「コイツ、彼女持ち公言してっから、親衛隊なんて居ないっしょ(`´)」
「上級生からは高野の方が好かれてるよなー、確か」
「僕ぅ、中等部の時にぃ、ケンちゃんの写真が一枚三千円で売られてるの見た事あるよぅ」
「ふ、モテる男は辛いんじゃぞ(´∀`)」
「ホモ限定だぜ」

無言で殴り合いに発展した二人を余所に、漸く賑わうフロアへ辿り着いた6人は、



「キャアアアアア!!!」


男子校王道パターンの黄色い悲鳴に、沈黙した。

「ぷはーんにょーん!」
「…嫌な予感しかしないやないか〜い」
「何じゃアアア、このホテル並みの美麗なレストランは!!!ウジ虫な僕の想像をプチっと越えるこの煌びやかなレストランはっ、何じゃァアアアアア!!!!」

ジト目の太陽がそのまま踵を返し掛けたが、興奮眼鏡によってズルズル引っ張られてしまう。

「何だろうぅ、いつもより煩いなぁ」
「まだやんのかコルァ!( ̄□ ̄;) ちょっと足が長いからって調子コクなやコルァ!Ψ(`∀´#)」
「はっ、チョコマカチョコマカ猿みてぇに逃げ回りやがって…。馬鹿の一つ覚え、だぜ」
「二人共〜、喧嘩は駄目ですよぉ」

キョロキョロ辺りを窺いながら俊と太陽に付き従う桜は、喧嘩しながら入って来る健吾達を宥めながら騒ぎの発生源を見つめ、



「ぁ、自治会長…」

黄色い悲鳴に囲まれた美形を見付けて、ちょこりと俊の背中に隠れた。

「ハァハァハァハァハァハァ、タイヨータイヨータイヨーっ、これが噂の生徒会IN食堂ですか!」
「何処で流行ってる噂だろうねー」
「あそこに爽やか系、実は俺様攻めだったら嬉しい会長攻めが見えますっ!眼鏡の錯覚でしょうかっ?!」
「うん、目の錯覚じゃないかなー」

アハハ、と乾いた笑みを零す太陽が怪しい息遣いの俊を引っ張り引っ張り、隅の空いた席に腰掛ける。

「あん?何だ、この騒ぎは(´`)」
「適度な運動したから、腹減ったぜ」
「あー、さっき食ったサンドイッチなんてもう消化されたっしょ(´∀`)」
「二人共〜、此処だよぅ、こっちこっち〜」
「野菜炒め食いてぇぜ」
「この草食男子が(*´Д`)」

続いて腰掛ける桜が漸く食堂の騒ぎに気付いた健吾と裕也に椅子を勧め、五人掛けのテーブルらしい事に気付いて隣のテーブルから椅子を一脚引っ張り寄せた。

「ハァハァハァハァハァハァ」
「俊、こっちのタッチパネルにメニューが出るから。リーダーにカード通せば、支払い終了だよー」
「こっちに来ないかしらウエスト様…ハァハァ…タイヨーが貴方をお待ちして、むぎゅ!」
「聞いてたかな、会長ー?」

椅子に逆向きで腰掛けた俊の眼鏡は、ただひたすら黄色い声の中心を見つめている。太陽がガシッとオタクの頭を掴み、凄まじい笑顔で吐き捨てた。

「はい、僕の耳はいつもいつでもタイヨーの言葉は逃がさず心のメモに書き蓄めています。じゅる」

恐怖の余り鼻水を垂らしたオタクが椅子の上で正座し、五人掛けのテーブルに無理矢理突っ込んだ6番目の椅子を俊の真横に動かした神威が、何の躊躇いもなくブレザーの袖で鼻水を拭ってやる。

「えっと、こっちのエッチパネルメイクラブ不良リーダー恋のカードを手渡したら、総長×平凡の新刊出来上がりっ!」
「俊、何が食べたいのかだけ言ってくれたら俺が注文するからー、ベーコンレタスで俺の頭を埋め尽くすのはやめてー」

太陽が近場の生徒を何気なく見つめ、うっかり眼鏡優等生受けと呟き掛けてから、涙目で隣の俊を見やる。
騒ぎの発生源にして、つい数時間前に襲われた相手である金髪美形を恐々眺めていた桜も、無意識だろうか、



「…浮気性みたいな溺愛攻めぇ?」

徐々に腐って来ている気がした。
純愛小説をこよなく愛する活字中毒らしい桜が、太陽の知らぬ間に俊から与えられたBL小説を読んだ影響だ。

「ハァハァ、あそこのチワワが…!鬼畜チャラ攻めに肩をっ」
「強気受け…肩を抱かれて万更でもない癖に、素直になれないみたいなー…」
「意地悪攻め…好きなのに素直になれないんだねぇ…」

平凡三人が少し向こうのテーブルに座る二人連れを眺め、それぞれ頬を染めたらしい。

「あ?アレ、ディアスの総長と幼馴染みのヒョロ男じゃね?(´Д`)」
「ああ、確かあのチビ総長、一昨年までとんでもねぇ遊び人だった奴だぜ。ちょっと前にあの幼馴染み無理矢理押し倒して、女にしたらしいぜ」
「ディアスっつったら、昨年うちに喧嘩吹っかけて惨敗した挙げ句、暫く総長に付き纏ってたウザイチームだよなー(;^_^A」
「然もあのナリでうちのユウさんのケツ狙ってた、ド畜生野郎だぜ」
「あー、そうそう、確かうちの新人に手ぇ出して、総長から瞬殺されたんだった(´Д`*)」

何やら危険な会話を交わす二人に、それまで沈黙していた神威が眼鏡を押し上げながら俊の肩を抱いた。


「…ノイズが煩わしい」
「ふぇ?今ちょっと写メで忙しいから、後にして欲しいにょ!」
「お前の声すら届かなくなる」
「もう、カイちゃん!お座り!」
「俊、」
「─────見っけ。」

周辺の生徒を片っ端から写メりまくる俊が邪険に神威の腕を振り払おうとした時、それは現われた。


「よぅ、口内炎の君。と、サクラちゃん。また会えたな」
「ひ、ひぃ、自治会長ぅ」
「………今すぐ何処でもドアか優秀な暗殺者をくれ、桜」
「何しに来やがったぁ、ウエストぉ( ̄〜 ̄;)」
「テメー、飼い猫は飼い猫らしくご主人様の炬燵にでも潜り込んでろや」

太陽と桜が判り易く青冷め、裕也と健吾が判り易く臨戦状態になり、俊の眼鏡がヒビ割れる。

「捕獲」

硬直した俊を素早く抱き寄せた神威が膝に座らせ背後から抱き締め、硬直中のオタクの肩に鼻を埋めた。
周囲の奇妙な静寂には無関心らしい。


「何だ、何処の阿呆犬かと思えば、嵯峨崎ン所の駄犬じゃねーか。目上に対する口の聞き方がなってねぇなぁ」
「ンだと、コルァ!ブッ殺すぞ、ABSOLUTELYが!Σ( ̄□ ̄;)」
「はん、うちの副長とテメーじゃ月とスッポンだぜ。…跪かして詫び入れさせてやらぁ」

素早く立ち上がった健吾に続いて、ガタリと立ち上がった裕也が能面染みた表情で首の骨を鳴らす。
一触即発ムードに食堂内が水を打った様に静まり返り、



「ああ、ンな馬鹿の相手してやる暇はねーんだった。おい、アキ」
「…え、は、アキ、って、俺?」
「以外、何処に居るんだよ」

くるっと振り返った西指宿の瞳が真っ直ぐ太陽を射抜いて、辺りを見回した太陽がパチパチ瞬く。

「改めて自己紹介してやるぜ。二年の西指宿麻飛だ、タイヨウとアサヒ、まるで運命じゃねぇか。なぁ?」
「は?」
「ンでお前、左席入ったのかよ、やっぱ」

西指宿の瞳が軽く俊を見やったが、汚いモノを見たかの様にすぐ逸らした。


「おい、そこで息巻いてる雑魚共」
「テメー…」
「マジ、完璧、頭来たっしょ」
「どうせやんなら、つまらん喧嘩より数倍燃えるゲームやろうぜ」

眼鏡を妖しく曇らせたオタクが神威の腕の中からそれを眺めていたが、



「勝負は麻雀、商品は山田太陽。お前らが負けたら、アキは俺が貰う」
「ちょ、ちょ、いきなり何言ってんですかっ、アンタ!」
「アンタ、じゃなくてアサヒ、お前なら呼び捨てでも良いぜ?」
「はぁ?!何で俺が自治会長、王呀の君を呼び捨てなきゃなんないんですかっ」
「んなモン、お前が俺のモンになるからだろ、アキ」
「…は、」
「愛してんぜ、一目惚れだ。必ず勝つからよ、俺のモンになれよ」

突如響き渡った凄まじい悲鳴、阿鼻叫喚に、茫然自失の健吾や裕也や桜、俊や神威でさえ気付いていなかったに違いない。







「秩序を乱すつもりですかねぇ、自治会長ともあろう人間・が」

中二階になった特別フロアから、静かに見下していた双眸の異常な冷たさになど。





「……………下らない。」



きっと、本人でさえ。

←いやん(*)(#)ばかん→
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