帝王院高等学校
委員会と部活動のどっちかで悩みますっ
「きゃ、格好良い!」
「あれ誰?!」
「ちょっと、押さないでよっ」

騒めくクラス内に少々鬱陶しげな太陽が、ズカズカ入って来た噂の的を軽く睨んだ。

「ぅわぁ、想像以上の騒ぎだなぁ…」

三つ前の席の桜が振り向いて呟くのへ呆れの笑みを滲ませ、遅れて入って来た俊に僅かだけ安堵する。
途端に益々騒ついた教室内は、然しすぐに沈黙するのだ。



「気安く見んじゃねぇ、カス共。」


どうやら耳が悪くなったらしいと、桜と太陽が同時に耳を穿る。
唖然とした生徒らの前で、横柄に髪を掻き上げた男と言えば、


「昇級生、ブラック=K=灰皇院だ。貴様らに宜しくするつもりはねぇから、俺に近付くな雑音共」
「キャラが違うやないか〜い」

うっかり突っ込んだ太陽の台詞が自棄に響くくらい、その俺様な台詞は場を静寂させた。


「ふにょん」
「俊、掴みは成功か?」

隣で眼鏡を曇らせている俊を抱き寄せ、唖然としている皆の前で顔を寄せた神威に緊張最高潮の俊が顔を上げる。

「カイちゃん、キャラ設定に無理がある気がします。最初から俺様攻めるのは、受け子ちゃんにだけで十分にょ…」
「そうか」
「他の皆には徐々にギャップを見せていかないと、萌え半減しちゃいます…」
「済まない、心得た」

頷いた美形が改めて向き直り、


「イギリス分校より昇級したブラック=K=灰皇院だ。何卒よしなに」
「今更かい」

やっぱり突っ込んだのは太陽だけらしい。
戸口に突っ立っていた村崎が頭を掻き、折角のスーツ姿に哀愁を漂わせながら教卓まで歩いてくる。

「あー、何や、っつー訳で、今日から二人増える事になった」

教室内がまた騒ついた。
掲示板には30名の名が掲示されていたが、当然昇級生の名などそれには含まれていない。
掲示板を見ていた太陽や桜も怪訝げに首を傾げているが、

「出国直前まで昇級書類の提出が遅れた為、理事会承認が手間取った様だ。俺が承認を受けたのはつい先程、理事会の不備である為に本年度のみ一年特別進学クラスは31名で稼働する…で、宜しかったでしょうか、東雲教諭?」

スラスラ並べ立てられた神威の説明に騒つきは鳴りを潜め、生徒達の視線を一身に集めた村崎が短い息を吐いて頷いた。

「ま、…そう言うこっちゃ。先生もまだ連絡受けてへんから、詳しい事は判らん」

それでもまだ、皆の好奇心の眼差しが神威へ注がれている事に呆れた村崎の手が俊を捕まえ、教卓の前まで引っ張る。

「はふん」
「さ、灰皇院の紹介は終わった事やし、今度は新入生代表から紹介貰おか。一同っ、起立!」

軍隊の様な光景が俊の眼鏡に映った。村崎の号令で立ち上がったクラスメートが三者三様の表情で教卓の前の俊を見つめ、背が低い為に皆の中に埋もれてしまっている太陽が眉を寄せる。
まだ席替え前なので出席番号順の席では、太陽はクラスの丁度中央辺りだ。見たくても教卓が見えない。


「これより東雲村崎と愉快なSクラスを始動するで、気合い入れや!着席っ!」

宜しくお願いします、と言う掛け声と共に頭を下げるクラスメートに倣い、俊もぺこりとお辞儀した。
また、軍隊の様な統率の取れた着席を見せた皆にびくりと肩を震わせ、沈黙した教室内に息を呑む。

「ふぇ?えっと、あにょ…」
「遠野、ビシッと自己紹介カマしたれ」
「ふぇ」

村崎の台詞に曇りまくった眼鏡が顔を伏せた。隣の村崎を弾き飛ばした神威が背後に忍び寄り、皆の前にも関わらずオタクの腹に腕を巻き付ける。

「何であんなダサい奴に…」
「本当にアイツが帝君なの?」
「然も左席委員会なんて…」
「神帝陛下は何を考えてらっしゃるの…」

ボソボソと明らかに友好的とは言えない言葉が飛び交う。益々俯いた俊の旋毛を眺めていた神威が冷えた双眸を注いだが、



「喧しいんだよ、蝿じゃあるまいし」

ガンッ、と言う凄まじい音と共に吐き捨てられたその台詞で事態は変化した。

「タイヨー」
「俊、好きな体位は言わないでいいからねー」

小さく縋る様に呟いた俊へ、間延びした太陽の声が続く。

「寧ろ、わざわざこんな奴らに口聞いてやる必要もないんだけど。」

いつの間に外したのかノーネクタイの喉元は三つほどボタンが外されていて、ベルトから飛び出たシャツの裾が中々にワイルドだ。

「毒舌やなぁ、山田。中等部の担任から報告受けてた通り、クールな奴っちゃ」
「そら、どーも」

スラックスのポケットに両手を突っ込み、足を組んでズレた机を直す事無く笑っている。どうやら先程のガンッ、は太陽が足で机を蹴り上げた音らしい。

「何をするんだ君は!」

呆然と佇む俊の背後で神威が親指を立て、勝ち誇った様な表情を見せた太陽の前の席の生徒が憤りを顕に立ち上がった。
倒れなかった机はその生徒の背中に当たった様だ。

「さーね。…陰険なコト言ってるから、罰が当たったんだろ?」
「謝ったらどうなんだっ!」
「あー、ごめんねー?つい、素直で正義心に満ちた足が感情的になっちゃってさー」
「庶民如きが何を偉そうにっ、」
「ねぇ、煩いから静かにしてくれないかなぁ、お馬鹿さん?」

然しその生徒の二つ前の席、つまり太陽の三つ前の席の桜が振り向いて朗らかな笑みを零した。
そして愛らしい笑顔で言うには、

「うふふ、頭の中身は足りないのにぃ、悪口だけは立派なんだねぇ、20番君ってぇ」
「ぶ!桜、それ神崎二号」
「っ」

毒舌上等の桜が吐き捨てた台詞に太陽が腹を抱え、太陽には強気だった生徒が都合悪げに椅子へ座り直した。
これがSクラスの通例である実力主義の現実だが、気付いているのか居ないのか、小さな溜め息を零した俊は未だ眼鏡を曇らせているままだ。


「俊」
「俊君、」
「何照れてんの、俊。このクラスじゃ、お前さんが大将なんだよー」

神威と桜と太陽の三人が励ます様に名を呼べば、息を大きく吸い込んだ俊が曇りまくった眼鏡をしゅばっと外し、真新しいブレザーで磨きまくる。

「やっちまえ、天皇猊下。」
「スーハー、…ふぅ。
  初めまして、遠野俊15歳独身ですっ!好きな教科はプール以外の体育と保健っ、苦手な教科はほぼ全てですっ!」

弾ける様な笑顔で教室内を見回しながら眼鏡を拭いまくる俊は、自分の声が上擦っている事にも先程まで睨み付けてきたクラスメートが何処か呆然と見つめてくる事にも気付いていない。


「飴ちゃんは桃味が美味しいにょ。えっと、えっと、好きな攻めは俺様攻めです。でも、神帝はあんまり好きじゃな、」
「すみません、遅くなりました」

ガラリと開いた戸口を眺めた俊の表情が、判り易く変化する。
入って来た美形は目を見開き、


「とにかく、…目標は打倒中央委員会、目指せ平凡総愛されです」
「遠野、君」

立ち尽くす要と皆の前で、その光輝く笑みは零された。




「どーぞ、宜しくお願いします」

拍手の代わりに、陶酔めいた不特定多数の溜め息が落ちる。
見ていなかったのは背後の神威と真隣の村崎くらい、だろうか。


「錦織、早う座りや」
「…え?あ、はい、失礼しました」
「二人共、プリント持ってけ」
「ふぇ?ありがと、ホストパーポー」

一人だけ拍手をしてやる村崎が要を手招き、眼鏡を掛けた俊と神威に書類を手渡す。

「遠野は錦織の前の前、灰皇院は…っと、まだ机も用意出来てへんから、空いとる席に、」

着席した要の前に長身が歩み寄った。怪訝げに見上げた要へ薄く笑い、無言で本来隼人の席であるそこへ腰掛ける。

「ま、神崎が来るまでそこでもええか。じゃあ今からHRを始めんで、各自筆記用具出しぃ」

輝きを取り戻した眼鏡姿の俊が振り返り、

「カイちゃん、お席近いにょ。良かったなり」
「ああ」
「シャーペンと消しゴム持って来た?」
「いや」
「じゃ、貸してあげるにょ」

ガマグチ財布から猫耳少年がプリントされたシャーペンと桃の形をした消しゴムを取り出し、神威の机に転がした。

「そ、…コホン。遠野君、カイとはまさか、彼は…」
「錦鯉君もご近所さんにょ!カイちゃんはブラックケーカイオーインなり。えっと、イギリスから来たんだって!」
「イギリス?」
「はいはい、そこ堂々と私語すんな遠野と錦織」

怪訝げに首を傾げた要は、然し村崎の言葉に前へ向き直る。
薄い笑みを零した神威に首を傾げた俊が、然し忍び寄ってきたらしい村崎に頭を掴まれ肩を震わせれば、

「俺の顔はそないに見たないか、のびちゃん?灰皇院の顔ばっか見とらんと、先生の話も聞いてくれへんかなぁ?」
「ふぇ、ごめんにょ。今のホストパーポーはちゃんと格好イイですっ」
「ふふん、宜しい。じゃ、まずは新学期のお約束、委員会決めからやでー」

満足げに頷いた村崎が教卓の前でチョークを握り、高速で黒板に文字を書いていった。

「委員会は部活動の部長、帝君以外強制参加やからなー。成りたい委員会があったら早う立候補しぃやー」

眼鏡を光らせた俊が太陽と桜へ振り返り、口パクで以心伝心だ。



(皆と同じ委員会がイイにょ!)
(俊君は帝君だから強制じゃないんだよぅ?)
(あ、俺も部長だから強制じゃないしー)

「のび太スネ夫ドラミ、堂々とマナーモードの私語すんなや」
「のび太は判るとして、誰がスネ夫で誰がドラミやね〜ん」
「山田スネ夫、エセ関西弁はやめぇ、聞くに耐えれんで」

目聡い村崎によって、三匹の平凡は机の下に携帯を忍ばせた。
然しドラミが桜ならば、それは色や性別ではなくそのボディ的な話だろう。余計なお世話だと、当の桜ではなく太陽が舌打ちした。



FROM: 山田太陽
subject: チャットメール

俺は庶民愛好会の部長…っつーか会長だから、委員会には入らないつもり。



FROM:
subject: チャットメール


タイヨーは平凡会長だったにょ



FROM: 桜
subject: チャットメール

へぇ、太陽君は部活してたんだぁ知らなかったなぁ





「………何か、敗北感…」


どうやら太陽だけが携帯を使いこなしていない様だ。
デコメマスターの俊や絵文字バッチコイの桜に沈黙した太陽は、俄かに携帯を打つ速度が速まった。


FROM:
subject: チャットメール

うーん^^;
部活っつっても去年たまたまシノ先生に知り合って、二人で立ち上げた形ばっかの愛好会だから^-^
部員も俺だけだし、活動も適当だよ^_^;A
ゲームするか昼寝するかくらいかなー^^



FROM: 桜
subject: チャットメール

なぁんだ
そぅだったんだぁ
でも何だか楽しそう



FROM:
subject: チャットメール

僕もタイヨー愛好会入りますっ
桜餅も一緒にょ
皆で毎日食べて帰るなりん





「俊君のメール、可愛ぃ…」
「畜生、二人に勝てる気がしないー」
「ハァハァハァハァハァハァ、受信履歴をSDに保存しなきゃ…!」
「ええ加減にせんか、安部河、山田、のび太」

どうやら三人のチャットはとっくにバレていた様だ。

「特にのびちゃん?一番前の席でサボる勇気は認めたるさかいな、新学期のHRくらい真面目に聞けや」
「さーせん、ついつい興奮しちゃったにょ、あんまりにタイヨーと桜餅が可愛くてハァハァ」
「そ、そーか、犯罪にならん程度なら、うん、興奮してもええんちゃうかな…」

呆れた村崎がいつの間にかチョークで汚れた手を叩きながら、


「さて、と。残りモンには福がある。安部河、お前に図書委員を任命してやるわ」
「ぇ」
「ちょ、図書委員会って!」
「ふぇ?」

チャットに夢中になる内に、殆どの委員会が決まってしまったらしい。

「委員会で一番忙しい、上に集会も多い魔の図書委員会や」
「横暴だー」
「今年も東條が委員長や言うのに、去年と違てなりたがる奴が居らん。諦めぇ」

残る図書委員会とクラス委員枠だけが四名分空欄で、立ち上がった太陽が痙き攣るのと同時に俊が首を傾げた。

「えっと、委員会が全部で13個。二人ずつで26人…あらん?僕とタイヨーと桜餅以外に二人足りないにょ」
「そうだよ、何で桜が図書委員会押し付けられなきゃなんないんですかー」
「しゃーないやろ、遠野は帝君、神崎は居らん、灰皇院と錦織は…遠野と同じ委員会やないと嫌や言うとるし」

ふん、とそっぽを向いた要に太陽が肩を落とし、しれっとしている神威の横顔を恨めしく睨む。

「ふぇ?じゃ、僕も図書委員会に入るにょ。桜餅、一緒に図書館でBL漫画読むなり!」
「えぇ?!俊君は帝君なんだよぅ?!」
「天の君が入るならオレも入りますっ!」
「ボクも美化委員会辞めて図書委員会入りたいっ」
「ちょ、ボクも入りたい!」

俊がしゅばっと挙手した途端、急激に図書委員会立候補者が増え、判り易く低気圧を巻き起こした神威&要に全員青冷める。


「あー、もう、判った判った、じゃあ桜と俺がやりますよ…」
「太陽君、有難ぅ」
「いや、山田は部活動部長やからな、あかん。これから忙しなるやろ?」

思わせ振りな村崎の台詞に首を傾げた太陽は、然しすぐに意味に気付いて口を閉ざした。
遠回しに庶民愛好会と言う巫山戯た部活を、左席委員会のアジトにしろと言っているのだ。つまり、太陽と言う会長を隠れ蓑に俊やこれから集める左席委員会役員を部員として囲え、と言う話だろう。

左席委員会と図書委員会の兼任は幾ら何でも厳しい。
公に名乗り出た俊や太陽はともかく、村崎やクラスの皆が桜の存在を知らない為に、左席委員会だからと言う理由が使えないのだ。

「サボりの神崎も道連れや。安部河桜、神崎隼人、図書委員会っと」
「星河の君と一緒…」
「さ、桜、御愁傷様…」

頬を赤く染めた直後に青冷めた桜へ、太陽の乾いた呟きが注がれる。

「残りのクラス委員は山田、遠野、灰皇院、錦織以外で決定やな」

全ての項目が埋まり、黒板消しを手にした村崎が振り返った。


「良し、じゃあ次に明日の学年・委員会集会についてのプリントと、部活動の入部希望届けを片付けんでー」
「プリントプリント、えっと、えっと、あ、庶民愛好会あったにょ!入部希望、遠野俊…っと」
「早速クラス委員出て来ぃ。先生ちょい休憩させて貰うけぇ、代わりに進めてや」

スーツに疲れた村崎が窓際で怠け、曇り眼鏡が呆れの溜め息を零したらしい。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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