帝王院高等学校
必殺技はハートの大砲にょ!

背中がぞわりと粟立った。



「─────呼んでる。」


本能的な予感に見開いた瞳をバルコニーから覗かせて、辛うじて残る理性が火の始末を確かめたのと同時に迷う事なく飛び降りる。


「副総長?」

聞き慣れた仲間の声を聞いた様な気がしたけれど。






  ─────イチ。





「Can I hear you?(呼んでる)」



逆らえないのではなく、逆らいたくない声が。





  ─────イチ。














ほら、また。何処かで。






















「あーれー?…帝王院に野性獣発見系、と、思ったら、紅蓮の君じゃないかなー、今の」
「相変わらず、…巫山戯た人ですね」
「先輩に向かって暴言は頂けない系じゃない?」

寮の最上階、階下に中央委員会役員の寮室が並ぶそこはドーナツ型の屋上庭園だ。

「陛下は居ないよ、勿論セントラルマスターも」
「見れば判ります。貴方が最上階に居るくらいですから」

口の字に刳り貫かれたコンクリートの中央を覗き込めば、寮内の施設である露天風呂が窺える。無駄が多い学校だ、と呆れの息を吐いて携えていた衣裳を放った。


「それを俺の視界から消して下さいますか、ノーサ」
「くく、相変わらずその変貌っぷりには笑わされる系だね。陛下の前では従順な癖に、」
「黙りなさい」
「出来の良い兄を持つと大変だ」
「忘れたのですか、貴方は」

年上には思えない童顔へ目を細めて、無意識に笑みを滲ませる。


「俺の手の内には、人質がある事を」
「…北緯に何かしたら、殺すよ?」
「戯れにしては笑えませんね。…弱い生き物」
「そう言う、上から目線。やっぱ局長にそっくりだよ、君」
「ほざいていなさい」

くるりと背を向けて、悔しげに舌打ちを零す気配へ笑みを消して歩き始めた。
然しすぐにそれは止まる。



「ファーストの護衛、ご苦労様。精々オニイチャン達の期待を裏切らない様に、オニイチャンを守ってあげな」
「─────」

振り向いた自分がどんな表情をしているのかなど、知る術はない。

「知った様な口を聞くのは感心しませんね、川南先輩」
「これでも諜報員の端くれなんだけど、僕。何か間違ってた系かな?」

失言に気付きながら、然し気丈にも嘲笑を浮かべたままの川南北斗を視界に映したまま、



「…今夜が満月だったら、その口は二度と言葉を話す事はなかったでしょうね」





声が聞こえる。



『何をそんなに恐がっているんだ』
『月の隠れた夜が暗いからか?』
『おいで』
『膝枕してあげよう』

『眠るまで、…朝日が昇るまで』

『俺はお前の傍に居るからな』





「…心配せずとも、俺は常にファースト=ノアグレアムの監視役として職務を全うします」


優しい声音が聞こえる。
そんなものが安定剤になるのだと知っていたら、もっと早くに判っていたら。

そう、初めて肺呼吸を覚えた誕生の刹那に予知していたなら、だ。









『お休み、俺の可愛いカナタ』



目を開く前に、呼吸を止めたのに。
























「何だ、あの雄叫びは」


ティアーズキャノン、正面玄関。
中央ゲートを目前に、自動改札口へ足を向けていた男は、その秀麗な美貌を怪訝げに歪める。
何だか大砲大砲叫びながら近付いてくる声と、慌ただしい事この上ない足音。


「チッ、煩ぇな、」
「タイヨータイヨータイヨータイヨータイヨー、タイヨー!!!」
「あ?」

舌打ち混じりに騒ぎの源を睨み付けた彼は、砂埃を巻き上げ姿を現した台風の目、ではなく黒縁眼鏡に目を細めた。
黒髪黒縁眼鏡、と言うあの忘れたくても忘れられないジミーな出で立ちは、



「テメェ、遠野俊じゃねぇか」
「ふぇ、俺様副会長…」
「死にてぇのか、キモ眼鏡」

良くもまぁ、本人を前に俺様などと言えたものだと眉間の皺を深めれば、目の前でゲリラ豪雨が吹き荒れたらしい。

肝眼鏡…レバー…レバニラ…中華の定番…定番…王道主人公…平凡受け、ふぇ、」
「何の連想ゲームだ、それは」


いや、違う。



「うぇ、ふぇぇぇん」
「何だ、いきなり」
「うぇぇぇぇぇん」
「おい、」

曇りまくった黒縁眼鏡から止め処無い雨が降る。
ぐしゅぐしゅ鼻を鳴らしながら眼鏡を擦るオタクに怯みながら、自分が泣かせてしまった様にしか見えない状況に唇を痙き攣らせた。

チラホラ集まってきた生徒達が例に漏れずチラチラ窺ってくるではないか。
煩わしい親衛隊の姿が見えないのは幸いだが、余りにこの状況は宜しくない。


「あ、あー、俺様の前で意味もなく泣くな、キモ眼鏡」
「タイヨー、ひっく、居ないにょ」
「大砲がねぇ?テメェ、まさか俺ら中央委員会に砲撃カマすつもりかコラ」
「ひっく、タイヨーはっ、平凡副会長ですっ。ふぇ、俺様会長と仁義無きラブバトルを、ぐす、しなきゃ、ふぇ、うぇぇぇん」
「待ちやがれ、話が見えない」

段々面倒臭くなった高坂日向が、握り締めた拳を振り向き様に突き出した。
微かな人の気配に条件反射で反応しただけだが、それは正しかった様だ。



「な、」


拳を掌で受け止められて、握り締めている分有利な筈の左拳がビリビリと痺れるのが判る。
理由は単純明快、相手が悪過ぎたらしい。


「憎らしき俺様副会長確認、速やかに消す。」
「おま、おま、お前、な、な、な、何を、」
「騒ぐな光王子、お前はもう、…死んでいる」
「生きとるわ!」

銀髪眼鏡の容赦無い攻撃を辛うじて避けつつ、聞き慣れたその声が理解不能な台詞をのたまうのに叫び返す。
ちょい、とブレザーの裾を引っ張られる気配に足を止め、明らかに神威である眼鏡不審者を警戒しながら片眉を上げた。

「何だ、邪魔すんじゃねぇ」
「ラ王子はカイシロウのライバルにょ。ぐす、お前はもう死んでいるの次は、ひでぶ、にょ」
「北斗の拳かよ。…うぜぇ、おい、キモ眼鏡。あのケンシロウ気取りをどうにかしろ」
「カイちゃん、お座り」
「俊、俺は犬じゃない」

長い足を遺憾なく発揮し近付いてくる神威に日向が怯めば、そんな日向には関心が無いらしい男の腕がオタクを抱き上げる光景。
俄かに騒ぐ周囲を睨め付けて、『俺様攻め候補』と言う、もう全く意味不明な腕章…、と言うか鉢巻きを腕に巻いた中央委員会会長を見た。


「何を遊んでんだ、アンタは」
「カイちゃん、キラキラ副会長とお知り合い?」
「所謂ナンパと言う行為ではないだろうか」
「キラキラ笑顔でカイちゃんのハートを鷲掴みするにょ?」
「余りの眩ゆさに眼鏡が曇る様だ」
「眼鏡は五分に一回磨かなきゃ、めーにょ」

ネクタイでキュッキュッと神威の眼鏡を拭ってやるオタクと、素直に拭われているオタク(大)の宇宙語めいた会話が全く理解出来ないのは、何故だろう。


「俊く〜ん、カイさ〜ん」

と、そこでぽてぽて息を切らしながら走ってきた生徒がはぁはぁ肩で息をし、日向の姿にびくっと明らかな怯えを滲ませた。

「わぁ、光王子の幻が見えるよぅ、縁起が悪いなぁ」
「………」

失礼な眼鏡ばかりだ、と最早殺意に近い怒りでその美貌を歪めた日向が、桜の背後に見えるヴァルゴ並木道を弾かれた様に見つめ、



「そこのデブ、退け!」
「ぇ?」

半ば強引に桜を弾き飛ばし、腰を低く構えた。



「高坂ぁあああああ!!!!!」
「声がデケェんだよ、野良犬が!!!」


ぽてっ、と尻餅を付いた桜の目前に、狼。
いや、違う。嵯峨崎佑壱だ。

「ど、何処から紅蓮の君は現れたんだろぅ?」

初めて間近で見るそのとんでもない威圧感に怯んでいるのは桜だけの様だが、突如般若と化した日向がライオンも逃げ出す様な声音で叫ぶのに最早涙目である。


「嵯峨崎ぃ、毎度毎度俺様の尻ばっか追い掛けて来やがってテメェは…」
「気色悪い勘違い抜かしてんじゃねぇぞ年中色惚け野郎が、…やんのかコラァ」

桜吹雪を背負った狼と、ティアーズキャノンを背負った獅子。
まるで任侠映画のワンシーンだ。

「此処で会ったが百年目っ、俺の為に死ね!自殺してくれたら葬式は任せろ、特大ケーキに蝋燭立てて盛大に祝ってやるから!」
「…熱烈な台詞に涙が出そうだ」
「テメーなんざ焼きうどんの具になっちまえや!大好きな鰹節奮発してやんぞ、阿呆猫!」

どうやら佑壱は焼きうどん派らしい。

「あーあー、次から次に完全うぜぇ、焼きそばの麺にすんぞ、そのムナクソ悪ぃロン毛」

そして日向が焼きそば派。全く噛み合わない二人だ。

「はっ、年越し蕎麦なんざ流行んねーんだよ淫乱が!年越しはうどんだろ!」
「知るか雑魚犬が!うどんを焼く馬鹿犬なんざ死ね!保健所に放り込まれてぇのか、ああ?!」

どんどんエスカレートしていく高レベルな美形二人による低レベルな争いに、何が何やら、見物している神威の隣で桜が差し出した金平糖を貪るオタクの眼鏡が曇ったらしい。

「今は俺様攻めのラブバトルに、萌える気がしないにょ…」
「俊、眼鏡が曇っているぞ」
「ふぇ、曇ったお空はふきふきしても晴れないにょ!」

ぽりぽり噛み砕いていた金平糖をプッと吐き出し、


「痛!」
「っ、」

佑壱のデコと日向の眉間に砕けたハートの砲撃、二人同時に額を押さえ振り返り、


「死兆星を突いたにょ。チミ達はもう、萌えている」
「ブッ殺すぞ、」
「ひでぶ!」

今にも俊へ殴り掛かりそうな日向が珍しく躊躇った。
何事かと背後を振り返り、大の字で倒れるワンコを冷めた目で眺める。


「…嵯峨崎、頭大丈夫かよ」
「俺はもう死んでいる。何も聞こえない」
「………お大事に。」

寂れた日向の背中がゲートの向こうに消えた。
恐々近付いた桜が屈み込み、微動だにしない佑壱の肩をやはり恐々揺すってみた様だ。


「紅蓮の君、大丈夫ですかぁ?」
「気安く触んな、殴り殺すぞコラァ」
「桜餅を苛めるなら、もう一発ハートアタック食らわせるにょ」
「ザクロモチ、悪かったな」

オタクの眼鏡と金平糖の小瓶が妖しく光り、しゅばっと起き上がったワンコが近年稀に見るイケメンスマイルで桜を見つめた。
平凡の頬が赤く染まる。

「ザクロモチじゃなくて、安部河桜ですぅ。えっと、俊君にはお世話になってます?」
「あー、その遠野をいつもお世話してます、どーも」
「どう言う意味にょ、黄昏の君」

何だか自棄に攻撃的な俊が、つつつと佑壱の背後に忍び寄り耳元で囁く。
髪や目だけではなく額まで赤く染まっている表情を、流石の佑壱も僅かに青冷めさせたらしい。

「て、天皇猊下、統率符で呼ぶのは反則じゃねぇっスか?」
「…中央委員会が憎いにょ」
「そ、…遠野?何があったんだ?」

情緒不安定甚だしい俊の様子を覗き込もうとして、背中に走った凍える様な威圧感に息を呑む。
振り返らなければならない様な気がして、背後には桜しか居ない筈だと動かした頭は、然し顔を上げた俊によって停止した。



「タイヨー、居なくなった」
「は?」
「うぇ、タイヨー、ひっく、返して欲しいにょ」
「何?山田がどうかしたんスか?」

最早敬語を隠す余裕も無い。
背中の向こうとは比べものにならない凄まじい殺気が目前から放たれて、冗談ではなく息が詰まる。

「タイ、タイヨー、ひっく、ぼ、僕が、ふぇ、見捨て、見捨てたから、ひっく、も、もぅ、帰って来ないにょ!」
「見捨てた?いや、落ち着いて、ゆっくり話を、」
「タイヨー、お目め閉じてたのにっ、あ、あんな奴に連れ、連れてかれて、な、何にも、出来、出来なかっ、」


形容するなら、こう記すべきだろうか。

それはまるで神に祈る様な、けれどまるで全てを従わせる様な、そんな両極端の響きを秘めた血を吐く様な声音だった・と。



「も、要らないから!友、友達百人なんて、要ら、要らないにょ!タイヨー、タイヨー返して、初め、初めての友達、返し、返して!」
「きゃ!」

まるで背中に翼が生えた様だと思った。
従わなければならないのではなく逆らいたくない声音が、空を貫く声量で叫ぶのと同時に足は意志を宿したのだ。



背後で誰かが笑った気がする。
(何処かで聞いた様な)
(この威圧感を知っている様な)
(そんな気がするのに)
(そんなものどうでも良かったのだ)



(走れと本能が囁き掛けた)
(翔べと背中が囁き掛けた)





「白日を天へ、返せ!」



(そう、太陽は空に在るべきだと)
(絶対なる声が命じているから)

(逆らえないのではなく)


(従いたくて血が騒ぐのだ)



だから、例えば尊敬してやまないご主人様が年下だろうが、幾つもの小さな嘘を重ねて姿を現わそうが、だから、



「うわっ、何だい?!」
「探索時間3分、山田捕獲。」
「イチ先輩かい!」

尊敬してやまないご主人様にあんな表情をさせるのが自分ではなくても、平気。

「ぎゃ!」
「色気のねぇ声を出すな」

こんな事がなければ生涯話す事もなかった一般人を担ぎ上げて、些細な抵抗すら封じてしまえば、人間一人神様へ捧げるのは容易いのだ。

「何、何、何でこんな状況?!」
「テメーが誘拐なんざされてっからだろーが、馬鹿田。怪我はねぇだろうな、あったら殺すぞコラァ」
「誘拐?あ、いや、それはまぁ、ちょっと腹痛めたくらいで…つか、怪我人を殺すって矛盾してませんかー」
「うっせ。この馬鹿田、山田ヒロバカ。お前はもう、高坂に続く馬鹿に決定だな」
「また光王子と喧嘩したみたいですねー、デコ赤くなってますよー」

ちょん、と恐怖心が薄れてきたらしい太陽が額を突付き、軽く睨み付けたが効果が無いと気付いて担いだ尻を握り締めてやる。

「痛いっ、ちぎれる!」
「何なら、テメーの股間にぶら下がってる粗末なモンも握り潰してやんぞ、山田バカアキ」
「虐待だ、言葉と暴力によるこれは立派な苛めだ。訴えてやるー」
「ふん、こちとら五分に一回は起訴の国ステイツ育ちだボケェ、裁判でアメリカンに勝てると思うな」
「裁判員制度をご存知ないと?」
「馬鹿め、アメリカじゃ陪審員制度は遥か昔からのお決まりだ」
「ふーん、じゃ、俺の弁護人に俊を希望します。」
「…テメー、やって良い事と悪い事がねぇか?あ?」
「そんなに俊が怖いんですか、アンタ」
「お前が総長を知らないからだろ」

思ったよりも優越感に満ちた声が零れた。

「知らないって、確かに俊はたまーに怖くなるとは思うけど…」

怪訝げに首を傾げる太陽を横目に、


「本当のあの人は、あんな生易しいモンじゃねぇからな…」
「あんな?」
「…お前が余計な仕事増やすから、総長が半ギレ中だ。全力で宥めろよ、馬鹿」
「ちょっと頭が良いからって、馬鹿馬鹿言うのやめて下さいー。…今ちょっと傷ついてるんですよ、俺ー」
「ふ、笑かすな」
「マジ、イチ先輩も相当何様だよって思った、今」

親友気取りのこの生き物は、まだ知らない。知ってしまっても知らないままでも構わなかった。
優越感は暗く深く、心の底を満たしていく。



「友達、な。………いつまで続くか」
「何か言いました?」
「別に」


知らないままでも知ってしまっても。いつか気付く日がやって来る筈だ。





『私の愛らしい宝石よ』
『俺の可愛いワンコ達』



所詮、『神』にも『天』にも、



「次に誘拐されたら売り飛ばすぞ。覚えとけ」
「イチ先輩の方がよっぽど極悪じゃないか〜い」
「一円にでもなりゃ儲けだな」
「一円かよ、俺の価値は…」
「一円様を笑う気か、山田の癖に」
「あ、一円以下なんですね、俺の価値…」



人間など、必要ない事に。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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