帝王院高等学校
それはまるで食物連鎖の様に。
空を見上げて、彼は小さく笑んだ。
その煌めく真夜中の光はまるで白昼の様に、妖しく強く闇を照らしている。





「成程、…私はやはり人として不十分らしい」


諦めた様な囁きを聞く者は居ない。


「…いや、人を凌駕しているだけか。どの途、」



宵闇に浮かぶは、月のスクリーン。





「馬を持たぬ『騎士』は、…孤独のままだ」


















炊きたてのご飯を保温器に詰め替え、フリカケやら明太子やらを背負ってやってきた男は沈黙した。


「ユウさんっ、集められるだけ集めてきましたが、」

背中に風呂敷包み、肩にボストンバック、両手にレジ袋。
凄まじい荷物を抱えた要が息を切らし近付いてきたが、ポツンと佇んだままの赤毛を見つめ僅かだけ眉を潜める。


「ユウさん?」
「………」
「どうか、」

したのですか、と言う問い掛けは続かない。無用心極まりなく開けっ放しにされた一年帝君部屋、つまり俊の部屋の前。
左席委員会生徒会長に就任したばかりであるその部屋の主は、



「…『旅に出ます。探さないで下さい』」


と言う、相変わらず無駄に煌びやかな便箋の書き置きを玄関に残し、ラララ無人くん。


「………」
「ぐす」
「ユ、ユウさん…」


ぷるぷる震えている隣の副総長を慰めるべきか、何の為に白飯を掻き集めて来たのか判らない状況を嘆くべきか、





「………」
「ぐす」
「………ぐす。」


ぷるぷる震えるチワワ二号としてご主人様の帰りを大人しく待つべきか、





…判断に悩む所だ。



















「ちわにちわっ、今日から萌に勉強に頑張ります遠野俊15歳独身ですっ!
  好きな本はジャンプとサンデーとマガジンとBL全般っ、好きな受けは全部っ、好きな攻めは俺様攻めですっ」

萌尽きる運命、と言うハチマキで気合いに満ちた輝きを放つ黒縁7号が叫び歩いている。

隣にデカイ眼鏡、三歩後ろにチビ眼鏡、彼らはそれぞれ『俺様攻め候補』『MOE』と言うハチマキを装備していたが、自ら進んで左腕に巻き付けたらしいオタク(大)と違い、他人の振りをしているオタク(仮/小)は足取りが重い。


「サセキ〜、サセキは如何っスか〜!強気受け、訳あり変装受け、俺様攻め、腹黒攻め、生徒会、先輩後輩、やっぱり教師!
  帝王院のBLライフを明るく楽しく彩りますにょ!
  はっ、そこのチワワ君ちわにちわっ!」
「え?あ、はい、こ、今日は、天皇猊下…」

哀れ、話し掛けられた生徒はビクリと震え上がる。
御愁傷様です。

「君は親衛隊ですかっ?!それとも健気受け候補ですかっ?!」
「あ、いや、は、はい、神帝陛下の親衛隊に所属してます」
「神帝!ふ、僕の宿敵シンテイ!ドウテイだって負けないにょ!」
「え?えええ?」
「神帝陛下と童貞猊下って何か似てる気がしますなり!カイちゃんっ、広報活動!」
「ペーパー配布中だ。欲しければくれてやろう」

育ちの良さだろうか、オタク(大)が配っているらしいチラシ的な紙を律儀に受け取り、律儀に読み更けている様だ。
基本的に帝王院の生徒はセレブ育ちの為、真面目な生徒が多い。


「ふにょ。お喉が痛いにょ、ジュース飲みたいなりん」
「会長、作り置きの悪魔と天使のワルツです」
「む。頂くにょ」

自称童貞猊下の隣、本物の神帝陛下は只今絶賛パシリ活動を謳歌している。
バーテン活動中に作ったカルコークを差し出し、お礼に一本十円のうんめー棒を貰い満足げだ。


「もきゅもきゅもきゅ」
「サセキ〜、サセキは如何っスかー!遺跡じゃないにょ、サセキなり!BL小説は移籍じゃないよ書籍だよ!」
「左席、左席は如何ですかー、右から左に受け流す左席は如何ですかー、もきゅ」
「ご飯のお供に平凡受けっ、うっかり夜のオカズにぷに受けっ、貴方のBLライフを明るく楽しく彩りますにょ!」

何だか焼き芋の移動販売チックになってきたそれを、然し周囲の生徒らは物珍しげに眺めている。
台本らしい同人便箋片手に棒読みの広報役は、配布中の紙の束を抱えている副会長から残りのチラシを奪った。


中々好調な配布活動だ。
流石、見た目はとにかく、中身は中央委員会生徒会長である。


然し、本来の職務は大丈夫だろうか。
高坂日向がどうにかするから大丈夫だろう。副会長とは常に会長から弄ばれる運命なのだ、うん。



「合言葉はMOE!」
「もえー」
「………」
「振り向けばサセキ、上向けばサセキ、天井裏から優しく見つめますっ!
  ハァハァ、サセキ〜、サセキは如何っスかァ、ハァハァ、中央委員会に負けないイケメン絶賛募集中です〜」
「俊、俺で我慢しておけ」
「…二人共」

顔を真っ赤に染めた太陽が、漸く沈黙を破った。



「いい加減っ、我慢の限界臨界死にそうだい!もうちょい控え目に歩けないかなー、本当に!」

親父ギャグを飛ばすくらい、彼はいっぱいいっぱいらしかった。

「あにょ、あにょ、ごめんなしゃい、副会長…」
「何を騒いでいる、山田副会長」
「だからっ、何で公安委員会が中央委員会以上に赤裸々活動してんだって言ってんの!恥ずかしっ、恥ずかしくて今すぐ空気になりたい!」
「く、空気に?!はっ、空気になったらお風呂覗き放題、天井裏じゃなく押し入れの中からデジカメし放題?!」
「ほう、然しよもや姿形を以てしても目に付かぬ貴殿が、大気に同化してしまえば最早捜し当てる事も適わない」
「遠回しに地味だって言ってるのかなー、カイ庶務…?」
「ぷはーんにょーん」

バチバチ、眼鏡の火花を撒き散らすオタク(大)VSオタク(小)にオタク会長が拳を握り、デジカメと眼鏡を光らせまくる。


三人は宛てなく歩き回った結果、どうやら校舎へ直通である地下遊歩道入り口に辿り着いている様だが、明らかに人の気配が無くなって来た事には気付いていないらしい。窓ガラスの向こうに巨大なティアーズキャノンが見えている。



「サセキ〜、サセキは只今中央委員会に負けないイケメンを絶賛募集中にょ!出張ホストに出張俺様攻め、萌えたい、萌えさせたい、そんなやる気のあるイケメンを絶賛募集中です〜」
「衆人環視の最中で自ら派手に演出し名乗りを挙げて置いて、今更ではないか?ヒロアーキ副会長」
「君、結構言うよねー、カイ庶務」
「我こそは中央委員会を越える!そんな自意識過剰な自信に溢れたイケメン、この指と〜まれっ!」
「とーまったー。」


火花散る左席1デカイ男と左席1小さい男の争いを余所に、くねくね踊りながら小指を立てたクネクネダンサーズなオタクの指に、長い指が絡んだ。



「あらん?」
「やあ、さっき振りだねー」

髑髏な指輪が三つも並んだ長い指、その手首には見慣れた黄色いブレスレットがある。
細い腰元のポケットに突っ込んだもう一方の手首を眺め、随分高い位置にある顔を徐々に見上げたオタクは眼鏡にヒビを入れた。


「モ、モテキングさんっ!ちわにちわ」
「あれえ?眼鏡君はー、俺のお名前知らないのかなあ?おっかしいなー」
「えっと、えっと、神崎隼人しゃん…」
「そう、当ったりー。神崎隼人君、うっざい奴らは星河の君、なんて気っ色悪い呼び方するんだけどねえ」

素早く握られた右手を引かれ、屈み込んできた優しげな美貌が、然しピントが合わないほど近付く前に体が後ろへ傾いた。


優しげな眼差しの上で跳ね上がった形の良い眉が見える。
にょきっ、と現れた小さな人影が庇う様に片腕を上げて、その小さな背中を眺めながら腹に巻き付く腕を掴んだ。


すぐ、耳に触れる鼻先の気配。


「予測不可能なご登場、…いつも有難うございます、星河の君」
「21番君、何か今日は随分反抗的だねえ」
「2番君、うちの会長に用があるならマネージャーと言うか秘書と言うか、親友である副会長を通して貰えませんかねー」
「あは、…テメェ如きが俺に命令すんな。消すぞ、雑魚が」

ビクリ、と跳ねた太陽の背中に腕を伸ばす。
声音と共に纏う雰囲気まで変化した隼人を見つめ、眼鏡の下で瞬きしてみた。


「タイヨー」
「俊、」
「モテキングさんは、僕にご用ですか?」
「んー、そうかなあ。大人しく付いてくるならさー、そこの雑魚二人助けてあげてもいーよー、なんて隼人くん悪役ちっくー」
「俊が行くなら俺も行く。そんなヒョロ犬に負けないし」
「…ほんっと死にたいらしいねえ、21番君」
「アハハ、どーせイチ先輩より雑魚なんでしょ、星河の君!」

強気な太陽の目が据わっている事で、無表情ハァハァしている俊の後ろ、今にも殴り掛かって来そうな隼人を前に気丈な態度を見せている小さな背中を一瞥した長身が進み出た。


「わあ、出たなでっかいのー」
「一時休戦だ、ヒロアーキ副会長。これより左席業務へ移る」
「ふ、それしかないみたいだ、カイ庶務。今は目の前のヤンキー相手にどうコマンド逃げるを発動するか、迅速に且つ適切に提案して欲しい」
「なーに、ブツブツ言ってんの、不っ細工二匹ー」
「ハァハァ、ヤンキー攻めを前に強気平凡受けと俺様攻め候補の争い…!入学早々こんなに素敵な事態が待ち受けているとわ!
  はっ、もしかしてこれは理事長のプレゼントかしら?!」

火花散る三人を余所に、眼鏡から歓喜の涙散るオタクはドキドキ高鳴る心臓を抑え、廊下をゴロゴロくねくね転がり踊った。

オタク、クネクネダンスをマスターしたらしい。
腐男子レベル3Up、くねくね力250Up、妄想力125Up、心拍数250、心ハァハァ数800。



萌尽きそうになった



お疲れ様です。



「作戦ガンガン逃げようぜ!カイ庶務っ、俊を抱えて逃げろ!」
「囮になるつもりか、ヒロアーキ副会長」
「くっ、俺の屍を越えて行け…!」

副会長はゲームオタクだ。

「盛り上がってるとこ悪いけどー、隼人くんってばそんなに気が長い方じゃないんだよねえ。眼鏡君、こっちおいでー」
「はっ、ヤンキー攻めが呼んでるにょ!まっ、まさかこのままカイちゃんとタイヨーをうっかり独り占め?!シングルベッドでうっかりスリーピース?!」
「3Pは別に嫌いじゃないけどねえ、隼人くんの大好きな人と眼鏡君ならー、今から隼人くんのダブルベッドにご案内してもいーよお」
「…そなたは愚かな生き物よ」



囁く様な声音が落ちた。
目を見開き恐らく無意識に後退った隼人のしなやかな体躯が、然し冷え渡るほど毛を逆立てている。


ピタリ、と動きを止めた俊が緩やかに振り返り掛けたが、絶好のチャンスだと俊の手を掴み持ち前の機敏さで駆け出した太陽を止める者は居ない。





「ほう、…冷静な判断だ。やはり、叶が人間扱いするだけの事はある」
「テメェ、まさか、」
「賢いとは時に憐れなものだな、神崎隼人。一月振りだ、健勝の様で何よりだが、」


一歩、近寄った長い足が、それだけで世界を闇へ染めていく。


「左席庶務カイルークとして、公務執行妨害となる火の粉は散らさねばなるまい」
「何で、…っ、テメェが左席なんざ名乗ってんだ!」
「そなたには理解出来ぬ、些細な戯れだ。私の興味を満たす為だけの、…つまらない実験に過ぎない」
「巫山戯んじゃねぇぞ、ルーク=フェイン!くそが…っ、じゃあ、あの人もグルかよ!」

吐き捨てる様な叫びは、静寂の底へ落ちる。



「そなたに疑われたとなれば、あの子も救われない。手駒にイーストを隠し持つそなたは、常に裏の裏ばかり読むのだろうな」
「…」
「お休み、弱き人の子。…裏の裏、それ即ち表である事に気付かぬまま、今暫し」

大差ない長身が声も無く倒れるのを片腕で抱き留め、人の基準を等しく全て凌駕した男は何の感慨もなく外した人工髪を放るのだ。


「…カルテット、そなたの指揮者はそなたを救いに現れるだろうか?」


かちゃり、と。
小さな金属音を発てた眼鏡をブレザーポケットへ仕舞い、空いた片手で流れる様なプラチナブロンドを優雅に掻き上げ、



「現れずとも、そなたはファーストが救うだろうな。私へ刃向かう事になろうとも、監視の影に気付きながら未だ嵯峨崎の小さな枠へ身を委ねるファーストが。
  案ずる必要など無い、セカンドが存在する限りファーストはそなたの『味方』だろう。



  …あの子を疑う事は許さない、弱き人の子。








  私の愛らしいファーストは、何も知らぬままなのだから」



背後でエレベーターが開く音を聞いた。

←いやん(*)(#)ばかん→
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