帝王院高等学校
2.イチシュンエンドの場合
紆余曲折を経て帝王院一、いや宇宙一のラブラブカップルになった嵯峨崎佑壱と遠野俊の日常は、



「総長、朝飯の時間っス」
「ぅむ、むにょ、むにょ、…ご飯?」

何だかんだで侍従関係が抜け切れていなかった。

「パニーニとカボチャの冷製スープ、出来たての内に食いましょう」

眠たげな目を擦りながら起き上がったカルマ総長は、ベッドサイドのBL小説………ではなく、黒縁眼鏡を手に取りながらコクリと頷く。
それを片手で奪った男はもう片手で最愛の人を引き寄せ、



「ぁ」
「おはよう、─────俊。」


何ともまぁ、こんな時だけ経験値が物を言う。
普段のヘタレさが嘘の様な甘い囁きと共に唇を奪い、最後にペロリと目尻の雫を舐め取って手を離した。

「イチ、歯、磨いてくるにょ」
「新しいピーチミント味の歯磨き粉は棚の上に置いてますから」
「判った」

僅かに赤く染まった頬を持て余しながら、ぽてぽて歩いていくパジャマ姿を見送って、





ワンコはぺちょっとベッドに崩れた様だ。


「ヤベーヤベーっ、寝起きも超可愛い…!何だあの芸術的な寝癖は!俺のパジャマを何であんな可愛く着熟せんだよ!」

ばふばふベッドを殴り付けて、やはりぺちょっと無人のベッドに倒れ込む。





くんくん。





「………スーハースーハー、総長の匂いがする…」

ただの変態と化した犬は暫しベッドのカホリを堪能し、おもむろに起き上がって恋人が散らかしまくったベッドサイドを片付け始めた。
根っからの潔癖症ではなく、ただのオカン気質だろう。何とも残念な俺様攻めではないか。

まぁ、俊を前に俺様が顔を出す事など殆ど無いが。
ベッドの中でだけ微鬼畜甘えた攻めになる、なんてフォローにならないフォローを追記しておく。


「全く、脱いだ下着も靴下もこんな所に隠して…」

可愛いぜハニー、そんな台詞を心の中で呟いたとか叫んだとかはさて置き、剥ぎ取った羽毛布団の下から掘り出した衣類を拾い上げながら、そう言えばこれを脱がしたのは自分である事を思い出す。



『ゃ、イチ、待って、先に…っ、お風呂入ってからじゃなきゃ…!』
『…あ?ンなの待てる訳ねぇだろーが、…諦めて素直に感じてろ』

中々に俺様チックだ。
昨夜の営みを思い起こして見えない尻尾を振り回し、



「…朝からアイアム元気一杯だな」

とても言えない下半身事情に痙き攣る笑みを浮かべ、やや前屈み。
可愛い恋人のアレやコレやを思い起こして頭を振り、上げた布団を窓辺に干してから小説や漫画を本棚に直した。



「イチーイチーイチー」
「はい、今行きます」

リビングから響く声に洗濯物を抱えたまま急げば、テーブルに並べられた食事を前にちょこんと正座している俊が見える。

何で椅子の上に正座しているのかは可愛いから聞かないが、スプーンをそのままにただ座っているだけの姿に軽く眩暈を覚えてしまった。



「そ、総長、何処かお加減が悪いんスか?!はっ、まさか…妊娠?
  いや、言わなくても大丈夫ですっ!吐き気がするとか酸っぱいモンが食いたいとか、大丈夫、来年には俺も卒業ですし、子供の二人や三人や十人喜んで養いますから!」

双子以上を覚悟しているワンコは拳を握り締め、今まで付き合ってきた彼女らが愛情を試す為に言った台詞で学んだ妊婦ABCを語る。
例え明るい家族計画を使わない夜の営みだろうが、雄と雄のそれに赤ちゃんが出来る様な仕掛けは無い筈だ。


いや、確かに人知を越えたオタクならば可能かも知れないが、当のオタクはきょとりと首を傾げ、



「赤ちゃんは桃畑に落ちてるにょ。ピーチミント味の歯磨き粉には赤ちゃんは含まれてないなり」

キャベツ畑ではないのかとか、そもそも男子高校生がピーチミント味の歯磨き粉を愛用するのはどうなのかとか、まぁ、此処に太陽が居たなら端々から突っ込んだだろう台詞にも佑壱は耳を貸さない。


「長男なら俊壱、次男なら俊二…長女なら佑子か?いや、俊子もアリだな…」


最愛のオタクの名前を元に、生まれる筈が無い子供の名付けに忙しいらしい。


「イチ、ご飯冷めちゃうにょ。一緒に頂きますしないと食べられないなりん…めそり」

然し、その台詞に妄想世界から抜け出した様だ。



「総長…まさか、俺を待って…?」

なんて健気な恋人だと、帝王院が誇る中央委員会生徒会長の瞳が潤む。
こんなヘタレに後を任せた神威が何を考えていたのかは横に置いて、とにかく今は見えない尻尾と一緒に赤毛を振り回す溺愛攻めに着目しよう。



「お腹空いたなり…」
「あ、ああ、そうだな、一緒に食べよう、…俊。」

洗濯物など後で洗濯機に叩き付ければ良いのだ。掃除機など一日くらい掛けなくても困らない、朝ご飯の後にデザートすっ飛ばして朝の営みに励んでも良いだろうか。



「お代わりも一杯あるっスからね」
「いただきま。」
「頂きます」

しゃーっ、と凄まじい勢いで食べ始めた俊を、普段なら余り直視しないが、愛溢れる余りニコニコ眺めてしまう。
やはりその食欲を見ただけで腹一杯胸一杯だが、佑壱の分のパニーニにまで魔の手が伸びようと寧ろこちらから差し出してやる勢いだ。



「ご馳走様でしたっ!」


然し、いつもならば二人分では到底足りない筈の恋人は、ぱちんと手を合わせて、何を思ったか佑壱ばかり凝視してくる。
物言わぬその視線にゆらりと立ち上がり、誘われるままふらふら近付いて、



「きゃ!」
「我慢出来ねぇ…つか、今すぐ喰いてぇ…」

ぞくりとする様な声音で囁きながら耳朶を甘咬みし、俊の力が抜けた所を抱え上げた。
不意討ちでなければ適わないのだから致し方ない。攻めが腑甲斐ないのではなく、このオタクが人知を越えているだけだ。





もじもじしながら何か言いたげな、然し無言で見つめてくるだけの恋人に頬を寄せて、ワンコは珍しくキザ犬になった。



「I love you, if I dead now that still I will love you more forever.(愛してる、万一今此処で死んでも、…未来永劫燃え上がりはしても尽きないくらいに)」

だが然し、余りに発音がネイティブ過ぎてオタクには全く通じていなかった。
本当にこのオタク、帝君だろうか。









さて、起き上がれなくなるくらい恋人を可愛がりまくったワンコは、艶々な表情で掃除機を掛け、パタパタと靡く洗濯物を一瞥し晴れやかだ。
そのまま朝食の後片付けをするべくキッチンに向かい、






「─────作り置きがねぇ。」

お代わり分の食事が綺麗さっぱり無くなっている事に、晴れやかな笑みを消して一気に無表情である。

一瞬で全てを悟ったワンコは沈黙した。道理であの食欲魔神がお代わりを求めなかった筈だ。
どうせ歯磨きを終え、ジュースでも飲もうとしてキッチンへ入り、湯気を発てるパニーニを棚の奥の更にバスケットの中の、極め付けにタッパで密閉した中から見付け出したに違いない。





「………」


自分を待っていたのは恐らく、作り掛けのデザートであるキャラメルプリンがまだ出来てなかったからだろう。
高がデザート、されどデザート、起き上がれなくなった俊はうわごとの様にプリンプリン呟いていた。起きたら出来たてのキャラメルプリンを腹一杯与えてやろうと思っていた佑壱は、おもむろに冷蔵庫からプリンを取り出した。





「きゃ、」
「むしゃむしゃむしゃ」
「きゃーっ!プリン、プリンがァアアア!!!」


そしてベッドから蒼白な表情で凝視してくるオタクの前で、好物であるプリン8人前を完食したらしい。





その日から一週間オタクから無視されたワンコは、バケツサイズのプリンを抱えて涙ながらに総長を追い回しまくっていたそうだ。




「そーちょー、そうちょーそうちょーそうちょー!!!」
「ぷん!イチなんか絶交にょ。離婚するにょ!」
「生まれてくる子供はどうするんスかーっ!父無し子にするなんて酷過ぎるっス!!!」






「………アハハ、何だあの二人。」
「おや、やはりシュンイチの方が円満なんじゃないですか?」
「つかさあ、ハヤシュンが王道だと思うんだけどなー」
「ケンシュンっしょ(´Д`*)」
「それじゃ百合だぜ」
「フーシュンとかかなー?アハハ、違うか!」
「風疹みたいな事を仰らないで頂けますか、全身に発疹が現れて混乱の余りうっかり目の前の地味っ子を押し倒してしまいそうですよ」


「カイシュン、カムバーック!!!」

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あきゅろす。
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