帝王院高等学校
★青息吐息2☆若月わかめ様より
「ここに居ると俺は、息もできないような気がするよ」
誰も居ない図書室の一角、貴方はポツリと溜め息一つ、呟いた。
後ろの書架で偶然それを聞いてしまった私は、ただ、佇むばかり。
苦しいのは貴方が弱いからだ。
もがき苦しみながらもどうする事もできない歯痒い現実。打破する事のできない現状。抜け出したいのに抜け出せない。出口の無い迷路をグルグル廻る。いっそ底の底まで落ちてしまえれば、思いながらも落ちれば落ちるほどに己が許せず悪化する泥沼。
「隠れているつもりですか?」
「……何か?」
書架に指を添えながらも、その手は書籍を選ばない。貴方の目は決してこちらを見ない。
私は右手を書架に付けながら、ただただ貴方を見るばかり。
「貴方は本当に愚かしい。何処にも付けず何処にも行けず、貴方はいつでも必死に、けれど流されたいと浅はかにして半端に何も、諦めきれない」
「……だから…?」
ゆっくりと選別するようにゆれる指先。まるで滑稽にその指先を辿ってしまう私は蝶々か蜻蛉。誘われるようにその指先に吸い付きたい。
「上から誰かが落ちれば貴方も落ちる。下から追い上げられても貴方は落ちる。まっさかさまに突き落とされる。不安でしょう、苦しいでしょう、ジリジリと、どちらからも追い詰められて。不安でしょう、苦しいでしょう、全て中途半端な貴方がいけない」
「……だ、から…?」
ゆっくりと揺れる指先、本を選別している。その実なにも選んでなど居ないのだ。本当は震えているくせに。
誤魔化すように揺らめかせ、目的もないのにタイトルを流し見る。
震える体を虚栄心だけで押さえつけ、必死に私を見ないで虚空を仰ぐ。
気に入らない。
「だから貴方は愚かだと言っている」
「――っ!」
息を呑む貴方の青い顔。泣かせてやりたい。崩してやりたい。壊れるほどに。貴方を殺してまでも全てで私を想わせたい。
貴方に縋る希望など何も無い。諦めなさい、今すぐに。諦めなさい、潔く。
無駄なのだと悟りなさい。貴方の目が曇るその前に。
私以外の誰かに壊される事など許さない。
貴方はさっさと私に降伏するべきだ。
暴力で屈服させるだけならば簡単だった。
貴方が途方も無く弱く、吹けば飛んでしまうような果敢無さだから。
私は貴方を苦しめるほか無いではないか。
強張り恐れる自分を許せぬように、誤魔化し彷徨わせた指を本に置く。けれど引き抜かない。そんな力が出ないから。
それほどまでに、貴方は私が恐ろしい。
暗い愉悦がこみ上げる。笑い出してしまいたくなるほど滑稽だ。
あまりに自分が、可笑しくて。
あまりに自分が、苦しくて。
「貴方、目障りなんですよ」
「っっ!!」
その他多数と同じモノにはなりたくない。
貴方を傷つけ嘲笑う、その他多数になりたくない。
貴方に私を焼き付けるには、貴方を苦しめるしかないではないか。
真綿で首を絞めるようにゆっくりと残酷に、貴方を殺すしかないではないか。
「な…だよ…何なんだよ…」
震える声、震える体、指で。けれど決してこちらは見ずに泣きそうに…俯き歯を食いしばる。
力を込めた指先が、ズっと窮屈に仕舞われていた本を引く。斜めに傾けられた本はけれど、抜き取ることはしないまま。
「何なんだよ…なんで…あ、あんたは…貴方は、俺に…」
「何故?」
「……っ」
「何故、などと」
暗い暗い愉悦がこみ上げる。ああ抑えられない感情が、貴方に暗い私を見せてしまう。酷く醜悪に、この上なく楽しげに。
笑みを、魅せる。
「理由などあるものか」
ズルリ、滑り抜けた本はしかし彼の手の中のまま。それにさえ私は正気ではいられない。
けれどやっと貴方が私を見たから良い。向き合えたからそれで良い。
驚き見開いた目は濡れていて。耐えるように染まった目元に舌を這わせてしまいたい。
そう貴方はきっと何もかもが甘いはず。
「何なんだよ…何で…何なんだ貴方は!何で俺にそんな事言うんだ!他にも俺みたいなヤツなんて沢山居るはずだろう!?何で俺に構う!何で俺なんだっ!俺が貴方に何をした!何で貴方が!!何で、俺に…っっ!!!」
叫ぶように投げつける。貴方の言葉はいつでも矢のように私を傷つける。
同じように傷つけば良い。消えない傷で、沢山私を想えば良い。
「ふざけんな!!大っ嫌いだ、あんたなんてっ!」
言葉と同時に飛んできた本が勢い良く腕に当たり床へと落ちた。痛みと本に気を取られている隙に、貴方は足音だけ残して消えていた。
ジンジンと痺れるような痛み。屈んで落ちた書籍を拾えば、彼が読みもしないような古典文学。
彼が先ほどまで居た場所までほんの数歩進み出て、ポッカリ開いた隙間に本を仕舞いこむ。
貴方がつけた痕がズキリと痛む。
服越しに…左腕に口付ける私は滑稽でしょう。
貴方が触れた本にさえ、口付けできぬ私が…きっと一番、愚か者。
手を上げるだけなら簡単だった。
それで貴方が私を覚えているなら簡単だった。
他の誰かに同じ事をされた時、私を思い出さない貴方を思うと憎らしい。
私が貴方に与えたモノが、いつか消えてしまうのだと思うと許せない。
「大嫌い、ですか…それは、また…」
「光栄な」
嫌いなものほど、一生覚えているものでしょう?
貴方の記憶に残らない、そんな自分では許せない。
私を狂わせるのは貴方なのです。
貴方を屈服させんがために、暗い闇へと堕とさせるのは貴方なのです。
あなたのせいなのです。
貴方を出口の無い迷路に追い込むのが私なら。
私を暗いところに堕とすのは貴方でなければならないのです。
朝も昼も夜も貴方を思う私が理不尽なので。
夜も昼も朝も夢の中さえ貴方は私に蝕まれなさい。
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