帝王院高等学校
★愚者のから騒ぎ☆葉月様より
【愚者のから騒ぎ】
ピーチチチと言った具合だ。 外で鳥が爽やかに鳴いている。遮光カーテンの隙間からは輝かしい陽光が差していた。
ふっかふかな広いベッドの端で枕に顔を埋めていた世間を代表するようなゲーム好きの平凡な少年は、カーテンの隙間から漏れた陽光に瞼を直撃されてその平凡な顔を酷く歪め起き上がった。
「今、何時」
喉が渇いているのか、少年は平凡に似付かわしくないひび割れた声でポツリと呟くと、凶悪な眼差しでキョロキョロと、いやノロノロと時計を探す。
しかしいつもある場所に三年前購入したゲームのグッズで、ウルフをモチーフにした無闇に格好良い目覚まし時計は見当たらなかった。
(あ? ……あ、そっかここ)
最近出来たちょっとばかり個性の強すぎる友人の部屋であったと太陽は思い出す。
昨日待ちに待ったゲームがようやくの発売を迎え、予約したにも拘わらず朝から店頭に並んだ太陽は、購入したテンションのまま友人の部屋へハードごと押し掛けそのまま騒がしく深夜までゲームをしていたのだ。
「あー、そんで、それから?」
そのまま、友人の部屋に泊まったんだろう。
寝ぼけたままベッドの枕に抱き付き記憶を反芻する太陽は、そこではたと、やけに身体が涼しい事に気付いた。全体的に涼しい。が、右側はほんのり暖かい。
「……?」
疑問は直ぐに解消された。肩が露出している。そのまま視線を下へもっていけば、見慣れた己の、裸体。
「!?」
太陽は咄嗟に自分の口を抑え、叫ぶのを阻止した。何故なら隣で寝ているのが件の友人である遠野俊だからだ。
その遠野俊も、これまた(下半身は羽布団の下なので確認出来なかったが)裸である。
太陽は口を抑えたまま頭をグルグルと回転させていた。寝ぼけた頭は一気に覚めたがまったく働かない。
ただ口を塞ぐ冷静さだけは残してくれていた。
彼が起きたなら非常にややこしい事になるのは必須だった。何せ彼は何様誰様ヲタク様だから。それも腐っている。
(なにがどうなって!? こんな!?)
共に裸で同じベッドで寝ているのだろうか。
隣で、細身だがギリシャ彫刻のように見事な上半身の裸体を曝したまま安らかな顔で眠るヲタクは、見るものを石化させるメデューサのような眼差しが瞼に隠れてるせいか神々しくさえ見える。
それにほんのりと頬を染めた平凡は、しばし状況も忘れなんだか神々しいヲタクの顔をちょんとつついた。
思いがけず、柔らかい。
(な、んか、可愛いやないかーい)
ぼんやりとそのまま、ちょんちょんとつつく。
太陽の指が頬に浅く埋まる度、微妙に震える瞼に体温がほわりと高くなった。
楽しくなってそのまま無心でつついていると一際大きく瞼が震え、焦点の合っていない眼が薄く開かれる。
「ん、ふ……こら、くすぐったいぞ」
寝ぼけているのか僅かに開いた唇から漏れたのはやけに甘く響く、鈍く光る月光のような背を震わす抗い難い声。
「しゅ、ん……オハヨー」
そんな腰が砕けそうな声を不意にかけられた太陽は、真っ赤な顔をして間抜けにも平凡らしい普通の挨拶を返した。
太陽が声を出すと、寝ぼけ眼だったヲタクはいきなりカッと眼を見開いて固まる。
睨まれた平凡も固まる。
そしていきなり小刻みに震え出した俊に、太陽はビクリと肩を跳ねさせた。
「きっ」
「……木?」
「キャァアアアアア!」
悲鳴と同時にパリーンと割れたのは、もしかしてこの寝室の窓だろうか。背後でした音を、しかし平凡は確認出来なかった。
恐ろしい速度で純白だったシーツが真っ赤に染まっていく。鼻血で。
太陽は呆然とそれを見ていた。朝からいったい何のホラーだ。何のカオスだ。
突如恐慌に陥ったヲタクは物凄い勢いで景気良く赤い液体を噴き上げながら、尚も鼓膜をブチ破る勢いで高く叫んでいる。
「キャァアアアアア!」
「ちょ、しゅ」
「キャァアアアアア!」
「しゅん! しゅ」
「キャァァァァアアアアア!」
「しゅーんっ!」
落ち着け! と平凡は鼻血を噴き上げるヲタクの鼻を押さえてやりながらタックルをかまして押し倒す。
「ひでぶっ!」
太陽はすっかり忘れていた。
そうなった原因を、だ。
ヲタクは有名な雑魚キャラのセリフを叫び、裸体の平凡にベッドへ沈められた。
太陽の下で俊はビクンビクンと痙攣を繰り返す。
正直に言おう。かなり気持ち悪い。
抱き付いて判明したが、共に全裸である。その状態で身体をくっつけて痙攣されたら、色々な意味で怖い。
しかし真面目なA型の日本人である太陽は出血の量を心配し、身体をグイグイ押し付けて俊の鼻を押さえていた。
「俊! 落ち着いて! 血ぃ止めろっ」
「だだだだだ、脱☆Doutei!? こんなチキン駄目ヲタクがまさかの快挙ですかァァア!? はふん、これで僕ァかの有名な童貞魔法使いへのジョブチェンを回避っ……いやしかしそんな、でもこのシチュエーションは」
ビクンビクン痙攣しながら何やらブツブツ呟いたヲタクは、暫くすると唐突に大人しくなった。その静寂に太陽はそろりと上目遣いで鼻周りを血で染めた友人を見る。
後から思えば、それが決定打だったのだろう。
インドアな筈のヲタクは上に乗る平凡の重みなど感じないと言うように腹筋で起き上がる。
「う、わっ」
必然的に一緒に起き上がった太陽は倒れないようにヲタクの首へ腕を回した。ヲタクはヲタクで緩く太陽の腰を支えるように腕を回す。
ブワッと、ヲタクの周りから太陽の本意ではない甘い空気が流れ場を満たした。
最早どうしたらいいのか解らない太陽は俊の首に腕を回したまま曖昧な笑みを浮かべるしかない。
「俊……?」
「安心してくれ太陽」
オタクは、阿部寛もビックリな低く甘い声を出した。
「あははー、何をかなぁ? 何でちゃんと名前かなぁ?」
「傷物なんて言わせない。言った奴ァ僕がぱちんしてやるです!」
「誰が傷物かなぁ……」
「責任は取らないにょ。何故なら君を娶るのに喜びしか感じないからっ」
「あまァァァァい」
とりあえずと叫んだ平凡は、半ば昇天しかけている。我に返って己の体勢を考えたから。
「た、たいめんざい」
呟いた口から何かが漏れていく気がする。生命に関わる何かが。
「ハァハァ、タイヨーお願いがありますっ、僕のドラちゃん息子がうっかりエレクトしちゃっても、平凡受けに相応しい広い心で許して欲しいにょっ!」
「や、キライになるよ流石に」
「イヤァァァアア!」
清々しい冷酷な声を出した平凡に、ヲタクは絶望の雄叫びを上げた。今度はリビングの方でパリーンと、多分窓の割れた音がする。
ヲタクは平凡をそっと己の身体から下ろし、シュバッと床に降りると額を床に擦り付けた。
「ふぇっ、ひっく、ふぇっ、スイマセンでしたァア! 愚息がっ、愚息がっ、うぇーんっスイマセンでしたァァァア! 捨てないで下さいィィイイッ!」
「総長ーっ!」
まさに俊がジャンピング土下座を華麗に決めた直後、リビングのドアを蹴破って赤毛の不良犬が乱入してくる。
犬としか言いようがない。全身を犬ぐるみのパジャマに包んだ嵯峨崎佑壱である。
その場に居たヲタクを除いた二人は、見事に正反対の表情を浮かべて固まった。
平凡は、突如現れた赤毛の不良の格好と侵入経路に。
不良は、目の前に広がる異様な光景と主人の情けない姿に。
復活が速かったのは、ラブリーな衣装を被り悪鬼のごとく怒りの形相をし平凡を睨み付けた地獄の番犬の方だった。
その名に相応しい地響きのような恫喝を吐く。
「テメェどういう状況だ、山田ァ」
「何で俺に聞くんですかっ」
「三秒で説明しろや、出来ないなら問答無用で体育館裏だ」
「なんて理不尽!?」
「数えんぞ、いちにさ」
「速い速い速い速い!」
「ふぇぇぇぇえっ!」
ワンコの登場で存在を無視されたままだったヲタクは、土下座を決めたまま泣き出した。慌てた佑壱が肉球のついた手で俊に駆け寄る。
「そ、そうちょーっ泣かないで下さいっ。そこの平凡に何されたんです? 俺がちょっと全殺しにしてやりますから」
「さらっと殺人予告!?」
何やら俊の前ではただのヘタレオカンワンコは、ヘタレても地獄の狂犬。遣りかねないと太陽は背を震わせる。
俄かに眼の光ったヲタクが横で甲斐甲斐しく背を撫でる飼い犬に手を伸ばした。
「黙れ駄犬がっ! タイヨーに何かしたのは俺だァァアア!」
「!?」
俊がそう叫びながらワンコを投げ飛ばす。その際の彼の表情を、太陽はしばらく悪夢として反芻しそうだと思った。
ベッドは、血だらけで。
俊と太陽は、全裸だ。
ワンコがどんな結論を出したか想像するのはカップラーメンを作るより容易い。
(あははー、イチ先輩今にも飛び降りちゃいそう……降りちゃったところで無傷でのこのこ戻ってきちゃうんだろーなー)
つまり、呆然と、真っ青になりながら怒り狂っているが、その矛先が定まらず結果投げ飛ばされた不良犬は着地した体勢のまま、ガツンガツンと床に頭をぶつけ始めた。
「そんなっ、まさかっ、山田が遠野のオンナに!?」
「誰がオンナじゃ」
力無く否定した太陽の声を二人は聞いていない。起きてからの大混乱の最中に昨日の事をしっかりと思い出した太陽は、一人呑気にくあっと欠伸をした。横目で見ていたヲタクが何故か小さくガッツポーズ。
そしてありもしない事実を認めたくない佑壱の前に、全裸で勇ましく仁王立ちする、ヲタク。
「これでわかったじゃろんイチきゅん。もう僕は身も心もタイヨーのものです! タイヨーに手を出すのは許せても拳を振るうなんて許さないなりっ」
「浮気はいいのかーい」
「萌の前に浮気なんてっ、早漏は嫌われるけどタイヨーなら許してくれるっ」
「くっ、例え総長のオンナが男でも、俺は一生付いていきますっ」
と、駄犬が立派に男らしく宣言をする。
最早このカオスに突っ込む気力もない太陽は何だか盛り上がっている二人の前で酸っぱい顔をした。
誰でも良い、誰か助けて。
そんな太陽の願いが通じたのはこのカオスを作り出した原因の親玉であった。
──ギュルン、ゴゴゴゴゴ
朝に似付かわしくないバイクのマフラーが破裂するような音が部屋に響き渡る。太陽は思わず割れて風通しが良くなった窓を見たが、別段不良が暴走してる訳でもない。
「はふん、お腹が空きました……めそり」
それは、俊の腹から響いていた。
「あ、飯っすか。作ります」
「もう限界にょ、五分で作れイチ」
「が、頑張りますっ」
ダッと犬ぐるみの男が台所へ駆けて行って、タイヨーは重たいため息を吐き出した。
すぐさま台所で本来ならば優しいだけの朝食を作る音が、攻撃的かつ猛烈なスピードで流れ始め、俊と太陽ものたのたと動き出した。
俊から未開封の下着を貰った太陽が己の服を拾い集めている横で、未だ全裸のヲタクがもじもじと太陽を伺っている。
「何、俊。早く服着なよ」
「あ、あにょ、タイヨー」
ズボンをさっさと履く太陽にジリジリと俊が近寄り、触れるか触れないかという境界で脚を止めた。
「な、なに?」
「あにょ、えっと、あにょ、さっ、さく」
「柵?」
「昨夜の僕はどうでしたかァァァアア!」
俊が叫んだ途端台所から凄い破砕音が聞こえた。佑壱がいったい何をしているのか太陽は気になったが、目の前で顔を真っ赤にしながら震えるヲタクを前に、まさか台所へ駆けていく訳にもいかない。
と言うか、行ったら何かしら酷いことになりそうな気がしてどうにもできない。
「えっと、俊ちゃん?」
「ちゃんと合意だったかしら? 痛くなかったかしら? 酷いことしなかったかしら? 記憶が無くても責任は取るから嫌わないで欲しーにょ!」
「ってか、もしかして覚えてないの俊」
「ふぇ?」
早口で一気にまくし立てたヲタクのを言葉を半分も聞き取れぬまま、太陽は後半の台詞だけを拾って首を傾げる。全裸のヲタクも首を傾げる。
いつまでも全裸な俊に適当に服を押し付けた太陽は、さっさとシャツを身に付けホラーなシーツをベッドから引き剥がしにかかった。
「えっと、そにょ、タイヨー?」
「昨日は俺らただ寝ただけだよ。至って健全に」
クルクルと血まみれのシーツを腕に巻いた太陽は「捨てるしかないかなーこれ」と呟きつつ、なにやら真っ白になったヲタクに向かって、ニコパッと笑いかけた。
「ゲームして風呂入って、そのままベッドに入っちゃったの。マジで覚えてない?」
「……ない、です」
「じゃあ一緒に風呂入ったのも覚えてないのかー」
「まっ、マジかァァアアア!」
その瞬間、ヲタクは太陽に渡された己の服を木っ端微塵に裂いた。どうやったら布が一瞬にして微塵と化すのか太陽は深く考えない事にして、寝室のゴミ箱に丸めたシーツを放り込み床にべったりと引っ付いて泣き暮れる友人の背を撫でてやる。
「落ち着きなって俊」
「ばかん! ばかん! 覚えてないとかふざけるなよ俺の脳! 太陽とのラブラブお風呂をおまっ、覚えてないとかァァァアア!」
「ラブラブ……って。はは、また一緒に入ればいいじゃん。風邪引く前に服着なよ俊」
着替え終わったから先輩の手伝いに行くねと、再び俊に服を渡した太陽が寝室を出てくのを呆然と見守ったヲタクは、先程の太陽の台詞を何回か脳内でリフレインし、再び鼻血を噴き出して一人大興奮した。
一方、寝室を出た平凡を待ち受けていたのは物凄い速度で料理をしながら物凄い殺気を漲らせている犬ぐるみを半分脱いで裸の上半身にエプロンを着けた不良の眼光であった。
喋る余裕は流石に無いのか太陽と眼が合っても佑壱は無言だったが、何よりも血走った眼が雄弁に語っている。
『どういう事か、一から説明するよな? 山田ァ』
寝室のドアに背を預け、太陽は思った。
真相を話し妙な誤解を解いた所でこの総長至上主義のワンコ相手に、俊と一緒に風呂まで入った自分は無事でいられるのだろうか、と。
まぁ、いざとなれば虎の威を借る狐になればいい。
門前の狼、後門の虎状態の太陽は、後ろの虎が早く着替え終わり前に居る狼の頭を撫でてはくれないだろうかと切に願った訳である。
了
←いやん(*)(#)ばかん→
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