帝王院高等学校
├2┤★桃色吐息
「ハァハァハァ…疲れたにょ…」
とりあえずおあつらえ向きにベンチがあったので、イチ特製5段重を包んでいた風呂敷に手を掛けた。
「俊ー!」
「ハッ!タイヨー!タイヨー!怖かったにょ!下半身オバケが!モザイクが無くって、黒ベタも無かったにょ!僕、僕、いけない子にょ…めそり」
「俊…何のことかサッパリわからないけど、モザイク掛かってたら怖いよ。とりあえず大丈夫!男なら皆ついてるから!同じものだから怖くないぞ!そして忘れろ!俺も忘れたい!!」
ところでモザイクって余計卑猥だよな。黒ベタはマヌケだけど。
「18歳未満禁止にょ…」
「うんうん、しょうがないよ。その辺りに転がってるのが悪いんだから」
タイヨー何気にかなり酷い事を言っている。自覚があるのか無いのか。
「タイヨーはあんな象さんじゃないですよね!黒い象さんじゃないですよね!」
「く、黒い…う、うん…多分…使ってませんから…って何言わすんじゃーい!」
すかさずビシっと突っ込みを入れると、お互いとりあえず笑って目の前に広げられた弁当に視線を向けた。
「ハァハァ…うっ…タイヨー…す、好き、好きなの…た、食べ、食べ…」
「良いから。気を使わなくていいから。そんな滝のような涎と涙垂らして我慢しなくて良いから」
「いただきーす!タイヨーは女神さまです!」
ソレを言うなら神様だ。わざと?わざとなの?
ガツガツガツガツと先ほどおでんを軽く10人前食べたとは思えない人の食べっぷりを目の前で披露され、若干胸焼けを覚えるタイヨー。
「…自分でも何で箸を持って出たのか不思議だ…」
カチカチと鳴らし、徐に玉子焼きを摘み上げる。
「あ、あ!」
ぼくの卵ちゃん…と訴える目でパクパク口を開ける俊に、タイヨーはニっと笑みを浮かべ俊の前に箸に挟んだ玉子焼きを差し出す。
「はい、アーン」
「ッブ!」
キタァァアア!あーんきちゃったぁああ!!!恋人同士の甘ーい一時、口から砂糖な王道、あーん来ちゃいましたー!!
「ハァハァハァ、ゴクリ…」
できれば自分じゃなくて他の人にする姿を見たかった…いや、でもタイヨーにあーんしてもらえるなんて吐血モノ!タイヨーに見合う理想の攻めを見つけようとモモ狩りならぬ萌え狩りに来たけれど…。
未来のダーリンを差し置いて、ぼくが、ぼくがあーんだなんてっっ!!
「いただきます」
心の中で合掌し、あーんと口を開いた。
俊の動作に苦笑を噛み締めつつ、大人しく口を開けた俊に玉子焼きを押し込もうとした時。
パク
「モグモグ…」
「え…」
「タイヨータイヨー、まだにょ?お口疲れちゃうにょ。焦らしプレイなんてテクニックを用いるなんて、タイヨーレベル高いにょ…あれ…?」
「フン、まぁまぁですね」
し、白百合の君にあーんしてしまった…ポロリと思わず落とした箸を、サっと手に取り、お重の中から適当にハンバーグを摘むと、ポカンと口を開けていたタイヨーの口に無理矢理突っ込んだ。
「ムググ、もぐんぐ」
「あ、あーんにょ!?あーん返しデスヨ!」
「相変わらず美しくない顔でお食べになりますね」
「んぐ!もぐー!もぐもぐもぐ」
なにやら抗議しているようだが、ハンバーグが中々大きかったらしく食べ終わらない。
「それで、天の君」
「はい!二葉せんせー!」
座りながらビシっと敬礼。
「…相手は見つかったんですか?風紀として不純同性交遊を進めようとする輩を放っておくわけにはいきませんから」
「まだですー…理想の攻めへの道のりは遠いいにょ…僕がお見合いしてタイヨーのお見合い相手を見極めようと思ったんですが…ムフー」
「ゴホン、誰か心当たりは?」
チラ、チラと気にするように見つめてくる二葉には全く気付かず、俊は顎に手を添えうーんと考える。
「うーんうーん、不良でおかーさんなイチだったらタイヨーも幸せになれそうにょ。でもでも、カイちゃんも捨てがたい…」
「…他に候補は…?」
「むー、居ないにょ」
「……紅蓮の君抹殺…神帝陛下嫌がらせ決行…」
ブツブツ
呟きつつ、二葉は何処かへ消えて行った。
今の今までずっとハンバーグと格闘、そして勝利したタイヨーは二葉が消えたのを確かめると、なんだったのだろうか…と心の底から思った。
「…あれ、お箸は?」
「?」
モグモグモグと食事を再開した俊は、もう他の誰にも取られないよう高速で弁当をかきこみ始めていた。
タイヨーの問いかけに口に物を詰め込みながら、首を傾げる。
「落ちてないし…どこいっちゃったんだろう…?」
「きっとタイヨーの未来の理想の攻めがどこかで見ていて持ち去ったに違いありません!放課後部室で置き忘れた受の私物をこっそり触れて…萌えにょ!ストーカーにょ!一歩間違えば変態にょ!」
「…ソレは無いと思うけど…というか部室?何部設定?何気に辛口…?」
さっきの象さん事件がよほどショックだったらしい。
所変わって二葉。
執務室に帰る道すがら、いつもは不快にしかならない何やら偏執的な熱い視線も、気にならなかった。
懐からソっとハンカチに包んだ物を取り出し、目を眇める。
「間接…」
最後まで言わず、スポっと懐に突っ込まれた心なしか長いもの。ひらりとほんの少しその身を包むハンカチがずれ、垣間見えたのは…。
ウサギさんのお箸…のように見えたのは、気のせいか…。
その日の叶二葉は心なしか上機嫌そうで怖かった…と、高坂日向は後に語った。
そして妙に小さな嫌がらせを神帝陛下にしていたとか…。
「雑巾の出汁入りとは……面映ゆい」
「隠し味です」
とにかく何か怖かった、と…イチに語ったぐらいには、怖かったらしい。
「ごちそうさまにょ!はふん、やっぱりイチのご飯は美味しいです」
「うんうん。器用だよねぇ…俺も教えてもらおうかな…」
ポツリ、洩らした言葉にオタクは敏感に反応した。主に妄想スイッチが。
「タ、タイヨーがお料理!?」
イチとは違うクリーム色のフリフリエプロンを素肌に身に纏い、お玉片手にダーリンをお出迎え☆
『お帰りなさいハニー!ご飯にする?お風呂にする?そ・れ・と・も…』
「ハイハイハイハイ!!!タイヨー盛り一丁!」
「まさかの男体盛り…!?いや、その前にやらないよ!気持悪いよ!」
「テーブルでお刺身たっぷりのタイヨーを舐め舐めしながらご飯と一緒にムフン、はふん!キャー!こっから先は18禁!」
「肖像権で訴えます…」
自分を使って何を妄想しているのか…知りたいようで知りたくない。しかも相手はいったい誰なのか…それこそ余計に知りたくない…。
というか刺身って…生臭いよっ!
「この調子でタイヨーの花婿さんとお見合いするにょ!」
「お見合いってそう言う意味なのね…あのね、俊…そんな必要これっぽっちも無いから」
言い聞かせるように俊の両肩に手を置くタイヨー。それを心底不思議そうに首を傾げて見つめる俊。
「俺は、どんなに俊の目に適っても…嫌だよ…」
スっと…肩に置かれていた右手が左耳に触れるように優しく…髪を梳いていく。頬を撫で、優しい仕草で黒ブチミレニアムに指をかけ…。
スルリと、奪う。
「タイヨー…」
「覚えておいて…俺だって、男だってこと」
山田太陽、まさかの 下 克 上 !?
そのあまりの妖艶ぶりにオタクは瀕死になった。
出血多量で。
「ワー俊、幾ら親友の俺もそれはちょっと気持悪いよー」
ツンツンその辺りにあった小枝で非情にも俊をつっつくタイヨー。
「まさか、まさかの形勢逆転、受だと思ってたら実は攻めだった!?土壇場で押し倒される元攻め!ニッコリ笑顔で元攻めの下半身に手を伸ばすタイヨー!!ハァハァハァ、も、モエエェエ!!」
「いや、あの…そういう意味じゃ…受に回るよりマシなのか…?」
ゴロゴロ転げまわるオタクにどう対応していいものか迷っていると、天の助けとばかりに聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「山田ー!総長ー!」
ああ、あの見るからに不良という強面、輝く首輪、真っ赤な尻尾がキュートな美形の君は…!
「ちょ、助けてぇええ!!!」
「そーちょぉおお!!?」
ゴロゴロゴロゴロっと転げまわりすぎて、どこかの林の中の斜面を勢いつけて転がっていくオタク。そのあまりに凄い回転に追いつけない平凡。
そしてようやく助け出されたオタクはケロリとしていた。
疲れる…。タイヨーは心底思った。
「ハァハァ、あまりにハァハァしすぎて大変だったにょ!」
「うん、本当に」
「あ、山田、弁当忘れてったぞ」
「え!?あ、ありがとうございます!」
何でおでんたらふく食べた後にもお弁当が用意されているのかサッパリ判らない。
しかし、本当に箸はドコへ消えたのだろう…。うさぎさんが上に付いたやつ。ちなみに俊はアヒルさん。
「イチ!イチイチイチ!!」
ガシっとまるで抱きつくように俊がイチの襟を引っつかむ。それに動揺しながらもハンカチで食べかすだらけの口を拭ってやる。
「イチは象さん黒くないにょ!?イチの象さんはちくわぶですか!?」
「ぞ、象さん…?ちくわぶ…?」
何を言っているのかサッパリ理解できないイチ。
「おでんか!?おでん食べたから!!?」
オタクの発言に頭を抱えるタイヨー。
「俺の…ち…」
ビクっとそこで気付いたイチ。思わず俊を見下ろせば…。
「っっ!!」
メガネなしの俊とバッチリ目が合って…。
瞬間、ボっと煙が出るんじゃないかと言うほど全身を真っ赤に染めたわんこ。物凄く…物凄く、シッカリと、見つめられて…。
膝が震える。逃げたくなる。けれど、密着した体の熱が…もう少し、と…訴えて…。
「バッ…な、何を…!」
「俺様攻めさんの象さんラスボス級でした!僕のと違ったにょ!怖かったにょ!イチは違いますよね!あんなじゃないですよね!?」
「そ、それは…」
視線を明後日のほうへと向けるイチ。
オレサマゼメって誰だ。ラスボス級…というか総長にそんな汚物を見せるだなんて…ぶっ殺す!!俺だってまだ見せたこと無いのにっっ!!!
「イチ…?」
不安そうに見つめる鋭い眼差し。睨まれているようにさえ思うのに、うるうると瞳が潤んでいるように見えるのは幻覚か。
なんだ、何か、こう…ぎゅっと…した、したい…よう、な…。
「そ、そーちょ…っっ!」
スカ
「はいはいはい、俊、ダメだよ。男は皆オオカミさんなんだよ。メガネは常に着けておこうね」
「タイヨー?」
自分が取った事は棚上げで、すかさずメガネを装着させてやると、タイヨーは未だ固まっている男に視線を向ける。
フフンと平凡には似つかわしくない笑みを浮かべて。
「っっ!!?」
もしかしたら、俊を一番守っているのはカルマではなく山田太陽という男の中の男なのかもしれない…。
若干邪な考えに囚われた赤毛のわんこは落ち込んだ。
「俊、男は下半身じゃ決まらない。ハートだ!ハートがものを言うんだよ!」
「熱い…!」
「むしろ下半身で決めたら、俊の周り皆節操無いから、基準にしたらダメだよ。黒いの、アレはダメだ。お尻は可愛かったけど」
「可愛かったにょ。さすがピナタにょ。お尻までツルンちゃんでした!」
「男はハートだけど、受けはお尻で決まるかもしれないよ」
「そ、そうかっ…盲点だった…!どんなに可愛くて綺麗でもお尻が綺麗じゃなきゃ萌えないにょ!」
「そうそう、光王子とか締まり良さそうだよね」
「二葉てんてーはどうでしょう!?」
「あれはヤバイね。バックからが望ましい」
「バック!?タイヨーさん大胆です!イ、イチはどうにょ!?」
「アレは…」
チラっと落ち込んでいる赤いわんこを流し見る。
見るからに尻尾を垂れ下げている姿が物凄く哀愁を誘う。
「…何か可哀相になってきたな…」
「ハァハァハァ、どうしたにょ?」
「いやぁ、うん…優しくしてあげようね…」
「はうっ!まさかのイチ本命宣言!?イチ、良かったにょ!タイヨーと両思いです!」
「総長…」
再びやってきた飼い主にウルウルと泣きそうな目で見上げるワンコ。俊は思った。わんこ受もいけるかもしれない。
「総長…見合いなんてしないでくださいっ!俺は、俺は…総長のためなら抱かれたって…」
「イチ…」
「それじゃ萌えないにょ」
「一世一代の告白が萌えないの一言で終わった!」
灰のように白くサラサラと流れていくイチの姿に、流石のタイヨーもあまりの哀れっぷりに涙した。
「俊…聞いてあげて!せめてちゃんと聞いてあげてっ!」
「どうしたにょ、タイヨー?」
「いや、むしろそれでこそ俊なのか…さ、もう部屋に帰ろう?新しいゲーム貸してくれるって言ってたろ?」
「そうだった!萌えにょ!メガネをかけるとツンデレに変身するにょ!」
「じゃぁ行こうか!」
相変わらず切り替えが早い男タイヨー。一歩先を歩き出すと、その後を俊が追う。
その背後をトボトボと白くなりながらついてくるすっかり【シロ】になってしまったワンコに、俊はなんとなく歩みを遅らせた。
「イチ…元気ないな」
「…そんな、こと…」
力の無い声を返すイチに、俊はピタリ歩みを止める。それにあわせて、イチも歩みを止めた。
「?」
「イチ」
メガネが押し上げられる。スっと合ったのは…黒曜石のように綺麗な黒い…瞳。
「そ、ちょ…」
「イチ」
首筋から耳を攫うように、手の甲で触れられる…熱い指先の感触…人差し指が頬を擽るように愛撫して…。
ゾクゾクと背筋を駆け巡るような快楽。
動けない。ピクリとも。
ペロリと、唇の端に濡れた、感触。鼻先に、柔らかい…唇の…。
「お前は甘い…」
「っっっっ!!!?」
「元気を出せ…俺の、可愛い…イチ」
「そっ、そっ…!!」
甘いのはおやつを、作っていたからで…。
な、な、舐め…!?
か、か、かわ…可愛いって…!
お、お、おおお俺、俺のって…!!!
プシュー…。
「イチ?イチ!しっかりするにょ!タンカー!」
「俊って天然たらしだよなー…」
知ってたけど。
そんなタイヨー…二葉がなくした箸を使って食事をしていることに気付くまで、あと18時間…。
イチの魂が戻ってくるまでもあと、18時間…。
←いやん(*)(#)ばかん→
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