帝王院高等学校
誇り高い忍者の趣味は血塗られ気味☆
「どうやって此処に入った?」

緑の匂い。
土の匂い。
夏が終わる、今は秋の入口。

「カエサルの温室には特殊な鍵がなきゃ、入れないんだよね?」
「…そうだったのか。偶然開いていたから、知らなかった」
「偶然?」
「ああ」
「一ヶ月以上姿を現さないカエサルの温室から、学長が気紛れで連れてきたアジア人が出てきた。これも偶然?」

褐色の肌の青年は陽気な笑顔を浮かべ、見上げるほど高い背をくにゃくにゃと折り曲げた。敵意は感じられない。

「必然だとすれば、それに至る過程を聞こう。どんな方程式を立てたんだ?」
「数奇的で猟奇的な仮説だって言ったら、馬鹿にするか?」
「いや。人間が考える事は、総じて俺の想像を超えない」
「君が一番猟奇的だ。まともじゃない」

無人だった温室の中に二人きり。
ぽつんと置かれているウッドチェアに腰掛けている自分を見下ろす男の髪に、木々の隙間を超え乱反射した陽光が照りつけている。キラキラと。まるで万華鏡の世界。

「こんなに真っ直ぐ見つめられたのは初めてだ」
「訛りがあるな。ニュージーランドか」
「…こんなに早くバレたのは初めてだよ。やっぱり面白い。でも6歳までの事だ。酒に酔った親父が人を殺して、インド人だった母と俺は国に居られなくなった。殺した相手が有名人の馬鹿息子だったから」
「良くある話だ」
「ドラマの中ではね?」
「現実はもっと悲惨な事が起きる。共通して言える事は、星がなければ宇宙は真っ暗だ」
「工学部の特任教授らしい台詞だ。そう、火種は宇宙のそこかしこに漂っている。感動したよ」

会話に意味はない様だ。暇潰しで話し掛けて来た訳ではないだろう。
ただでさえこの広大な大学敷地の中には曰くつきの場所が幾つか存在し、この温室もその内の一つだった。

「ケルベロスが聞いたら鼻で笑いそうだな。彼が描く文章は正しく芸術だ。誤字なく印刷された、高価なハードカバーの様に」
「犬の頭は一つしかない」
「知らないのか、ハデスの飼い犬は特別製なんだ。奈落は暗く湿っていて、一つぽっちの鼻じゃ足りないんだろう」
「行った事がある様な物言いだな」
「…誰も信じないけどね。地獄はマンハッタンの下水道に良く似てるんだ」

秘密を打ち明ける様な潜められた声音が、小さな笑みを混ぜる。子供相手に見くびっているのか、単に男の性格によるものか。或いは、そのどちらも。

「天国も地獄もない。魂が宿るのは肉体、肉体が湧き出るのはこの星の、マントルの上だけ」
「マグマの中に生命は存在しない?」
「少なくとも太陽は、無気無重力空間だから存在し得る。恒星の全てに共通するだろう。膨大な熱量を押し留めるにはブラックホールに匹敵する圧力が必要だ」
「へぇ。空気がある所では星は形成されない?」
「大前提だろう。酸素がなければ燃焼反応は成立しない。熱量は気圧を変化させ、気流が発生する。宇宙で灯した炎は拡散出来ず円を描くんだ。まるで星の様に」

饒舌な男だと思った。逆光で未だ表情は良く見えないが、一度目を閉じた瞬間に気配が目の前に近づいたのが判る。確かめるまでもなく長身だとは判っていたが、成程、一歩が大きい。
再び目を開けば、50cmと離れていない場所に他人の顔が見えた。年齢は恐らく二十歳辺り。職員名簿も学生名簿も一読しているが、学生の殆どが入学時の写真とは異なる外見をしている。

「地球の中心で荒れ狂うマグマは気圧を変化させている、って事か。地殻が形成されたから地球は水の奇跡を得た。太陽に大地はない?」
「いや。星全体を渦巻くプラズマの下に、地殻らしき存在を確認している」
「だったら生活出来ない訳でもないか。生命の存在は有り得る」
「地球内殻の表面に生息する生物が存在したとして、中心で生息する生命の存在は限りなく0に等しい」
「生命は進化する可能性を秘めているんだよ。二足歩行に切り替えた猿が証明してる。いつか業火の中で生きられる人類が誕生するかも知れない」
「太陽の爆発によって地球が消滅するまでに?」
「…可能性は0じゃないだろ?」

透明度が高い硝子張りの温室の中、内側で覆い繁る緑はどれも艶やかだ。熱帯雨林に生息する品種が多く見られるハウスの中は蒸し暑い。夏に長く篭る場所ではないと言う事だ。

「くっく、良いな。自分より頭が良い人間とする話は楽しい。裏の裏を読まなきゃならないから、俺は必死で何度も引っ繰り返すんだ。まるでリバーシみたいに」
「オセロが好きなのか」
「アジア人は見分けが付かないんだけど、俺も判った事がある。お前は聖地から来たんだろう」
「Sacred place?」
「どんなに優秀でも、子供は知らなくて良い事があるんだ♪」
「これで確定した。将棋で言えば、王手だ」
「王手?」
「シュロー=モノグラム」

人間の感情で最も判り易いもの、それは怯え。
嫉妬よりも脊髄反射で表情に出る。意識的に耐えようとすればするほど体は敢無く硬直し、冷静を装えば装うほどに表情は硬くなってしまう。今のほんの一瞬、目の前の男が見せた表情が物語った様に。

「へぇ、俺を知ってるんだ?まさかたった二日で、大学内の数千人を覚えてるなんて言わないだろう?どんな魔法を使ったのか教えておくれよ、クロノスタシス」
「俺から何を聞き出したいのかは知らないが、ランチタイムに間に合わなくなる。もうイイか」
「ああ、逃げるんだ。ミッドサンの所に」
「…逃げる?俺は何処へも逃げはしない」
「あの子は鋭いね、俺が話し掛けようとすると人が多い所に行っちゃうんだ。俺はサリーが苦手なのに、サリーはあの子を可愛がってる。サラエナ=ロングブーツは魔女の子孫だよ。祖父がゴールデンドーンの幹部だって知ってた?」

魔法使い。そんなものが存在するのだとすれば、恐らく自分はその部類に入るのだろう。
他人事の様に考えた遠野俊は表情一つ変えず、横たわったまま首を傾げた。

「俺は魔法なんて信じない。こう見えて歴史専攻なんだ」
「そうか」
「人間が魔女と呼んで焼き殺したのはただの人間で、人間が吸血鬼と呼んで銀のナイフで殺したのも人間で、ゾンビは仮死状態だった人間が目覚めただけだった。現実にモンスターが存在するなら、それはきっと人間の事だ」
「ああ、確かに良く聞く一般論だ」
「皮肉かな」
「事実を述べているだけだ。気に障ったのか?」
「ふふ。二足歩行を始めた人類の歴史の多くは争いばかり。何度和平が交わされても、戦争は起きた。太陽がなければ生きられない生命だから、火種を恋しがるのかな?誰かが鎮火してくれれば良いのに。神が地上の汚れを払おうとした、あの大水害の様に」
「なら俺は、大きな船を作る事にしよう。食事の後にでも」
「ノアの一族を知っているんだ」
「有名な物語だからな」
「知ってるか?彼らは魔法使いじゃなく、薬剤師なんだよ」
「魔女狩りの犠牲者には、そう言った職業の人が多かったとは聞いた事がある」
「サリーは魔法を信じてる。文系の考える事は判んないね、魔法が使えるんだったら機械文明は此処まで発展しなかった筈でしょ?機械工学に魔法を齎したプロフェッサークロノスタシスは、どう思う?」

終わり掛けている夏の青空の下では、酷く奇妙な姿だった。彼のくすんだ金の髪は恐らく本物ではないだろう。真っ黒に近い肌を偽る事は出来ないとしても、肌に反して鮮やかな瞳は偽りの可能性が高い。

「この温室のスペアキーはブライアンが持ってるんだ。時々ミッドナイトサンが盗む。でも君は、ブライアンから直接鍵を渡されていた。飄々としている様で油断も隙もない、あのブライアン=シーザー=スミスからだ」

最初の質問はフェイクだった。疑いは確証として成立し、起き上がろうとして肩に置かれた手へ目を滑らせる。

「オリオン教授の孫と言うのは本当?」
「…輪廻は巡るから廻ると書く」
「ん?今のは何語なんだ?」
「仏教用語だ。カルマはブルータスとは違って、ユリウスを裏切らない」
「急に話題が変わるんだな」
「ねー、何してんの?お腹ペコペコなんだけどさー」

ほら。
噂をすれば『影』とは、良く言ったものだろう?

「どうせ此処から出たら全部忘れちゃう癖に、雑魚が調子乗ってんじゃないよ」
「やめろ、太陽」
「…はは!初めて俺と目が合ったな、ミッドサン!お前の目には火種所じゃない、黒い炎が、」
「誰を呼び捨てにしてるんだい、下等人種が」

本物の魔法使いは薬など必要としない。太陽の内側で暮らせる生命など存在しない。限りなく。
そう、限りなく0に等しい確率で有り得ない事だ。但し、虚無ではない。


「You have to silent sleeping, until the sun permits you to do so.(俺が許すまで永遠に眠ってろ)」

この横暴な魔法使いの昏く燃え滾る心の内側に、誰かが確実に存在する様に。

























その時、忍者は無表情で狼狽えていた。
帝王院学園広しと言えど、生徒を捕まえて忍者の存在を信じるかと尋ねれば、ほぼ全員が信じると言っただろう。何故ならば高等部3年生に、どの角度から見ても忍者にしか見えない、全身黒一色の風変わりな生徒が居るからだ。

高等部3年Fクラス李上香は、本来Sクラス相当の学力を誇る生徒だが、祭美月が高等部進級と共にFクラス転属を希望する以前から彼はFクラス所属である。
校長以下教職員が職員会議で数時間話し合い、最終的に上院理事会に丸投げした結果、理事会で最も冷静沈着にして穏やかな人物と教職員に判断されている男が、さらっと許可印を押した様だ。

『入りたいと言うのだから、望み通りぶち込めば良いのだよ。どの道、授業料免除対象の優等生である事には変わりはなく、進学科の権利の一つであるフリーカリキュラム制度はFクラスにも当てはまる。彼の席が空いた分だけ繰り上がる事が出来た生徒の保護者は、奇跡的な偶然を承諾した理事会に心から感謝するだろう。然しSクラスに籍を置く事を許されているだけで、30位以内に与えられる権利は与えない。つまり繰り上がった生徒の授業料は免除されず、寮費も正当な金額を請求するまでの事だ』

F倉カミュー理事(念の為匿名表記)は商売上手だった。面倒臭くなって丸投げしたとも言えるだろう。
李の願いは叶えつつ、繰り上がった生徒の保護者には恩を売り、取れるもんはしっかり取ると言うプロ根性の塊だった。つまり現在の3年生には、Sバッジをつけてはいるが権利がほぼない生徒が紛れていると言う事になる。特待生の権利は持たず、けれどSバッジをつける事は許された、そんな生徒が。

通常ではそんな特例は有り得ない。学園長である帝王院駿河が学園長室に腰掛けていれば、確実に「駄目だ」と言っただろう。
然し、自棄に甘ったるい手作りヨーグルトを作る時と、ゲートボール以外にはやる気を見せない理事長は、『ネルヴァが言うのであれば、その様に』とやはり華麗に丸投げしているので、校長以下教職員はF倉理事(属性:魔王)の悪徳商法を『素晴らしいご配慮』と錯覚している。今の理事会に倫理の概念はないに等しい。

そんな悪徳理事は、3月の卒業前選定考査で息子の暴挙に目を丸める事になるが、その程度で壊れる様なメンタルではないだろう。本来学年上位の息子が、明らかに手を抜いて試験に臨んだのだから、普通の親なら叱るか心のケアに勤しむ所だ。

『Aクラスの担任に挨拶をしておく必要があるが、先に省吾に連絡を入れておこう。高等部の授業料に驚くか、笑い転げて死ぬかも知れないけれどね。良い年齢だし』

果たして某世界的指揮者が笑い転げたか、笑った拍子に屁が止まらなくなったかは定かではない。現在の1年生の少なくとも二名は、藤倉裕也と高野健吾の気紛れで在籍していると言う事だ。

李上香に続いて祭美月までもがFクラス入りを望んだ事で、現在の3年生には30位以下の生徒が二人紛れている事になるが、知らぬは当事者以外のみ。
プライバシー保護の観点から、王族や他国から亡命して来た生徒などが在籍しているFクラスの考査結果は一般公示されていないが、Sクラスに繰り上がった生徒には個別に本来の学年順位が通知され、通知表にも記載される。本人達だけは自分が本来Sクラスに居るべき立場ではない事が判り、保護者にも伝わる仕組みだ。結果の一斉発表で喜んだ直後に絶望する持ち上げて落とす手腕、流石は魔王である。

「一体、此処で何があったのか」

大人達の汚いやり取りなど知った事ではない李上香(属性:自称忍者)は、主人と認めている祭美月に命じられるまま、ささっとティアーズキャノン最上階から抜け出し、美月が飼育している鳩に餌を与え、宝塚敬吾が待っている筈の屋内プールへやって来た。現在地は半地下に存在する屋内プールである。
然し彼の姿がない代わりに、壊されたドアを見つけてしまった。流石は忍者(趣味は少女漫画)だ。童貞の癖に抜け目がない。

「宝塚はともかく、光炎親衛隊の妙な動きと叶一族は、重要観察対象だと王が言っていた。ナイト…こほん、しゅ、しゅしゅしゅ…」

顔立ちの派手さに引き替え、性格は根暗で自虐的で基本的に大声を出さない忍者は、弟の名前を呼ぼうとしたが挙動不審に辺りを見回し、きゃっ!とばかりに両手を頬に当てた。人様のファーストネームを呼び捨てにするなんて、ネガティブ奥手忍者には結構なハードルだ。

「美月を顎で使う朱雀なら、如何様にも罵られるが。…ついでにクナイを眉間に狙う事も容易い事だが、天の君を俺如きが軽々しく呼び捨てにして良いものだろうか?彼は帝君でありながら左席委員会会長であり、更には1年S組の編集長だ…」

懐からしゅばっと取り出した小冊子をぎゅっと抱き締めた忍者は、帝王院神威そっくりな美貌と、生え際だけ黒い気がする金髪をビシッと黒布で隠し、学園指定のシャツとスラックスの上から更に黒いマントを羽織った。
全身黒一色に見えるが、マントはただの黒布ではない。良く目を凝らしてみると、シークレットストライプならぬ隠し唐草模様がびっしり縫われている。迷彩柄の様に見えるが、綺麗な唐草模様だ。忍者流のお洒落である。全く見えない点だけは改善の必要があるかも知れない。

過去、この特注マントが届いた時、常に微笑んでいる祭美月が一瞬だけ真顔になった。今でこそ流暢な日本語を使う彼が、人生で一度だけ「おいマジか」と呟いた。天才を謳われる美月に理解出来ないデザインなので、一般人に理解を求めるだけ無駄だろう。日常的にチャイナドレスを纏う美月の下心が、忍者を魅了する為だとしても、祭美月はお洒落番長で通っている美丈夫だった。
私服も制服なのではないかと疑われている、某3年帝君とはまるで異なる評価だ。

「俺は王の犬だが、血も涙もないルークとは違う。光炎親衛隊が天の君に制裁を加える前に捕縛しつつ、更には宝塚を負の連鎖から救ってみせるぞ。何故ならば俺は左席委員会役員ではないが、左席委員会会長の兄なのだから…!」

李上香18歳(童貞)はしゅばっと駆け出した。
そう、この直後に冒頭へ繋がる事になる。つまり“その時、忍者は無表情で狼狽えていた。”だ。
連載開始と共に遠野俊をラウンジゲートから誘拐する様な暴挙に出ておいて、彼は珍しく狼狽えたのだ。但し黒一色の布地の下で、表情は皆無だった。ふるふる震えているだけである。日常的に顔を隠しているので表情筋は余り育たなかった様だ。

「くはッ!埃臭い、カビ臭い、此処は悲劇の舞台に相応しい匂いがする…くッ。くふッ、はッ、ひゃひゃひゃひゃひゃ!」
「…マスターリバース、悪趣味だ。それに笑い声がキモい」
「くふッ。お前さ、ランクBの分際で調子乗ってっと嬲り殺すぞ?」
「口が過ぎた。お許しを」

浅黒い肌のニヤついた男が、背丈の低い焦茶毛の少年の髪を鷲掴んでフラフラと歩いている。いや、少年の様に見えただけで、鍛えられた体躯からはかなりの年数を感じさせた。

「サードパーティに潜り込めたお陰で監視カメラを覗けたのは良いが、リヴァイアサンの手下達は本当に見つかるんだろうな」
「アンダーラインの67%の電気配線が水没以降機能していない。地上では朝から複数の重機が稼働している。恐らく、活動領域以外の地下電力を落としているのだろう」

日焼けにしても黒過ぎる肌の男は鮮やかな茶色の瞳に、煤けた様な金髪だ。ささっと身を隠しつつ、何処かで見た事がある毛色だと考えた忍者はすぐに思い出す。帝王院学園の生徒であれば、普段からお世話になっているだろう「ファッションの神」、神崎隼人である。
隼人の毛色の方が黄色味が強いものの、高坂日向のブロンドとは明らかに違う金髪褐色肌の男は、190cmを超えている李よりもまだ背が高い様だった。彼の腰辺りにある小柄な男の髪は、ヘラヘラ笑いながらフラフラ歩いている男の左手にしっかり鷲掴まれていて、痛そうな表情をしながらも手を振り払わない。

「人員管轄部と俺達は目的が違う。人員管轄部の目的は『正しいノア』だ。ジェネラルフライアが何を目的に行動しているかは知らんが、人員管轄部に協力的な所を見るに…グレアム側とは言い難い」
「帝王院秀皇と思わしき男の映像は手に入れたが、彼に仕えていた筈の榛原大空の死亡情報がある」

これは所謂SとMのお戯れだろうか?と、童貞は震える。人生で自慰もした事がない脳筋忍者のバイブルは、近頃のティーンエイジャーが読む様な漫画ではなく、昭和臭漂うものだ。
キャンディキャンディ、エースを狙え、リボンの騎士にベルサイユのばら、ガラスの仮面…挙げればキリがない蔵書の数を誇る童貞は、キスしたら子供が出来ると本気で信じている節がある。
保健体育の授業で避妊具の装着方法から妊婦の労り方まで学んでおいて、恥ずかし過ぎて授業中に気絶していた過去を持つ童貞は、保健体育のテストで点を落とし続けていた。李が保健体育に苦手意識を持っている事を、当然ながら知っている生まれながらのサディスト祭美月は、そんな李に毎回微笑んで「選択教科は保健体育を選びなさい」と命じている。
毎回テスト勉強で死にそうになる李が、「判らないので教えて下さい」とお願いしてくる日まで続くのだろう。美月をお姫様の様に思っている童貞は、然し死神と呼ばれる程には腕が立つので、それなりに鍛えている筈の美月でも押し倒す事は不可能に近い。

「未確認だろ?バブル期は高級住宅地と言われていても、現状の半数は別荘だって調べはついてる。全焼したのは村井和彰名義の家だけ。隣接の山田大空名義の別荘は、延焼直後に消防隊が間に合った」
「二つの邸宅は繋がっていた。雛段地形に建てられた村井家の地下と、崖のすぐ下に建てられた山田家の別荘1階と」
「外からは別の建物にしか見えない、豪華なメゾネットってか。まず間違いない情報だろうな」
「中央情報部の調査だ」

昔からぐんぐん背が伸びている李に、負けじとカルシウムをオーバードーズしている祭家の長男は現在190cmを誇る長身だが、忍者は192cmだった。ナチュラル少女漫画男は身長差カップルが普通だと思い込んでいるので、美月の結婚相手は170cmくらいがお似合いだと無邪気にメモしている。
李の人権もプライバシーも知った事ではない(錦織要そっくりな思考回路の持ち主)である美月は、李の部屋と化している寮のクローゼットを度々覗き込んでは彼の日記を勝手に読んでいるので、全部お見通しだ。その度に穏やかな笑みを消し、無表情で牛乳と各種サプリメントを大量購入している事など、彼の弟も忍者も知らないだろう。

「欧州情報部の女共はどうなった?」
「今の所追加報告はない」
「しくじったか。いや、振られたの間違いか」

高等部3年、本来は1位タイである祭美月の目下の目標は、193cmになる事だった。ルーク=フェイン=ノア=グレアムに完全勝利する事などすっかりさっぱり忘れ去り、いい加減一発やらせろの所まで来ている。見た目の美しさで俺様腹黒変態さを隠しているだけで、中身は叶二葉と大差ない。
18年間風邪を引いた事がない忍者がもし寝込もうものなら、美月は躊躇わず据え膳を頂戴するだろう。何せ腕力では絶対に勝てないのである。ファッションの神を涼しい表情で蹴り飛ばせるクール宅急便とは違うのである。

「兄ノーマンの現在地は?」
「判る筈がないだろう。本社回線を開けば、俺達の行動も丸裸だ。念の為、敷地内のカフェテラスに居る様に偽装している」
「超小型ドローンに社員証を持たせて飛ばしただけのちゃちな偽装が、いつまで通用するかね」

果たしてもう5年以上ケツを狙われている事など全く知らない童貞の純潔は、阿呆は風邪引かないお陰で救われていた。成績は優秀だが阿呆、これは1年帝君に通じる呪文だと言えるだろう。

「サードパーティで把握出来るのは校門から寮周辺までのライブ映像だ。校舎内のカメラにはセントラルサーバーのセキュリティが敷かれている」
「セントラル、ね。こっちでは中央区じゃなく自治会を指すんだったか。最も目立つ中央キャノンの中が、最も調べ難いなぁ」
「高等部活動領域はクラウンの支配下と言って差し支えはない。会長を除く三役の内、二名は左右元帥だ」
「とんでもない学園だ。俺なら入学初日で退学する」

話は変わるが、我らが帝王院学園東京本校高等部3年首席帝君も、風邪を引いた事がない。叶二葉の美貌が風疹と水疱瘡で悲惨な状況を招いた時ですら、某男爵はピンピンしていた。因みに、二葉が風疹と水疱瘡をダブルで発症したのは、彼が12歳の時である。倒れる前日まで意気揚々と仕事を片づけつつ、昇校先へ送る荷物を整理していた時の話だ。

「恐らく俺の部署以外も偽装してる可能性はある。下手にステルスGPSを確かめるよりも、サードパーティのライブ映像の方が役に立つか。ディアブロ卿とファースト卿の現在地は」
「それだが、一つ気に掛かっている事がある」
「何が気掛かりだ?」
「セントラル、クラウン共にサーバーに記載されているコードでは、ディアブロはマスターネイキッドを指すものではないんだ。これは単なる偶然だろうか」
「偶然かどうか、火種になるかボヤでおしまいかは俺が判断する。誰が登録されているか教えろ」
「学籍登録名簿の記載は、高坂日向」

痛覚神経が死滅している男は拗らせに拗らせ、医療班の適切な対応で一命を取り留めたものの、回復する前にベッドから逃げ出そうとした二葉は立て続けに麻疹を発症。てんやわんやで虫垂炎を発症し、数ヶ月入院を強いられつつ「中央情報部に記録したら全員殺す」と脅しながら特別機動部の仕事に励んだ。
これにより日向より遅れて入学する事になるのだが、前述の通り、この件は医療班と男爵の胸の内に秘められている。

恐ろしいのは、そろそろ二葉が逃げ出しそうな気配がする数日前に、まるで見計らったかの様に見舞いにやって来る男爵の言葉だった。

『そなたは気紛れな子猫だ。子供は経験を欲しがる。些細な好奇心が命を脅かす事も少なくはない』
『おや、何が仰いたいのかさっぱり…。何分理解力が乏しいもので、お許しを』
『聡明なそなたに限って、浅慮な真似はするまい。悪かったな、老婆心だ』

そして奴はベッドを抜け出す。日本に行きたいが為に。
然しまるでノアの呪いの如く次から次に病を発症し、盲腸の手術を全力で嫌がり、麻疹を乗り越えたかと思えば、退院直後におたふく風邪。叶二葉曰く、んな馬鹿な・だ。誰よりも己の美貌を愛する二葉は、とうとう引き籠った。大人しくベッドに縋りついた。そしてあっと言う間に復活を果たしたのである。
抜群の生命力だ。前世はゴキブリだったに違いない。

「くはッ。ああ…成程、麗しきロンドンの次期公爵様かぁ。くっ、くふッ、ひゃひゃひゃ」
「…笑う所か?」
「サタンの従兄にして、彼の有名な名無し準公の孫だ。ベルハーツ=ヴィーゼンバーグ、奴は12年前に英雄として語られる筈だった」
「英雄?」
「お前が知らないのも無理はないな。あの事件は中央区の恥だ」

さてさて、ゴキブリ疑惑のある魔王よりゴキブリっぽい童貞忍者と言えば、震えながらも怪しげな男達の動きを見守っていた。アリーナ席の椅子の影に身を屈め、彼らが近づいてくるのを確かめてはカサカサと地面を這い、忍者ばりに気配を絶っている。

「当時の南米統括部長と区画保全部長はネイキッドを推した。マジェスティキングとも帝王院秀皇ともDNAが一致しないアルビノより、アレクセイ=マチルダ=ヴィーゼンバーグの血を引いてるぽっと出のオッドアイの方が、少なくともノアの親族と呼ぶに相応しいのではないか」
「男爵の血より?」
「区画保全部の気持ちは共感するぞ。シンフォニアが産んだファーストよりは、神の玉座を汚さないって考えだ。代々区画保全部には潔癖症が集まる」
「人工物に、人の権利は備わっていないと言う考えだな」
「ま、早い話がな。ファーストの身辺を警護していた対外実働部と対空管制部のランクCが絡んで身内喧嘩を繰り広げた時に、ベルハーツがファーストを庇ったって訳だ」

拝啓、天の君。お元気ですか、貴方のお兄ちゃんです。
少女漫画誌しか読んで来なかったのでサスペンスチックな話に全然ついていけないんですが、俺はどうしたら良いでしょうか?

「箝口令が敷かれているにしても、そんな話が何で噂にもなってないんだ?」
「もっと凄い事があったからだよ。悪魔が巻き込まれた幼児を助けた」
「はぁ?」
「…さてと。此処はどう見ても火の気がないただのプールだ、他行くぞ」

とりあえず、怪しい奴らは磨き抜いた手裏剣で始末した方が良いでしょうか?

←いやん(*)
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